第1話:戦場の戦乙女と、推し活
いらっしゃいませ!『琥珀亭』へようこそ!
本作は、かつて「戦乙女」と呼ばれた顔に傷のある怪力ヒロインが、下町で絶品洋食を振る舞いながら、素直になれない天才職人と不器用すぎる恋を育む物語です。
※本作をお読みいただく前の【重要なお願い】※
本作には、深夜の読書には極めて不適切な「飯テロ描写」が多量に含まれております。空腹時の閲覧は自己責任でお願いいたします。
理不尽な悪党やトラブルは、ヒロイン(と、怒らせるとヤバい最強の妹)が圧倒的な「力」でサクッと粉砕しますので、ストレスフリーでお楽しみいただけます!
「素直になれない偏屈男」と「推し活をこじらせた怪力女将」の焦れったい両片想いと、カロリーと愛情たっぷりの絶品洋食。
それでは、お腹を空かせてお進みください!
空はどんよりと鉛色に濁り、焦げた土と血、そして油を含む微かな匂いが風に混じっていた。
大陸の覇権を巡る、泥沼の戦争。
事の発端は、数年前から始まったアイゼナハルト魔導帝国の凄まじい経済恐慌だった。急激な工業化と魔導兵器の開発によってエネルギー資源を食いつぶした「アイゼナハルト魔導帝国」は、自国の資源枯渇と物価の高騰を補うため、隣国との国境地帯へと侵略の牙を剥いた。
彼らが狙ったのは、国境の緩衝地帯——ヴェルデン地方ののどかな農業地帯であったこの土地の地下に眠る、大陸最大規模の『液状魔導石』の油脈であった。
資源を手に入れなければ国が困窮し存亡の危機にあるアイゼナハルト魔導帝国軍。
領土と莫大な利権を奪われまいとするグランデリア王国軍。
両国はかつてない規模の軍勢を衝突させたが、戦況はすぐさま膠着状態へと陥った。地下に膨大なエネルギー資源が眠るこの土地で、広範囲の破壊魔法や爆撃を行えば、資源ごと大地が吹き飛んでしまうからだ。
結果として、両軍は互いに強力な魔法の使用を禁じられ、泥にまみれた塹壕の中で、歩兵同士が数メートル先の陣地を剣と槍で奪い合うという、原始的で陰惨な白兵戦を強いられることになった。
そんな、一歩進むのに百の命が散る最前線の荒野の中央で。ひとりの女戦士が、嵐のように剣を振るっていた。
「オラオラァ! そこ退きなァ! これ以上血と泥を被ったら、帰ってからの洗濯と風呂が面倒だろうがッ! 殺すよ!」
彼女の傍で後方の警戒とフォローを担うジェシカは、
「いやもう殺してますやん、姉さん……」
と小声でつぶやき、ジト目を送っていた。
豪快な叫び声と共に、身の丈ほどもある両手剣が薙ぎ払われる。屈強であった重武装のアイゼナハルト魔導帝国兵たちが、冗談のように軽々と宙を舞った。
健康的な褐色の肌は、ダークエルフ特有の艶めきを帯びている。風に舞う銀灰色の髪の間からは、少しだけ尖った耳が覗いていた。意思の強さを秘めた琥珀色の瞳と、彫刻のように整った凛々しい美貌。魔法と隠密に長けるはずの暗精霊の血を引きながらも、なぜか物理と筋力に極振りして発達した見事なプロポーションは、戦場には不釣り合いなほど麗しく、一幅の絵画のような美しさを放っていた。
彼女の名はビビアン。
味方からは「戦乙女」、敵からは「狂戦士」。それが、グランデリア王国軍の特別要請を受けた超一流の冒険者、ビビアンである。
当初、軍の参謀や騎士隊長たちは「女に何ができる」と侮り、心ゆくまで罵詈雑言を投げてきた。だが、ビビアンが「はーん」と呟いた刹那、事態は急変する。彼らの暴言はすべて彼女の拳によって『物理方程式』へと変換され、男たちに上下からあらゆる体液を排出させるという不可思議な人体現象を引き起こした。かくして、その場は沈黙という『恐怖による強行採決』という現象を見たのである。
その後、グランデリア王国首脳部から震える声で贈られた「戦乙女」という称号は、多大なる畏怖と「二度と同じ目に遭いたくない」という切実な祈りが入り混じった、苦肉の絶賛であった。
そのころからビビアンの傍にいたジェシカは、
「いやもう精神的に殺してますやん、姉さん・・・・」
と小声でつぶやき、ジト目を送っていた。
「・・・ったく、いつまで湧いてくるのよ、こいつら」
ビビアンは額の汗を手の甲で拭い、舌打ちをした。
アイゼナハルト魔導帝国軍の兵力は圧倒的で意気盛んだ。しかし彼女が一歩でも引けば、後方の故郷の街が蹂躙され、油脈を汲み上げる強制労働施設へと変えられてしまう。
それに何より、ビビアンには「生きて帰らなければならない個人的な理由」があった。事情があって修道院に預けている妹への仕送りを切らすわけにはいかないことと、この戦争が終わったらギルドマスターに頼んでおいた『推し』の新作を受け取る約束があるのだ。
大好きな、推し(レッド)が作った、使い手のことだけを考え抜いた究極に無駄のない魔道具を。
「・・・こんな所で死んでたまるか。推し(レッド)の新作を手に取るまではね!」
乙女チックな秘めたモチベーションを胸に、再び大剣を構えたその時だった。




