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第三章 ~魔王様と秘密の部屋~

王城の中でも特に狭い通路に足音が響く。年月をかけて積もった埃が、久方ぶりの来訪者に踊り沸く。

ここは謁見の間の奥にある転移の間よりもさらに奥。大臣や将軍、王族に名を連ねる者ですら立ち入りを禁じられている秘密の通路。

手に持った蝋燭の灯りを頼りに、アールマンは一人石造の路を歩いていく。

この場所を先代魔王である父親から教わったのは、彼が亡くなる二年ほど前だったと思う。

以前からそれらしいものがあることは聞かされていたものの、その存在を真正面から教えられたのはそれが初めてだ。

『この城は墓標なんだ』

通路の先へとアールマンを誘った父親は、そこにあるものを前にして昔語りをはじめた。聞き終えての感想を訊かれて、おとぎ話のようだと返したのを覚えている。

──ぎぎ、ぎぃ。

回顧するアールマンの意識を引き付けるように、行く手から金属を無理矢理擦り合わせるような音が鳴った。

「よう、久し振りだな」

蝋燭の灯りが届くか届かないかの境界で進路を塞ぐように佇む巨体に、手を上げて声をかけるがなんの応答もない。当然だ。あれにそういう機能は無いと聞いている。

近づくにつれ、次第にその姿が蝋燭に照らされて克明になっていく。

それは例えるならば、金属で出来た球体に三角屋根の絡繰時計をくっつけたような容貌。まあ、あれに時刻を報せる機能はなく、あるのは侵入者を判別し、排除する機能のみだが。

これは初代魔王が置いたとされる守護者だ。

正式名、製造法、開発者等、本来なら残されてしかるべき情報のほとんどが失われており、現代にまで伝えられているのは最低限の扱い方のみ。

恐らくは何らかの事情により、意図的に葬られたのだろう。守護者を解体して調べようとした者もいたようだが、彼のものがこうして現存しているところを見るに、結果は推して知るべしといったところか。

路を塞ぐ守護者の前でアールマンが立ち止まると、絡繰時計が回転するように動き、時刻を報せる円盤の代わりに埋め込まれた赤い半球にアールマンが映る。

──ぎ、ぎぎぎ。

身動ぎするように球体が震えた。狭い通路なのでそれだけでも石壁に擦れているが、さして問題はないだろう。この通路は防衛機構が働けば守護者が暴れてもびくともしないように作られている。使われている石材からして、他の通路のものとは次元が違うのだ。

『──────』

じっとこちらを観察している守護者に手を伸ばす。胴体となる球体に触れると、粘性のある液体のようにその体内へと呑み込まれていった。

どういった仕組みなのかは分からないが、守護者はこうやって登録や認証を行うのだそうだ。

『──────』

赤い半球が明滅する。

その回数が十に届いた頃、アールマンの腕は守護者の体内から押し出された。

腕に異常がないことを確認するアールマンをよそに、守護者は絡繰時計風の頭を胴体に収納して転がるように通路の奥へと移動していく。

守護者が待機していた場所から先は下り坂になっているにも関わらず、球体と化した守護者は一定の速度を保ちながら転がり続ける。アールマンはその後ろを蝋燭で足下を照らしながら付いていく。

