第2話:戦乙女と絶望の業火
「待てッ! 狂戦士! 貴様、これを見てもまだその剣を振るえるか!」
敵陣の奥から、恰幅の良い敵将軍が声を張り上げた。
兵士たちが道を開け、ビビアンの眼前に引きずり出された『それ』を見た瞬間、ビビアンの心臓はひび割れるほどの激しさで打ち始めた。
そんな馬鹿な。絶対嘘。
ボロボロの衣服。首には禍々しい呪いが刻まれた隷属の首輪。泥にまみれ、怯えたように震えている華奢な少女。新雪のような白い肌に、月の光を紡いだような白銀の髪。
それは、十年前—エルフ系美女マニアの高位貴族であった父に見初められ、本妻の陰謀で実家を追放された後に母と死に別れ、妹を養う金を稼ぐために泣く泣くヴェルデン地方のある修道院に預けて生き別れたはずの、最愛の異母妹・シルヴィアだった。
「シ、シルヴィア・・・!? なんであんたが、そんな所に! ヴェルデン地方のシスター達に頼んで、絶対に安全な場所に匿ってもらっていたはず!」
「ふははは! 驚いたか! 貴様という化け物をどうにかするため、故郷の貴族どもを締め上げさせてもらったわ!」
「っ、あいつらが!?」
「ご名答! 奴らは自分たちの領地の安全と引き換えに、ヴェルデン地方に隠した『邪魔な妾の子』の居場所を、喜んで我々に売り渡したぞ! 抵抗すれば、このハイエルフの血を引く小娘の首が飛ぶと思え!」
卑劣な言葉に、ビビアンの頭に血が上る。自分たちからすべてを奪った挙句、保身のためにたった十五歳の妹を敵国に売った実家への憎悪。
「お、おねえ・・・ちゃん・・・?」
虚ろだったシルヴィアの翡翠色の瞳に、わずかな光が宿る。
その瞬間、敵将軍は冷酷な笑みを浮かべ、背後の魔導兵に合図を送った。
「馬鹿め、隙だらけだ! やれッ! 小娘ごと狂戦士を消し飛ばせ!!」
放たれたのは、戦術級の破壊魔法だった。液状魔導石に引火しない程度に巧妙に制御された灼熱の業火が、シルヴィアの背後から迫る。
思考よりも先に、ビビアンの身体が動いていた。大剣を放り投げ、音速すら恥じ入る踏み込みでシルヴィアの前に躍り出ると、その小さな身体を己の胸の中にきつく抱きしめ近くのクレーターへ飛び込んだ。
「伏せてッ!!」
直後、圧倒的な熱量と衝撃がビビアンの背中を直撃した。さらに、爆風に乗って飛来した鉄の破片が、その鋭利さによって彼女の美しい左頬を深く、無惨に切り裂く。
「がっ・・あああああぁぁぁぁッ!!」
肉が焼け焦げる匂い。激痛。視界が真っ赤に染まり、ビビアンの身体はシルヴィアを抱きしめたまま、力なくその場に崩れ落ちた。
「は、ははは! 見たか! あの狂戦士が、見事に焼け焦げたわ!」
「さすが将軍閣下!」
敵陣から湧き上がる歓声。
しかし、その歓声はすぐに鎮まることになった。
「・・お姉ちゃん?」
ビビアンの腕の中で、シルヴィアが呟いた。
ビビアンは薄れゆく意識の中、血まみれの顔で無理やり笑みを作った。
「シルヴィア、無事、ね・・。よかっ・・た、わ・・」
ガクン、とビビアンの首が落ちる。背中と顔の傷は深く、完全に意識を消失していた。
ピチャリ。
ビビアンの頬から流れた血が、シルヴィアの白い頬に落ちた。
その刹那。
「・・・あ」
空気が、凍りついた。
戦場の喧騒が、ピタリと止んだ。
風が凪ぎ、鳥の鳴き声すら消え失せた。
まるで世界からあらゆる「音」が停止したかのような、異様な静寂がこの周囲一帯を包んだ。
シルヴィアは、傷ついた姉を丁寧に寝かせ、ゆっくりと立ち上がった。
首にはめられた絶対服従の隷属の首輪が、音もなく粉々に砕け散る。
うつむいていたシルヴィアが、顔を上げる。
普段はニコニコとしていたはずの可愛らしい顔面から、一切の表情が抜け落ちていた。瞳孔は真っ黒に濁り、ハイライトが完全に消え失せている。
「・・お姉ちゃんを、傷つけた?」
