第3話:戦乙女と、はじまりのオムライス
いらっしゃいませ!『琥珀亭』へようこそ!
本作は、かつて「戦乙女」と呼ばれた顔に傷のある怪力ヒロインが、下町で絶品洋食を振る舞いながら、素直になれない天才職人と不器用すぎる恋を育む物語です。
※本作をお読みいただく前の【重要なお願い】※
本作には、深夜の読書には極めて不適切な「飯テロ描写」が多量に含まれております。空腹時の閲覧は自己責任でお願いいたします。
理不尽な悪党やトラブルは、ヒロイン(と、怒らせるとヤバい最強の妹)が圧倒的な「力」でサクッと粉砕しますので、ストレスフリーでお楽しみいただけます!
「素直になれない偏屈男」と「推し活をこじらせた怪力女将」の焦れったい両片想いと、カロリーと愛情たっぷりの絶品洋食。
それでは、お腹を空かせてお進みください!
ビビアンが目を覚ましたのは、それから数日後のことだった。
むせ返るような血の匂いはなく、代わりに埃っぽくもどこか懐かしい木の香りがする。
「お姉ちゃん! 気がついたの!?」
視線を動かすと、涙目で覗き込んでくるシルヴィアの顔があった。泥汚れは落とされ、綺麗な顔立ちが戻っている。あの無表情の殺戮者の面影は、どこにもない。
「シル・・ヴィア・・・? ここ、は・・?」
「私たちが生まれた下町の裏路地よ。昔お母さんと一緒に住んでた、あの古い小屋よ」
身体を起こそうとして、ビビアンは顔をしかめた。背中の中心部から肩にかけて、そして左頬に、引きつるような痛みが走る。包帯が厳重に巻かれていたが、傷が深く残ることは戦士の勘で理解できた。
(あー、母譲りの肌が台無しね。)
のんきにそんなことを考えながら、ビビアンはぐるりと室内を見渡した。雨漏りのする天井、隙間風の入る壁。鍋や食器は錆びつき、お世辞にも人が住めるような環境ではない。
しかし、生きて、妹と共に帰ってきたのだ。
その時、静かな小屋の中に盛大な音が鳴り響いた。
ビビアンの腹の虫である。
「・・・あはは、ごめん。腹ペコで」
「ふふっ、お姉ちゃんたら」
シルヴィアがくすくすと笑う。ビビアンもつられて笑い、ゆっくりと立ち上がった。
「よし。感動の再会は腹ごしらえの後だ。何か食べるもの、作らなきゃ」
「お姉ちゃん、さすがに無理だわ。丸三日寝てたし、ケガもあるし、配給されたものがあるから私がやる」
「いや待ちな、ホレっ」
三日間付きっ切りで看病してくれ疲れた様子のシルヴィアに気を使わせないよう、ビビアンはケガをものともせず、普段と変わらない俊敏な動作を見せつけ、逆光を身にまといキラリと光って"にんまり"笑ってみせた。
「お姉ちゃんたら」
シルヴィアは呆れて笑い、ビビアンはホコリまみれの小さな台所へと向かった。
母と過ごした懐かしい台所に配給された食材が載っていた。
少ししなびた玉ねぎ。
小ぶりな鶏肉。
乾燥米。わずかに残っていた甘味強めのトマトペースト。
小さな壺には、黄金色のバターと、新鮮な卵が四個ほど。
「・・・卵とバターか。よし、いっちょ気合入れて作りますか」
ビビアンは剣ダコのある、しなやかな指で器用に食材を処理していく。
まずは玉ねぎと鶏肉を細かく刻み、米とバターと共にフライパンで炒め、水分を足してパエリアのように火を通していく。米が硬めに煮え水分があらかた飛んだところで、塩と胡椒、そしてトマトペーストで味付けをし、即席のチキンライスを作り上げて皿に盛る。
ここからが本番だ。
ビビアンはフライパンを手早く洗い、シルヴィアが軍の宿営地からくすねてきた簡易魔導具のコンロの火力を最大まで引き上げた。
「いい、シルヴィア。料理ってのはね、戦いと同じ。一瞬の隙が命取りなのよ」
強火でガンガンに熱した黒鉄のフライパンに、残ったすべてのバターを落とす。
ジュワッ!! という軽快な音と共に、黄金色の液体が瞬く間に広がり、ふくよかで甘い乳脂肪の香りが鼻腔をくすぐる。
バターの泡が細かくなり、焦げる直前の「最高に香りが立つ瞬間」を見極め、ボウルに溶いておいた卵液を一気に流し込む。
ジュワァ! 縁の卵がフリル状に白く固まり始める。
「ここッ!」
ビビアンは右手で菜箸を握り、フライパンの底を掻くように猛烈なスピードで卵液をかき混ぜる。左手はフライパンの柄を握り、前後に細かく揺する。空気を含ませるように素早くかき混ぜることで、卵は火が通り過ぎず、とろとろの半熟スクランブル状態を保つ。
そして、流れるような動作で火からフライパンを少し遠ざけた。
ここからが、洋食の神髄である「手首のスナップ」だ。