通路が人工的な石壁から土壁に変わり、さらには通路とも呼べない横穴のような造りになった辺りで、急に明るく開けた場所に出た。

通ってきた通路とはうって変わって、まるで地上のように草花が生い茂る草原のような巨大な空洞である。

仕事を終えたとばかりに横穴の脇で頭を出して静止した守護者の側に蝋燭を置き、アールマンは雑草を踏み締めながら目的地である空洞の中心へ向かって歩いていく。

そうして到着した場所には、地中であるにも関わらず青々とした枝葉の茂る大樹がそびえ立っていた。

常に空洞を照らすほどの光量を蓄えたこの大樹は〝生命の樹〟。

遥か昔、竜が棲み荒れ野が広がっていたというこの地に国を築いた初代魔王が〝名も無き神〟より賜ったという御物である。

繁栄という名の権能を持つこの大樹には、ほかの御物にはない意思がある。大樹の意思は歴代の魔王にこの樹の特性を教え、知恵を授けてきた。

「起きろ、エヴァ」

アールマンがその意思の名を呼ぶ。

その声に応えるように〝生命の樹〟が震え、枝葉の間で微睡んでいた意思を主人の前に振り落とした。

「うにゅ」

地面を覆う雑草に墜落し間の抜けた声を漏らした大樹の意思は、大きく欠伸と伸びをしてアールマンを見上げた。

見た目は妖精族の女性体に近い。しかしその羽根は妖精族の持つ虫の羽根のようなものとは異なり、四枚の若葉を重ねたような形をしている。

「あー、あーるまんだー」

いかにも寝起きらしい甘ったるい声を出し、にへらと笑う。何百年、もしくは何千年もの時を生きているはずなのだが、その姿には貫禄のようなものは微塵も感じられない。

「今日はどーしたのー?えばになにか用なのー?」

「今回は様子を見にきただけだ。変わりはないな?」

「だいじょーぶだいじょーぶー。えばは出来る子なんだからー」

エヴァが万歳するように両手を広げると、大樹が鳴動してその身に蓄えた品々を先程と同じ方法で地面に落とした。

「相変わらず雑な仕事だな」

「だいじょぶだよー。これくらいじゃ壊れないしー」

「そういう問題ではないんだがな」

常識という概念の薄い相手に苦言を呈するだけ無駄かと嘆息し、アールマンは屈んで足元に転がる一対の玉を拾い上げた。

二つ纏めて掌に収まる大きさの、紫水晶のように透明なそれらを手の中で転がすと、刻んだ銀糸を練り込んだかのような輝きが玉の内部に生まれる。

本来ならば〝竜の国〟にて厳重に保管されていてしかるべきそれらをしばらく眺め、満足げに頷いた。

「正常だな」

「当たり前でしょー?女神様が作ったんだからー」

「ああ、そうだな」

胸を張るエヴァに二つの玉を手渡し、アールマンは地面に転がるもう一つの宝物へと手を伸ばす。

後付けされた余計な装飾の取り払われたこれもまた、本来ならばこの地にあってはならないはずのもの。その内に人知の及ばぬ膨大な魔力を有し、いつか現れるであろう己が担い手を待ち続ける人間族の至宝。

「これも、使い手を選ばないなら遠慮なく手元に置いておくんだがな」

「そんな設定にしたら寄って集って女神様の子供たちが滅ぼされちゃうよー。女神様泣いちゃうよー?」

「勝手に泣かせておけ。というか、仮定の話に乗り掛かるな」

「ひゃー」

会話に興じたいのか、やけに絡んでくるエヴァの額を空いている掌で打つと、何故か楽しそうにクルクルと回りだした。口調がしっかりしてきている辺り既に眠気は覚めているはずだが、もしかすると樹上から落ちたときに思考回路に変調を来したのかもしれない。

「なにー?」

「いや、前からそんな感じだっただろうかと思ってな」

一息置いて、小首を傾げるエヴァにはっきりと告げる。

「お前の頭の心配をしている」

「うえーい」

喜んでいるのか嘆いているのか微妙な声を出し、エヴァは背中から倒れこんだ。そのままごろごろと転がり始める。やはり怪しい。色々と。

回転運動を続けるエヴァの背中を狙って足を上げ、背中に広がる四つ葉の真ん中を穿つように踏みつけた。

「ぐふぇ」

「お前は計画の要だ。使い物にならなくなっては困る。頭にでも性能にでも不具合があるなら早く言え」

「はいせんせー。現在進行形でエヴァの背骨がポッキリいっちゃいそうだよー」

「誰が先生だ」

教えるのはお前の役目だろうと呟きながらも、アールマンは背中から足を離してやった。

「もー、壊れたら直すの大変なんだからもう少し丁寧に扱って欲しいよー」

「寝る以外にやることが増えていいじゃないか」

「きーちーくー」

なおも寝そべりながらきゃっきゃっとはしゃぐ背中に、もう一度踏んでやろうかと悩む。しかしふと、思考に引っ掛かるものを感じて声を掛ける。

「……なにかあったのか?お前の気分が高揚するようなことが」

アールマンがエヴァと話すのはこれが一度目や二度目ではない。父王に引き合わせられて以降、彼女の知恵を学びに何度か、父王が亡くなってからは更に頻度を増して意見を求めに来ていた。

