殺してしまえばいい
「吸血鬼討伐?」
後日、早朝の人がほとんどいないギルドでロビンと落ち合い依頼の詳細を聞いた僕はその不可解な内容に首を傾げた。
「そう。この町から南東に少し行ったところに小さな町があるんだがそこが吸血鬼に支配されているらしい。そいつらを追い出すのが今回の仕事だ。」
ロビンがより詳しく説明してくれるがそもそもわからないことが一つある。
「なあルリ、吸血鬼ってなんだ?」
「はい、吸血鬼というのは・・・」
「吸血鬼っていうのはいわゆる伝説の怪物よ。幾度剣で切ろうと幾多の魔法に打たれようと決して死ぬことはなく、ただいたずらに残酷に人を食らい続ける。その姿は常に血にまみれその心は鬼のごとく、笑いながら人を殺め続けると言われているわ。」
ルリの言葉をさえぎってレミアが簡潔に説明した。悔しそうに頬を膨らせてるルリはひとまず置いといてロビンとの話を再開する。
「そんなやつ本当に追い出せるのか?だいたいここから少しのところなら王都にも結構近いだろ。そんな危険な存在が巣くってるなら国が対処するんじゃないか?それこそ神徒の騎士団でも動かしてさ。」
「今回相手にするのはそんな伝説の化け物ではないさ。その伝説をもとに作られた生体兵器だ。」
「生体兵器?」
「そう、動物や人間の肉体を魔法で無理やり動かして死をも恐れぬ兵士とする。これはあくまで噂だけど1000年前の魔族との戦争でも使用されたらしい。そしてエルシアナ王国が動かない理由だけど・・・」
ロビンは言いづらそうに一度口をつぐんだ。そして卓上に置いたこぶしを固く握りしめ絞り出すような声で告げた。
「これが教会の主導で行われている実験だからだよ。」
そう口にするロビンの胸中に渦巻くのは怒りか哀しみか。はっきりとは分からないが彼が強い感情にさらされているのはわかる。
「教会、つまりはこの大陸を守護せしめる女神セレス様の御意志だそうだ。神敵を滅ぼすために命を顧みず戦い続ける戦士となれる栄誉だとよ。全くばかばかしい。」
吐き捨てるように言うロビンの瞳にはただただ強い負の想念が宿っていた。
「だがその兵器によって魔族を退けることができればより多くの命が救われるだろ?それこそが神の望みだとは考えないのか?」
これは僕の本心ではない。こんな功利的な考え僕は嫌いだ。
しかし神の意思に従うことがこの世界の常識なのだとしたらそれを裏切ろうとする者の思考回路はどういうものなのか気になった。
「確かにそうかもしれないな。」
「だったら・・・」
「復讐だよ。」
ゾッとするような静かな声音だった。
「俺の故郷でも同じ実験が行われた。そして妹が吸血鬼にされたんだ。」
俯いてぼそぼそと呟く姿は独り言のようで、深く昏い怨嗟を吐き出しているようだった。
「ふざけるなっ。妹が、リアが何をしたっていうんだ。あいつはいつも明るくて、誰にでも優しくて、こんな俺にも笑いかけてくれて・・・。それなのに、それなのに、あんなにも醜くおぞましい姿に・・・。
だから俺は復讐する。この世から吸血鬼を根絶する。そしてリアを奪ったあの野郎は必ずこの手でぶっ殺す。」
一通り回想を終え再びこちらに目を向けたロビンはまるで悪魔のような顔をしていた。
「悠一、もうわかってると思うけど、これは正式な依頼じゃない。共犯の誘いだ。」
「どうして僕なんだ?そもそもそんなことを言われて乗ると思ってるのか?」
「乗るさ。少なくとも可能性はある。だってお前も神徒の騎士団を裏切ったんだろ?」
予想外の切り返しに思わず黙り込んでしまった。そしてそれが何よりも雄弁な肯定となってしまう。
