最初の町4
五分後。あの絶叫は一体何だったのだろうか?結局押しきられてしまった。今僕はルリと向かい合って湯船に浸かっている。
大丈夫だ。ルリは実際には十五才。つまり一つしか違わない女の子だが幽閉されて心も体も十一才で成長が止まっているはず。つまり実質まだ中学にも上がってない無垢な少女でありそれに欲情するような特殊な嗜好は持ち合わせていない。と、五分ほど前の僕は思っていました。
今の心境を簡潔に述べてやろう。完っ全に油断してた!確かにルリは小柄だ。だが慎ましいが確かにある胸のふくらみや綺麗な腰のくびれ、そしてきめ細やかな白い肌は否応なしに女を感じさせる。
結論。ルリはその小さな体に大人になりかけている少女特有の魅力をこれでもかというほど内包していた。これが十一才の無垢な少女?ふざけるな。
そして僕がここまで正確にルリの肢体を分析できたことで察してもらえると思うが、僕は最低限のマナーとして腰にタオルを巻いてるのにルリは完全に全裸なのだ。意味が重複しているがそれ位しないと今の光景は言い表せない。
しかも部屋にあったのは一般家庭にあるようなサイズの浴槽。よって二人で向かい合って浸かろうと思えば当然足を伸ばせないわけだが、何を思ったかルリは三角座りではなく正座をしている。要するに前がオープンなわけで目のやり場に困る。直視したら理性が飛びそうだから。
「やっぱり二人で入るとちょっと狭いですね。」
大慌てな僕の内心を知らずにルリが普通に話しかけてくる。やめて!ただでさえ視覚がオーバーヒートしかけてるのに聴覚まで攻められたらあっさり堕ちちゃうから。男の防衛線って結構脆いんだよ。
だがそれを声にして言うわけにはいかない。ルリは僕のことをちょっと年上の兄代わりくらいに思ってるはずだ。だからこそこうして裸身を晒していられるのだろう。ここで僕が欲情してることがバレたら確実に関係がこじれる。今後のためにもそれだけは避けなければならない。
「確かにそうだよな。やっぱり二人で入ったのは間違いだったんだよきっと。」
なので僕は無難に相槌をうちつつさりげなく今の状況を非難した。
「ですからその、そちらに行ってもよろしいでしょうか?」
なるほど。確かに浴槽の縦方向には結構狭いが横方向にはまだ割りと余裕がある。なので横に並べば二人とも足を伸ばして肩まで浸かれる。それに多少肘や肩が触れ合うことになるだろうが横にいればルリを直視せずにすむ。決まりだな。
「うん、いいよ。」
「ありがとうございます。」
僕が承諾した瞬間バシャッと水音をたててルリが立ち上がった。て、おい!急に立ち上がるな。目をそらすのが遅れただろ。だが内心で一人狼狽する僕に構わずルリはこっちに向かってきたので僕は目をさりげなくそらしながらスペースを開けるために右にずれた。するとルリの進行方向も僕から見て右にずれた。
えーっと。この行動はどんな意図が・・・。とか考えてるうちにルリが腰を下ろした。僕の膝の上に。確かに背の低いルリならこれでも充分肩まで浸かれるし浴槽の限られたスペースを最大限活用するためにはこれが一番なのだろうがそういう問題じゃないだろ。
更にルリは僕に全身を委ねるかのように体重を預けてきてとろけるような表情で熱い吐息を漏らす。
「ふう、気持ちいです。」
何が!?いや分かってるよお風呂がだよね。でもこの体勢でその表情でその台詞は物凄い誤解を招くと思うんだ。主に僕に。
うっわ、ほっそりしてるけどどこも柔かい。それになんかいい臭いするし。肌も間近で見るとより白さが際立つ。ヤバイ、抱き締めたい。
「な、なあ、そろそろ体流したらどうだ?」
「え?でも、まだこっちに来て数秒ですし。」
「別にいいだろ流したらどうだ?」
「ですが・・・。」
「流 し た ら ど う だ?」
「ア、ハイ。」
流石にもう耐えられなくなってきたので強引にルリを湯船から上がらせる。三十六秒。それが僕の限界だった。
半ば強制的に上がらされたルリは戸惑いつつも大人しく髪を洗い始めた。ただ腰まである長い髪を一人で洗うのは大変そうだ。
「髪洗うの大変そうだな。手伝おうか?」
