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第三章 ~会議は踊らせない~

「して、どうするつもりだ?ハイビスへと軍を進めるならばセペレ山脈を越えねばならん。本格的に冬になる前故、登山は可能だが行軍に時間をかければ奴等も感付くじゃろう」

本城の上層に用意された部屋に三国の代表が円卓を囲み、アールマンの前口上の後、秘書として長女のフウリを隣に控えさせたアルクが会議の口火を切った。

盟主として上座に座っているアールマンは、頷いて腹案を示す。

「ああ。だから進軍と同時にこちらから使者を出す。内容は『エンピスへの不当な干渉への謝罪と賠償』だ。関与を否定するなら調査の間、軍の駐留を認めさせる。それすらも拒否するなら、そのまま宣戦布告とする」

「随分と強引なことをするのぅ。もし奴等が罪を認め賠償をすると言ったならばどうする」

「連中の性格上無いとは思うが、もしそうなれば一旦兵は退き、しばらくはグランに留まるしかあるまい。反抗の姿勢を見せない以上、ハイビスに軍を置き続けるのは難しい」

「イーヴィスには戻らないのですか?」

思わず口を開いたのは、エンピスの代表として参加しているシアンだ。国王であるブランの名代として参加してはいるが、発言権は主が放棄しているため無いに等しい。

シアンの問いに答えるために、アールマンは補佐役兼書記として参加しているファルン卿に地図を広げさせた。

「二度手間になるからな。今回はグラン経由で進む軍とは別にもう一つ、軍勢を別方向から進発させる」

筆を取って描いた進軍経路に、アルクまでもが眉をひそめる。

アールマンの描いた線は、中立地帯であるウルク湖の真上を走っていた。

「正気か?そこを通ろうとすれば、イスカを挑発することになりかねんぞ。イスカが動けば面倒なことになるのは、お前も分かっていよう」

アルクの苦言に同調するようにシアンも頷く。秘書官であるフウリは態度にこそ表さないが、他の二人と同じくアールマンの作戦に疑問を抱いているのは確かだろう。

ウルク湖を取り巻く四ヵ国の間には、渡航を制限する協定があるのだ。

「黙って通ればそうなる。だから、名目を用意する」

「名目とは?」

「前に、ウルク湖からイーヴィスに魔物が侵入したことは皆知っているだろう?」

「うむ、前に報せがあったからな。……まさか、お前」

アルクが呆気にとられたように目と口を開ける。

「お父様、どういうことですの?」

未だ会話の行き先が見えず困惑するフウリが訊ねるが、アルクは答えず顎に手を当ててアールマンの策を吟味し始めた。仕方無いと、フウリは視線をアールマンに向ける。

「魔王陛下、続きをお聞かせ願います」

「魔物は我が国にて討伐できたが、村一つの壊滅に討伐隊の半壊、そしてウルク湖の汚染と、その被害は大きい。イーヴィスではウルク湖の浄化を進めながらもその痕跡を遡り、魔物が何処から来たのかを調査していた。その結果──」

アールマンは指でウルク湖の中央を差し、南東へと動かした。

「──ハイビス方面から侵入した可能性がある、と公表したならばどうだ?」

「な」

事前に概要を知らされていたファルン卿と途中で悟ったアルク以外の二名が、驚愕に目を見開く。

「実際はイスカも選択肢から外れてはいないが、あくまでも可能性を提示しているだけだから問題は無い。まずはハイビスを調べると言えば済むことだ。イーヴィスは彼の魔物と実際に対峙した者として、その痕跡を追い原因の調査を行うために軍を進める。その際、イスカとハイビスには書簡を送っておく。『魔物を生み出した魔術師は危険思想の持ち主である。一刻も早くその身柄を確保しなければならない。妨害すれば魔術師の仲間と見なす』とな」

「……確かに、かなり乱暴な手ではありますが、大義名分としては成り立ちますわね。実際に検分したイーヴィスでなくば分かり得ないこともありますし」

「乱暴であろうとも、こちらがある程度の筋道を立ててさえいればイスカは介入の機会を失う。ハイビスへ助勢として赴けば、イーヴィスの同盟国であるエンピスに背を向けることになり、ハイビスと同じく『魔物を生み出した魔術師の仲間』として共倒れになる。逆にエンピスへと進軍すれば、今度は〝砂漠の国〟と睨みあっているルーフェが、こちらの名目に便乗して手を伸ばしてくるだろう。イスカは多方面に備えられるほどの軍備を備えていないから、傍観するしかない」

内陸国であるイスカは、交流のあるハイビスを除いた他国と友好的と呼べるほどの関係を築いていない。唯一アロットだけは交易関係にあるが、あの国は特殊であるため援軍を頼めるような間柄には当てはまらない。

