第2話:妹の縁談と海老とキノコのマカロニグラタン
「彼の胃袋は極上ハンバーグで掴んだ。あとは、素直になれない心を『料理』するだけ!」
表は怪力無双の食堂女将。裏は偏屈職人(推し)のガチ恋限界オタク!?
不器用すぎる両片想いは、アツアツの特大グラタンより焦れったい!
理不尽な悪党は肉叩き(ミートハンマー)でカツレツの刑! 濁ったトラブルはコンソメスープのように透き通るまで灰汁とり!
顔に傷のある元・戦乙女が作る極上洋食は、厄介事も、素直になれない職人の心も、美味しく丸ごと包み込みます!
賑やかだったランチタイムが過ぎ、店内にゆったりとした時間が流れ始めた頃。カラン、と控えめな音を立ててドアが開き、二人の人物が店に入ってきた。
「お姉ちゃん、忙しいところごめんなさい」
「やあ、ビビアンさん。こんにちは」
一人は、ビビアンの自慢の異母妹、シルヴィア。長い金髪を清楚にまとめ、歩くたびに光の粉を振りまくような、見目麗しい超絶美少女だ。下町では「聖母」と呼ばれ、彼女目当てで店に来る客も後を絶たない。十五歳の時に敵国の五分の一を更地にした過去など、誰も信じないだろう。
そしてもう一人は、そんなシルヴィアの隣に立つ、銀色の鎧に身を包んだ青年。若手エリート騎士として名を馳せるジュリアンである。剣の腕だけでなく、優しさと知性を兼ね備えた傑物であり、シルヴィアとは現在、相思相愛の仲であった。
「あら、いらっしゃいシルヴィア、ジュリアン。どうしたの、二人揃ってこんな時間に。ほら、座って座って・・。」
ビビアンは二人の表情を見て、直感的に何かがあったのだと悟った。テーブル席に案内し、温かいお茶を出す。シルヴィアは俯きがちに、ジュリアンは申し訳なさそうに口を開いた。
「実は・・私たちの縁談のことなんですが」
ジュリアンが重い口を開く。
「私の実家である男爵家は、シルヴィアさんとの結婚を喜んでくれています。しかし、騎士団の上層部が、この縁談に難癖をつけてきまして」
「難癖?」
ビビアンが眉をひそめる。
「はい。シルヴィアさんが子爵家の『妾の子』であること。そして実の姉であるビビアンさんが、かつて『狂戦士』と呼ばれた野蛮な冒険者であり、下町で食堂を開いているような素性の知れない者であること。それが騎士団の外聞を損ねる、と」
ピキリ、と。ビビアンの額に青筋がハッキリと浮かんだ。
自分を侮辱されるのは構わない。しかし、最愛の妹の幸せに水を差すような真似は、絶対に許せない。
「なるほどね。要するに、正妻のババアの息がかかった連中が、嫌がらせをしてきてるってわけだ」
ビビアンとシルヴィアの父親は、由緒正しい子爵だ。しかし、彼はビビアンたちの母親を見初め、正妻をないがしろにした。それに激怒した伯爵家出身の正妻によって、罠を仕掛けられビビアンの母は死に、シルヴィアの母と二人の娘は屋敷を追い出されたという過去があった。
その影響力が、ジュリアンの所属する騎士団にまで及んできたということか・・・。
「お姉ちゃん、ごめんなさい。私のせいで、お姉ちゃんまで悪く言われて」
シルヴィアがポロポロと涙をこぼす。
「そんなことないわ、シルヴィアさんは何も悪くない! 悪いのは頭の固い上層部です!」
ジュリアンが慌ててシルヴィアの肩を抱く。
その様子を見て、ビビアンはふっと表情を和らげた。
「二人とも、そんな顔しないで。せっかくの美男美女が台無しよ。ちょっと待ってな。心が冷え切った時は、温かいものを食べるのが一番なんだから」
ビビアンは立ち上がり、厨房へと向かった。こんな時にハンバーグやステーキのような重いものは適さない。彼女が選んだのは、心を芯から温める、優しく濃厚な一皿だった。
フライパンを弱火にかけ、たっぷりのバターを溶かす。
そこへ同量の小麦粉を振り入れ、木べらで丁寧に炒めていく。
「洋食の母なるソース、ベシャメル(ホワイト)ソース。焦らず、急がず、優しく育てるのがコツよ」
小麦粉に火が通り粉っぽさが消えてサラサラとした状態になったところで、ビビアンは隣の小鍋で温めておいた牛乳をお玉一杯分だけ加えた。ジュワッ、とソースが牛乳を吸い込み、固まる。そこへすかさず木べらを入れ、力強く練り上げる。完全に混ざったら、また温かい牛乳を加える。
ダマにならないベシャメルソースを作る最大のテクニック。それは「冷たい牛乳」ではなく「温めた牛乳」を数回に分けて加えることだ。温度差をなくすことで、小麦粉が均一に水分を吸い込み、絹のように滑らかなソースに仕上がるのだ。
滑らかなベシャメルソースに、塩、白胡椒、そして少量のナツメグで香りを整える。あらかじめバターで炒めておいたプリプリの海老と、秋の味覚である芳醇なキノコ類、そして茹でたてのマカロニをソースに絡める。耐熱皿にこんもりと盛り付け、上からたっぷりのチーズとパン粉を散らす。あとは高温の魔導オーブンで一気に焼き上げるだけだ。
「はい、お待たせ。琥珀亭特製、海老とキノコのマカロニグラタンよ」
グツグツと沸き立つソース。こんがりと黄金色に焼き上がったチーズの香ばしい匂いが、テーブルに広がる。
シルヴィアとジュリアンは、おそるおそるスプーンを伸ばした。
パリッとしたチーズの焦げ目を突き破ると、中から熱々のベシャメルソースが湯気と共に溢れ出す。フーフーと冷ましてから口に運ぶと、二人の顔にパッと花が咲いたような驚きが広がった。
「美味しい。すごく優しくて、濃厚で」
「海老の旨味とキノコの香りが、滑らかなソースに完全に溶け込んでいます。これは、素晴らしい!」
熱いグラタンをハフハフと頬張るうちに、二人の顔から先ほどの暗い影が消え、自然と笑顔が戻っていた。
「美味しいものを食べれば、大抵の悩みはどうでもよくなるのよ。あんたたち二人は、しっかり愛を育みなさい。外野の雑音なんて、気にしなくていいから」
ビビアンは優しく微笑みながら、二人を見守った。
(・・・とはいえ、可愛い妹を泣かせた連中を、このまま野放しにしておくわけにはいかないわね)
ビビアンの瞳の奥で、かつて戦場を震撼させた「狂戦士」の暗い炎が、静かに灯っていた。
【最後にお願いです!】
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「妹への想いが尊い!」
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