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第六章 ~ハイビス大平原の戦い~

リア・コニーの筋肉が隆起し、白色の毛色も相まって巨大な石棒のようになった腕がイーヴィス兵を薙ぎ払う。囲まれようが盾を構えていようがお構い無しに、獣の王の名に相応しい剛力で手当たり次第に蹂躙していく。

「凄い馬鹿力。一騎当千どころの騒ぎじゃないね、あれ」

呆れたようにシロが一人ごちる。

あのまま快進撃を許せば、いずれ陣形は真っ二つに裂かれ、この本陣まであの怪物の猛威に晒されるだろう。リィンもなんとか指揮を振るってハイビス勢の深入りを防いではいるが、あれを止めない限り崩壊するのも時間の問題だ。

大将のアールマンを一瞥する。

彼はラビが後方の荷駄から持ってきた魔法石に話し掛けている。

あの魔法石は、半年前に使用した音を遠方に送り、特定の魔術を起動するという魔術を応用し、二つの魔法石を使用して互いに会話が出来るようにしたものらしい。会話といっても、変換の術式が完成していないため片方ずつしか声が飛ばせず、未だ双方同時に音を発することは出来ないのだという。

燃費も非常に悪いという話だったが、それを使わざるを得ないほど状況は芳しくないということだろうか。

「負け戦かな」

シロがそう呟くと、耳聡く聞き付けたラビが少年を睨む。

「阿呆なこと言ってんじゃないですよ。まだ始まったばかりです」

「戦は始まる前に勝敗が決まるって言うだろ。この状況、あっちの優勢は明らかだ」

こちら側が何かしらの策を用意していたという話は聞いていない。弄するにしても、もう少し後だと踏んでいたのだろうが、その前に両軍がぶつかってしまった。

「今のうちに上手い退き方を考えておく方が得策だと思う」

正論である。が、それを考えるのは指揮官であるリィンであり、ひいては総大将であるアールマンの役割だ。ラビがそう言おうと口を開くと、アールマンが手を振ってそれを止めた。