「この作戦はエンピス王の同意を得たかったんだがな」

真剣な表情を崩して苦笑するアールマンに、シアンは居心地悪そうに体を小さくして頭を下げる。

「も、申し訳ありません」

「すまん、意地悪をした。親書に事後承諾で構わないとあったから、ブランにはこの会議の後で使者を走らせよう」

「は、はあ」

戯れだと言うアールマンに、この生真面目な青年は相槌を打つことしかできず、代わりにとばかりにアルクが嘆息した。

「若者が若者を苛めるな。年寄りの楽しみが減ってしまうわ」

「若者だから冗談で済まされるんだよ。あんたが同じようなことを続けてたら、そのうち老害だなんだと遠ざけられるようになるぞ」

「儂のような好好爺を捕まえて老害などと、酷いことを言うのぉ」

公式な会議の場だと言うのに軽口を叩き合う二人の王を、フウリが咳払いをして睨む。

「話し合いはまだ終わっておりませんわよ?」

フウリの機嫌を損ねるのは不味いと、アールマンとアルクは視線を交わして頷き合った。

仕切り直す意味でアールマンも咳払いをし、説明を続けると同時に再び地図に筆を走らせる。

「こちらが大義名分を掲げていたとしても、他国の軍勢がハイビスに入れば連中は必ず動き出す。獣人族の縄張り意識は猫か狼かってくらいに強いからな」

「であろうな。それに奴等は国としてよりも部族として動く傾向にある。国長が要求を受け入れたとしても、それに不服を唱え独断に走る者達は必ず現れよう」

「そうなれば、攻め込むには十分な理由付けになる。そうなればエンピスに関しての罪を認めていようと、グランから軍を進められる」

「……もし、ハイビスが全く動かなかった場合、どうするのです?」

手をあげたシアンが訊ねると、アールマンは考える素振りもなく答えた。

「それでも問題はないさ。本来の目的はあくまでも、魔力の流出先の特定と魔物の移動経路の調査だからな。ハイビス攻めはあちらが抵抗したらの話に過ぎない。その場合はグランに置いてある軍は予備戦力として扱う」

「問題はないだなんて説得力がありませんわよ。だったらグランとウルク湖の二方面から部隊を送るような挑発などせず、正式に交渉の使者を立てるだけで良いではありませんの」

白々しいとフウリが嘆息すると、アールマンは心外だと言うように肩をすくめた。

「どちらの動機にも嘘はないからな。魔物がウルク湖から現れた以上、ハイビスからやって来た可能性は充分にある。どちらも優先順位が高く、たまたま軍を派遣する時機が重なるだけだ」

「まったく、いつからこんなにひねくれちゃったのかしら」

「……急に素に戻るのはやめてくれないか」

いきなり親戚のおばさんのように頬に手を当てたフウリに、アールマンが口角をひきつらせる。竜人族の奔放さはいつ発揮されるか分からない。

「俺の腹の内は置いておくとして、だ。方針としてはハイビスとの戦を前提として事に当たる。意見はあるか?」

「儂に異論はない」

「同じく」

「こんな回りくどい事なんてせずに、二十年前のハイビスみたいに問答無用で攻め込めばいいのに。目には目でいいじゃありませんの」

「国取りは風評というものを気にせねばならんのだ。短気を起こしてはならん」

賛否を問うアールマンに、フウリだけが不満を漏らしていたが、アルクになだめられて口を閉ざした。

「後で編成に関する軍議を開く。それまでアルク公とフウリ殿は自室にてお待ち願おう。準備が整ったら使いを送る。シアン将軍は一緒に来てもらう。エンピスへ送る書簡に署名願いたい」

