第1話:夫婦漫才と特盛りハンバーグ
レッドのプロポーズと、ご近所と常連を巻き込んだ盛大な祝福から数ヶ月。
ちなみにあれからレッドの家はほぼ全壊したまま放置されており、修理の見積もりを取りに来た大工が現場を見てコレは建て替え以外に方法はないと放置されたちょっと悲しい事件があった。
現在、レッドは琥珀亭の二階のビビアンの部屋に居候中だ。店の裏に新しい工房を構えていた。本人は『仮住まい』と言い張っているが、荷物の量はどう見ても引っ越しであった。
王都の下町にある『琥珀亭』は、今日も今日とて大盛況であった。
いや、以前にも増して凄まじい活気に満ち溢れていると言っていい。
なぜなら、この店には新たな「名物」が加わったからだ。
「おいバカ女! 今日のデミグラスソース、ちょっと甘みが足りないんじゃないか!? 俺の緻密な計算によれば、玉ねぎの炒め時間が三分足りない!」
「はーん!? 誰がバカ女よ、この偏屈! こっちはあんたの胃袋を満たすために、朝から特盛りハンバーグを仕込んでやってんだから文句言わずに食いな!」
「なっ・・だ、誰が特盛りにしてくれと頼んだ! ・・・・・・まぁ、お前がどうしても俺に食べてほしいと言うなら、仕方なく食べてやるがな!」
「はいはい、フーフーしてやろうか?」
「ば、馬鹿野郎! 厨房に戻れ!」
顔を真っ赤にして特大ハンバーグを頬張る赤い作業着の男と、呆れながらも嬉しそうに笑う褐色の肌の女将。晴れて夫婦となったレッドとビビアンによる、息の合った(?)夫婦漫才である。
「いやぁ、今日もごちそうさまだな。飯も美味いが、あの二人の痴話喧嘩を見ないと一日が始まらねぇや」
カウンターで昼前からビールを煽る肉屋のゴンザが、ニヤニヤと笑う。
「本当ねぇ。レッドもすっかり丸くなっちゃって。ビビアンちゃんもお肌ツヤツヤじゃないの」
花屋のマーサも、幸せそうな二人を見て目を細めていた。
ジェシカは、「姉さんいつからココ甘味屋になったん。胸やけで殺されますやん。あほらし。」
といいつつエビフライサンドイッチを齧りながらジト目を放っていた。
ビビアンの稼ぎは、今やレッドの魔導具を「こっそり」買う必要がなくなったため、純粋に店の設備投資や二人の生活費、そして新しい料理の探求へと注ぎ込まれていた。
愛する夫という最強の「試食係」を手に入れたビビアンの料理は、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで進化を続け一般の人々以外にも王都の美食家たちがお忍びで通い詰める店となっていた。
そんなある日の、開店前の早朝のこと。厨房で仕込みを始めようとしたビビアンの前に、徹夜明けで目の下にクマを作ったレッドが、一台の巨大な金属製の箱を誇らしげに押し出してきた。
「ふはははは! 見ろ、ビビアン! ついに完成したぞ! 俺の最高傑作にして、お前への愛の結晶がな!」
「おはようレッド。・・・・・・また何か変なもの作ったの? もう『自動で塩を振るマシーン』はいらないって言ったでしょ」
「バカ言え、あんな過去の遺物と一緒にすんな。これはな、俺の持てる魔導技術の粋を集めた・・・・・・『最新型・全自動魔導オーブン』だ!」
レッドがバンッとオーブンを叩く。銀色に輝く無骨なフォルムだが、どこか丸みを帯びていて愛嬌がある。
「オーブン? うちには立派な火炎石のコンロがあるけど」
「お前、最近メニューに『クロワッサン』を追加したいって言ってただろ。だが、あれは仕込みが異常に手間がかかる。お前が毎朝三時に起きて生地を練るなんて、俺が許さん! だから、この天才である俺が、お前の負担をゼロにする機械を作ってやったというわけだ!」
レッドはふんぞり返り、ビビアンに向かってドヤ顔を向けた。
ビビアンは目を丸くした。
確かに、クロワッサンはパンの中でも群を抜いて難易度が高い。
美味しいクロワッサンを作るための絶対条件。それは「基本の生地」と「折り込み作業」という、非常に繊細で高度な技術である。小麦粉、水、酵母などを混ぜ合わせた生地に、巨大なバターの塊を包み込み、麺棒で薄く伸ばしては折りたたむ。これを何度も繰り返すことで、生地とバターが交互に重なり合う美しい「層」を作るのだ。しかしこの作業中は常にバターが溶けないように、生地を冷やし続けなければならない。少しでも室温が高かったり、手の温度が伝わったりしてバターが生地に溶け込んでしまうと、あのサクサクとした層は生まれず、ただの脂っこいパンになってしまうのだ。
「レッド・・・・・・あんた、クロワッサンの難しさを分かってるの? ただ焼くだけじゃダメなのよ。温度管理から生地の折り込みまで、職人の勘と技術が必要なんだから」
「ふん、俺を誰だと思っている! このオーブンには、お前の料理の動き、温度管理のクセ、全てを記憶・学習し、完璧に再現する知恵を組み込んだんだ! 見てろ!」
レッドがオーブンのスイッチを入れると、ウィィィンという起動音と共に、オーブンの内部から複数の魔法の腕が出現した。このアームはビビアンが用意していた材料を瞬時に計量し、内部の特殊な冷却空間(常に4℃をキープする魔導冷蔵機能)の中で、生地を捏ね始めた。
「すごい・・・・・・! 本当にデトランプを作ってる!」
そして、ここからが圧巻だった。魔導制御されたマジックアームは、ミリ単位の狂いもなくバターを生地で包み込み、魔力で生成されたローラーで均一な厚さに伸ばしていく。三つ折りにしては冷やし、また伸ばしては三つ折りにする。
「まさに完璧な『トゥルラージュ』だわ・・・・・・! 人間の手じゃ不可能なスピードと均一さで、バターの層を壊さずに折り込んでる!」
ビビアンは食い入るようにオーブンの内部を見つめた。八十一層に及ぶ見事なクロワッサン生地が形成され、それが三角形にカットされ、くるくると美しい三日月型に巻き上げられていく。その後、オーブンは内部温度を最適な発酵温度(二十七度)に切り替え、生地をふっくらと膨らませた後、一気に二百度の高温で焼き上げに入った。
厨房いっぱいに、最高級のバターが焼ける、暴力的なまでに芳醇で甘い香りが広がる。
「・・・・・・どうだ、ビビアン。これで、お前はもう早起きして冷たいバターと格闘しなくて済む。空いた時間は・・・・・・その、俺と一緒に、ゆっくり寝ていられるってわけだ」
レッドはそっぽを向きながら、耳まで真っ赤にしてボソリと言った。
ビビアンは胸がキュンと鳴るのを感じた。
この偏屈は、いつだって不器用で、だけど誰よりもビビアンのことを想ってくれている。
「レッド・・・・・・ありがとう。本当にすごいわ、あんたってやっぱり天才ね」
ビビアンがレッドの背中に抱きつこうとした、その時だった。




