朝の一幕Ⅱ
翌朝。
「ご主人様、朝ですよ。」
小さい力に体を揺すられて、僕の意識はゆっくりと浮上した。
「おはよう、ルリ。」
元より寝覚めはいい方だ。特にごねることもなく起き上がる。軽くのびをしながらあくび混じりに挨拶する。
「おはようございます。ご主人様。」
既に寝衣から着替えたルリが模範的なカーテシーをしながら返礼する。ご主人様呼びにももうすっかり慣れてしまった。
そういえば、ルリは元王族のはずなのにこの侍従らしい振る舞いはどこで身に付けたのだろうか?従者の作法には詳しくないからひょっとしたら見よう見まねなのかもしれないけど。
「早速で悪いけど、鞄から着替えをとってくれないか?」
「はい、手伝いますね。」
「とってって言ったよね!」
素早く僕の指示を履行したルリがこれまた素早く僕の指示にないことをする。当たり前のように僕の寝衣を脱がしにかかるルリに思わず叫んだが、今更な気がして結局容認してしまった。僕もだんだんルリに甘くなっている。
「そういえば、町がやけに静かだな。」
軽めの朝食を摂りながらふと疑問に思ったことを口にする。窓から見た感じでは町に人がいるようには思えないのだ。
僕の唐突な問いにもルリは淀みなく答えてくれる。
「今日は祈誓の儀、日々の幸福と安寧の対価にセレス様への忠誠を誓う日ですからね。この時間は皆さん教会に行ってるんです。」
確か、この世界ではそんな宗教儀式があるんだっけ。神に関しての見解は大半の日本人と同じな僕からしたら全く理解できない風習だが。
「よくもまあ、いるかいないかも分からない相手に時間とって祈れるな。」
「いえ、創世の神セレス様は確かに存在しますよ。」
ルリは真顔で断言した。信仰してる人からしたらそんなものかもしれない。
「神託を聞いたという人がいるみたいです。そういう人はもれなく教会の重役におかれるとか。」
と、思ったら一応根拠があるみたいだ。ただ少し、というかかなり胡散臭い気がするが。
「ペテンなんじゃないか?」
「世界中で老若男女問わず現れてるのでそれはないかと。」
なるほど、それなら確かに信憑性は高い。神を騙って国政を操ろうとする巨大組織の陰謀という可能性もなくはないが、通信手段の乏しいこの世界において世界中にいる人間が同じ意思のもと動くのは不可能に近い。
「そのセレスとやらに頼めば帰れるかな。神託ってどうやったら受けられる?」
「神託を受けるのは先天的な才能のようなもので身に付けるというのはできません。それに、神からのお告げを一方的に聞くだけで、会話したりはできませんよ。」
だとしたらその方法は望み薄か。元よりあんまり期待してなかったけど。
「そういえば、お前って怒らないんだな。」
「はい?」
唐突な僕の言にルリは可愛らしく首をかしげた。
「いや、王城で神を軽んじたこと言うとよく怒られたからさ。」
特に教会関係者に見つかるとそれはそれは面倒な説教を聞かされたものだ。その事を思い出しつつ補足すると、ルリは得心がいったらしい。そしていたって真面目に言った。
「私にとっての神はご主人様ですから。」
「そ、そうか・・・」
もう一度言うがルリはいたって真面目である。
そこまで言われるとさすがに気恥ずかしいので僕は視線を逸らした。ただそれほどまでに信頼してくれてると考えると素直に嬉しいのでくしゃくしゃと頭を撫でてやる。
それだけでルリは心底幸せそうに目を細めた。その様子があまりにも可愛いかったので思わず抱き寄せてしまう。しかし、ルリは嫌がる素振りを見せずされるがままに僕の膝に収まる。
「それで、本日はどのようなご予定ですか?」
僕の腕のなかで喉を撫でられながら、ルリが上目使いに聞いてくる。その破壊力に意識をもっていかれそうになりながらも何とか平静を保って答える。
「いろいろ買わないといけないけど、取り敢えずは武器と防具の調達かな。聖剣一本じゃ今後困るだろうし。」
武器はできる限り秘匿しろ、目立つ防具はつけるなというのがフミ姉の教えだがこの世界ではそうも言ってられない。
普通の格好をさせてるとはいえルリには隠しきれない王族特有の気品というか、ざっくり言うとお金を持ってそうな雰囲気がある。それに僕も異世界の珍しい格好なので暴力で生計を立ててるような輩に真っ先に標的にされる。護身用に武器を持つのは当たり前なので聖剣だけでは抑止力にならない。
例え数十人の荒くれ者に囲まれようとフミ姉の方が怖いと断言できるので、問題ないと言えばそれまでだがいく先々で絡まれたらさすがに面倒だ。
そういう手合いは大抵いかつい容貌だったり体格に恵まれたりするだけで戦闘技術を磨いてるわけではない。だから少しでも戦えそうな相手は選ばないのだ。防具で身をかためるだけでも大分違うはずだ。
「僕は買い物に行ってくるからルリは休んでていいよ。」
「えっ、私も一緒にいきますけど?」
どうやらルリのなかでは僕と一緒に行動するのは物理法則よりも当たり前のことらしい。だが、さすがにそれは容認できない。
「自覚ないかもだけど、この来るまでにお前はかなり疲労したはずだ。だから今日くらいはゆっくり休め。」
「でも、それはご主人様も同じでは?」
「僕はこれでも結構鍛えてるから大丈夫さ。でも、お前はずっと閉じ込められてかなり衰弱してるだろ。正直この町まで来れたのが意外なくらいだよ。体を壊しては元も子もない。いいから黙って休むんだ。これは命令な。」
「め、命令・・・はい、分かりました。」
ん?何で今命令って部分に反応した?いや、深く考えるのはよそう。怖いから。
一応納得はしてくれたがやはりついていけないのは不服なようでルリは目に見えて落ち込んでいた。
「ま、まあ、店が開くまでまだ時間があるし、それまでなら別に、このままでいい。」
慰めか、あるいは埋め合わせでもするかのように反射的に言ってしまった。つくづくルリに甘い。
でも、目の前の少女が笑っていられる現状は、決して悪いものではないだろう。
お読み下さりありがとうございます。
すみませんまた前回の更新から日があいてしまいました。その上未だに吸血鬼が出てこないという不始末。
無能な作者ですみませんほんと。
愛想をつかさずに今後も読んでくださると嬉しいです。




