番外編 〜コルビンの怪しい盗賊(前)〜
――やほやほ、はじめましてみなさんこんにちは。あるいはおはようこんばんは?それとももしやひさしぶり?
挨拶終わってさて置いて、今回このようなお手紙をお送りしましたのは他でもない、皆さんが後生大事に抱えていらっしゃる汚いお金にあれやそれ、頂きにあがりましたのでご報告。事後承諾でごめんなさい。一応言ってはおきますが、こちとら義賊でもなんでもございません。頂いたものを飢えた人々に配ったりとかそんなことも致しません。なぜなら私は怪しく盗む怪盗でありますので。そういうわけでご安心。皆さんが大人し〜く慎ましやか〜に暮らしていくなら、今後関わるようなことも無いでしょう。もしもしもしもこの私、怪盗を捕まえようとなさるなら、ついでに頂戴したあれやこれが色んなところに出回るかもしれませぬ。その時はどうぞ、お覚悟ちょうだいくださいな?
長々失礼これにて御免。皆さんどうぞ良きご余生を。
………………。
「……なんだ、これは?」
「知り合い伝手に入手した、犯行声明文です」
執務中に読んで欲しい手紙があると持ち込まれ、その随分と個性的な内容に絶句するアールマンに、怪文書を持ち込んだファルン卿が説明する。
「これはコルビンのとある貴族の屋敷で発見されたものだそうです。その貴族は些か申告漏れの多い杜撰な領地管理をしていたらしく、余った財はコルビンの別邸に保管していたとのことです」
「随分と丸く包んだ言い方じゃないか。要は横領していたんだろう?そして、それを盗まれた、と」
贈り主からは手紙と称されたそれをひらひらと揺らしながら、呆れたような半目でファルン卿を見る。
「その馬鹿はどうした」
「隠居しました。現在は甥が当主となり、先に話した私の知り合いが後見となっています」
「……成程な。こんなものが見つかったとなれば、その知り合いもさぞ頭が痛いだろう。前当主の行いとはいえ、不正の証拠を名も知らぬ相手に握られているんだからな。頼られているじゃないか、ファルン」
「あまり喜ばしい話ではありませんがな」
ふぅ、と嘆息する鷲頭の様子を見るに、随分と難儀しているようだ。
改めて手紙を読む。このようなものを残すとは大胆不敵というか、なんとも豪胆な事だ。
「下手人の手掛かりはこれだけなのか?」
「ならば良かったのですがな」
「?」
妙な言い方をする。その口振りでは、他にも何かしら手掛かりはあるが、歓迎していないように聞こえる。
「こちらを」
そう言ってファルン卿が寄越したのは一通の手紙。少しばかり嫌な予感がしつつ、それを受け取って目を通す。これにも、一行目からとても個性的な文言が綴られていた。
「……これは?」
「調べたところ、コルビンでは似たような被害が複数存在することが分かりました。全てが貴族というわけではありませんが、まあ似たり寄ったりの内容ですな」
「…………」
思わず宙を仰ぐ。ああ、ファルン卿でなくとも溜め息を吐きたくなる。確かにこれは難儀だ。
イーヴィス最大の都市コルビンは、首都の城下町よりも大きく豊かに発展している。その理由は国のほぼ中央に位置する為、色々な物が集まりやすいからである。物が集まれば人も集まり、人が集まれば学校や病院も大きくなる。そして色々な商売が成り立つようにもなることから、コルビンに拠点を置く商人や、情報や流行の収集を行うことを目的に別邸を構える貴族は多い。よほど怪しい動きをしていない限りそういった場所に監査が入るようなことは無い為、コルビンは不良商人や不良貴族の隠し金庫としても扱われていたらしい。
「これは、面倒だな」
「はい、面倒です」
複数というからには、怪盗とやらに握られている不正の証拠はこの二件だけでは無いのだろう。もしかすると、ファルン卿にも把握しきれていないのかもしれない。一つ二つでも問題があるというのに、それだけの数の不正が市井にばら撒かれたとすると、その影響は国政にまで及ぶ危険性がある。それは避けなくてはならない。
当然ではあるが、そもそも不正を働いた商人貴族が悪い。しかし、事を公にする訳には行かない以上、放置することは出来ない。誰よりも先に件の怪盗を捕え、不正の証拠を確保する必要がある。各々の処分はその後で行わなければならないが。
「面倒極まりないが、仕方ない。問題はどう動くかだな」