地獄の底から響くような、現実感のない声だった。十五歳の少女から発せられたとは到底思えないその声に、勝利を確信していた敵将軍の背筋に、氷のような悪寒が這い回った。
「な、なんだこのプレッシャーは・・・!? 魔法部隊! 狂戦士と同様焼いてしまえ!」
しかし、遅かった。
シルヴィアの足元から、漆黒の魔力が力強く噴き上がる。しかしそれは天へ向かうのではなく、彼女の足元——大地深くへと突き刺さっていった。突如として、戦場全体を揺るがすような不気味な地鳴りが響き渡る。
「な、なんだ!? 地震か!?」
「将軍閣下! 前方の地下から、規格外の魔力反応が! このままでは地下の油脈に引火します!!」
「ハーフ止めろ。よせ! 大陸最大の油脈が爆発すれば、この一帯ごと消し飛ぶぞ!!」
敵陣が恐慌状態に陥る中、シルヴィアは冷たい声で呟いた。
「・・・じゃあ、燃えないように『切り離せば』いいだけ」
シルヴィアが両手を横に広げ、ゆっくりと持ち上げる。鼓膜を破るような重低音と共に、アイゼナハルト魔導帝国軍五万人が陣取る大地の周囲に、天まで届く漆黒の巨大な魔力障壁が円筒状に出現した。
それは地上のみならず、地下深くに眠る液状魔導石の巨大な油脈を、まるでケーキを型抜きするようにスッパリと物理的・魔力的に「分断」し、隔絶する絶対の檻であった。
「なっ・・・地下の油脈ごと、空間を分断しただと・・・!? ハイエルフの血を引いていたとしても、一個人が扱える次元の魔法ではないぞ!?」
驚愕で顔を引きつらせる将軍を冷たく見下ろし、シルヴィアは無慈悲に宣告した。
「お前たち、これが欲しかったんでしょ? だったら・・・全部あげる」
パチン、と。
一切の感情が抜け落ちた少女の細い指が鳴らされた。それが、アイゼナハルト魔導帝国軍の終わりの合図だった。
隔離された大地の下、アイゼナハルト魔導帝国軍の真下に位置する油脈に対して、シルヴィアは超圧縮した着火魔法を放り込んだ。
直後。天地がひっくり返るような、破壊の極光が炸裂した。戦略級などというチャチな表現では到底追いつかない神の御業。隔離障壁の内側だけで、まるで小型の太陽が地上に降臨したかのような超絶的な爆発が巻き起こった。純度100%のマナ・オイルがもたらす圧倒的な熱量と爆風は、魔力障壁の檻によって逃げ場を失い、すべてが上空へと向かって一気に噴き上がる。
大地を抉り、重武装の兵士たちを松明のように呑み込みながら、天を焦がす巨大な火柱が立ち昇った。あまりの光と熱に周囲の空間が変形して歪み、地表はガラス結晶化していく。
しかし、シルヴィアの展開した障壁の「外側」 ビビアンが倒れている場所や、本命の油脈がある後方には、火の粉一つ、熱波の欠片すら届いていない。五万人の命を蒸発させるほどの爆発を、たったひとりの少女が完璧に制御しきっていた。
それは戦闘ではなく、ただの蹂躙。
十五歳の少女が放つ、慈悲の欠片もない絶望の業火。
肉体的なダメージだけではない。
「二度と武器を持とうと思えなくなるほどの圧倒的な恐怖」と「生きて故郷の土を踏むのが恥ずかしくなるほどの屈辱的な呪い(将軍に至っては知覚すら与えられずに原子へと分解され、影も形もなく消滅した)」を植え付けられたアイゼナハルト魔導帝国軍は、その数を千分の一以下に減らし、わずかとなった手勢は失禁し発狂しながら敗走していった。
後に『もう一人の戦乙女による一方的虐殺』として歴史の裏に刻まれるこの事件により、長きにわたる戦争は、唐突な終わりを迎えたのである。
「彼の胃袋は極上ハンバーグで掴んだ。あとは、素直になれない心を『料理』するだけ!」
表は怪力無双の食堂女将。裏は偏屈職人(推し)のガチ恋限界オタク!?
不器用すぎる両片想いは、アツアツの特大グラタンより焦れったい!
顔に傷のある元・戦乙女が作る極上洋食は、厄介事も、素直になれない職人の心も、美味しく丸ごと包み込みます!




