魔王の精霊
初撃は右手の錫杖でも左手の貫手でもなく大口を開けての噛みつき攻撃だった。のっぺりとした顔が裂けるように開かれ、見るからに凶悪な牙が迫ってくる。
僕はエクスカリバーで迎え撃とうとして、やめた。あれをまともに喰らったら死ぬ気しかしない。
全力で退避した僕が一瞬前までいた場所に異形が頭から突っ込んだ。そしてそこにあった血の池が消えた。消滅としか言えない現象。もし剣で受けていたらと思うとゾッとする。
しかし地面に頭を突っ込んでる状態の異形は隙だらけだ。
「縦刃!」
上段からの降り下ろし。基本技のなかでも威力の面ではもっとも優れている技が異形の頭部に直撃した・・・はずだ。僕の目にはそう見えたし、実際剣の動きも止まってる。なのに異常なほど手応えがない。
違和感に戸惑い、逆に隙をさらすことになった僕に異形が振り返り様に錫杖の一撃。硬直してしまっていた僕は受け身もとれず吹き飛ばされる。
何度か地面をバウンドし、壁に叩きつけられる寸前に翼を展開して飛び上がった。天井のある空間で飛行のアドバンテージは少ないがある程度高度を稼げれば充分。
「破城!」
異形の頭上をとった後、飛行を解除して自由落下に任せて降下。同時に真下の異形に渾身の降り下ろし。重力によって加速された斬撃の威力は城をも砕く。しかも聖剣による開放率も引き上げたので純粋に剣速も増している。その分外せば僕がダメージを受けるのだが、異形は避けるそぶりを見せない。
先程と同じく、剣は異形の頭部に直撃している。にも拘らず手応えが無さすぎる。暖簾に腕押し、いや暖簾の方がまだ手応えがあるかもしれない。
間髪いれずに放たれた異形の貫手を今度は身を捻って回避する。そのまま懐にはいり逆手に持ちかえた剣を振り上げて異形の首をとらえる。
「狼牙!」
本来相手の顎や首を打ってそのまま戦闘不能にするかそうでなくても上体をそらさせ隙を作ることのできる技だ。しかしこの異形が相手では押し込むどころか逆に押し返されてしまう。
「穿打!」
足腰を捻り密着状態でも威力を損なわない打法で左の正拳を放つ。相変わらず手応えはなく、バックステップで噛みつき攻撃から逃れる。
正直もう心が折れそうだ。これがただ強いとか硬いとかならまだやりようはあった。しかしこの異形はそういう次元を越えて一切の攻撃が効いてないのだ。エクスカリバーもお手上げなのか『詳細不明』とだけ表示される。
「とにかく攻め続けて突破口を・・・」
『無駄よ。それに対して物理攻撃では歯が立たないわ。』
「ッ!誰だっ!」
唐突に頭に直接響くような声が聞こえて虚空に向かって誰何する。
『ふぅ、やっと繋がったわね。』
「何を言って・・・」
『一から説明してあげてもいいけど、その間に食べられてしまうわよ。』
声の挑発的な物言いに思わずはがみする。正体不明の声は気がかりだが、今は目の前の異形をなんとかしなければならない。
『それは純粋な霊力のかたまり。謂わば実体を持たない概念そのもの。物理攻撃や通常魔法のように実体のある攻撃では効かないわ。』
「そんなのどうしろと。」
『実体のない概念ならあなたも持ってるでしょ。魔力で直接攻撃すればいいのよ。』
「まあ、そうなるんだろうけど、あいにく僕は魔力を持ってな・・・痛っ!」
姿の見えない声に言い返そうとして不意に頭痛が走った。そして脳裏に少し怒ったような表示がでる。曰く、『私を使え!』とのことだ。
ああ、そうか。確かに魔力はないが、魔力で攻撃する手段ならある。
「もっと、優しく教えてくれてもいいだろうに。」
ぼやきながら、地面に剣を突き立てる。僕の意思に呼応して血の池がエクスカリバーへと吸われ魔力に換えられる。
僕の動きに不穏な空気を感じたのか異形は猛烈な速度で突進してきた。今まで見せなかった砲弾のような踏み込み。一瞬で僕に肉迫し、錫杖で薙ぎ払う。
虚を衝かれて思わず大げさに跳んで回避してしまった僕に必殺の噛みつきが迫る。
「少しは学習しろよ。流星!」
翼を展開し噛みつきを回避し今度はあまり高度をとらずに、降下すると同時に剣を降り下ろす。破城よりも威力は劣るが速射性、命中制度、そして何より実用性においては圧倒的に秀でている。
先程までと変わらぬ斬撃。しかし今回は剣に膨大な魔力が蓄積されている。
スドォォォォゥゥゥゥーーーーン!!!!!!
斬撃とは思えないような爆音と閃光が空間を蹂躙した。荒れ狂う破壊は異形を跡形もなく吹き飛ばし僕の足元に大きなクレーターを産んだ。
立ち込める砂煙のなかにももう気配は感じられない。僕は張りつめていた緊張をとき、大きく息を吐いた。
開放に飛行、使いなれてない戦術を多用したせいでかなり消耗している。今すぐ大の字になって寝転がりたいところだが、一刻も早くルリを探さなければ。
「ふぅ、なにもこんなに盛大に破壊しなくてもいいのに。危うく私まで吹っ飛ぶところだったわ。」
唐突に声が聞こえて、瞬時にその方向へ剣を向ける。
果たして、土煙が晴れた先にいたのは一人の少女だった。艶やかな黒髪に水晶のような黒瞳。スラリとした小柄な肢体を包むのは黒いネグリジェのような衣のみ。この少女の印象を語るなら闇精霊という言葉がしっくり来る。
「あらごめんなさい。驚かせてしまったかしら。敵対するつもりはないわ。」
剣を向けられてるというのに少女は平然としている。しかし、敵対の意思はないようで両手をあげてその意を示す。
胡散臭いことこの上ないがその声には聞き覚えがあった。というか、さっき異形の攻略法を教えてくれた声だ。
「僕を助けてくれたのか。」
「ええ、そうよ。まあ、自分が助かるためでもあるんだけど。」
僕の問いに少女は少し意味深に答える。その態度にはとらえどころがなく、この少女に関しては不可解な点が多すぎる。
「お前は何者なんだ?」
「それよりもそろそろ手をおろしていいかしら?さすがに疲れてきたわ。」
「ああ、悪い。」
僕が剣をおさめると同時に少女は手をおろしてわざとらしく肩を回す。
「さて、私が何者かということだったわね。」
少女は舞台役者のように悠然とした所作で胸に手をあて、堂々と告げる。
「私はレミア。私という存在をもっとも端的に表現するなら『魔王の精霊』ね。」
お読みくださりありがとうございます。
近いうちにもう一話か二話ほど投稿する予定なので楽しみにしていただけると幸いです。