「私も対応に苦慮しております。大袈裟に動くことが出来ない以上、使える人員に限りがあります故」
「……つまり、使える人員――シロを貸せと」
わざわざ話を持ってきた理由はそれか。ファルン卿は事態の厄介さを理解させた上で、アールマンが自分の要求に否と言えないように誘導している。上手く乗せられてしまったらしい証拠に、
「おや、よろしいのですか。それでは有難く預からせて頂きましょう」
などと言ってアールマンが出した手札を、引っ込められる前に回収したのだった。
その手腕に溜め息を吐きつつ、アールマンは疑問を投げ掛ける。
「しかし、この件にシロが役に立つとは思えないが」
「おや、陛下とは見解に相違があるようですな。あの少年は大いに役立つと思いますぞ?」
「……前から思っていたんだが、お前はあれだな。意地が悪い」
「褒め言葉として頂戴します」
そういう所だ、とアールマンは額に手を当てて頭を振った。
………………。
「ふん、ふんふん、ふふんふーん」
コルビンのとある貴族の邸宅。大広間を掃除する数人の侍従に混じって、鼻歌交じりに窓を拭いている娘がいる。
普段は肩下まで覆う金髪を鍔無し帽に詰め込んだ彼女の名はアルル・セーヌ。これまで幾つもの屋敷を渡り歩いてきた雇われ侍女である。と言っても、自分から勤め先を辞したことは一度も無い。どういう訳か、彼女の勤め先はある日突然に財政が悪化し、他の邸宅を紹介されるということが続いているのだ。
――いやぁ、不思議不可思議摩訶不思議。どうしてこうも続かないのでありましょう。
彼女自身は真面目に働いているつもりである。その証拠に、ちゃんと元の雇い主から次の雇い主への紹介状を書いてもらえるし、仲間内の評判も悪くない。彼女は運が悪いのだと周りは言う。
「ふんふんふふーん」
――いやはやなんとも笑うしかない。何故なら悪いのはご主人様になられた皆々様であられますし。
あるいは、運が悪いのも元ご主人となった御歴々の方だろう。何故なら彼女を雇わなければ、少なくとももう暫くは罪から逃れられ、財政難に陥るようなこともなかったのだから。
「アルルさん、この花瓶動かすの手伝ってくれる?」
「はいただいま〜」
語尾を少々間延びさせているが、周囲は何を言うこともない。必要な時に必要な言葉を使い、必要のない時は口を開かないことを知っていれば、同僚しかいないこのような場所でとやかく注意するような者はいない。
「いくよー、せー、のっ」
「よっと〜」
床を傷つけないように、協力して花入れの壺を少し持ち上げながら横に動かす。その際、花の生けられていない水底に薄らと光るものが見えた。
「…………」
すんでのところで覗き込みたい衝動を抑える。この仕事を続けていく上で大事なのは、我慢すること。たとえ気になるものを見つけても、人目が無いことと、監視の目がないことをしっかりと確認しないといけない。ほんの少し怪しまれるだけでも、職を失うかもしれないのだ。
「ふんふふん、ふふんふふーん」
壺の中身は後のお楽しみにするとして、ひとまず掃除を再開する。
今日は午後から大事な来客があるそうで、一部を除いた侍従は掃除が終われば日が落ちるまで暇を出されている。雇われ侍女のアルルも当然休みを貰った側だ。彼女がご機嫌な理由の一つはそこにある。
「…………」
不意にアルルが鼻歌をやめてすまし顔を作る。それに気付いた侍従達も一層真面目に手を動かし始めた。これもまた、アルルが同僚から目溢しを貰っている理由の一つだ。彼女は気配を察する能力が非常に高い。
「皆集まりなさい」
程なくして屋敷の主が現れた。アルルは彼の名を覚えていないが、確かそこそこ良い家柄だったらしいことは知っている。だった、というのは彼の行く末に既に斜陽の兆しが見えているからだ。
侍従衆が集まったのを見て、屋敷の主は一つ頷いた。
「先に言ってあった通り、この後中央から来客がある。内密の話とのことだから、お前達には客が帰るまで屋敷への立ち入りを禁止する。その後の事だが、少々変更がある。事前の予定では日没までとしてあったが、明日の朝まで帰ってこなくていい。住み込みの者には宿の手配をしてあるから、侍従長から場所を聞いておくように。以上だ」
