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第二章 ~剣の将軍と暇な王女~

アールマンが改めてエンピスへ使者を送った七日後の朝、戻ってきた使者は先日の返書通り、〝剣〟の将軍であるシアン・ルーティスを伴っていた。

使者の帰還に合わせて謁見の準備が行われ、アールマンは玉座に座って彼と対面した。

「急に呼び出すことになって、すまないな」

挨拶もそこそこに謝罪するアールマンに、膝をついた美丈夫が頭を低くする。

「いえ。こちらこそ、国王ではなく名代が参じたことをお詫びしなくてはなりません。誠に申し訳御座いません」

「それに関してはこちらも既に承諾済みだ。頭を下げる必要はない。顔を上げるといい」

「はっ」

許しを得て、シアンが頭を上げてアールマンを見る。初対面というわけではないのだが、名代という重責故かシアンの顔には緊張の色が残っていた。

「後程、アルク公とも引き合わせよう。その後にでも、セリスの顔を見ておくといい」

「ありがとうございます」

更に二、三言葉を交わし、謁見を終える。

謁見の間を出たシアンは用意された客室に案内され、しばらくの待機を命じられた。

後程引き合わせると言っても、アールマンも暇ではない。国主の決裁を待つ書類は時を重ねれば重ねるほど山積みになるし、いくら調整していても必ず謁見しなければならない人物というものもいる。

アルクのように娘に丸投げできるならば色々と捗るのだろうが、アールマンには娘などいないしそもそも自分の仕事を他人に放り投げることなどできる性格ではない。

「ふむ……」

手持ちぶさたに室内をうろうろとし、椅子に腰掛ける。

シアンと同じ将軍であり先達でもあるディアンは「名代など子供の使いと同じだ」と言っていたが、そんなことを言えるのは経験を積んでいるディアンだからこそだとシアンは思う。自分もいつかは彼のように豪胆になれるといいのだが。

そもそも、今回の役目はただの使いとは違うのだ。

彼の主であるブランからは、そのままイーヴィスの作戦に参加せよと言い付けられている。一兵卒として参加するのか、将の一人として参加するのかはアールマンやリィンの采配次第だが、獣人族との戦に参戦するのは間違いあるまい。

半年前のカンドの戦いでは本国に居残っていたシアンにとって、初めてと言える大規模な戦だ。緊張するなと言う方が無理な話である。

「シアーン、いますかー?」

瞑目して気を落ち着かせていると、戸を叩く音と共に久方ぶりに耳にする声が聞こえてきた。

「セリス様?」

まさかの来客に、シアンは慌てて立ち上がって扉を開く。

「うわぁ、本当にいました」

半ば疑っていたとでも言うつもりなのか、そんなことをのたまいながらセリスはシアンの手を両手で掴んだ。

「ついてきてくださいね。面白いものを見せてあげます」

そう言ってシアンの手を引っ張るが、鍛えあげられている彼の体を動かすには、セリスは非力すぎる。

深く根差した巨大な蕪を引くが如く、顔を真っ赤にしながら踏ん張るセリスに、シアンはどうしたものかと頬を掻いた。

やがてこれは無理だと悟ったのか、セリスは両手を離してシアンを睨んだ。

「どうして動かないんですか!」

「私はこの部屋での待機を言い付けられているのです。無闇に動けば魔王閣下に迷惑をお掛けすることになります」

「むー」

頬袋に木の実を詰め込んだ栗鼠のように頬を膨らませて、セリスは分かりやすく拗ねた。

シアンも出来ることなら付き合ってやりたいのだが、国王の名代としてここにいる以上、下手な行動は慎みたい。たとえ主の妹であろうとも、優先順位を鑑みるとこの誘いは断らなければならないのだ。