「分かりました」

「ファルンは会議の内容を書類に纏めて各部署に回せ。あとラビとシロを俺の執務室へ来させるように」

「はい、すぐに取り掛かります」

指図し終えると、アールマンはシアンを連れて会議室を辞した。

ファルン卿も議事録を手に退室し、残ったアルクはフウリに話し掛けた。

「フウリ、先にグランへ戻り、軍備を整えよ」

「それは構いませんが、軍議はどう致しますの?魔王陛下は私も出席するよう仰られていましたけど」

「構わん。……あやつが思っておるよりも遥かに、野獣どもの耳は聡く鼻も利く。万一にも、先んじてセペレを越えられてはならぬ。目を光らせておけ」

「ふむ、分かりましたわ。……こういうときに竜玉があればよろしいのですけども」

「あれは既に儂らの手に無い。羨む暇があるなら早々に動け」

「承知しておりますわよ。ではお父様、お先に失礼致します」

軽く笑みを見せながら一礼し、フウリが去っていく。

一人きりになったアルクは真剣な面持ちのまま目を細め、小さく息を吐いた。

二刻程の後、下層階にある軍議の間にリィンをはじめとする軍部の関係者が集まった。

そこにアールマンとシアン、アルクが加わり、軍議の幕を開ける。……と、その前にアールマンはフウリの姿が見えないことに気がついた。

「アルク公、長女はどうした?」

「うむ、帰らせた。あれも暇ではないからの」

「……まあ、いいが」

何か胡散臭いものを感じながらも、居ないのならば仕方ないとアールマンは話を進める。

先の会議で決まったことを説明し、配置を話し合う流れとなった矢先。さして波風立たずに進んでいた軍議が、アールマンの一言で騒然となった。

「今回、総大将として俺も出るからな」

「は…………はい?」

頷きかけた諸将であったが、その言葉を理解するにつれて表情がひきつっていく。

「恐れながら陛下、聞き違いかもしれませぬ故、もう一度仰っていただけませんか?」

「三度目は言わんぞ。総大将として俺もハイビスに行く」

聞き違いや冗談であってほしいとの願いも通じず、アールマンはより正確に答えた。

一拍の沈黙の後、軍議の間には荒波のごとくアールマンを思い止まらせようとする諸将の叫びが続いた。

「お止めください」だの「危険です」だの、家臣としてのまともな諫言が響く中、アルクが注目を集めるように手をあげた。

「大将ならばリィン嬢でも務まるじゃろう。不足と言うなら儂が補佐についてもよい。わざわざお主が出んでもよかろうに」

「その通りです」といくつかの声が追従する。

総大将となれば、三国の代表と諸外国に知らしめることが出来るため、イーヴィスの者が務めることが当然ではあるが、それでもし万が一にもアールマンが戦死などということになれば、イーヴィスという国そのものの存亡に関わる。イーヴィスに王位を継げる者はもういないのだ。

アールマンが戦地に出向くよりも、イーヴィスの将軍であるリィンもしくは戦巧者と名高い竜翁アルクが大将となるのが定石と言えた。

「不足とは言わないが、リィンには大将ではなく一将軍として現場の指揮を取ってもらう。アルク公にも従軍してもらうつもりではあるが、アルク公には獣人族ではなく妖精族を警戒してもらいたい」

「妖精族?なぜやつらの名が出てくる」

妖精族はハイビスとアロットの国境を跨ぐ森林地帯に棲んでいる。正確にはハイビスではなくアロットの国民である彼らも無用の争いは好まず、二十年前のグラン侵攻まではハイビスとの交流もあったらしいが、それ以降は疎遠であると聞く。

今更ハイビスと関わりを持つ可能性は低いと思えるのだが。

「ただの保険だ。俺も妖精族が関わってくるとは思っていないが、同じように思われていた二十年前には獣人族に協力した。気にかけておいて不足はない」

「……確かに、前例がある以上は有り得ないと断ずるには弱いのう。あやつらの幻術は厄介であるしな」

実際に相見えた者としての意見に、荒立っていた空気が弱まる。しかし、と声をあげる者もいた。この場でただ一人きりの人間族であるシアンだ。

「私も戦地に赴きます。若輩ではありますがエンピスにて将軍にを預かる身。お二方の代役を務めることも出来ると思いますが」

異形に囲まれながらも物怖じすることなく発言するシアンに、数名の魔族が感心するように頷いた。人間族といって侮っていた訳ではないが、魔王に真正面から意見した辺りに好感を持ったのだ。

「シアン殿の力量を疑っている訳ではない。しかし、今回の戦にエンピスの兵を伴わない以上、卿に連携を要する役割を与えるわけにはいかん」

エンピスにはイスカを背後から睨んでいてもらわなければならない。もしイスカが動いた場合、再編を終えてそう時の経っていないエンピス軍がイスカに対抗するには、物量で押し切る他無いのだ。

エンピスから兵を借りることが出来ない以上、シアンに部隊を率いさせることはあっても、大将のような重役を担わせることは出来ない。

付き合いの浅い他国の将には、兵がついていかないのだ。

「リィンには本隊の指揮を執ってもらう。総大将との兼任も出来るだろうが、速きことを取り柄とするハイビスを相手に動きが重くなることは避けたい。俺が出るのが手っ取り早いんだよ」