「そこまでだ。この戦、退く気はない」

「じゃあ、どうするのさ。あの爺さん止めないと劣勢は変わらないよ」

じりじりと削られていく前線を指差す。依然として猛攻を続けるリアの姿が、遠目に確認出来る。

「止めるしかないな。お前たちに任せる」

「えー」

嫌そうにシロが顔をしかめる。ラビも曾祖父と直接相対することに抵抗があるのか、是と言えずにいる。

「倒せとは言わない。止めろ。時間を稼げば流れが変わる」

「しかし、私たちが行ってしまっては陛下の護りが」

「シアンを呼ぶ。あいつには後衛を任せているとはいえ、厳密に言えば指揮官ではないからな。こっちに移したところで不都合はない」

「あう」

逃げ道を塞がれ、シロとラビは仕方無く役目を請け負った。

「腰抜けが、ハイビスの地に立ち入るならば決死の覚悟を抱いて来い!」

リアの勢いに後退りした兵士が頭を鷲掴みにされ、陣深くへと投擲される。

「よっしゃあ、流石は親父だ!お前らも親父に続け!」

万夫不当の立ち回りを見せるリアにルキが歓声を上げ、同胞を煽る。優勢のまま続く戦に、彼らの士気は陰りを見せることなく高く保たれている。

敵陣に撤退を示唆するような大きな動きはなく、間違いなく完勝と呼べる流れであった。

「ゴオアァァァアアア!」

獣人族には獣の血が流れているのだと、他の種の連中は言う。そのことに否と言うつもりはない。

この身に滾るような闘争心が獣の本性であるというのなら、むしろそれを誇りにすら思う。

ならば恥じることなく、獣らしく敵を蹂躙しようではないか。

爪で切り裂き、牙を突き立て、敵の体を踏みつけて前に進む。

我こそは獣の王。大陸最強の種族、獣人族の長である。

「……ヌ」

不意に、リアはその足を止めた。

眼前に佇むのは、先日相見えたリアと同じく白色の肌をした獣人族の血を受け継ぐ赤目の少女。そして白い外套を目深にまで被った年若い人間族の少年。

「………………」

「でか」

沈黙する少女に対して、少年は一言だけ漏らす。恐らく、リアと相対した感想だろう。

「退け。子供に用はない」

「退けと言われて退くやつがいると思う?命令された以上、役目は果たす」

半身になって身構える少年に反し、少女はリアに視線を向けたまま一言も発しない。

リアがそちらを一睨みすると、少女はすっと視線を逸らした。

「──迷いを持つ者が、戦場に立つな!疾く去ね!」

怒声と共に横殴りに振るわれた巨腕を、シロがラビを引きずって後ろに下がり、回避する。

「あんた邪魔だ。あれとは戦えないって言うなら、他のやつ相手にしてろ」

「………………」

そう言い残してシロが駆けていく。項垂れたラビは、味方の兵士に腕を引かれて陣中へと連れられていった。

「オアァァァア!」

「ふっ!」

降り下ろされたリアの拳を体面を反らして躱し、顔の間近を通っていく腕を取ってリアの懐に体を潜り込ませて背中を当て、その巨体を放り投げた。

「ぬぉっ、……ヌン!」

投げられたことに驚愕したリアだが、落下する最中に体勢を立て直し、四つん這いになって着地した。

「妙な技を使う。投げられたことなんぞ、十年以上振りぞ」

口調こそ感慨深げだが、その眼差しはシロを敵として認識したことを表すかのように鋭い。

「柳に雪折れなし。この手の技術は物心つく前から叩き込まれたよ」

「どうやら、まともな生まれではなさそうだな」

「まあね」

応答しつつ、シロは手刀の形にした左手を眼前に置き、半開きにした右手を腰に据える。

「……暗器は使わぬのか。生身で儂と組み合うつもりか?」

「使えないものは使わない。棍は圧し折られるのが目に見えているし、並の剣じゃその筋肉が邪魔で急所を貫けない。刀でもあれば良かったんだけど、こっちじゃあれの複製は期待出来ない」

