第5話:夜明けの帰還と痛み止めポーション
ビビアンは空を見上げた。夜が白み始めている。東の空の端が、ごく薄い金色に滲んでいた。
長い沈黙の後、ビビアンは静かに言った。
「……関わると何かが壊れるって言うけど」
彼女は左頬の傷を、指先でそっと触れた。
「私だって、もうだいぶ壊れてるわよ」
レッドがようやく顔を上げた。
「この顔の傷だって、大事な誰かを守った時についた傷だもの。壊れることが全部、悪いわけじゃないと思う」
ビビアンは立ち上がり、大剣を背負い直した。それから、手を差し伸べた。
「ほら、立って、これでも飲みなさい。痛み止めポーションよ。その腕、ギルドで手当てしてもらうわよ。逃げたら追いつめるから」
レッドはその手を、一瞬だけ見た。
それから――ゆっくりと、掴んだ。
夜明けの光の中で、ビビアンがにやりと笑う。レッドはすぐに視線を逸らした。しかしその心の奥底に、ほんの僅か、氷が溶けるような何かがあった。
それが何なのか、レッドはまだ分からなかった。
ただ、胸の奥の、長い年月をかけて錆びついた何かが――音もなく、ほどけ始めていた。
無事に灰燼竜の脅威を追い払ったことをレッドと二人でギルドに報告するとギルマスのヴィンセントやギルドメンバーから大絶賛の賛辞の言葉とたくさんの褒賞をもらったが、治療を終え、疲れた二人は無言でお互いの自分の店へと帰っていく。
それを見ていたギルマスのヴィンセントは
「ほんと不器用なヤツらよな」
と言ったきり不機嫌になった。
帰宅途中のビビアンは左頬の傷をそっと撫でた。隣にいるこの男と、夜明けの廃村での手の温もりが、まだどこかに残っているような気がして耳朶を暗闇の中赤く染めていた。