ビビアンはフライパンを傾け、卵を奥へと寄せる。そして、柄を握った左手の手首のバネだけを使い、トントン、トントンとリズミカルに柄を叩く。見事な力加減と振動により、フライパンの中で半熟の卵がくるりと回転し、魔法のように美しいラグビーボール状へと巻き上がっていく。一切の焦げ目がない、滑らかで艶やかな黄金色の紡錘形。継ぎ目を下にして、火の余熱でわずかに固めて形を整える。
「はい、お待ち!」
手首を返し、先に作っておいたチキンライスの上に、その黄金色の卵を滑り落とすと卵が震え、チキンライスの上を優しく包み込んだ。
簡素な木皿の上に現れたのは、そこだけ光り輝いているかのような、完璧なフォルムのオムライスだった。
「わぁ!」
シルヴィアの瞳が、宝石のように輝く。
ビビアンは洗い物をするついでに戸棚にあった木のスプーンを拭いて、妹に手渡した。
「食べな。冷めないうちに」
シルヴィアはこくりと頷き、スプーンを黄金色を纏った紡錘形の山に突き立てた。ふわりと柔らかなとろけ出すような半熟の卵と、まだ湯気を立てるチキンライスをスプーンですくう。
熱い一口を"ふー"して軽く冷ましてから、小さな口に運ぶ。
「・・ん!」
シルヴィアの目が大きく見開かれ足をバタバタさせた。
強火で一気に仕上げられた卵は、ふっくらとクリームのように滑らか。バターの濃厚なコクと香りが、トマトの酸味を帯びたチキンライスと絶妙に絡み合い、口の中で爆発するような旨味を放つ。修道院食と野戦食、そして昔に母が作った味しか知らなかった少女の味覚に、それは優しすぎる口福となって染み渡った。
「おいしい。お姉ちゃんのオムライス、世界で一番、おいしい・・・」
ポロポロと、シルヴィアの大きな瞳から涙がこぼれ落ちた。
「はい、お姉ちゃんも!!あーん。」
オムライスの乗ったスプーンをビビアンに差し出す。
「おっ旨えなぁ」
それは姉が助かった安堵と、温かい食事に満たされた幸福の涙だった。
顔をくしゃくしゃにしてオムライスを頬張る妹を見て、ビビアンはふっと笑い、頬の傷の痛みを忘れるように天井を仰いだ。
(・・・はーん、そうか。私はもう、剣なんて振り回したくないんだ)
誰かを傷つけるための力ではなく、誰かを笑顔にするための力を振るいたい。この妹の笑顔を守れて、美味しいものを食べて、笑って生きていけるなら、顔の傷痕なんて安い勲章と感じた。
「シルヴィア。私、決めたわ」
「……ん? なぁに、お姉ちゃん」
口の周りを赤くしたシルヴィアが首を傾げる。
シルヴィアの口元を拭ったビビアンは、フライパンを両手剣の代わりに肩に担ぎ、ニカッと歯を見せて笑った。
「私、冒険者を引退する! そして、ここで食堂を始めるわ! 名前は・・シルヴィア決めて!」
「そうねうん、お姉ちゃんの瞳の色から『琥珀亭』なんてどう?」
「よしそれでいくか」
ビビアンはニカッと快活に笑い、シルヴィアもつられて嬉しそうに微笑んだ。
これが、後に王都の美食家たちですらお忍びで通い詰め、近所の偏屈な天才職人が入り浸り、怒らせると国が滅ぶ力を持つ下町の聖母が看板娘を務めることになる伝説の食堂~ 『琥珀亭』の、はじまりの出来事だった。
そしてビビアンのその宣言から数日後。
下町の古びた小屋の前に、一人の女が仁王立ちしていた。
「……姉さん、正気?」
短く切り揃えた茶色の髪に、冒険者の証である革鎧の上着。
ジェシカだった。正規の冒険者として独立した彼女は、戦場帰りのビビアンの噂を聞きつけ、わざわざ下町まで足を運んできたのである。
「正気も何も、もう決めたのよ。食堂やるわ」
「食堂て・・・・。姉さん、あの戦場で見た姉さんの剣技、大陸に十人もおらんような化け物やったやん。それを捨ててしもうて、全く姉さんてひとは」
「料理も戦いと同じって言ったでしょ。……あんた、ゴンザのとこで肉を仕入れてる伝手があるでしょ。融通してくれない?」
「……はぁ」
ジェシカは盛大にため息をついた。ビビアンの決意が本物であることは、付き合いの長さで分かってしまった。この人は、一度こうと決めたら山が動いても何も変わらない。
「……分かった。父ちゃんには話しとく。ただし」
ジェシカはビビアンの顔を、真っ直ぐに見た。
「開店の日は呼んでや。一番乗りで食べに行くから」
ビビアンは少し驚いた顔をして、それからニカッと歯を見せて笑った。
「当たり前じゃない。あんたの分は一番大盛りにしてあげるわ」
「……いや、量はごくふつうでええわ」
ジェシカは呆れたようにジト目を返しながら、しかしその口元はわずかに緩んでいた。
【最後にお願いです!】
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「お腹が空いた!」「洋食が食べたくなった!」
「二人の両片想いが尊い!」「妹の魔法無双が最高!」
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