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7 紅い魔物

7紅い魔物


美しかった夕焼け空も、今はもうかすかに色味を残しているのみで、星がちらつく夜空と化していた。

先ほど、ツグミと別れた瀬奈は薄暗くなってきている夜道を一人帰道についていた。

ずいぶん、遅くなってしまった。魔物は昼よりも夜の方が出没しやすい。なので瀬奈は高校生になってから魔物を見やすくなってしまったということもあり、夜はあまり外出しないようにしていた。もちろん、家の中にも多少魔物は出るが外の方がはるかに危険だったからだ。


(…やばいわね。魔物に出くわす前に早く帰らないと)


速めていた足をいっそう速める。そして、肩に掛けているバットケースを担ぎ……


「……え…」


ない。

いつも随時肩に掛っている、あの重みが、ない。

どこかにおとした…?

いや、あんなでかい物をおとすなんてありえない。おとしたとしても、気付くはずだ。

そこで、はっと瀬奈は何かを思い出したように顔を上げる。


(あの古校舎の教室だわ…!)


そうだ、あそこに立て掛けたまま忘れてしまったのだ。

なんてことだ…。

はぁーと息を吐き、自分の前髪をくしゃくしゃかき回す。

今から戻って取りに行くなんて、時間がかかりすぎて余計危険だ。

もう一度息を吐き、バットケースは諦めて歩を進める。

しかし、あれを忘れるなんて…。

ツグミにあんな偉そうなことを言っておいて、やはり自分も魔物だの魔術師だの言われて動揺していたのだろうか。この数年間、あれをどこかに忘れた事なんて無いのに。


そんな風に、まだ諦め悪く考えていたからだろうか。


それに気付くのが、わずかに遅れたーーー。


「オグァァァアアオォ!!」


耳障りな野太い雄叫びと共に現れたのは、薄暗い中でも分かる程の巨大な、今までに見たこともない魔物だった。


「……っっ……!!」


驚く間もなく、軽く二メートルを超えるほどの大きさの魔物が左側の真横から迫って来る。四足歩行で赤黒い体毛の熊のような魔物だった。


(…速いっ…!)


避ける暇など、無かった。

すぐに避ける事を諦め、受け身の体制をとる。

恐ろしいほど速く迫って来た魔物は、いとも簡単に瀬奈を片手で吹き飛ばす。


「…あぐぅっ…!」


吹き飛ばされた瀬奈は10mほども先にある反対側の住宅街の壁に叩きつけられる。

背中から当たり、肺から空気が吐き出される。受け身をとったといえ、10mも飛ばされたのだ、背中は火を浴びたように熱く痛かった。頭も軽く打ち視界がゆらゆらと揺れ、定まらない。

だが、それでもはっきりと見えた。血に染まったような体毛をした魔物が、迫って来るのが。

ズシンズシンと地響きを唸らせ何の躊躇いもなく一直線に瀬奈に向かってくる。

瀬奈は、微かに震える右手でパーカーのポケットに手を突っ込む。確か、ここに入れたはずだ。

だが、何度ポケットの中を探っても目当ての物は見つからなかった。


「…なんでっ!!」


イラつき、吐き捨てるように言うと、ふと3m程先にあるものが目に留まる。

白い人型に切り取られた紙。

つい1〜2時間程まえに坂本から手渡された、息を吹きかけるだけで魔物から身を守ってくれると言う優れ物。

さっき、魔物に吹き飛ばされた時にポケットから落ちたのだ。

瀬奈は、己の不運を呪った。今日ほど不運に見舞われた事はない。

すぐに紙に手を伸ばすが、わずかに届かない。背中が痛み、立つこともままならなかった。

横に視線を向けるともうすぐそこに魔物が迫って来ていた。


自分は、死ぬのだろうか。

このまま、何も出来ずに、あの憎い魔物の手に掛かり、殺されるのだろうか。

せっかく、ツグミという可愛らしい友達も出来たのに。

これから生活が変わり楽しい日々が送れると、思ったのに。

いつもそうだ、私のこの15年間は。

絶望し、しかし希望を与えられたと思ったら、また奪われ、絶望する。

その繰り返し。

もう嫌だ、こんな人生は。

瀬奈は手を握りしめて、震えた。

そして眼をつむり、全てを諦めようと思ったその時。


タンっと。


そう、まるで犬や猫が降り立ったときのような軽やかな音。


「………?」


瀬奈はその音の正体を掴むため、閉じていたまぶたをうっすらと開いた。それと同時にいきなり浮遊感に襲われ、背中も痛んだため、またきつく眼を閉じる。

身体が揺れている。そう感じるのに数秒かかった。

自分は今、あの魔物に吹き飛ばされ、宙を舞っているのだろうか。

思考があまり、まわっていなかった。

ただ、自分は妙に冷静だな、と思っただけだった。

それにしても、吹き飛ばされたにしては全く衝撃が無かった事に気付く。それに、宙を舞っているにしても随分と長い浮遊感だ。しかも、なぜか背中と膝のあたりにわずかな体温を感じる。何かに包まれている感覚。

瀬奈は薄れかけている意識の中、うっすらと眼を開いた。


眼を開いたその先には、人の顔が間近にあった。

微かに幼さが残るが、限りなく大人に近い顔つき。鋭く、銀色に光るその双眸。長さが所々違う、無造作にはねた前髪。その前髪は薄暗い夜道でも分かる程、銀色に輝いていた。

間違いなくあの古校舎の教室にいた、黒いニット帽の少年だった。

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