「えっ!?い、いいですよ。自分でできますから。」
だから急にこっち向くなっての。だが今回は予め顔を伏せてたからセーフ。
だけど妙だな。いつも結局は甘えるくせに今回はやけに遠慮している。何か髪を触られたくない事情でもあるのだろうか?まあ、本人が必要ないと言ってるのだから無理に手伝わなくてもいいか。
と、思った矢先、ルリがシャワーに向き直った拍子に跳ね上がった自分の髪が目に刺さるという狙ってもできないような一発芸を見せた。どんな勢いで振り向いたらあんな跳ね方をするんだよ。更にシャンプーの追加効果もあったようでルリは目をおさえながら悶絶している。
「だから言ったのに。ほら、手伝ってやる。」
「大丈夫ですから!ご主人様はゆっくりお湯に浸かってください。」
やっぱり変だな。そんなに髪を触られるのが嫌なのか?とはいえ包丁で自分の顔を切ろうとした少女だ。放っておいたら髪で自分を絞殺しかねない。
僕は強引にルリの後ろをとって無理矢理髪を洗った。長年手入れしてないせいでパサついていたが元の髪質は悪くないらしく少しシャンプーするだけで大分艶を取り戻した。
少しずつ丁寧にルリの髪を洗っていきやがて特にクセの強い頭頂部に達する。そのままだと洗いにくいので一先ず手櫛でクセを治してやる。ピョンっ、クセが一気にもとに戻った。気を取り直してもう一度治す。ピョンっ、また戻った。もう一度。ピョンっ。もう一度。ピョンっ。もう一度。ピョンっ。もう一度。ピョンっ。もう一度。ピョンっ。・・・・・
「嘘だろ。」
思わず愕然と呟いてしまった。なんだこのくせ毛は、生きてるのか?水に濡れても治らないとかありえないだろ。
「ああ、私のくせ毛でしたら治りませんよ。」
「何でだよ・・・」
「昔からこうなんですよ。どんなに梳いてもすぐに戻りますしその部分を切り落としてもまた別のところが跳ねるんです。変、ですよね。こんなの。」
僕に説明した後、ルリは自嘲気味に呟いた。さっきから髪を触らせたがらなかったのはこれを気にしていたからなのか。
「いや、これはこれで愛嬌があって可愛いと思うけど。」
「本当ですか。」
ルリが嬉しそうなだけど不安げな様子で問い返してくる。勿論これは本心なので僕はしっかり頷いておく。
「本当だよ。僕は世辞が苦手だからな。」
「ありがとうございます。」
ルリは後ろからでもわかるほど顔を赤くして俯いた。判断しにくいが少なくともいやがってはなさそうだ。
こうしてみるとルリの華奢な体がよりいっそう際立つ。長い間日に当たってない肌は病的に白く少女の苦しみの年月の重さを思い知らされる。
「ご主人様。」
「ん、なんだ?」
「これからも私と一緒にいてくれますか?」
僕の感傷が伝わった訳ではないだろうが、ルリは不安げに震える声で問いかけてくる。まるで今の幸せがうたかたの夢であるかもしれないことを恐れるように。
本当に僕はルリを救ったのだろうか。諦めたままの方がなにも感じずあれ以上の苦しみを知らず終われたかもしれない。あるいはあの儀式の後、ルリの待遇はもしかしたら改善されたかもしれない。
もしもを挙げればきりがない。だから責めてルリにとっては夢のようなこの時間を夢で終わらせる訳にはいかない。
「ああ、もちろんだ。」
「ありがとうございます。」
力強く頷くと、ルリは心底嬉しそうにはにかみながら僕に体を預けてくる。
守るとはいったが少しは自分でもガードを固くして欲しい。こうも無防備だと、理性を保つのが大変だから。
風呂上がり。ジャージに着替えて歯みがきを済ませた僕は部屋の電気を消してうつ伏せでベッドにダイブした。
ルリがいたせいか、何故かどっと疲れている。風呂って疲れをとる場所じゃなかったっけ?まあいいや。今日はもう寝よう。
「あの、ご主人様。」
そう思った矢先におずおずとルリが声をかけてきた。起き上がるのすら億劫だったので僕は寝返りをうって反応する。
「何?」
「一緒に寝てください。」
やっぱりそう来たか。ここで理由を聞いたら→お化けが怖いから。断ったら→涙目+不安げな声のコンボで、結局押しきられるんだろ。悪いな。もうそのやり取りをする余裕すらない。
