幕間
ハイビスとアロットの間に広がる幻惑の森。正式な名をアーリの森というそこには妖精族が棲み着いており、彼らは森を通る旅人に幻術を掛けては荷を盗んでいくという。
グラン軍を率いるアルクはそんな曰く付きの森を眺めつつ、盛大に溜め息を吐いた。
「つまらぬなぁ」
馬が迷惑そうに首を振るうのにも構わず、その頭に肘を置き頬杖を突いたアルクに、長槍を備えた青年が眉をひそめる。
「爺さん、そんなこと言ってると、またお袋から文句言われるぜ?」
「いや、つまらないのは事実だろ。だって連中ときたら、遠目からこっちの様子を伺ってばかりで、まったく歯向かってくる気配がないんだもんな。そりゃあ飽きるさ」
アルクを挟んだ反対側から、両腰に大刃の剣を下げた青年が反論した。二人の容姿は瓜二つとまでは言わないが、傍目から見ても血の繋がりがあることを窺わせるほど似通っている。
グラン軍は幻惑の森の目と鼻の先に布陣しており、対妖精族用の結界を張って待機を続けている。妖精族も結界を警戒して森から出ず、膠着状態となっていた。
「だなぁ。むしろこっちから攻め入れられればいいのに」
「今からでも行くか?」
「行っちゃうか?」
にやりと笑い合う二人に、アルクが嘆息して両手を振り上げ、拳骨を見舞った。
「静まれ阿呆ども。短慮が過ぎるぞ。今はまだ、侵略者の汚名を被るべき時ではない。我が孫ならば思慮ある行動をせんか」
祖父の叱責に、二人は頭を擦りながら恨めしげな目を向ける。
「つまらないって言ったのは爺さんじゃないか。なあ、ラグ」
「俺も確かにそう聞いたよ、ドナ」
「喧しいわ」
再び振るわれた拳に、流石に二人とも口を閉ざした。
彼らはフウリの息子で、槍使いはラグ、大刀使いはドナと言う。二人揃って腕は立つのだが調子が軽く、これでは兵の上には立てても国の上には立てないと判断され、若くしてアルクの後継から外されてしまった。
両者ともその性格故か、腐ることなく職務に励んでいる……のだが、二人が揃うと目先の得を獲ようとする傾向が強く、母親よりも灰汁が強いと武勇とは関係の無いところで名を高めている。
彼らもまた一筋縄ではいかない問題児なのである。
「ん?」
最初にそれに気付いたのはドナだ。彼は眉間に手を翳して、じっと森の上空を注視し始めた。
「……煙?」
一筋の煙が、森の奥の方から上っている。
「連中が炊飯でもしてるんじゃないのか?」
ラグはそう言うが、それにしては細すぎるし少なすぎる。
伺いを立てるようにアルクを仰ぎ見ると、彼は険しい表情で森を睨んでいた。
「ラグ、ドナ、配置に戻れ。翼を広げよ」
「お、おう!」
視線はそのままに命令するアルクに、兄弟は慌てて左右両翼に散っていった。
『翼を広げよ』とは、両翼を前方に広げる『V』形の陣形に切り換えろという意味だ。鶴翼の陣と呼ばれるそれは、敵を包囲、殲滅するのに向いており、アルクがこの陣形を指示したということは、相手が打って出てくると読んだということだ。
「あやつ、保険だなどと言いおってからに、捻くれ者めが。さて、何が飛び出すやら」
アルクたちに睨まれながら、わざわざ自分達の住居を報せるかのように、煙を立たせて炊飯するなど有り得ない。自分たちが優位に動ける森の中へと誘い込もうとするにしても、一本の煙程度で演出を良しとするのはあまりにも稚拙に過ぎる。
あの煙は狼煙だろう。しかも、妖精族が上げたものではない。妖精族が得意とするのは幻術による撹乱とそれを利用した奇襲だ。わざわざ敵に見えるように合図を出す必要が無い。
では誰が狼煙を上げたのか。
この森の位置を考えれば自ずと答えは出る。問題は、それがどこに立つものであるかということ。
その時、森の中から大量の野鳥が羽ばたいた。
「気を引き締めい!来るぞ!」
先んじて両翼が前進を始める。
ほぼ同時に、森の入り口辺りに霧が立ち込めてくる。霧は森の外にまで溢れ出ようとするが、見えない壁があるかのように行き止まり、阻まれたまま動きを止めた。
アルクが設置させた結界の効果だ。幻術を防ぐ事に特化したそれはアルクの軍を中心に、森の入り口ギリギリにまで張り巡らされている。結界に阻まれたということは、あの霧は幻術の一種で間違いない。
「倦怠の時は過ぎた!剣を抜け!矛を構えよ!」
霧の中から、蝶のような羽根の生えた子供が結界を越えて森から飛び出した。子供に見えてもあれで成体。紛れもない妖精族である。
一人、四人、十人と、続々と現れる妖精族は宙を飛びながら、追い立てられるようにグラン軍へと向かってくる。
「見た目に惑わされるな!あれは山賊となんら変わらぬ!囲い潰せ!」
──オオオォォォオ!




