第3話:殴り込みとポークカツレツの仕込み
シルヴィアとジュリアンが帰った後、ビビアンは店の扉に「準備中」の札を掛けた。
「さてと。それじゃあ、ちょっと『仕込み』をやっておこうかね」
ビビアンが厨房の奥から持ち出してきたのは、料理に使うにはあまりにも巨大すぎる鋼鉄製の肉叩き(ミートハンマー)だった。
ビビアンは厨房のまな板に、巨大な豚のロース肉のブロックを叩きつけた。
「ポークカツレツの仕込み。まずは、丁寧な『筋切り』からよ」
彼女は鋭い包丁を手に取り、赤身と脂身の境目にある白い筋に、等間隔で刃を入れていく。筋は加熱すると強烈に縮む性質があり、これを怠ると揚げた時に肉が反り返り、衣が剥がれてしまうのだ。包丁でチキチキと筋を切る動作。それはまるで、これから騎士団の連中の小賢しい言い訳を一つ一つ論破していく手順のようだった。
「筋を切ったら、次はこれ!」
!!
ビビアンが巨大な肉叩きを振り下ろすと、まな板が真っ二つに割れんばかりの轟音が響いた。肉の繊維を物理的に叩き壊し、柔らかくする工程。しかしその一撃は、明らかに過剰なまでの破壊力を秘めていた。
「クソ上層部が! 妹を! 泣かせるんじゃ! ないわよ!!」
ドスッ! ドスッ! ドスッ!
肉が平たく、巨大に伸びていく。
「殺生やで、この店だけ縦揺れの地震?」
まだ店内にいた常連のゴンザはその振動音を聞きつけるなり、店に長居したことを後悔し始めていた。
見事なまでに柔らかくなった肉に塩胡椒で下味をつけると、次は衣づけの工程だ。小麦粉を薄くまぶし、溶き卵を潜らせ、パン粉をつける。ここでビビアンは、溶き卵に少量のサラダ油を混ぜ合わせた。
「卵液に油を混ぜることで、揚げた時に衣が肉から剥がれにくくなるの。私の妹に対する愛情も、これくらい絶対に剥がれないってことを、あの連中に教えてやらなきゃね」
完璧に普段より薄く薄―く仕込まれたカツレツを冷蔵庫にしまい、ビビアンはエプロンを外した。
「それじゃ、ちょっと出かけてくるわ!」
「おいおいビビアン、どこに行くつもりだ? その物騒なハンマーを持って」
常連のゴンザが、ビールを飲みながら、娘とそっくりなジト目を返す。
「ちょっと騎士団本部までね。お肉の筋を切りにいくのよ。あそこには、筋の通らない腐った連中がたくさんいるみたいだから」
「お、おう。ほどほどにせんとな。あ、店番はやっとくよ。」
ゴンザは本能的な恐怖を感じ、それ以上口出しするのをやめた。
ビビアンが通りへ出ようとした、その時。
「ちょっと待ちや、姉さん」
カランコロン、とドアベルが鳴り、颯爽と入店してきたのはジェシカだった。父親の精肉店から仕入れの帰りらしく、空の籠を持っている。
彼女はビビアンの手元の巨大な肉叩きを見て、額に盛大なシワを刻んだ。
「また何かやらかす気なんや、姉さん」
「まだ、やらかしてないよ。ちょっと騎士団に行くだけ」
「肉叩き持って騎士団て」
「正当防衛の準備よ」
「正当防衛て」
ジェシカはビビアンの顔を凝視し、三秒で全てを理解した。
シルヴィアの縁談の件は、下町ではとうに噂になっていた。
「シルヴィアちゃんの縁談、妨害した連中にお説教?」
「まあそうね」
ビビアンは全く否定しなかった。
「・・・・」
ジェシカは額に手を当て、しばらく天井を仰いだ。それから、静かに籠を床に置いた。
「・・分かった。私も行くわ」
「え?」
「一人で騎士団に乗り込んだら、後で『不法侵入』とか難癖つけられるやん。冒険者ギルドの正規メンバーが同行してたら、『依頼による合法的立ち入り』って言い張れるから」
「あんた頭いいわね」
「姉さんが抜けてるだけや」
ジェシカはジト目のまま、ビビアンの隣に並んだ。
かくして、騎士団本部への「強制的お説教」は、元・後衛のサポートつきで決行されることになった。
なお、後ほどジェシカは騎士団の廊下で接近遭遇した騎士を三人ほどあっさり気絶させたが、本人は最後まで「私は何もしてません、このひとら勝手に転んだんです」と言い張った。
王都の中心部にある、壮麗な騎士団本部。
その厳格な門の前に、巨大な肉叩きを肩に担いだビビアンが現れた。
「おい、貴様! ここをどこだと心得る! 何用だ!」
門番の騎士が槍を構えて威嚇する。
「お仕事お疲れさまぁ。ちょっとあんたらの上層部に、妹の縁談の件で『物理的なお話し合い』をしに来たの」
「はぁ? 貴様、正気か——」
門番が言い終わる前に、ビビアンは肉叩きを軽く振った。
ドゴッ、という鈍い音と共に、門番は白目を剥いて空高く吹き飛んだ。
「・・あっ。いけない、手を出させようと思ってたのに、つい先走っちゃった。ま、いっか。正当防衛、正当防衛っと」
全く正当ではない理論を展開しつつ、ビビアンは騎士団本部へと足を踏み入れた。
そこからは、まさに一方的な蹂躙であった。
「な、なんだあの女は!」
「取り押さえろ! 不審者だ!」
わらわらと湧いてくる騎士たちを、ビビアンは肉叩き一本で次々と「物理」していく。
「あんたらの心根の筋切りよ! おりゃあっ!」
ガキンッ! と騎士の剣を叩き折り、殺さない程度に加減しながら、そのまま脳天に一撃を見舞う。
「お肉は柔らかい方が美味しいのよ! ほら、もっと頭を柔らかくしなさい!」
鎧の上から強烈な打撃を与えられ、騎士たちは恐怖にかられ次々と悲鳴を上げて床に沈んでいく。
あっという間に数十人の騎士を昏倒させ、ついにビビアンは上層部の会議室の扉を蹴り破った。
「失礼しまーす! 琥珀亭からのデリバリーサービスで~す!」
円卓を囲んでいた年配の上級騎士たちが、驚愕に目を見開く。
「き、貴様は、シルヴィアの姉か! 野蛮な冒険者風情が、神聖な騎士団に何たる狼藉を!」
「野蛮で結構。あんたたちがウチの可愛い妹を虐めるから、ちょっとお説教に来たのよ」
ビビアンが肉叩きを円卓に叩きつける前に、円卓は真っ二つに割れ(意味不明)、会議室が地震のように揺れる。
「ヒィッ!」
「さあ、シルヴィアとジュリアンの結婚に文句がある奴は前に出な。一人残らず、この肉叩きで極上のカツレツにしてあげるから」
悪魔のような笑みを浮かべ舌なめずりするビビアンの前に、顔面蒼白となった上層部の騎士たちは恐怖でガタガタと震え上がり、誰一人として文句を言える者は現れなかった。
「お、お姉ちゃん! もうやめてー!」
騒ぎを聞きつけて駆けつけたシルヴィアに泣きつかれ、ビビアンの騎士団本部殴り込み事件は幕を閉じた。
結果として上層部は「姉が凶暴すぎて関わると命が危ない」と実感したことと、過去の戦乙女としてのビビアンとシルヴィア二人のやらかしを聞き及ぶに至り、二人の縁談への横槍は完ぺきに駆逐されたのだった。