「素手ならば抗えるとでも言う気か」

「怪物を相手するなら、こっちの方がやりやすい」

怪物と言われ、リアは犬歯を剥き出しにして笑った。四肢に力を込め、地面を掴むように指をめり込ませる。

「驕るなよ若造。貴様が相対するのはただの怪物に非ず。獣の王、リア・コニーぞ!」

大砲の如く撃ち出されたリアの巨躯がシロに迫る。爪や牙を用いない純粋な体当たりに、シロは横に跳んで回避する。

すれ違い様にリアの脇腹に掌底を打ち込むが、打ち込んだシロの方が苦痛に顔を歪めた。

「硬っ。本当に鉄で出来てるんじゃないのか」

「老いたりと言えど、人間族に打ち負けるような柔な鍛え方はしておらぬ……!」

そうは言っているものの、打撃の効果はあったらしく、リアは顔をしかめながら掌底を打たれた箇所に手を当てた。

「なんとも侮り難い!」

再びリアが仕掛ける。しかし今度は体当たりなどではなく、左手を上から降り下ろし、右手を下から振り上げた。

「ちっ」

巨大な顎のような攻撃に舌打ちしつつ後ろに飛び退き、繰り出された回し蹴りをしゃがんでやり過ごす。

立ち上がる力を跳躍に変えて勢いよくリアの懐に入り込み、顎に向けて掌底を放った。

これをリアは背を反らして躱し、振り子のように反動をつけて頭突きを叩きつけようとするが、その前にシロはリアの腹を蹴って距離を取り難を逃れる。

「柳流──『鬼灯(ほおずき)』」

無音の歩趨。先までの歩法とは打って変わった動きに虚を突かれたリアの視界から、シロの姿が掻き消えた。

「ぬ──がぁっ!?」

一瞬の後に、背後からの打撃。

「──ヌォアァァァア!」

振り向き様に腕を振るう。

シロはまた後ろに跳んで回避するが、今度は追い縋ったリアの拳に穿たれて地を跳ねた。

「ぐっ」

寸でのところで腕を交差させて防いだが、想像以上の衝撃に顔をしかめる。真っ当に受ければ骨どころか、肉まで潰されてしまいそうだ。

「馬鹿力め……」

はっきり言って相性が悪い。

相手が鎧に身を包んだ武者や騎士ならば、それ相応の戦い様もある。しかしリアは肉体を魔術で強化しているのか、その身は鋼鉄の如く強靭であり、敏捷性も高い。

有効打になりそうな技は溜めが必要であり、必中の状況でなくば打つことは出来ない。『破門』のような必殺の技は当たらなかった場合の隙が極めて大きい。

もし当てられたとしても、あの身体に打ち込むのだ。こちらの損傷も免れないだろう。

シロがいくら常軌を逸した肉体を持っていたとしても、所詮は人の身。眼前の巨怪を相手取るには格闘技術だけでは不足している。

「……使い捨てるつもりでやるしかないか」

そう呟いたシロは両腕を数回振って再び半身に構え、気炎を吐く獣の王に向かい合った。アールマン止めていればいいと言っていたが、立ち合った以上は命のやり取りだ。半端なことはしない。

