第5話:北の秘湯と悪徳貴族
数日の道中旅を経て、二人はついに目的地の「北の秘湯街」へと到着した。しかし、そこは想像していたような風情ある温泉街ではなかった。建物の壁は崩れかけ、道行く人々は皆一様に暗い顔をして俯いている。活気など微塵もなく、まるでゴーストタウンのような有様だった。
「どういうこと? ここ、有名な温泉地のはずよね?」
訝しむビビアンたちが宿を探していると、街角から怒声が聞こえてきた。
「頼む、待ってくれ! 湯治客が激減して、今月の税はこれだけしか……!」
「うるさい! 領主様が決めた『温泉利用税』が払えないなら、この宿は没収だ!」
見れば、武装した私兵たちが、みすぼらしい宿屋の主人を足蹴にしている。
「……ちょっと、あんたたち! 寄ってたかって何してるのよ!」
正義感の強いビビアンが割って入る。
「ああん? なんだお前ら、よそ者か。ここは『バレンティン子爵』の治める領地だ。逆らう奴は容赦しねぇぞ!」
「バレンティン……子爵?」
その名を聞いた瞬間、ビビアンとシルヴィアの顔色が変わった。それは、かつて自分たちの母を見捨て、屋敷から姉妹を追い出した実の父親の名前だった。
「……なるほどね。あのクソ親父、こんな北の田舎に左遷されて、領民から金を搾り取ってたってわけね」
ビビアンの拳がギリッと鳴る。
そこへ、私兵たちをかき分けるようにして、一人の派手なドレスを着た中年女が現れた。
「騒々しいわね。一体何の騒ぎ……あら?」
女はビビアンたちを見るなり、その顔を醜く歪ませた。子爵の正妻——かつて姉妹を迫害した張本人だった。
「どこかで見た顔だと思えば……あの泥棒猫の娘たちじゃない! なぜこんな所にいるの! 目障りだわ、私兵たち、この薄汚い平民を街から叩き出しなさい!」
ヒステリックに叫ぶ正妻。私兵たちが武器を構えて迫る。ビビアンは背中の大剣に手を伸ばしかけたが、ふと、隣に立つ妹の様子がおかしいことに気づいた。
シルヴィアは、俯いたまま、小刻みに震えていた。
「……お母さんを、侮辱した? 私たちから、全てを奪っておいて……まだ、足りないんですか?」
「シルヴィア、ダメよ! 街の中でその魔法を使ったら、温泉街ごと吹き飛んじゃう!」
ビビアンが慌てて妹を抱きしめる。姉の温もりに触れ、シルヴィアの暴走しかけた魔力はギリギリのところで収まった。
「……ッ、今日は引いてあげるわ。だけど、覚えときなさいよ!」
ビビアンはシルヴィアを連れて、その場を素早く離脱した。




