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8 「大牙」

8 「大牙」


「……なっ…!?」


何故ここに…?

瀬奈の頭にまず浮かんだのはそんな問いだった。


少年は瀬奈の顔をチラッと横目で見ただけで、すぐに視線を前に戻してしまう。


「黙ってろ。…舌噛むぞ」


(…え………)


少年が低い声でそう言うのと同時に、また瀬奈は浮遊感に襲われた。


「…っ…!?」


どうやら、少年は瀬奈を抱きかかえながら夜道を疾走しているらしい。

だからこんなにも間近に少年の顔があったのだ。

もしかして、助けてくれたのだろうか。


「…あの…魔物は…!?」


いまだ上手く息が出来ず、途切れ途切れになりながらも何とか声を発すると、少年は瀬奈の顔も見ずに「黙ってろ」とだけ言った。


仕方なく言われた通りにしていると、ふとあることに気が付く。


(速い…!!)


なぜ今まで気が付かなかったのか不思議なほど、とんでもなく少年は速かった。

少年の顔の先に見える、夜の住宅街の風景があっという間に過ぎ去って行く。まるで、電車の車窓から見るような風景だった。

もはや人間が出せるスピードでは無い。しかも、女とはいえ人ひとりを抱きかかえたまま走っているのだ。凄いを通り越して恐ろしいレベルだった。

驚いた顔で少年の顔を見つめているとふいに少年がこちらを見、目が合う。


瞳がありえないほど銀色に光っていた。まるで夜空に輝く一番星のように。それでいて、抜き身の刀のような、触れれば切れてしまいそうな鋭さも合わせ持つ、不思議な瞳だった。

瀬奈が思わず少年の瞳に見入っていると少年はたちまち居心地の悪そうな顔になり、逸らすように顔を前に向けてしまった。


しばらく少年は瀬奈を抱きかかえたまま走っていたが、その速度がだんだん落ちていっているのに気付く。

そして、「ここまでくれば大丈夫だろ」と呟き、瀬奈をゆっくりとおろした。

そこは、住宅街の家と家の間でひどく狭く、薄暗かった。だが、魔物から身を隠すのには丁度よい場所だった。

後ろを振り向いても、魔物の姿はもう見えなかった。

瀬奈は痛む背を住宅のブロック塀に預けながら正面に立つ少年に声を掛けようと顔を上げた。


「…!」


瀬奈は息を飲んだ。


「あなた、その頭…」


そこまでしか声に出せなかった。

少年は何のことか気付いておらず、不思議そうに首を傾げている。

瀬名が驚いたのは、その少年の頭部に着いている物であった。

いや、生えている、と言った方がいいかもしれない。

少年の頭には先ほど被っていた黒いニット帽は無く、代わりに三角の形をした獣のような、耳があった。

色は髪の毛と同色で、猫のようにピンとは尖っておらず、犬のように垂れすぎてもいない。

例えればそれは、まるで狼のようなーーーー。


瀬奈は驚いたまま、腕を持ち上げて少年の頭部を指差す。

その動作で瀬奈が何に驚いているのか分かったらしく、少年はバツの悪そうな顔をして頭をかいた。


そして、顔を逸らすと瀬奈に背を向けそのまま行こうとする。


「ちょ、ちょっと待って!」


瀬奈は、痛む背中を無理やり動かして少年の服の裾を掴んで慌てて引き止めた。

少年は少しだけ驚いた顔をして振り向いた。


「…なんだよ」


明らかに不機嫌そうな声音だった。


「…あの、助けてくれて…ありがとう…」


少年は「…おう」と小さく返事をした。


そして、少年の返事を最後にしばらく沈黙が降りた。

春の夜の静けさが耳を刺す。

何を話せば良いのか分からず、瀬奈はただ、少年の光る銀色の双眸をみつめていた。

すると、少年は居心地が悪そうに眼を逸らしながら静かに口を開いた。


「……ねぇのかよ」


「え?」


「…このふざけた耳のこと、聞かねぇのかよ」


少年は眉間に皺を寄せながら、さも不機嫌そうに聞いてきた。


「…あなた、あの魔物塾にいた生徒よね?名前は?」


少年は質問を無視し、逆に質問して来た瀬奈をきょとんとした顔で見下ろした。


「質問の答えになってねぇよ」


瀬奈は少し考えこむ仕草をした。


「…だってあなた、答えたくなさそうじゃない。」


少年は少し驚いた顔をする。


「…気になんねぇのか?こんな物、普通の奴にはねぇだろ」


「なに?あなたは聞かれたかったの?答えたかった?」


少年はその瀬奈の言葉に「なっ…」と口をつぐんだ。


「…私はね、人には教えられないような秘密を誰もが一つは持っていると思うの。

……その秘密は出来るなら誰にも教えたくはないでしょう?」


瀬奈は少年の瞳を見つめながら続ける。


「ましてや、あったばかりの赤の他人には絶対言いたくない、違う?」


少年は瀬奈の言葉を聞き、驚いたような、ぽかんとしたような表情になった。

そして、少しだけほんの少しだけ、口元に笑みを浮かべた。


「…ああ、そうだな。確かにその通りだ。」


その言葉に瀬奈も少しだけ笑った。


「私は瀬奈よ。水城瀬奈。あなたは?」


「俺は、大牙だ」


「そう。よろしくね、大牙。」


大牙はおう、と頷いた。初対面だというのに馴れ馴れしく呼ばれることに不思議と嫌悪感を感じなかった。


瀬奈もまた、そう呼ぶことに不思議と違和感が無かった。


「…それじゃあ、私もう帰らなくちゃ」


「ああ、じゃあな。もう魔物と会わないように気をつけろよ」


そう言って大牙が背を向けようとすると、瀬奈が「待って」と大牙をよびとめた。


大牙が振り向くと、瀬奈は着ていたグレーのパーカーを脱いで無造作にたたむと大牙に手渡した。


「帽子、どっかいっちゃったでしょ。これ、フードついてるから使って。今日は本当にありがとう、助かったわ」


瀬奈は無表情のままそう言った。

大牙が驚きながら受け取ると、瀬奈は「じゃあ」と言って帰ってしまった。


「…変な女。」


そう言って大牙は、小さくて入るわけのないそれを、頭だけフードに突っ込みその場を後にした。









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