幕間
ウルク湖のイーヴィス岸、その船着場付近の森から一台の馬車が本城に向けて駆けていく。
乗り手は御者を除いて二人のみ。小柄な白装束と青髪の女性──シロとルリだ。
「間に合うとええなぁ。折角ここまで来たんやし、すれ違いは避けたい所なんやけど」
「同じ道を通るんだったら鉢合わせするんじゃないの?船着場はあそこだけなんだろ?」
「大通りを通るか脇道を通るかでえらい違ってくるからね。急ぎやったら大通り、時間かかってもええなら脇道って具合にな。ちなみに、今走ってるんは大通りやね」
ルリが説明しつつ、中空に指で線を引いて数本の道を描く。大通りは本城に向かって真っ直ぐ引かれたのに対し、脇道と説明した道は弧を描いたり幾度か折れ曲がったりしていて明らかに線が長い。
「よく知ってるな。そんなの地図に載ってた?」
「シロ君が思い浮かべてるのは学習用──おおまかな地理を覚える為の地図やね。ああいうんは細かい道は省くから知らんでも無理はないよ」
「そうなのか」
頷くシロに笑みを向けながら、ルリは言葉を続ける。
「道はな、覚えとくと役に立つんよ。万一何かあった時、いくつも候補を持っとるとより安全な道が選べるようになるからね。極端に言うと、そういう選択肢の数が生死を分けるんよ」
「選択肢」
「手札、と言い換えてもええね。私みたいに頭使わんと生きていけん人種は、手札を多く持っとかんと落ち着かんのよ。今回みたいに役に立つ事も多いし」
ルリの言葉にシロが首を傾げる。
「なにか使ってたのか?」
「一つだけ」
シロの目の前に指を一本立てて見せる。
「船に乗る時と馬車を借りる時に使うた陛下の認印付きの書簡。これは前に貰た書簡を弄ったものやね。大抵の場合は認印さえ本物やったら中身はよく調べへんのよ。これ見せてあとは任務やなんや言うてたら相手は納得する」
「……そういえばなにか見せてたな。でも、それって悪いことなんじゃないのか?」
「よろしくはないね。でも、誰かに迷惑のかかる使い方ではないやろ?私らは馬車を借りただけなんやから」
「……他のことには使わないのか?」
「もう使わんよ。こういうんは基本的に使い捨てやからね」
「……そう」
納得したのか、シロは頷いて外に目を向ける。
森、平原、畑と、緑の質が変わるのは見ていて面白い。頭の中の雑音が消えていく感じがする。
──そういえば、自分が拾われた村はこの近くだったか。あの事件以降、噂程度にしかあの村の事は耳にしていないが、未だ封鎖は解かれていないらしい。汚染された土地では魔物が発生しやすくなるからだとかなんとか。村人達は国が用意した土地で暮らしていると聞く。世話になったのだし、様子くらい見ておくべきなのだろうか。いやそもそもの原因が自分にあったと言っても過言ではないのだし、直接出向いて頭を下げるべきなのだろうか。
「……」
頭を振る。
どうもよろしくない。思考が回りすぎている。自分はもっと単純な人間だったはずだ。無関係とは言わないが、現時点でさほど重要性の高くない者達を気にかけるような、余裕のある存在ではない。何かがずれている。
「どうかしたん?」
様子のおかしいシロを心配したのか、ルリが話しかけてくる。その声に首を振って答える。
「なんでもない」
大方、この常に頭を動かしていそうな女に当てられているのだろう。それなりに時間が経てば調子も戻ってくるはずだ。
と、シロは今更ながらに聞いておかなければならないことがあることに気がついた。
「そういえば、なんであんたはここにいるんだ?」
「ん?」
質問の意図が理解できなかったのか、ルリが珍しく小首を傾げて言葉無く聞き返した。
「魔王に話があるのは僕だ。あんたは関係ないだろう。なんでいるんだ?」
今更に過ぎる質問に、思わずルリの口から笑いが零れる。
「ふっ、ふふふっ、ふふ……。駄目やね、シロ君とおると笑ってしまう機会が多くなるね。ふふ、ふ……」
ついには腹まで抱えだしたルリに、今度はシロが首を傾げる。そこまで笑いを誘うような問いだっただろうか。
「ふふ、なんで、ね。なんで、か。ふふ。ああ、そうやね、目的。言うてなかったね、ふっふふ……」
「あるのか、目的」
「あるよ、もちろん。ああ、笑た笑た。……簡単なことやて。私もあの人の心の内が知りたい。それだけよ」
涙を拭う仕草を見せながらルリは言う。
「大事な命やからね。何考えてるんか、よう分からん人に預けるんは不安になる。安心出来る、信用出来る材料が欲しい。せやから私もここにおるんよ。私はね、ただ──」
「……そう」
紡がれた言葉に、シロは共感出来なかった。でも、そういう人もいるのだろうと納得はした。また思考が回り過ぎる前に、シロは意識を閉ざそうと瞼を下ろした。
本城に着くまでの数日の間に、調子を戻さなくてはならない。
相手は魔王なのだから。




