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幕間

最初から野心なんて持ってはいなかった。

ただ、父の跡を継いで、今と同じような毎日を接いでいければいいと、それくらいの想いでしかなかった。

父よりも年上の老練な連中に弄ばれつつも役割をこなし、たまに幼なじみと世間話をして、隠居した父の暇潰しに付き合ってやる。

春には新人たちが目的の部屋を探して行き道に迷う光景を笑って眺める。

夏には部屋から抜け出して、庭に咲く黄金色の大輪の影で本を読み更ける。

秋には収穫祭に湧く国内を、大人気なくはしゃぐ父とその傍らで困ったように微笑む母に連れられて、幼なじみと一緒に呆れながらも楽しみつつ巡視する。

冬には巨大湖から揚がった魚を国内の皆で分け合う大漁祭を楽しみながら年末年始を祝う。

自分にとって、そんな日々が何物にも変えがたい理想的な平穏だった。

しかし、それは彼のみが持った望みであり、共有し得ない他人にしてみれば、知ったことではない戯れ言に過ぎなかったのだ。


喧騒から遠ざかるように走る足音に連れられて、廊下の突き当たりにある倉庫の一つに放り込まれた。

手を伸ばした先で扉が閉ざされる。それだけで、別世界に切り離されたような静寂が訪れた。

先程まで暴力的なまでに轟いていた爆音も、それに比例して大きくなる怒号や悲鳴も、なにもかもがここには届かない。

傷だらけになってもなお剣を振るう父を見た。

魔術神経を酷使し続けたせいで口から血を吐く母を見た。

自分達を逃がすため、盾のように敵前に立ちはだかった幼なじみの父を、その部下たちを見た。

どうして、と声がする。

それは自分の口から漏れた自問だったのか、それとも同じく部屋に放り込まれた幼なじみの声だったのか。

どうして、と声がする。

幼なじみの少女は膝を抱えて俯いている。時折肩が震えているところを見るに、泣いているのかもしれない。

どうして、と声がする。

誰に対しての問いかけなのか。自分か。彼女か。彼か。彼らか。それとも、別の何者へか。

どうして、と声がする。

どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうして。

まるで輪唱するように、部屋中から声が投げ掛けられる。

責められている気がして頭を抱えた。

丸く、団子虫のように蹲って耳をふさいでも声は消えない。

どうして、と声がした。

顔を上げると、光の宿らない瞳と目があった。

「──────どうして」


「とおっ」

間の抜けた少女の声が聞こえたあと、ぼふっと布袋が空気を吐き出すような音と共に重量感のある物体がのしかかってくる衝撃があった。

アールマンが目を開くと、布団──丁度胸の上辺り──に生えた金色の毛並みが視界に入る。いや、これは生えているのではなく、のしかかってきた何かの頭か。

「……何をしている」

そのままの体勢で、何やらくんかくんかと鼻を鳴らしている人間族の王女に訊ねる。

「久し振りの魔王さんなので、またお出掛けする前に堪能しておこうかと」

「俺は芳香剤か嗜好品の類いか」

なおも臭いを嗅ごうとするセリスの頭をぺしりとひっぱたき、毛布ごと押し退けて起床する。

阿呆らしい一幕のおかげか、見た夢の余韻は既に消えていた。

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