ここしばらくは表立って動くことが増えたために地下に降りることは減ったが、それでもここまで露にされるほど自分が執着されているとは思えない。そもそもアールマンが例外的に頻繁に出入りしているのであって、歴代の魔王でも年に一度か二度訪れる程度だったはずだ。今更数ヶ月程度の静寂など堪えるとも思えない。

しかし、この閉鎖された空間でエヴァを浮き足立たせるようなことが自然と起こるとも考えにくい。

「分かってるくせにー。この土地でエヴァに分からないことなんてないんだよー?」

まるで誕生日当日、隠された贈物の在処を知ってしまった子供のように笑みを浮かべる。

〝生命の樹〟はイーヴィスに繁栄をもたらしている豊穣の源だ。その根が届く限りが国土であり、エヴァの領域である。自分で言っている通り国内の事象で分からないことはないのだろうが、アールマンの把握している限りでは彼女の琴線に触れるような事も無かったと思うが。

「寝ぼけてて気付くの遅れたけどさー、上に覚えのある気配があるんだよー。四つ目、持ってきてるんでしょー?」

「四つ目……ああ、あれか」

ようやくエヴァが期待しているものの正体に思い当たった。

「残念だが、あれはただの担保だ。こちらでの用事が終われば持ち主に返す」

「なーんだ」

ネズミ花火のようだった動きが一瞬にして蛇花火のように落ち着いた。そして芋虫のようにゆったりと立ち上がる。

「そもそも、使えるものは使うと言っておいたはずだ。あれはまだ寝かせておくわけにはいかない」

「そういえばそうだったねー。じゃあ槍は?帰ってきたってことは獣には勝ったんでしょ?なら手に入ったはずだよねー。まさかあれも使う気ー?」

「ああ。扱えそうなやつがいたからな。そうでなければここに持ってきている。元々その予定だったしな」

「だよねー。というか、あれを使える人なんているんだー。だれー?まさか前に言ってた他所の人間族ー?」

「さてな」

こちらでの区分的にはそうなのだろうが、彼に関しては断言しきれない妙な強さがある。

だが今はそんなことはどうでもよく、この場に長居をするわけにもいかないので話を本筋に戻す。

「多少の誤差はあったが、ここまではおおむね予定通り。だが、ここからは仕込みが足りていない。臨機応変に対応していく」

「あと三つだねー。全部集めるまで死なないように頑張ってねー」

「誰が死ぬものか。俺には為さねばならぬことがある」

その為に利用出来るものは全て使うとも。


アールマンが地下の秘された空間にて密談を交わしていた頃、リィンは上層に設けられた自身の執務室に入るよりも先に、同階のとある部屋にて立ったまま腰をほぼ垂直に折り曲げていた。

「いつまでそうしているつもりですかな?」

訊ねるのは眼鏡をかけた鷲頭。声を掛けながらも積まれた山から書類を一枚、また一枚と取り上げては目を通して判もしくは一筆を書き入れていく。

ここはファルン卿の執務室だ。

アールマンとリィンがミンス卿と対談している間に部屋へと戻って仕事に取り掛かってしばらくの後、訪ねてきたリィンが入室早々にこの姿勢を取ってから四半刻が経過している。

四半刻。一から数え始めて千五百まで。ずっとその体勢を貫いたリィンの忍耐力も流石だが、それを目の当たりにしながらも黙々と業務を続けていたファルン卿の集中力も凄まじい。その無言の応酬には控えていた秘書官も用事を思い出したと苦し紛れな言い訳を残して逃げ出したほど。

ようやくまともな反応を得られたリィンは姿勢を崩さず、ファルン卿の姿を仰ぎ見ることもなく言葉を返した。

「先程は失礼を致しました。さぞ不快になられたことであろうと思い、謝罪に参りました」

先程、というと城門でのやりとりのことか。

「ふむ」

用件を吐き出させたファルン卿は書類から目を離し、赤毛の頭頂部を見据えた。

「将軍から何かをされた記憶はないのだがね」

「いえ、私ではなく、」

「あの場で起きたことに議論の余地はないでしょう。彼を招き入れたのは私であり、叱責を受けるのも私でありましょう。そこに不快感を抱くだなどと、まだまだ若く見られている証ですかな」

