第1話:愛しのコレクションと下町の王道・鉄板ナポリタン
「ビビアン、今日も美味しかったぁ! でもあんた、お店がこんなに繁盛してるんだから、清潔感はあるけど、ちょっと地味だし、ツギハギのエプロンやボロボロの靴、買い替えたらどうなの?」
「そうそう。ビビアンちゃん、元が凄くいいんだから、お洒落していい男見つけなさいよ。三十路も過ぎたんだし」
あれから一年が経ち、ビビアンは相変わらずの様子であったが、変化が起きたのはシルヴィアの方で、湯あみが効いたのか無事に元気な第一子を出産し、今は幸せな育児の真っ最中だった。
昼の営業が終わり、まばらになった客席から、常連のマーサや下町のおばちゃんたちが世話を焼いてくる。
「あはは、余計なお世話よ! 私なんて、こんな顔に傷があるガサツな怪力女なんだから、お洒落したって嫁の貰い手なんているわけないじゃないの、ガハハ!」
ビビアンは豪快に笑い飛ばしながら、テーブルの皿を片付けていく。彼女が着ている服は清潔ではあるものの、確かによく見ると繕った跡だらけで、靴底もすり減っている。下町で一番の人気食堂の女将にしては、あまりにも質素すぎる身なりだった。
客たちが「勿体ないわねぇ」と帰っていくのを見送った後、ビビアンは店の扉に「準備中」の札を掛けた。
「ふふふ……みんな、わかってないわね。私には、お洒落なんかよりもずっとずっと、お金をかけるべき『尊い趣味』があるんだから」
ビビアンはウキウキとした足取りで厨房の奥へと向かい、床に敷かれた分厚い絨毯を捲った。そこには、頑丈な南京錠がかけられた地下室への隠し扉がある。鍵を開け、ギシギシと鳴る階段を下りていくと、ひんやりとした空気に包まれた地下倉庫にたどり着く。
パチン、と魔法の明かりをつけると、そこには常軌を逸した光景が広がっていた。
壁一面の棚には、偏屈職人の歴代の傑作たちが所狭しと並び、埃一つなくピカピカに磨き上げられ、まるで邪教か神聖な祭壇のように鎮座していた。
ただ一か所、棚の真ん中だけが、空いていた。ビビアンがここに来るたびに、その空白がいつも気になっていたが、何を置けばいいのかはまだ分からず、頬の傷を触るのが日課だった。
「はぁぁ……うっとり。今日も素晴らしい輝きね」
ビビアンは頬を紅潮させ、両手を組んで祭壇を拝む。
棚に並んでいるのは、「塩の粒度を0.1ミリ単位で制御する精密調味機」や、「素材の熱伝導率を魔力で均一化し焦げを原理的に不可能にしたフライパン」、「パンの水分量を検知して自動で最適焼成を行うトースター」など、職人の哲学が凝縮された傑作たちである。どれも素材が高級すぎ技術が時代を先行しすぎて、一般客には価値が伝わらず売れなかったが、レッドの歴代の自信作たちである。
レッドの作る魔導具は、使われている素材が無駄に高級なため、どれも目の玉が飛び出るほど高額だ。ビビアンは自分の服や化粧水、生活費のありとあらゆるものを極限まで切り詰め、食堂の稼ぎのうち必要経費を除いたほぼ全てを注ぎ込んで、ギルドマスターのヴィンセント経由でこれらを匿名で買い始めの時のことを思い出す。
「ヴィンセント、一つお願いがあるんだけど」
「おいおい、珍しく神妙な顔してなんだ」
「あの偏屈職人……レッドの新作が出るたびに、こっそり買い取ってほしいの。私の名前は絶対に出さないで」
「・・・・・はあぁ? なんでそんなことするんだ」
「彼のプライドを傷つけたくないから。直接買いに行ったら絶対ヘソ曲げるわあの人」
「あの人って・・・・・・・・・・・・お前、本当に面倒くさいな???・・・・・・。(モジモジした見たこともない動作とビビアンの甘ったるい貌を盗み見て「はぁ」と溜息つきながら)まあいい、引き受けてやる。ただし、いつかちゃんと自分の口で言えよ。俺はキューピットってガラじゃねぇっ」
「わかってるわよ!」
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「レッドったら、本当に天才……。このトースターの無駄を一切排したフォルム、製作者の魂を感じるわ……」
ビビアンは光るトースターを胸に抱きしめ、目を閉じる。
「こういうモノには作り手の魂がこもるから、これを抱きしめていると、レッドに抱きしめられているみたいな温かい気持ちになるのよね……」
誰もいない地下室で、頬の傷を赤く染めて身悶える元・戦乙女。これが、誰にも言えない彼女の秘密の楽しみであり、最大の生きがいであった。
「よし、愛しのコレクションからエネルギーも補充したし、遅めの賄いにしますか!」
ビビアンは地上に戻り、厨房に立った。今日の賄いは、下町の王道にして、無性に食べたくなる魅惑の一皿。
「『下町の王道・鉄板ナポリタン』よ!」




