表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/31

第1話:偏屈職人と大盛ハンバーグ

「彼の胃袋は極上ハンバーグで掴んだ。あとは、素直になれない心を『料理』するだけ!」

表は怪力無双の食堂女将。裏は偏屈職人(推し)のガチ恋限界オタク!?

不器用すぎる両片想いは、アツアツの特大グラタンより焦れったい!

理不尽な悪党は肉叩き(ミートハンマー)でカツレツの刑! 濁ったトラブルはコンソメスープのように透き通るまで灰汁(あく)とり!

顔に傷のある元・戦乙女が作る極上洋食は、厄介事も、素直になれない職人の心も、美味しく丸ごと包み込みます!

 カランコロン、と琥珀亭のドアベルが陽気な音を立てる。

「いらっしゃい! 空いてる席に座ってね!」


 王都の下町に店を構える『琥珀亭』は、今日も昼時から混み合い、食の戦場と化していた。

 あれから様々な褒賞を元手に建て替えた木造りの温かみのある店内には、食欲をそそる肉の焼ける匂いと、濃厚なデミグラスソースの香りが充満している。戦争の特需と液状魔導石マナ・オイルラッシュにより大賑わいとなったこの街の客層は近所の商人や職人、非番の兵士たちなど様々だが、みな一様に胃袋の限界に挑むような顔で、大盛りの料理にかぶりついていた。


「おいビビアン! 今日も日替わり定食、大盛りで頼むぜ!」

 カウンター席から大声を上げたのは、向かいで精肉店を営むゴンザだ。立派な髭を蓄えた五十代の筋骨隆々な男だが、ビビアンの料理の前ではいつも子供のように目を輝かせる。

「はいはい、ゴンザのおっちゃんね。大盛りハンバーグ、ちょっと待ってて!」

 厨房から声を返すビビアンは、褐色の肌に白いエプロンをきりりと締め、額に汗を浮かべながら巨大なボウルと格闘していた。左頬には、かつて戦場で負った痛々しい十字の傷痕がある。しかしその豪快な笑顔と底抜けの明るさのせいで、今では下町の名物女将としてすっかり親しまれていた。


「・・おい、ビビアン。お前、また素手で肉をこねてるのか。道具を使え、道具を!」

 ゴンザが呆れたように言うと、隣に座っていた花屋のマーサが笑いながら同調した。

「いいじゃないのゴンザさん。ビビアンちゃんのあの『怪力こね』がないと、ハンバーグが美味しくならないんだから」

「そうよ! おっちゃんから仕入れたこの特上合い挽き肉、私の愛情パワーで極上の粘りを引き出してやるんだから!」


 ビビアンの前に置かれた巨大なステンレスボウルの中には、山盛りの牛豚合い挽き肉、炒めた玉ねぎ、卵、パン粉、そしてナツメグなどのスパイスが入っている。洋食の基本にして至高、ハンバーグ。その成否を分けるのは、タネの温度管理だ。手の温度で肉の脂が溶け出してしまえば、焼いた時に旨味である肉汁が全て流れ出してしまい、パサパサの仕上がりになってしまう。

 それを防ぐためのプロの技が、「氷水でのタネ練り」である。ビビアンはボウルの底を一回り大きな氷水入りのボウルに当て、肉を冷やしながらこねていた。しかし冷たい肉をこね続けるのは、普通の人間にとっては手がかじかむ重労働だ。

 だが、元・超一流の冒険者である彼女にとって、そんなものは準備体操にもならない。

「おりゃああぁぁぁッ!」

 気合と共に、ビビアンの太い腕が残像を残すほどのスピードでボウルの中をかき回す。ボウルが悲鳴を上げ、肉の繊維がすさまじい勢いで絡み合っていく。わずか十秒足らずで、肉のタネは白っぽく変色し、ボウルを逆さにしても落ちないほどの極上の粘りを生み出した。

「よし、完璧! 肉汁一滴たりとも逃さないわよ!」

 ビビアンはタネを手に取ると、ペチッ、ペチッとリズミカルに両手でキャッチボールをして中の空気を抜く。空気が残っていると、焼いている途中にそこから割れて肉汁が漏れてしまうのだ。小判型に整え、中央を親指で軽く凹ませる。火の通りを均一にするための工夫だ。

 そして、煙が出るほど熱した厚手のフライパンに、タネを一気に並べる。

 !!