「吸血鬼の情報を集めるために王都にお邪魔したこともあってな。そこで聞いた噂なんだが、神徒の騎士団には一人魔力をもたない者がいるらしい。そしてそいつが聖剣を持ち去って逃げたとも聞いた。」
「それがどうして僕だと?」
「まずお前は一度も魔法を使ってない魔竜と戦った時もその娘を助ける時もだ。まあそれだけだと証拠としては不十分だが俺の話を聞く態度で確信した。お前は神に背くことに然程忌避感を感じていない。」
「こじつけが過ぎるんじゃないか?」
「かもな。だから少し鎌をかけさせてもらった。それに俺にはお前ぐらいしか味方にできそうなやつはいない。」
藁にもすがる思いということか。しかし僕も追われる身だ。こんな王都の目と鼻の先で目立つことはしていられない。
「言っとくが拒否はできねえぞ。」
僕の思考を先回りするようにロビンが口を開いた。
「断れば俺はお前たちが不利になるように動く。お前の脛は理解している。」
そう言ってロビンは視線をルリに向ける。
その一言で僕は自分がとんでもない勘違いをしていたことに気づく。ロビンは最初からすがるつもりなどなかった。脅迫するつもりだったんだ。
そしてこの脅迫は無視できない。ロビンの言う通りルリはこちら側の弱点いわば脛だ。唯一戦闘力がなく
狙われやすい。昨日は運よくすぐに居場所を突き止められたことと攫ったやつらがルリの真価を理解していなかったため事なきを得たが、あれが王国の手によるものでもっと手の届かない場所に連れ去られていたら?正直どうしようもなかったかもしれない。
だがロビンには先の一件で僕がルリを連れ去られて取り乱す姿を見られている。誤魔化すことはできない。それにロビンほどの実力者に四六時中付け狙われてはルリを守り切れない。
「聞く耳を持つ必要はないわよ、悠一。」
焦燥にかられる僕を叱咤するようにレミアが冷たい口調で言った。
「この誘いに乗るメリットは皆無よ。話にならない。それでこの男が私たちにとって不利に働くのだとしたら・・・」
レミアの手には闇色の魔力渦巻いておりすでに臨戦態勢は整っていた。
「殺してしまえばいいわ。」
殺す。恐ろしい言葉だ。
しかしレミアに言われるまでもなく僕はその選択肢を考慮していた。
早朝なのでギルド内にいる人は少ない。だからこそロビンも不穏な話ができたのだ。いるのは依頼を選んでいる若い二人組の冒険者とけだるそうに座ってる受付嬢だけ。
(3人なら1秒以内に無力化できる。)
そして頭の中ではすでに殺しの算段を立てていた。
まず目撃者の意識を投擲武器で刈り取る。あまり死体を増やしても面倒なので意識を奪うだけだ。
つぎにレミアに退路を塞いでもらい僕がロビンを殺して死体はどこかの荒野にでも捨てて魔獣にでも食わせればいい。
日本でこんな雑な犯行をすれば一瞬で露見するが、この世界にそんな優秀な警察はいないしそもそも冒険者がどこかで死んでいるなど珍しくない。きちんと操作が行われるかすら怪しい。
そしてロビンを殺すことは恐らく可能だ。確かにロビンは並の冒険者では歯が立たないほどの実力を持っているのだろうが殺す気でやれば勝つのは僕だ。それが直感的にわかる。
ロビンもこの状況はある程度想定していたのだろう。すぐに臨戦態勢をとった。だが意識は窓や出入り口に向いている。分が悪いと悟って逃げを打つつもりだ。
場の空気が緊張しまさに一触即発の状態となる。そして・・・
お読みくださりありがとうございます。
またしても日があいてしまって申し訳ありません。
今後は少し時間が取れそうなので次もなるべく早く投稿するようにします。楽しみにしていただけたら幸いです。




