番外編 ~主不在の城~
アールマンやリィンがハイビスに入った頃。イーヴィス王城では、主不在にも関わらず忙しない日々が送られていた。
むしろ主が不在だからこそ常以上に忙しいという面もある。
毎日のように開かれる会議では、各部署が持ち寄った案件を、『魔王不在の間に進めてしまってもいいだろう事案』と『流石に採決を仰ぐ必要がある事案』に分類する話し合いが行われている。
城代として執務を担っているファルン卿に至っては、通常の業務に加えて先のような会議にアールマンが日頃行っていた雑務、各地の視察など、まさに寝る間もない勢いで働いていた。皆が王の不在に慣れてきた今では、流石に休む間くらいは取れるようになったが、当初は本当に徹夜が続いていたのだ。
そんなファルン卿たちの勤労を他所に、ユウリは中庭に寝そべって日課である日向ぼっこをしていた。
寒風の日々ではあるが、元々寒さに強い体質であるユウリには関係無く、降り注ぐ陽射しを浴びてまったりとしている。
秋の半ば辺りまではセリスも付き合っていたのだが、寒さが厳しくなってきた頃に離脱した。暑さに強くはないが、寒さには尚弱いと言うのだから仕方がない。
一説によると、竜種というものは日中はこうして日に当たって休んでいたと言われていることから、その末裔であるユウリにもその性質が受け継がれているのかもしれない。
今日もいつものごとく、一人で暇を明かすのに飽いたセリスが迎えに来るまで単身日に当たって過ごす筈だったのだが、この日に限ってそうはならなかった。
「ご一緒してもよろしいですかな?」
「ん……?」
閉じていた目を開き、降ってきた声の方へと顔を上げると、そこには城内の誰よりも忙しいと噂の鷲頭があった。
「お隣失礼します」
返事を待たずにユウリの横に腰を下ろす。まあ、ユウリとしても拒む気はなかったので問題ないのだが。
「………………」
「………………」
「………………」
「よい天気ですな」
気を使おうともせずに再びうとうととし始めたユウリに、ファルン卿が話し掛ける。それはそうだろう。いくら気晴らしにしても、この寒空の中でじっとするなど常人には毒でしかない。
「ん」
会話の取っ掛かりとして向けられた言葉に頷く。気温の低ささえ除けば、よい陽射しであるのは確かだ。
「先程、報告が届きました。陛下がグランに入ったそうです」
「ん」
実際は既にハイビスにまで進んでいるのだが、報告を運んでくるのが人である以上は数日分の誤差が発生するのもやむを得ない。
アールマンに託された魔法石であればすぐにでも近況を知ることが出来るのだが、開発途中のため燃費が悪く壊れやすいと聞かされているため、迂闊に使うわけにもいかない。
そうした内情は胸の内に仕舞い、ファルン卿は会話を続けていく。
「セリス嬢とは仲良くやれていますかな?」
「ん」
「左様ですか。あの方は活動的ですから、大変でしょう」
「ううん」
「ユウリ嬢も楽しめていると?」
「ん」
「なるほど。余計な心配でしたな」
「ん」
傍目からはファルン卿が一方的に喋っているだけであるが、二人の間ではこれで会話が成立しているのだ。
半ば世間話のような会話だが、多忙を極めるファルン卿もただの気晴らしに話し掛けたという訳ではない。
「一つ、お訊ねしたいのですが」
「ん?」
「陛下と、閨を共になさいましたか?」
無論、一緒の寝台で眠ったのか、などという意味ではない。男女の仲になったのか、と訊いているのだ。
ユウリはしばし黙りこんで、こくりと頷いた。
「そうですか」
ここしばらくの間、ファルン卿が気にかけていたのはその事だった。
アールマンの道行く先にある目標を知るファルン卿は、どうしてもこの気がかりを確かめずにはいられなかった。
「駄目、だった?」
不安そうに訊ねるユウリに、ファルン卿は笑みを向ける。
「いえ、そうではないのですよ。ただ、気になったのです」
ファルン卿は一息吐いて、もう少しだけ深く聞いてみることにした。
「ちなみにどちらからお誘いしたのですかな?」
「ユウリ」
これは予想通りだ。アールマンから積極的にそういう行為に及ぶことは有り得ないだろうと考えていた。
「でも、」
と、今度は質問する前にユウリが口を開いた。
「中には、貰えなかった」
「………………」
今ばかりは、吹き出さなかった己の自制心を誉めてやりたい。
まさか、ユウリの方からそのような直接的な話題を振られるとは思ってもいなかった。
これが今の若者か、と戦々恐々とするファルン卿に、ユウリが続ける。
「体が丈夫でも、まだ駄目だって」
「そう、ですか……」
まさか睦言まで聞かされるとは。
これ以上何か言われるよりも前に、ファルン卿は会話の主導権を取り戻すべく咳払いをした。
「ユウリ嬢、その手の話は、必要以上に話さない方がよろしいかと」
「?」
「つまり、ですな。閨事を気軽に話されますと、陛下の尊厳に関わると言いますか」
「そう?」
「ええ、はい」
「わかった」
本当に理解したのか判別しがたいが、釘を刺せただけで良しとしよう。……あとは、自分より先に話を聞いた者がいないことを祈りたい。
「さて、私はそろそろ失礼します」
予想以上に疲れたと内心で呟き、ファルン卿は立ち上がる。
そのまま立ち去ると思いきや、思い出したように寝そべったままの少女から目を離して空を見上げた。
「これより独り言を申します」
「?」
「陛下はとても大きなことを為さろうとしています。しかしながら、その先には何も残りません。むしろ失うものの方が多いでしょう」
「……」
「私は陛下の御意志に従いますが、望むらくはその幸福にあります。貴女の存在が、それに繋がることを祈っておりますよ、ユウリ様」
それだけを述べ、ユウリの反応を待たずにファルン卿は踵を返した。
アールマンが関係を持った以上、彼女はもはや客人ではなく王室の一員である。敬称の変化はその認識の表れであると共に、ファルン卿がユウリに向ける期待の大きさでもある。
セリスにも同種の期待は寄せているのだが、あちらはどうにも精神的に幼いきらいがあるため、表現するにまで到っていない。彼女に関しては、また別に何かしらの切っ掛けを与える必要があるかもしれない。
アールマンの思惑から逸れた方向に事を進めている自覚はあるが、ファルン卿とて譲れないものはある。
唯々諾々と命に従い、主が破滅へと向かうのを良しとするほどファルン卿は大人しい性格をしていない。
──願わくは、彼の歩みが道半ばにて留まらんことを。