 暴力的なまでの肉の焼ける音が厨房に響き渡り、香ばしい匂いが弾けた。強火で表面を一気に焼き固め、旨味の流出を防ぐ壁を作る。底面にこんがりと焼き色がついたのを確認すると、フライ返しで鮮やかに裏返す。ここからが、琥珀亭特製ハンバーグの真骨頂である。

「いくわよ!」

 ビビアンはフライパンに赤ワインを回し入れた。

 !!

 瞬間、フライパンから立ち上ったアルコール分に火が引火し、猛烈な炎が天井近くまで燃え上がる。フランベの技法だ。アルコールを飛ばすことでワインの豊かな風味と酸味だけを肉に移し、同時に肉の臭みを消し去る。

 炎が収まり、ハンバーグをイジらないよう”そっと”ヘラでフライパンにこびり付いている旨味をこそぎ取ったところで、ビビアンはずん胴鍋で数日間煮込み続けている漆黒のデミグラスソースをたっぷりと注ぎ入れた。牛骨と香味野菜を焦がす手前まで炒め、何度も濾して煮詰め旨味を凝縮させた、ビビアンの血と汗の結晶である。

ソースの中でハンバーグがグツグツと煮込まれ、照りのある艶やかなコーティングが施されていく。

「はい、お待たせ! ゴンザのおっちゃん、特大デミグラスハンバーグ定食!」

 どんっ、とカウンターに置かれた皿には、肉汁でパンパンに膨れ上がった大人の掌ほどもあるハンバーグが鎮座していた。ナイフを入れた瞬間、閉じ込められていた透明な肉汁が滝のように溢れ出し、漆黒のソースと混ざり合って黄金色に輝く。

「うおおっ! これだよこれ! いただきまーす!」

 ゴンザが夢中でハンバーグを口に運び、熱さにハフハフと言いながらも至福の表情を浮かべる。

「ふふん、今日もいい仕事したわ」

 ビビアンが腰に手を当てて満足げに頷いた、その時だった。

「……おい。こんな脂っこくて熱いだけの肉塊が、美味いわけないだろうが」

 店内の賑わいを切り裂くような、ひねくれた低い声。

 店の隅のテーブル席で、腕を組んで不満げに鼻を鳴らしている男がいた。いつも真っ赤な作業着を着ているその男~天才魔導具職人・レッドである。短く整えられた黒髪、鋭利な刃物を思わせる灰色の瞳。無駄を削ぎ落とした彫像のような面立ちには、苦みと孤独が深く刻まれており、年齢よりもずっと古びた静けさを纏っていた。彼が手掛ける魔導具は、スイッチ一つ、継ぎ目一本に至るまで妥協のない研ぎ澄まされたフォルムを持ち、美しい道具には理由なき装飾など存在しないという確固たる哲学が、すべての造形に宿っていた。人と関わることを頑なに拒み、工房には弟子も取らず、己の仕事だけを世界との接点としている彼が、なぜかこの琥珀亭には毎日顔を出していた。


「ああん? レッド、あんたまた文句言いに来たの? 文句あるなら食べなきゃいいじゃない!」

 ビビアンがカウンターから身を乗り出して言い返す。

「勘違いするな。俺は俺の崇高な発明のインスピレーションを得るために、下々の者が何を食べているか視察に来てやっているだけだ。だいたい、こんな熱すぎるハンバーグ、俺の繊細な胃袋に合わん! もっと俺の好みに合わせた焼き加減にしろ!」

「はぁ!? あんたの胃袋なんて知るか!猫舌のお前が熱いなら私がフーフーしてやろうか!」

「ば、馬鹿野郎! 誰がお前なんかにッ!」

 ビビアンの勢いに、レッドは顔を真っ赤にしてそっぽを向く。


 そのやり取りを見て、マーサが呆れたようにため息をついた。

「やれやれ、あんたたちねぇ。毎日毎日、飽きもせずによくやるわ。レッド、文句言いながらもうご飯三杯目じゃないの。素直に『美味しい』って言いなさいよ」

「う、うるさい! 俺の発明が世界を照らすためのエネルギー補給だ!」

 レッドは痛いところを突かれ、猛烈な勢いでハンバーグをご飯にバウンドさせ、口いっぱいに頬張った。

(・・まったく。素直じゃないんだから。でも、そんなところも・・可愛いんだけどね)


 ビビアンは心の中でひっそりと呟きながら、左頬の傷をそっと撫でた。彼女の稼ぎの大部分は、レッドが作る研ぎ澄まされた魔導具を、ギルドマスター経由で匿名で買い取るために消えている。彼の作品には必ず、使う者への深い思索が宿っていた。彼をこっそり応援するのが、彼女の密かな生きがいだったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