「むむー」

頬を突けば面白いことになるだろう程にぱんぱんに膨らんだ頬を見つめていると、セリスの背後に黒色の男性が静かに歩み寄ってきた。

「客を困らせるな」

「ぱふっ」

張り詰めた両頬を手のひらで押さえつけた魔王は、そのままシアンに話し掛けた。

「アルク公との面会の場が整ったのでな。使いを出してもよかったんだが、こいつが先に向かったと聞いて俺が来たんだが。正解だったらしい」

挟んだままの頬を揉んだりつねったりと弄ぶアールマンに、セリスが抗議の声をあげる。

「あほふぁはないへふふぁはいほー(あそばないでくださいよー)」

「誰が阿呆だ」

「いっへはへんー!」

目の前で繰り広げられる戯れに、どう対処すればいいのかと困惑するシアンに、セリスを解放したアールマンがついてくるように促す。

「うー」

頬を揉みながら恨みがましい目でアールマンを見るセリスの横を通り、シアンはアールマンと共に廊下を歩く。

「あまり無理してあれに構わなくてもいいぞ。あいつは暇だから、誰かに構ってほしいだけだ」

「あはは……」

辛辣な言葉に空笑いを浮かべたシアンを引き連れ、アールマンは同じ区画にある食堂の扉を開いた。

客室区画の食堂は下層の大衆料理屋染みた食堂とは違い、白い卓掛け布の敷かれた会食用の長机が一つのみとなっている。

シアンが食堂に入ると、中では既に食事を進めている老人の姿が見えた。額の角を認め、彼が話に聞く竜翁なのだろうと判断する。

「おう、来たか」

「来たか、じゃない。少しは待つということを知らないのか?」

「料理を目の前にして『待て』と言われたままに待つなど、犬猫くらいしかせぬわ。なんじゃ、お前は儂を家畜同様に扱っておったのか?」

「ああ、わかった。俺が悪かった」

暴論を振りかざすアルクに、アールマンは呆れたように首を振ってシアンへと振り返る。

「あれがグラン公国大公のアルク公だ。今は威厳の欠片もないがな」

「仕事でもなし、気を張っておる方が疲れるじゃろ」

「気を抜きすぎだと言っている。というか、また長女はいないのか。今度はどこに行った」

「ユウリと一緒に食べると行って出ていったぞ」

「……自由すぎるだろ、あんたたち」

未だ納得も不可解も示していないシアンをおいてけぼりにし、アールマンは嘆息して上座の椅子へと腰掛けた。すぐに給仕の侍女が、隣室の厨房から料理を机へと運んでくる。

すぐに食事に手をつけようとするアールマンを見て、慌ててシアンが声を上げて止めた。

「ま、魔王陛下!毒見はなさらないのですか?」

シアンの言葉にアールマンとアルクは顔を見合わせる。

「……必要はないと思うんだが」

「そこいらの毒を盛られたところで、腹痛を起こすくらいじゃしのぅ」

揃って首を傾げる二人に、シアンは自分の常識と彼らの常識に大きな隔たりがあることを知った。

「あの、しかし、アルク公は竜人族であらせられるので、我らとは頑強さが違うという事で納得はできるのですが、魔王陛下は毒が通じないというわけではありませんよね?」

「幻想種の末裔と一緒にしないでくれ」

幻想種とは、絶滅したと思われるが、真偽は定かではない上位の存在のことを言う。ここで言う幻想種とは、竜人族の起源である竜のことだ。

「お前も似たようなもんじゃろうが」

三ツ又の匙で人参を刺して口に運びながら、アルクが反論した。

「代々の魔王の中には、竜人族を娶った者もおる」

「純血と混血を一緒くたにするなと言っているんだよ。それに俺は父上に似ず、肉体は並み程度だからな」

「では、魔王陛下には毒見が必要なのでは?」

一人立っているのもおかしいと思ってアルク公の正面に座りながら、シアンが問う。するとアールマンは手に持った匙で皿をコンコンと軽く叩いた。

「王城で使われる皿には細工がしてあってな。銀製の匙を毒入りの汁に浸けると黒ずむのと似たような仕掛けだ」

だから毒見は必要ないと、アールマンはそのまま食事を開始した。

「そ、そうなのですか……」

シアンの目の前でも配膳が済まされ、観念して匙を手にする。ふと、まだ自分の自己紹介がまだであったことを思い出し、匙を置いて背筋を正した。

「後れ馳せながら名乗らせていただきます。私はエンピスの将軍、シアン・ルーティスと申します」

「む……。……真面目じゃのう」

咀嚼していたものを飲み込み、アルクが眉を上げてシアンの印象を口にした。

「リィンちゃんといい、こやつといい、最近の将軍職というのは皆真面目なのか?」

「知らん」

アルクの疑問に素っ気なく答え、アールマンは乾酪を葉野菜で巻いて揚げた料理を口に運ぶ。

良くも悪くも、真面目という評価のみを下されただけで話は終わってしまい、シアンも釈然としないものを感じながら目の前の料理に手をつけ始めた。

一通りの食事を終え、食後の紅茶を飲み始めた頃、アールマンがアルクに話し掛けた。

