最初の町3
魔竜が出現した騒動がようやく一段落した後、僕は宿屋の部屋に備え付けのキッチンで夕食の準備をしていた。冒険者が利用する安宿では料理等のサービスは一切無い代わりに生活に必要な設備が大体揃っている。ホテルとかと比べると随分と不親切なようにも思えるが野宿とサバイバルがベースの冒険者にとっては屋根と調理器具があるだけで充分ありがたいらしい。もちろん観光客用の旅館に行けばちゃんとしたサービスを受けられるがその分値が張る。今後は何が起こるか分からないので無駄な浪費をさけるために早めからこのシステムに慣れておくために安宿を選んだ。
あの騒動の後、僕とロビンは英雄のように称賛され、またギルド側から謝礼として金貨五枚を渡された。
この世界ではアルミ、鉄、銅、銀、金を主な素材とした貨幣をコムとロードという単位で取引している。アルミ貨幣一枚で一コム。鉄貨一枚は十コム。銅貨一枚は百コム。銀貨一枚は一ロード。金貨一枚は十ロードで千コム=一ロードということになっている。そして一般家庭の平均年収がおよそ十ロードらしい。つまり僕がもらった五枚の金貨なら無駄遣いしなければ五年生活できるということだ。
これでわざわざ働く必要がなくなったので取り敢えず今すぐ必要な食糧とルリの服を何着か買って、今日はもう宿屋で休むことにしたのだ。
閑話休題。
夕食の品が完成したのでテーブルにそれを並べる。今夜のメニューは野菜炒めに米は手に入らなかったので代わりに宿屋の近くで購入したパンと簡単なスープだ。
「なんだかすいません。」
それらの料理を前にルリがまず口にしたのは謝罪の言葉だった。ルリは昔王城の料理当番に料理を習っていたらしく今日も僕のために夕食を作ろうとしてくれたのだがさすがに四年のブランクは長かったようだ。開始五秒でまず包丁で指を傷つけた。その後もめげずに頑張ろうとしたものの今度はフライパンで火傷し挙げ句玉ねぎを切る途中染みた目を包丁を持った手で擦ろうとして危うくその綺麗な顔を切りつけそうになった。
見ていられなくなり結局は僕が準備することにした。さすがに包丁を握ったことがないというほどではないのでこのくらいの簡単な料理はできる。
「いいって、いいって。それよりも冷めないうちに早く食べてくれ。」
「はい、いただきます。」
そう言ってルリはフォークで野菜炒めを一口食べた。そしてとろけたように頬を緩ませた。
「とても美味しいです。」
「それはよかった。」
ルリと同じように僕も野菜炒めを一口食べる。自分で言うのもなんだがなかなかいいできだ。ただ普段使わないフォークでは少し食べるのに不自由だ。
「王都でも思ったけど、やっぱり箸じゃないと食べにくいな。」
「橋?そんなもの食べるんですか?」
僕の呟きにルリは可愛らしく小首を傾げた。
「違う違う。その橋じゃなくて僕の世界で使われていた食器のことだよ。」
ルリの勘違いを正してやりながら僕は箸について簡単に説明した。そんなに面白い話でもないのだがルリはやけに目を輝かせていた。
「ご主人様の世界ではそのような食器を使うのですか。」
「といっても殆ど僕がいた国限定だけどな。」
「差し支えなければもっと教えてください。ご主人様の世界のこと。」
「ん、いいよ。」
その後は僕の世界の話で持ちきりだった。スマホ、電車、アニメ、義務教育。僕にとっては当たり前のことでもルリはいちいち大袈裟なリアクションを取るので話していて結構楽しかった。暫く話しているうちにいつの間にか夕食を全て食べ終えていた。
「ふう、ごちそうさま。」
「ごちそうさまでした。それにしても本当にご主人様のいた世界は不思議な場所ですね。」
「まあ、この世界とは全く違う発達をしたからな。お前が物珍しく感じるのも当然だろ。僕はこの世界も割りと好きだけど、やっぱりもとの生活の方が便利だな。」
僕が故郷に思いを馳せるとさっきまできらきらしていたルリの表情が突然曇った。
「どうした?」
「ご主人様は方法を見つければもとの世界に帰ってしまわれるのですよね?」
その一言で僕はルリが何を不安に感じてるのか察した。今まで気にしてなかったが僕が帰るということはルリが一人になるということだ。そして一人になったルリがこの世界で生き抜くことは難しい。か弱い彼女は僕という加護を失った途端に世の中の魑魅魍魎に抗う術を失うのだから。
