─四話・裏─
ラピス大陸南東部、セペレ山脈東端から『J』を描く様に〝砂漠の国〟付近まで続く海岸線に〝水の国〟アロットは存在する。保有する陸地面積は多いものの、そのほとんどが砂浜である為、実質的にはグランと同等程度と言われている。その代わりに海に向けての開発を進めており、首都であるヴィーネは巨大な海上都市として名を馳せている。
アロットの国民の多くは水棲族──身体に水生生物の特徴を持つもの──であり、少数ながらも精霊族──基本的に実体を持たず意志を持った現象ともいわれる──と共生していた。
その中枢、ヴィーネの最奥にある白亜の王宮に現れた客人の申し出に、広間に集められた王侯貴族は混乱していた。
「すまぬが、もう一度お聞かせ願いたい。今、なんと申された?」
「ハイビスを攻めよ、と。そう申しました」
被った頭巾を脱ぐこともせず、堂々と両手を広げて使者はそう宣う。
「正確には、彼の地を蹂躙しているイーヴィスを攻めよ、と」
「う、ぬぅ」
不在の女王に代わり、アロットの代表として対面する大臣は唸りながら顔を顰める。
「我らアロットは中立国家です。他国に攻め入ることなど」
「おや、イーヴィスがハイビスを攻めた際には援軍を出したと聞いていますが」
大臣の眉が一瞬だけ歪む。
「あれは盗賊化した妖精族討伐を目的とした派兵であって、ハイビスへの援軍などではありませぬ。率いていた将が暴走したものであると報告を受けて」
「率いていたのは女王閣下であったとか。暴走と言うには些か苦しくありませんかな?」
弁明を遮った客人の言葉に、今度こそ、大臣の表情が固まった。
「その話、何処で」
「その問いに意味などありますまい。答えたところで貴方方に真偽を追う術は無い。建設的な話をいたしましょう」
広間に鳴り響くよう、客人が拍手を打つ。
「貴方方にどのような思惑があるかなど、どうでも良いのです。私が欲しいのは『是』の一言のみ。こちらの望む通りに動くのであれば、あとは権力争いでも何でも好きになさればよろしい。もし協力願えるのであれば、この煌びやかな宮での醜聞は民草にまで届くことは無いと確約いたしますとも」
動揺が走る。この国の暗部を知っているぞと、この客人はこの場にいる全員を脅しているのだ。
しかし、大臣もこの無理難題に応じることは出来ない。是否を明らかにした所で、待つのはどちらも国難を招く窮地だ。
「イーヴィスはエンピス、グランを取り込み大国となっています。ハイビスをも飲み込んだ今、我らアロットだけでは返り討ちに遭うだけです」
「ああ、ご心配なく。既にイスカの協力を取り付けてあります。巨大化したとはいえ、それもここ一年での話。しかも今はハイビスの制圧に手間取っている最中。二方面からの侵攻に耐えられるほど練度は高くないでしょう」
「なんと、イスカが……、それは真の話なのですか?」
「ええ、あちらは快諾してくださいましたよ」
大臣の視線が揺れる。確かに、イスカとの共同戦線であれば勝ちの目は見えてくる。上手くイーヴィス勢力を削ることが出来れば、アロットが内陸部に領土を拡張出来る好機だ。しかし、それでも中立を謳ってきた国としての躊躇いがある。
中立とは便利な立場なのである。戦に関わらず、戦を寄せつけず、防衛力のみを高めていれば良い。戦の気配がなければ国は観光地として栄える。事実、ラピス大陸のなかでもアロットは随一の豊かさを誇ると自負している。
それを失ってまで内陸の土地が欲しいかと自問すると、どうしても迷いが生じる。
その迷いを見透かしたのか、客人がもう一度拍手を打って「そういえば」と口を開く。
「報酬の話をしていませんでしたね。貴方方が欲するもの──傀儡を必要とせぬ王位など如何でしょう?」
「……何を申されるか。傀儡など元より」
「建前など要らぬ」
三度、拍手の音が響く。
「不要な問答も要らぬ。欲望に流され、同族同士で殺し合ったのだろう?その欲をこの場で曝け出せと言うておるのだ。欲しいのだろう?王の証が」
呆、とその場に集まった者共の瞳が色を失う。
「頷け。そうすれば、証である『赤潮の錫』を男子でも扱えるよう調整してやろう。なに、不可能なことではない。そもそも、その設定は御物をもたらした神が女神であるという認識が故に設けられたもの。誤魔化す程度ならば造作もない」
「では、御物を、取り戻さねば……」
「そう、『赤潮の錫』は持ち出され、持ち主である女王も今はイーヴィスに身を寄せている。欲するならば奪い取れ。場は整っている」
「わかった。イスカと共に、イーヴィスを攻めよう」
「ならば良し」
夢現の有様でありつつも是と答えた大臣に、客人は満足そうに頷いて四度目の拍手が打ち鳴らされた。
一様に我に返った諸侯を見回し、客人は持参していた書類を大臣に差し出す。
「それではこちらに署名を。イスカにもアロットの協力を得たと伝えねばなりませぬ故」
「む、うむ」
数回瞬きを繰り返しつつも大臣は差し出された書類を受け取り、一瞬感じた違和感もすぐに忘れて署名する。
「では、あとはイスカの動きに合わせ、ハイビスを攻めてくださればよろしい。私は急ぎますので、これにて失礼します」
客人は足早に白亜の王宮から退去し、ヴィーネから出たところでようやく頭巾を脱いだ。
「やれやれ、耳が痒くなって仕様が無い」
露わになった深緑の髪を掻き上げ、横に細長く伸びた耳を指で擦る。
彼が族長から任された仕事も、これでようやく道半ば。とはいえ、面倒な過程は終えたのだからあとは気楽なものだ。
自身に隠形の術を施し、彼はイスカへ向かって歩みを進めた。