「そういえば、長女はユウリのところに行ったんだったよな」

「ああ、そうじゃが」

「……また妙なことを仕込んでるんじゃないだろうな」

訝しむアールマンの視線に動じることなく、アルクは流し目を向けながら紅茶を啜った。

「はて。覚えがないのだが、妙なこととはどんなことかの?」

「とぼけるなよ、まったく。面倒とかなんとか言っておきながら、ユウリに色々と吹き込むのが目的だったんじゃないだろうな?」

「かっかっか。さぁてのう」

アールマンの追求を笑って躱すアルクを見て、シアンが呟く。

「お二人は、随分と仲が宜しいのですね」

「そうじゃろう、羨ましかろう」

「まあ、同盟関係にあるの国主同士、親しいに越したことはないからな」

片や嬉しそうに、片や複雑そうに表情を歪めてシアンの呟きに答えた。

アールマンの言葉とは裏腹な表情に疑問を覚えたが、シアンが口に出す前にアルクが手を振って牽制した。

「放っておけ。そいつは反抗期なだけだ」

「……誰のせいだと思っている」

苦虫を噛み潰したような顔で紅茶を一気に飲み干し、アールマンは席を立った。

「明日の会議までは自由にしていろ。俺は仕事があるので失礼する」

そう言ってさっさと出ていってしまったアールマンに続いて、アルクも立ち上がって「儂も可愛い娘たちのところへ戻るかの」と言い残して退室した。

一人きりになったシアンは、セリスの機嫌を損ねたままだったことを思い出し、しばし逡巡した後、このままでは流石に心苦しいとセリスの居室へと向かった。

「セリス様、いらっしゃいますか?シアンです」

「来ましたね。入ってください」

扉を叩いて声を掛けると、待ち構えていたらしくすぐに入室を許された。

シアンが部屋に入ると、セリスが何故か胸を張ってシアンを手招きした。とりあえず誘われるがままにセリスに近付くと、いきなりセリスが声をあげた。

「シロちゃん、今です!」

「なっ」

突然背後に気配を感じ、急ぎ振り向こうとするが相手の方が早く、左腕を掴まれて引き倒されてしまった。背に跨がられて腕を捻られ、シアンは苦悶の表情を浮かべつつセリスを仰ぎ見た。

「ぬぐ、セ、セリス様、これは……?」

「ちょっと、シロちゃんやりすぎですよ!」

「捕まえろと言ったのはあんただろう」

「それはそうですけど。腕を掴むくらいでいいんですよ」

「……そう」

頭上を行き交う会話に、背上の刺客は敵意を持っていないらしいことを知る。道理で反応が遅れたわけだと、シアンは己の不手際に納得した。……いや、不覚を取ったことに変わりはないので反省すべきではあるが。

背中の重みが消えると同時に腕を解放され、シアンは腕の具合を確かめながら起き上がる。

「……おや」

立ち上がったシアンは、刺客の姿を見て軽く目を見開いた。自分に存在を悟らせずに潜んでいた辺り、さぞ腕の立つ武人だろうと思っていたのだが、シアンの背後に佇んでいたのは目先までを覆う白い外套を身に付けた少年であった。

「この子はシロちゃんです」

シロという少年の背後に回り込んで抱き着きながら、セリスが白衣の少年を紹介する。

シロは一瞬だけ迷惑そうな顔をしたが、よくあることなのか諦めたようにため息を吐いてシアンに頭を下げた。

「どうも。さっきはごめんなさい」

「あ、いえ。こちらこそ、己の未熟練を思い知りました。私はシアン・ルーティス。エンピスにて将軍位を授かっています」

一応と言わんばかりの謝罪に自己紹介を返すと、シロは怪訝そうに眉をひそめた。

「エンピスの将軍ってじいさんじゃなかったのか?」

「シロちゃん、前に習いましたよ?エンピスには将軍が二人いるんです」

得意気に教えるセリスを見て、まるで姉弟のようだなとシアンは頬を緩ませる。機嫌を悪くしたままだと思っていたのだが、杞憂だったらしい。

「ところで、シロ殿はどういったお立場なのでしょう?」

以前、シアンがイーヴィス王城を訪ねた時にはいなかったはずだ。そうなると、彼は最近この城に滞在し始めたということになるのだが、それにしてはセリスが親しげにしていることが気にかかる。

「…………魔王の部下だ」

「シロちゃんは〝旅人〟なんですよー」

言葉を選んだシロに対し、セリスが正直に事実を口にした。シロの口元が苛立ったように揺れ動いたが、シアンの手前何をすることも出来ず、口を閉ざした。

少年の妙な仕草に疑問を抱きつつも、シアンはなるほどと頷いた。

「そのお若さでどのような鍛練を積んだのか気になっていましたが、旅の中で身に付けたものでしたか」

「え、いえ──」「重い」

セリスがまた余計なことを口走ろうとしたため、シロは首に回された腕を払ってセリスを叩き落とした。しかしセリスも学習しているらしく、床に倒れる前にシロの腰に抱き着いて顔面落下はどうにか免れる。

