第3話:愛しのコレクションというパンドラの箱と冷めた牛カツ
しかし、背後からは何の返事もない。ビビアンが振り返ると、レッドの姿は厨房から消えていた。
「あれ? レッド?」
その時、ビビアンは気づいてしまった。いつもは分厚い絨毯で隠されているはずの地下室の隠し扉。その扉を覆う絨毯がめくれ上がり、扉が半開きになっていることに。換気扇のダクトを点検しようと床を調べていたレッドが、誤って見つけてしまったのだ。
「うそ・・・・・・まさか!」
血の気が引き、ビビアンは慌てて地下室の階段を駆け下りた。
そこには、魔法の明かりに照らされた「祭壇」の前で、工具を床に取り落とし、ワナワナと肩を震わせているレッドの後ろ姿があった。
「レッド・・・・・・あの、これは・・・・・・」
ビビアンが恐る恐る声をかけると、レッドはギギギと首だけを振り向けた。その顔は、驚愕と、屈辱と、激しい怒りに歪んでいた。
「・・・・・・ビビアン。これは、一体何の冗談だ」
「ち、違うの! これはね、その・・・・・・!」
レッドの視線は、綺麗に陳列された自分の歴代の「売れなかった発明品」たちを舐め回すように動いていた。レッドの視線が、祭壇の中央で一際大切そうに置かれた一品の上で止まった。
・・・・・・「精密焼成トースター」。三年前、自分が最も自信を持って作り、しかし誰にも価値を理解されず、たった一つも売れなかった、最初の「やらかし」だった。
表面には、指紋跡もなくピカピカ光っていた。何度も、何度も、磨かれた跡だった。
彼が知る限り、この高額な魔導具を買っていったのは、冒険者ギルドのギルドマスターであるヴィンセントだったはずだ。
なぜ、それがこんな貧乏食堂の地下室にあるのか。
レッドの熱血で単純な思考回路は、瞬時に最悪のシナリオを導き出し、噴火した。
「・・・・・・なるほど。そういうことか」
レッドがギリッと奥歯を噛み締める。
「お前・・・・・・ギルマスと『そういう関係』だったのか」
「は・・・・・・? え? ギルマス?」
「とぼけるな! ギルマスが愛人として、金持ちの道楽でお前を囲い、俺の魔導具を買い与えていたんだろうが! 俺の崇高な発明品が、お前ら金持ちの道楽おもちゃにされていたってことか!!」
レッドの壮大な勘違いが炸裂した。ビビアンが食費を削って買っていたなどとは夢にも思わず、「パトロンの金で貢がれたガラクタ」だと解釈してしまったのだ。職人としてのプライドが粉々に砕け散り、嫉妬と絶望で彼の感情は完全に暴走した。
「こんなガラクタ集めて、金持ちの旦那におねだりか? いいご身分だな、下町の女将さんよぉ!」
「ち、違う! 違うのレッド、これは私が、あんたの発明がすごくて、だから——」
「うるさい! 俺の発明をコケにしやがって! どうせ俺はピエロだよ! お前らのおもちゃを作って踊らされてただけの大馬鹿野郎だ!!」
レッドは叫びながら、近くにあった「精密焼成トースター」を床に叩きつけた。ガシャンッ!と悲しい音を立てて、緻密に設計された外装が割れる。
「ああっ・・・・・・!」
ビビアンは崩れ落ちたトースターに手を伸ばし、絶句した。
「もう二度と、俺の前にその顔を見せるな! お前の飯なんか、金輪際食ってやるもんか!!」
レッドは血を吐くような暴言を投げつけると、地下室の階段を駆け上がって店から飛び出していってしまった。
「レッド・・・・・・待って・・・・・・ち、ちがう、違うの・・・・・・」
残されたビビアンは、割れたトースターの破片を胸に抱きしめ、声を上げて泣き崩れた。
言い訳一つできず、ただただ、一番好きな人に、一番酷い言葉を投げつけられた絶望感。
彼女は地下室の冷たい床に座り込み、いつまでもいつまでも泣きじゃくった。
そして上の厨房では、完璧な秒数で揚げられ、ルビー色に輝いていた極上の牛カツが、誰の口にも運ばれることなく、網の上で冷たく油を滲ませていた。それはまるで、無惨に砕かれたビビアンの心そのもののようだった。