「いいよ。」
なので僕は実に気安く許可した。
ルリは「失礼します。」と言ってベッドに上がると自然な動作で横向きに寝そべる僕に抱きついてきた。
ルリの柔らかい全身が余すことなく密着して微睡みかけていた僕の意識が一瞬で覚醒した。更にルリは首筋に顔を埋めているので吐息がくすぐったい。そして髪の毛から漂う女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐる。こんな状況で寝られるわけがない。でもルリは寝ちゃったかな?だとしたら起こすのは忍びない。
「ご主人様。」
起きてたのか。僕は内心の動揺を悟られないように出来るだけ平静な声音で返す。
「何だ?」
「その、ご主人様は気持ちいですか?」
は?何を言ってるんだ。今まで無防備なだけかと思っていたが、まさかわざとなのか。
「おい待て。まさかお化けが怖いってのも嘘か?」
「いえ、昔からお化けは苦手です。でも、それよりも男性はこうされると喜ぶと昔文献で読んだので。」
なんの文献を読んだんだよ。だがそんな余計なことを考えてる間にルリは言葉を重ねていく。
「私はご主人様の所有物ですから、どうぞ心行くまでご堪能ください。」
その言葉に僕は無性に体が熱くなるのを感じた。美しい容姿に華奢な体。弱々しく自らを無防備に差し出すその姿は人の嗜虐性をくすぐり、悪魔的なまでに理性の壁を侵食する。
でもダメだ。ここで流されたらきっと後悔することになる。据え膳食わぬは男の恥とは言うがルリのこれは何か違う。この行動の根底にあるのは愛情でも忠誠でもないもっと別のものだ。
僕はあらん限りの理性を総動員して誘惑を断ち切り、そっとルリの肩を押して拒絶の意思を示す。
「ルリ、お前がどういうつもりかはしらないが自分を安売りするのはやめろ。女の子なんだからもっと自分を大切にしろ。」
「・・・さま・・・です。」
僕の言葉にルリは顔を伏せて何か呟いたが旨く聞き取れなかった。
「ごめん、今なんて?」
「ご主人様だけです。そんな風に言って下さるのは。」
聞き返すとルリは今度はバッと勢いよく顔をあげて叫ぶように言った。その表情は鬼気迫るといった感じで目尻にはわずかに涙がにじんでいる。
「私にはもうご主人様しかいないんです。ご主人様にしかすがれないんです。ご主人様に捨てられたら生きていられないんです。でも私は料理もまともに出来ないし戦いも見ていることしかできない。本当に役立たずで、だから、だから・・・」
だから女であることを利用して自分の有用性を示そうとしたのか。僕に見放されないために。
僕からしたら役立たずだなんてとんでもない。でもただそれを伝えたところで所詮はその場しのぎだ。ルリが自信を持たない限りは根本的な解決にはならない。
「そんなことはない。お前の知識に僕はかなり頼ってるし、それに、その、見た目も可愛いし。それに自覚してないだろうが僕は結構お前に助けられているんだ。」
だから話そう。僕の偽りなき本心を。離すつもりなど微塵もないことを。
「だからずっと側にいろ。これからも側にいて僕を支えてくれ。僕には君が必要だ。」
そう言ってやるとルリは蒼穹の瞳を見開きとうとう感極まったように泣き出してしまった。僕はルリを抱き締めてあやすようにクセだらけの頭を撫でる。
「ありがとうございます、ご主人様。」
本当はルリだって分かっているのだ。僕がルリを捨てないことくらい。一度手酷い裏切りにあってそれがトラウマになっていただけで。
でもこの様子だと少しは安心できたのかな。さっきまでより密着度は上がったが、彼女の辛い内心を吐露された後ではもうやましい気持ちは起こらない。ルリの体を強く抱きしめ返し、その夜は眠りについた。
お読みくださりありがとうございます。
今回は最初の町シリーズ最後の話で悠一とルリの生活風景の二話目。悠一君の台詞がプロポーズのようにしか見えない。後、ルリが献身的すぎる。まあいいや。これくらいの方が俺好みだし。
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