シロが人の身を越えた戦いを演じている頃、ラビはリィンの元に連れられていた。

「魔術弾放て!前衛は散らばった相手を各個撃破しなさい!」

「応!」

指示を出すリィンの傍ら、ラビは侍従の如く佇んでいる。時折リィンが一瞥を送るが、関わらないと決めているのか何を話し掛けることもしない。

「獣王が留まっている今が好機です!押し返しなさい!」

リィンの声にラビの肩が震える。

あの白衣の少年は善戦している。しかし、勝利には到らないだろうことは明白だ。ラビの知る曾祖父の実力は、数年程度で衰えるものではない。

「………………」

何故、自分は曾祖父と戦うことを厭うのか。

自問自答を試みるが、答えが出ない。

故郷とは魔王の下に仕えると決めたときに決別したつもりだった。だが、曾祖父を前にすると、どうしても正視出来ずにいる。

優しくされたことなどなかった。

むしろ厳しく躾を受けた記憶しかない。

躾がいつまでも続くのは、自分が半人前だからだ。それが嫌で、集落を飛び出して当時セペレ山脈に巣食っていた魔物を狩りに行った。

ハイビスは実力主義の国だ。魔物を狩り、力を見せれば自分も曽祖父に認められる筈だと、勇んで山脈に乗り込んだ。

その結果、返り討ちに遇い死に瀕したところをアールマンたちに救われ、そのままイーヴィスに身を寄せることになった。

──未練なんて、無かったはずなのに。

必要とされず、腫れ物のように扱われていたハイビスよりも、この身を必要だと誘ってくれたアールマンに忠誠を尽くすと誓った。

だというのに、この体たらくはなんなのだ。

答えの出ない悩みに悶々としているうち、段々と仄暗い感情から怒りが芽生えてきた。

そもそも、どうしてこんなことになったのか。

「──アアアァァァァァァアアア──────!!」

あらんかぎりの大声を出し、頭を痛める悩みを虚空の彼方にぶん投げた。

敵味方双方ともが突然の咆哮に動きを止めた中、ラビは脇目もふらずに駆け出す。

「元はと言えば──」

うじうじとした悩みも周囲の戸惑いも置き去りに走り続け、地面とほぼ水平に跳躍した。

「──アンタが妙なことするからじゃないですか──」

その足先が向かう先は、ラビが逃避した決闘の場。

「クソジジイ────!」

突然、対峙していた巨体が吹っ飛んだ。

代わりにその場に着地したのは、先程戦線を離脱した赤目の少女。

「…………なにしてるの」

「あ゛?」

睨まれた。

言葉を失ったシロから目を離し、ラビは眉間に皺を寄せて立ち上がったリアに向き直る。

「関わってこないなら関わってこないで大人しくしてればいいのに、他国にちょっかい掛けて……。そのせいで魔王陛下が腰を上げることになって……」

「……おなごが──」

顔の皺を深くし、怒りを露にするリアがラビに向かって突進する。

「はしたなく足を開くでないわぁ!」

拳を降り下ろすリアに、ラビが足を振り上げる。

「足なんか開いてないでしょうが、この色呆けジジィ!」

双方の腕と脚が衝突する。

打ち負け、弾かれるようにリアの体が仰け反った。

「な、ぬっ」

容易く押し通せると思っていたリアは、予期せぬ反撃に動揺していた。

さもありなん。リアが知っているラビは足技など使わなかった。ハイビスでは拳を使う格闘術が主流となっているからだ。

イーヴィスに渡った後、脚力は腕力の倍以上の力を発揮できるという話を聞いたラビは、獣人族として劣る自身の膂力を、脚力と足技を重点的に鍛えることで補おうとした。その努力は功を奏し、一般的な獣人族と同等に渡り合えるほどになった。

それに加え、魔力操作に優れた妖精族の血を引くラビの身体強化魔術は並の獣人族よりも効果が高い。

この二点が彼我の力の差を埋めているのだ。

「ォラアアァァァアアア────!」

戸惑うリアの胸板を、回転を加えた蹴りが打つ。

「──この」

リアの眉間の皺がより深くなる。胸を打った足を掴み、小さな体躯を持ち上げた。

「不良娘がぁ!」

ラビの体を中空に放り投げ、拳を振り上げる。

「──柳流──『破門』」

リアがそれを回避出来たのは、長年の経験と勘が成せる技としか言い様がない。

目を離した一瞬のうちに死角に潜り込んだシロの気配に、寒気にも似た感覚を覚え、リアは半ば無理矢理な体勢にも関わらず跳躍した。

目標を失い空振りしたシロが溜めた力を流しきれずに宙を回転する。

一見滑稽な姿であるが、着地したリアは己の判断が正しかったことを確信した。

自身と渡り合ったシロでも御しきれない一撃。それはまさに掛け値なしの全身全霊。

それを外したシロは今一度の機会を窺うべく、半身の構えをとった。

──この小僧、正気か。

確かに今の技ならば、直撃すれば再起不能の痛打もしくは致命傷となっただろう。しかし、それほどの強烈な打撃をリアの強靭な肉体に打ち込めば、反動で少年の腕もただでは済むまい。

玉砕覚悟などとよく言うが、真に己の身体を省みず、相手を仕留めるために拳を振るえるようなものは、もはや獣ですらない。

「化け物め……」

背筋に冷たいものが走るのを感じ、小さく唸るように呟いたリアの真向かい。シロの横に並んだラビが、シロに話し掛ける。

「まだ戦えますね?」

「戦うだけなら」

鋼鉄を思わせる獣王の体に幾度も打ち込んだこともあり、傍目から見れば少年の体は既に満身創痍。しかし先の動きを見るに、未だ余力があるのは確かである。

「ならば結構。あのクソジジイに灸を据えますよ」

「……了解」

何をそんなに怒っているのかと訊ねたくなったが、せっかく士気が上がっているところに水を差すのも面倒なので、シロは素直に頷くだけに止めた。

二人が息を合わせて難敵に挑もうとしたその時、妙な方角から鬨らしき声が聞こえてきた。

イーヴィス軍のある南側でもハイビス軍のある北側でもなく、東側。

「何事だ!」

異常事態と認識したリアが叫ぶ。

間を置かずに獣人が慌てた様子で駆け込んでくる。

「ア、アロット、アロットが、攻めてきた!」

「なんだと……」

何の冗談だと、リアは自身の耳と部下の口を疑った。

アロットは他国の諍いに関与しないと、中立を宣言している国だ。ハイビスに何の疑いがあろうと、アロットが兵を差し向けることなど有り得ない。

「だって、旗が!あれはアロットの旗だ!間違いない!俺は見た!アロットが攻めてきた!」

攻めてきたと叫ぶ獣人の言葉に、ハイビスの兵たちに動揺が走る。

勝ち戦であったはずの戦場に、暗雲が漂い始めた。

風が流れるようにその話は広がっていき、ついには獣人族同士の連携が乱れ始める。

混迷を極める戦場の中で、待っていたとばかりに、会心の笑みを浮かべる者がいた。

アールマン・ハイトンだ。

「存外早かったな。これで、あと一押しだ」

「……これは、どういうことなのでしょうか?」

戦場の誰もが思っているであろう疑問を、アールマンの側に控えていたシアンが問う。

「まあ、耳聡いやつに聞かれても、今からでは間に合わんだろうからいいか。──収穫祭の時、妙なやつが謁見を申し出ていてな。身分はアロットの商人となっていたが、いざ顔を合わせてみれば何やら見覚えがある。謁見中にそいつから文を貰ったんだが、後で目を通してみるとどうやら国内にきな臭い動きがあるらしい」