でもそれはあまりにも酷すぎる。僕は今多少なりともルリの知識を利用している。ならばその対価に提示した守るという条件を最後まで履行するべきだろう。自分の目的を達成したら即見捨てるような無責任な男になったつもりはない。
だから僕はある提案をした。
「よかったらお前も一緒に来るか?」
「えっ、いいんですか!?」
「まあ、戸籍とか身分証明とかいろいろ面倒もあるだろうけど、普通に生活するだけならなんとかなるだろう。僕が一生養っていけば。」
「え?」
僕の言葉にルリは今度は驚いたように目を丸くしてその後耳まで真っ赤になって恥ずかしげにうつむいた。
「あの、それはいったいどういう・・・・」
その反応で僕は自分がとんでもないことを言ってるのに気づいた。ルリを安心させるための提案のはずがこれじゃあまるでプロポーズみたいじゃないか。
「いや、違う。一生養うって言ってもそういう意味じゃなくて単に生活を支援するだけだ。」
「そうですよね。分かってます。分かってますよ。」
僕は顔が熱いのを自覚しながら慌てて弁解しルリはうわ言のように分かってるを繰り返した。なんとなく気まずくなって僕は強引に話題を変えることにした。
「そういえばまだ風呂に入ってなかったな。疲れてるだろうからお前先入っていいぞ。」
ちなみにこの世界の風呂にもちゃんと浴槽がついている。もちろん給湯器なんて便利なものはないから殆ど常時湯を張ってないといけない旅館とかじゃない限り基本的に魔法でお湯を溜める。他にもドライヤーや食洗機など家電がこの世界では魔法を使う形で実用化されている。
僕は魔力0なのでこれらはルリに起動してもらうことになる。だから先に譲ってやろうと思ったのだがルリは何故か顔を青ざめさせた。話題の度にコロコロ表情が変わるやつだな。
「ん?何か問題あるのか?」
「問題と言えば問題なのですが・・・」
ルリは顔を青ざめさせた状態でもじもじしたり顔を俯かせたり首を左右に振ったりと奇行を繰り返した後に呟くような声音で言った。
「お化けが出るかもしれないので。」
ああ、そういうことか。確かに森でも時々そわそわしてた気がするがそういうことだったのか。でもこればかりはどうしようもない。
「そうは言っても入らないわけにはいかないだろ。万が一お化けが出たら絶対に助けてやるから。」
「あの、その、でしたら・・・一緒にお風呂に入ってください。」
「は?」
一瞬、全ての思考がフリーズした。
「ル、ルリさん。何を仰っているのでしょうか?」
そして何故か敬語になってしまった。
「ですから、一緒にお風呂に入ってください。ダメ、でしょうか?」
正直、入りたいかと言われれば間違いなくイエスなんだが、ここで誘惑に負けてみろ。今後旅を共にする仲間との関係に明確な亀裂が生じてしまう。だから上目遣い+不安げな声という男の退路を容赦なく絶つような必殺コンボにも屈してはならない。
「いやいやいやいやいや、待て待て待て待て待て。大体、お化けなんて不確かな恐怖よりも僕に襲われるかもしれないという現実的な恐怖の方が勝るだろ!?普通!」
「私はご主人様にならなにされても構いません。」
こいつその台詞が男にどんな誤解を与えるのか分かってないな。よろしいならばお望み通り襲ってやろうか。って、アホ!僕は一体何を考えてるんだ。ダメだ。自覚がないまま頭がおかしくなってる。
これはもうなりふり構っていられない。多少ルリを傷つけてしまったとしてもここはキッパリ拒絶せねば。お互いに致命的な傷を負うよりましだ。
「とにかく、僕は絶対一緒には入らないからなぁぁぁぁぁ!!!!!」
お読み下さりありがとうございます。
最近は神徒の騎士団が死にかけたり魔竜をふるぼっこにしたりと殺伐とした話が続きましたが今回は平和なルリと悠一の生活風景。多分次の話で風呂と添い寝という王道イベントをこなして最初の町シリーズは終了し1章が本格スタートする予定です。
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