「ですからシロちゃん、私は重くないですって」

「……セリス様、注意するべき点はそこではないと思うのですが」

苦笑いを浮かべながら、シアンはこれ以上少年の素性を探るのはやめた方が良さそうだと判断する。これ以上追求すると、主君の妹が更に失言を口にしかねない。

セリスが改めてシロの首に手を回して体重を掛けるのを見届けていると、今度はシロから話し掛けてきた。

「あんたの方が年上だろうに、なんで僕に敬語を使っているんだ?」

「なんで、と言われましても……」

立場は不明だが、セリスが世話になっているのは確からしいし、その能力は敬意を払うに値する。しかし年下の者にありのまま伝えるというのも年長者として問題がある気がする。

どう答えたものかと頬を掻くシアンを、シロもしばらく見上げていたが、回答がもらえそうにないことを悟ると顔を下げて視線を逸らした。

「あんたが話しやすいなら、なんでもいいよ。白いの曰く、僕は未開の蛮人だそうだから好きにすればいい」

「白いの……?」

「兎さんのことですよね」

「……ああ」

二人の指す人物に見当がつき、シアンが頷く。というかこの二人、他人の名前をまともに呼ばないという奇妙な共通点があったのか。

ふと、シアンはセリスの呼び方は一貫していないことに気付いた。

「……セリス様、私のことはちゃんと名前で呼びますよね?」

「だって、シアンって特徴が無いじゃないですか」

「……………………」

衝撃的な言葉に、シアンの思考は真っ白になった。まさか、仕えている相手から没個性を指摘されるとは。

「あ、でも。リィンとシロちゃんとユウリちゃんは違いますよ?リィンは友達だし、シロちゃんは弟だし、ユウリちゃんは同志ですから」

「弟になった覚えがないんだけど」

「私が欲しかったんですよー」

頬擦りしそうな程の可愛がり振りだが、シロは心の底から不服だと言わんばかりに首を振って項垂れた。この娘には何を言っても無駄であるということは、短い付き合いだが身に染みて分かっている。

「あ、あの、セリス様……」

なんとか失意の淵から脱したシアンが、気分が高揚してきて上機嫌なセリスに改めて問う。

「私は、その……、そんなに、特徴が無いのでしょうか……?」

「んー、顔立ちは整っているし背も高いし、剣の腕も立ちますけど」

「けど……?」

「面白くありません」

「………………」

ズビシッと、シアンは自身の精神を鋭利な刃物で斬りつけられる音を聞いた。

「女の人からの人気は高そうですけど、性格は普通ですし。あだ名を付けるのが面倒なんですよね」

「…………あはは」

ついには面倒とまで言われ、シアンは空笑いを浮かべながら必死に涙が溢れるのを我慢した。自分でも個性と呼べるものに乏しいと思ってはいたが、ここまであけすけに言われると辛いものがある。

そんなシアンの様子を見て憐れみを感じたのか、シロが手を伸ばして、慰めるように肩を叩いた。

子供に同情され、シアンは本当に泣きそうになった。

「あ、そうだ」

純真無垢な刃に心を切り刻まれたシアンの腕を、思い出したとばかりにシロが掴んだ。

「これでいいのか?」

「へ?……ああ、そうです。それでいいですよ」

こちらは完全に忘れていたらしく、一瞬、何を言っているんだろうと考える素振りを見せたあとで頷いた。

「ああ、でも、シロちゃんが帰ってきちゃってるから、シロちゃんの部屋で宝探し出来ないんですよね」

「……僕が留守にしてる時に、そんなことをしていたのか」

「あ、ばれちゃいました」

「………………」

てへへ、と笑うセリスに呆れて言葉も無いのか、シロは視線を遠くへ向けて小さく息を吐いた。

シアンは掴まれたままの腕を見つめて、困惑しながらもセリスに訊ねた。

「あの、これは先程の見せたいものがあると言っていたことと関係があるのでしょうか?」

「そうですよー。シロちゃんの部屋は面白いものが多いので、シアンにも見せてあげようと思って」

「ああ、そうだったのですか」

だからあんなに強引だったのかと、シアンは得心した。だが、それは別として一つ気になることがある。

「……シロ殿を待機させていた意味、ありませんよね?」

シアンを無理矢理連れていくにしても、シロに手助けさせては元も子もない。

目的がシロの部屋を漁ることであったのなら、シロが同席していることで既に計画は失敗している。

「んー、……なんででしょう?」

「………………」

小首を傾げるセリスに、シアンは『この方はもう少し、頭を使うことを学んだ方がよろしいのでは』と案じずにはいられなかった。

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