説明するアールマンに、諸将も渋い顔をしつつも押し黙る。主の判断以上に有効と思われる策を思い付けなければ、彼らはそれに従う他ないのだ。

しかし、代案はなくとも譲歩は引き出せると、リィンが口を開いた。

「総大将の件は理解しました。ですが、我らの陛下の身を案ずる気持ちもご理解いただきたく存じます」

「分かっているつもりだがな。で?」

「ラビとシロを御側に侍らせください。あれらは単身での動きが軽く、二人いれば急襲されてもお守り出来ます」

これくらいならば呑んでもらえるだろうとリィンは提案したのだが、アールマンからの返答は否だった。

「聞き入れてやりたいところだが、駄目だ」

「何故です」

「あの二人は先程、使いに出した」

「……陛下からの呼び出しがあったとは聞いています。何処へ遣ったのですか?」

「決まっているだろう」

どうして思い至らないのかが分からないとでもいうように、アールマンは疑問符を浮かべている面々を見回して言った。

「ハイビスだ」

──軍議が開かれるよりも一刻ほど前。ラビはシロの手を引いてアールマンの執務室へと向かっていた。

「まったく。陛下からの招喚をすっぽかそうとするなんて、お前は何様ですか。馬鹿様ですか阿呆様ですか、それとも愚痴無知様ですか」

「上層には行きたくないんだよ。高いし、因縁付けられるし、面倒くさいし」

「どれもお前の怠慢の結果でしょう。特に最後のは言い訳ですらないじゃないですか」

「本音だからね」

「………………」

生意気な物言いに軽く苛立ちながらも、足を上げることなくラビはシロを連れて執務室に入った。まともに取り合うだけ精神力の無駄遣いになる。

執務机の椅子に腰掛けたまま出迎えたアールマンは、机の上に一通の書簡を置いて本題に入った。

「来てもらって早々悪いが、お前達に使いを頼みたい」

「すぐ降りるなら登ってくる意味なかったんじゃないか」

目の前に主がいるにも関わらず愚痴るシロに、ラビは殺気の籠った視線を向け、アールマンは苦笑して聞かなかったことにする。

「お前達も知っての通り、これから本格的にハイビスを攻めることになる。先程の会議で、それに合わせて勧告の使者を出すことになった」

「………………」

「適任と思っての人選だ。が、強制はしない。例え無理だと断ったとしても、俺からの評価が下がることもない。どうする?」

言葉は柔らかく、しかし視線は鋭いアールマンに対し、ラビは俯いて黙りこくる。隣に立つシロも、何となく発言を控えてラビの動向を見守った。

しばらくして、ラビが口を開く。

「……行きます」

顔を上げることはなかったが、言葉として発したからには覚悟も固まったのだろうと判断し、アールマンはシロに視線を移す。

「お前はどうだ?」

「断る理由がない」

即答に近い返事に、アールマンは「そうか」と頷いて書簡を差し出した。

「シロ、お前はラビの補佐だ。多くは求めない。ただ守り抜け。いいな」

「分かった」

書簡を受け取りながら、気負った様子もなく頷く。

「ならいい。支度を済ませ次第、すぐに出発しろ」

二人を下がらせ、アールマンは静かに息を吐く。

適任だ、との言葉に嘘はない。ラビを選んだのは、今回の任務には彼女の来歴が強みとなるからだ。

ラビはハイビスの最大部族の長、ひいてはハイビス全体を纏める国長の曾孫に当たる。

既にイーヴィスに籍を移しているとはいえ、血筋を重んじる獣人族の中であれば、手荒な扱いは避けられるはずだ。

書簡は確かに長の元に渡るだろう。

しかし、混ざり者であり裏切り者となったラビに向けられるであろう目を考えると、酷い仕打ちのようにも思える。

ラビはリィンに負けず劣らずの忠勤者だ。それはアールマンも理解している。

このように、試すような真似をしたくはなかったのだが。

「……嫌われたなら、それまでか」

今は大丈夫だろうが、今回の一件がいずれ心が離れる切っ掛けにもなるかもしれない。

しばらく様子を見て、何らかの兆しが見えるようなら。

と、そこまで考え、アールマンは軍議へ赴くべく席を立った──。

「ハイビスはラビの故郷だ。しがらみはあるだろうが、それを踏まえた上での打診にあいつは応じた」

「しかし……」

異論を唱えようとリィンは口を開くが、アールマンの判断に間違いはなく、ラビの決断に水を差せるほどリィンは無責任になれない。

口を閉ざしたリィンに代わるように、アルクが呟く。

「酷なことをするのう」

呟くというには大きな声だったが、アールマンは言葉を返さずに瞑目した。

「まあ、おらぬのであれば仕方あるまい。その二人が戻らぬ間、お主の護衛は儂の方で用意しよう。フウリか、その息子衆であれば不足はなかろうて」

代案というには充分過ぎるアルクの提案に反対意見は出ず、軍議は再開されて編成や経路等が話し合われた。

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