「その、それは誰なのです?」

「まあ聞け。その時点でそいつに逆転の目はなく、時が経てばそいつは色々と理由をこじつけられて処刑される予定になっているらしい。そこで、先日故郷に戻ったそいつに提案してみたわけだ。『うちに来ないか』と」

条件は、ハイビス攻めに加担すること。

「条件を満たすには、軍勢を率いていなければならない。中立を掲げる国家の中、兵を動かすのは難しい。そこで、こう助言した」

──妖精族の討伐を名目にしてはどうか。

妖精族は盗賊紛いの行いをしていることもあり、アロットでも問題視されてきた。しかし、妖精族は獣人族とも繋がりがあるため迂闊に手出しが出来なかったのだが、今現在ハイビスの情勢が変わった事で事情も変わった。

「少数の兵を率いて妖精族をアロットから叩き出し、始末はハイビスを攻めているイーヴィスに任せる。そう言えば反対は出ない。目の上の瘤を駆逐する好機なんだからな」

「……まさか、あのアロットの軍勢は」

「本物ではあるが、実際は一部だけだな。他はアロットの旗を掲げたアルク公の部隊だ」

悪戯が成功して楽しくてたまらない子供のような笑みを見せるアールマンに、シアンは新たに沸いた疑問を投げ掛ける。

「しかし、アロット本国は黙っていないのでは?彼らが認めたのは妖精族への干渉までなのですよね。これでは無断で名前を利用しているのと同じことに」

「それがそうはならないんだ。抗議してこようにも、あれを率いているのが国の代表なんだからな」

「……は?」

理解不能を表現したように口を開けたまま硬直したシアンから目線を外し、代わりにハイビス軍を横から突き上げる軍勢へと向ける。

「さて、もうひとつの条件も満たしているといいんだが」

その呟きは、戦の喧騒に掻き消されて誰の耳にも届くことはなかった。

「狼狽えるな!あれには竜人族や魔族が混じっておる!これはイーヴィスの策ぞ!」

シロとラビとの戦いに背を向け、リアは自軍の混乱を収めようと声を上げ続けていた。

旗こそアロットのものだが、それを掲げている兵の多くは魔族と竜人族だ。それを説いても尚、混乱は収まる気配を見せない。部族ごとに指揮系統が独立しているハイビス軍はいわば寄せ集めの軍隊。勢いづいている間は良いが、一度足並みが乱れれば崩れるのも早い。

「皆、落ち着け!」

「しかし国長よ!あの軍には正しく水棲族もいるのだぞ!精霊族もだ!」

「だからといって、アロットが攻めてきた訳ではない!」

「そのようなこと分からんではないか!あれは先遣隊で、後から本隊が来るかもしれんだろう!奴らは魔族と手を組んだ!」

不安が不安を呼び、憶測がまるで事実であるかの如く飛び交っている。

既に一部の部族はリアに見切りを付けて逃げ出していた。

「ぐ、ぬぅぅ!」

勝ち戦の気配など、もはや欠片も手元に残ってはいない。たった一手で、リアの軍勢は瓦解寸前に陥っていた。

残された道は撤退か玉砕か。

その二択に、リアは前者を選んだ。

「体勢を建て直す!退け、退けぇ!」

──アーワォワォワォワォワォ!

撤退の合図に、獣人たちが一斉に後方に駆け出した。

退く時は全力で退く。

獣人族の足に混成軍が追い付ける筈もなく、ハイビス軍は追撃を受けることなく撤退に成功した。

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