─四話・閑話─
〝鳥の国〟イスカは国全体が巨大な盆地である。それ故に水源豊富でありながらも排水性に難があり、国土の殆どが湿地で占められている。更には火吹き山が存在するという〝砂漠の国〟に隣接していることもあり、彼の国から寄せる熱風に当てられて霧が発生する日も珍しくない。地に足つけて生活するには不便ではあるが、この国の住人は飛行を得手とする翼人族である。空を飛ぶことに特化した魔術体系、背には飛行を補助する大きな翼を持ち合わせる彼らだからこそ、この国でも生きていくことができる。
イスカは固有の植物が種類、数共に豊富であり、それらを交易に用いることによって財を為している。その植物の中に背の高く幹も太い樹木があり、翼人族はその樹の上に住居を築いて足場を渡し、町として機能させていた。地上にも道はあるのだが、それはあくまでも交易路として整備されたものであり、本来の用途は生活道路ではない。
だというのに、その道を歩む翼人族達がいた。
飛行するイスカ評議会議長リフィルド・マーカーは彼らを見て哀れみを覚える。
彼らは『羽根なし』と呼ばれる、飛ぶことの出来ない翼人族である。先天的に翼や魔術神経に異常を持つ者や、事故等で翼を無くした者など、何らかの理由で飛行能力を失った者達だ。
生活する上で空を飛べることが絶対条件であるこのイスカは、『羽根なし』が生きていくには環境が悪すぎる。彼らに労働を求めようとしても、飛べない者に出来ることはそう多くない。数少ない農耕地での生産活動、特定地域でしか自生していない植物の保全。とても『羽根なし』全員に割り振れるような仕事量ではない。無理に『羽根なし』を救済しようとすれば、正常な翼人族の仕事を奪うことになる。悲しい話だが、イスカ国民全体と比してみると『羽根なし』は圧倒的少数派なのだ。政府は彼らを優先的に考えることは出来ない。
故に、リフィルドは他の評議員議員を説得し、『羽根なし』に兵役を科すことにしたのだ。他国からの侵略者は地上からやって来る。それらは空からの対策を万全に整えてくるだろう。ならば地上にも戦える者を配置してしまえば、その対策を破る役に立つだろう、と。戦えない者や、女子供には今まで通り農作業を任せれば良い。
実際にその法案を施行し、軍に編入した『羽根なし』達はリフィルドの想定以上に意欲を見せていた。一部の者はリフィルドを救世主だなどと持て囃すほどだ。それほど彼らも息詰まっていたのだろう。
それでも充分では無い、とリフィルドは首を振る。本来ならば『羽根なし』は庇護されるべき存在だ。糧を与える為とはいえ強制的に軍隊に組み込み、生死を賭けて戦わせるべきではないのだ。
だが、今はどうすることも出来ない。イスカには足りない物が多過ぎる。
……しかし、それを補うのは今では無い。
イスカの中枢都市──メノウメロウにある議事堂に降り立ったリフィルドは出迎えた衛兵らから中の様子を聞き、憤怒の形相を浮かべて議員の集う会議場に足を踏み入れた。会議場はすり鉢状になっており、奥の高台に議長席、向かい合うように並べられた議員席四卓が、段々畑の様に三列続いている。
聞いていた通り、議長席を除く全ての席が埋まっていた。
「一体どういう事か、説明願おうか!」
席に着くまでの時間も煩わしいと、会場を歩きながら声を荒らげる。
「議長である私に無断で議会を招集するなど、蔑ろにするにも程がある!しかもだ!議長の承認を待たずに議決するとは何を考えている!」
「蔑ろになどしておりませんとも。これは緊急招集です。確と議長にも使いは出しておりました。偶さか折り悪く、議長が遠方に出向いておられただけのこと。法律でも『評議会緊急招集の場合、議会の過半数による賛成があれば議長の所在の有無を問わずに開会出来る』と定められています。議決に関しても必ずしも議長の承認が必要という訳ではない。議長の権限はあくまでも、意見が割れた時の最終議決権です。『議長を除く議員の八割が賛成、反対のいずれかに偏った場合、議長による最終議決を待たずに議決することが出来る』とも法に記されています」