愉快であると笑う声に、リィンもようやく頭を上げる。

「老獪という言葉をご存知ですかな?伊達に将軍の倍以上生きてはおりませんぞ」

「は、はあ……」

反論するのも頷くのもおかしいと、曖昧に相槌を打っておく。

その隙だらけな様子に、ファルン卿の目が意地悪そうに光る。

「この積極性が陛下へも向けられればよいのですがな。奥手も大概になされよ」

「ごほっ」

唐突に放たれた砲弾のような言葉に思わず空気を吐く。

「おや、どうかしましたかな?」

白々しいことこの上ない。

しかし、油断していたところを砲撃されたリィンには先の言に対して反論出来る程の余裕はなく、爆撃したファルン卿は華麗に逃げの一手を打った後。

「い、いえ。なんでもありません」

結果、体裁を取り繕い頬を赤らめるに止めたリィンを見て、ファルン卿は再び砲口を定めて点火の用意。

「やれやれ。そんなだから後から来た者に先を越されてしまうのですよ」

呆れたように首を振るファルン卿。だが今度はリィンも無抵抗には終わらない。

「何を邪推しておられるのでしょうか。私の陛下に対する想いは忠誠と敬愛の二つのみです」

「はてさて、邪推とはなんのことだか。それよりも、持ち合わせている情意にいくらか抜けているものがあるように思えるのですが?」

「不思議なことを仰いますね。私にはその二つしかありませんとも」

「いや、ご冗談を。幼少の砌より長年積み重ねてきたものがあるでしょうに」

「なんのことだか皆目見当もつきませんね。連日の激務で疲れが溜まり、記憶違いをしておられるのでしょう。疲労で倒れられる前に休息を取られてはいかがです?」

ははは、ふふふ、と笑い合う両者。その笑顔の背景では数多の弾丸が飛び交っている。もしも秘書官が無謀にもこの空間に居残っていたならば、その壮絶さに泡を吹いて白目を剥いたことだろう。

しかし、いつまでも舌戦めいた雑談に興じていられるほど彼らに暇は与えられていない。

なんといっても一国の大臣職と将軍位。特にリィンは長く城を空けていた為、積もり積もった仕事量は半端なものではない。いかに優秀な代役を立てようとも、リィン本人でなければ決裁することの許されない案件は地層のように嵩を増していくのだ。

「将軍は己に素直になられた方がよろしい」

「まだ言いますか」

流石に辟易したようにリィンが返すが、ファルン卿はそれを聞き流して続ける。

「何も言わずに時が過ぎるを待つ、ということも選択肢の一つなのでしょうがな。しかしながら、それは私には出来かねるのですよ」

「心配なさらずとも、私は私の思うままに生きています。世話焼きも結構ですが、過保護もほどほどになさった方がよろしいのでは?」

「あなた方のことは、それこそ産まれた時から知っているのです。気にかけるのは当然のこと。それに……」

不意に、滔々と語っていたファルン卿の口が閉じる。弁舌に長けた年長者の珍しい姿に違和感を抱いたリィンは先を促した。

「それに?」

「……いえ、なんでもありません。話はここまでといたしましょう」

「はあ。わかりました」

疑問符を浮かべながらも、厄介な話を切り上げられたリィンはその提案を受け入れた。

退室するリィンの背中を眺めながら、ファルン卿は先程詰まらせた言葉の続きを小さく声に出す。

「あまり時間は残されていないのだよ。──まったく、蝙蝠のような我が身が疎ましく思えるな」

獣と鳥に愛想を振りまくどっち付かずの半端者。終いには両者から追われて孤独に堕ちる。

主の為にと働きながら、腹の底ではその意に沿わぬ望みを抱いている自分にも、やがて似たような結末が訪れるだろう。

身勝手は承知の上で望みを口にする。

──願わくは、若人たちの未来が明るく開かれんことを。

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