決断
ゼルクの町から南東に数十キロ離れた小さな町。そこは今人ならざる者の巣窟と化していた。
血走った虚ろな瞳に血管の浮き出た四肢。生気はありありと感じさせるのに一切の正気を失った狂気の権化。見るものを否応なしに不快にさせる醜悪な怪物は執拗なまでに生者を食らい続ける。
今も哀れな少女が一人その餌食になろうとしていた。
本来なら吸血鬼が町に放されているこの時間は人々は家の戸を閉め切り決して外には出ない。この少女も母親に外に出ないよう言いつけられていたのだが、些細な好奇心からこっそりぬけだしてしまった。
その代償は高くつく。吸血鬼は年端のいかぬ少女であっても情けをかけるということを知らない。ただ生者の気配に惹かれ食らおうとするのみ。
息を切らしながら必死に走る少女だったが理性のタガが外れた吸血鬼の身体能力は人の限界を超える。懸命な努力もむなしく吸血鬼はいとも簡単に少女をとらえその背に馬乗りになる。
「い、いや・・・」
少女の口からか細い悲鳴が漏れる。吸血鬼は構うことなく少女の首に牙を突き立てようと大口を開け・・・
その刹那、一条の閃光がその吸血鬼の頭部を破壊した。
「ふう、危なかったな。」
閃光を放った犯人ーロビンは間一髪で一つの命を救えたことに安堵のため息をついた。
しかしまだ戦いは終わってない。吸血鬼は頭部を失ったなお立ち上がり、その爪でロビンに襲い掛かる。
「吸血鬼はあくまで魔法で動かす人形。素体の生死は関係ない、か。」
普通なら恐怖ですくみ上ってもおかしくない光景を前にしてもロビンが動じることはない。堂々とレイピアを正眼に構えよどみなく魔法を発動する。
「純白の光よ、眼前の魔を打ち払え。ホワイトブレードっ!」
ロビンが発動したのは相手の魔法を無効化する光属性上級魔法ホワイトストライク。それをレイピアの刀身に乗せたホワイトブレード。
ナックルガードの部分に刻まれた魔法陣が一瞬発行し、レイピアの刀身を純白の光が包み込む。
ロビンが襲い来る吸血鬼に純白の刀身をつきこんだ。その瞬間体を制御する魔法を破壊された吸血鬼は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「大丈夫か。ここは危ないから早くおうちに、というわけにもいかなそうだな。」
苦笑しながらロビンが辺りを見回せば町中の吸血鬼がぞくぞくとあつまりロビンたちを取り囲んでいた。
しかしロビンに焦る様子はない。彼の視界には無数の吸血鬼の向こうに全速力で駆けつけてくれる仲間の姿が映っていた。
「片道戦車!」
かけつけた小柄な人影が地面すれすれの前傾姿勢でいっぽごとにロケットのような加速をしながら無茶苦茶に剣を振り回す。体重と突進の勢いで飲み込むように剣で切るというより刀身で押しつぶすようにして吸血鬼たちをなぎ倒し、同時に刀身に魔法が吸い込まれていく。
「急に走り出すから何事かと思ったぞ。」
「悪い、悪い。今にも襲い掛かられそうな女の子が見えたからつい。けど、初陣なのにさすがだな、悠一。」
横に並び立ち軽い調子で苦言を呈す悠一にロビンも軽口で返す。二人は自然と背中合わせになり周囲の吸血鬼を殲滅にかかる。
決着がつくのに十分もかからなかった。
時は少しさかのぼり、ロビンの依頼を聞いたギルドにて。
場の空気が一触即発となり今にも戦端が開かれそうになったとき、僕は無意識のうちにルリの手を握っていた。
「ご主人様?」
突然手を握られたことでルリは首をかしげて僕の顔を見る。その目に哀しみの色が浮かんでいることを僕は見逃さなかった。遺跡の時のような極限状態ではないので取り乱すことはないが触れたルリの手はほんの少し震えていた。
「ルリ正直に答えてくれ。今の僕は怖いか?」
ルリは一瞬驚きに目を瞠った後、強く手を握り返した。
「はい、少しだけ、怖いです。」
「そっか、ありがとう。」
ルリに言ってもらうことで僕は自分が怖い顔をしてることを自覚した。自覚することができた。
ルリは教えてくれた。僕には救える強さがあると。それなら誰かを殺して切り開く道より誰かを救える道を選ぼうじゃないか。
本当にルリがいてくれてよかった。心からそう思った僕は握っていた手を放してルリの頭をくしゃくしゃと撫でる。ルリはくすぐったそうにしながらも満足そうにはにかんだ。
「はぁ、これじゃまるで私、嫌な子だわ。」
その様子を見て僕の決断を察したのだろう。レミアがそっぽを向いてため息をついた。
「そんなことないさ。ちゃんと分ってるよ。その上でごめん、お前の気遣いを無碍にする形になって。」
「別に怒ってないわよ。でも、そう思うなら私も撫でてもらえるかしら。」
「はいはい。」
ケロっと表情を変え、からかうような笑みを浮かべて甘えるレミア。注文通り頭をなでてやる。気持ちよさそうに目を細める様子に遊び心が沸いたのでついでに首筋も撫でてやった。
「えっと、結局どいう言うことだ?」
今にも殺しあおうとしていたのに突然いちゃつきだした僕らをみてロビンは困惑していた。当然だと思い苦笑しながら僕は答えた。
「受けるよ、お前の依頼。」
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