「馬鹿な……」
絶句する。
無論リフィルドとて、その法律は承知していた。政治を効率よく回すために必要なことも理解している。
前者はまだ良い。自分以外の全員が揃っている事に思うところはあるが、間が悪かったと言うことも出来る。緊急という点にも理解を示そう。しかし、後者はとても信じられない。
彼らの弁を信じるならば。議決したということは、つまり──十二人中十人が承認したという事になる。
戦争を行うという事に。
「イーヴィスはハイビスの者共を引き渡せと再三要求してきている。いつ業を煮やし、攻め込んでくるか分からない。ならばハイビス支配に手間取っているうちに先手を打つ方が良いだろう、と決まったのです」
「愚かなことを。引き渡しの要求など無視していれば良い。今のイーヴィスにはイスカを攻める動機がない。罪人とはいえ亡命した者を取り戻すために戦を起こすとなれば、それはイーヴィスの存在を否定する事になる。あの国は他国からの移住者で成り立っているのだからな。それだけの価値はあれらには無い」
だからイーヴィス側から攻めてくることは無いと、前回の議会で説明したというのに。
机を叩いて大喝する。
「こちらから攻めては奴らに大義名分を与えることになる!魔族が大挙してこのイスカの地に踏み込んでくるのだぞ!」
「その前に勝てば良いでしょう」
「翼人族は持久力に乏しく、攻めに向いていない!ハイビスもエンピスも起伏に乏しく、羽根を休められる場所が少ないのだ!地の利があればこそ、今日までイスカの領土は維持され続けてきたんだぞ!諸君等はそのようなことも忘れたのか!」
「地の利は攻め手を分けることで補えばよろしい。アロットとの共闘が成立しました」
「……なに?」
再びの絶句である。
思考が錯綜する。なぜここでアロットが出てくるのか。いや、そもそも、共闘とはどういうことだ。
「……つまり、こういう事か?……諸君等は、元よりハイビスを攻める心積りであったと?」
「議長、それは早計というもの。これはアロットよりの申し出です。緊急招集を掛けたのもこの申し出が届いたればこそ。イーヴィスの横暴許すまじと、彼の国も腰を上げたのですよ」
「それこそ馬鹿な話だ!あの国は中立という立場であるからこそ、大陸各国とも国交を開き、関係を保っていたのだぞ!今行動を起こせば──」
と、頭の中で勢力図を広げて気付いた。アロットが戦争を望む──有り得ない話ではなかったのだ。
アロットは大陸南東の海岸線を国土としている。南西端にはグラン、曲線を描く国境の先にはハイビス、北端には〝砂漠の国〟が存在している。国境の大部分をイーヴィス勢力に占められた今、危険を感じたアロットが共闘を呼びかけていてもおかしな話ではない。
「議長も納得された様子」
「今は国難の時。意見が割れるのは宜しくない」
「団結し、ハイビス攻めにあたりましょう」
口々に戦争を肯定する言葉を吐く議員たちを見て、リフィルドはさらに混乱する。議員たちはこんなにも一枚岩であったか、と。
「……私一人の意思で決議されてしまった事柄を変えることは出来ない。審議が終わっている以上、会議は終わったという事だろう。私は自室に戻り、議事録を読ませてもらう」
「お疲れ様でした、議長」
書記官を連れて退室するリフィルドを見送り、残った議員たちは顔を見合わせる。
「議長は頭が固いな」
「ああ。議長は理性的過ぎる」
「もっと欲望に忠実になってもらわねば」
「やはり、実行するしかないな」
「そうだな」
「上手く行けば良いけどな」
「失敗しても良い。事が起こったという事実が必要だ」
「だが、死んでもらわねば困る」
「ああ、それだけは確実に」
色を無くした二十四の瞳が、同時にリフィルドの自宅の方角を向いた。