大広間から立ち去る屋敷の主を見送り、侍従衆は顔を見合せて息を吐く。数刻程度の休憩時間の予定が丸半日の休みとなれば戸惑うのも当然だろう。主は宿を手配しているというが、ある程度は私物も持ち出す必要がある。侍従は振り回されるのも仕事の内などと言うが、時間の差し迫った中でこのような予定変更は流石に歓迎しづらい。
「ふんふふーん」
さっさと掃除を再開したアルルを除いて。
そもそも、彼女は通いの身である為、予定が変更になったところで休みが伸びた程度の感想しか抱いていない。
そのように我が道を行くアルルの姿を見て、同僚達は苦笑しつつも仕事を再開した。
………………。
昼を報せる鐘が鳴り、夕食の仕込みも済ませた侍従達は着替えを終えたあと半ば追い出されるように屋敷を出た。これで屋敷に残っているのは、屋敷の主と彼に重用されている数人の侍従のみとなる。
アルルは同僚と二、三言ほど挨拶を交わし、貴族の邸宅が立ち並ぶ屋敷街から一般市民の居住区である住宅街の方へと歩いていく。
その道中、アルルはコルビンでは見掛けたことのない豪奢な馬車を見た。おそらく、あれが話に聞いた中央からの客を乗せた馬車なのだろう。あの感じだと、本城の高官である可能性が高い。
となればと、アルルは予定を少々変更して商店街の方へと行く道を変える。一度住処で一息入れておこうと思ったのだが、先に馴染みの店に立ち寄ろうと心変わりをしたのである。
………………。
コルビンは大まかに五つの区画に分かれている。中央部にはコルビンの行政機関や司法機関のある行政区があり、東側には本城へと繋がる街道があるため、物資のやり取りのしやすい様にと整備された商店街がある。北側には学校や病院などの主要施設が揃った生活区があるが、エンピスとの本格的な交流が開始されたことにより近々こちらも整備され、一部が商店街に組み込まれることになっている。残った西側には居住区があり、南側が屋敷街となっている。これにも理由があり、元は西側も南側も居住区と一括りにされていたのだが、商店街と接した南側から商業に関わる商人貴族達が邸宅を構えるようになったので、現在では南側と西側で生活圏を分けるようになっているのだ。
商店街を訪れたアルルが足先を向けたのは、商店街の中ほどにある往来に面した酒屋だった。内装はいくつかの酒棚と二、三揃えられた机と椅子が立ち並び、どちらかと言えば酒の売買を行う酒屋というよりは飲食を行う酒場の様な雰囲気がある。実際、夜中には簡単な食事を提供しているが、諸事情あって常連客以外が食事を求めることは滅多にない。
目当ての店主は奥の長机の向こう側にいた。対面の長椅子に座った白装束を見に纏った子供らしき人物に、飲み物を出しているところだ。子供らしきというのは、魔族には大小様々ある為、一目で判別することが難しいからである。
「姐さ〜ん、遊びーに来ーましーたよ〜」
「あら、アルルちゃんじゃないの、いらっしゃい。珍しい時間に来たわね。もしかして買い出し?何がご入用なのかしら?」
立ち上がり、少しばかり野太さのある裏声でアルルを迎える筋骨隆々の大男。……そう、大男である。女性のような口調でありながら、どこの軍人上がりかと思うような仕上がった肉体を持ったこの人物の名はビル・ボーダーという。身に纏う衣装も男性のものではあるが、当人は自身を乙女と自称しているため、彼を知るものは内面は女性なのだろうという認識を持っている。
これでも、二十代半ばにして商業都市コルビンに路面店を構える新進気鋭の商人である。
「おや〜、言ってませんでしたっけ〜?本日は午後からお客様がいらっしゃるのですよ〜。なので、今日はもうお休みなのですな〜」
「あら、それ今日だったっけ。イイコトがあったから、ついうっかりしちゃってたわ」
「おや〜、情報通の姐さんにしては珍しいですね〜。それはそうと、そちらの子はどちら様ですか〜?姐さんの甥っ子とか〜?」
目の前の杯を見つめたまま動かない少年に水を向けると、ビルは嬉しそうに手を合わせて言った。
「違うわよぉ、ワタシに兄弟や姉妹は居ないもの。この子、拾っちゃったのよね」
「……はい〜?」
意味が分からないと首を傾げるアルルに、ビルが詳細を語る。
「この子、広場でぼーっと黄昏てたのよ。どうしたのって訊いたら、置いていかれたって言うじゃない。そりゃあ拾うわよ」
「んん〜、いくつか段階をすっ飛ばした気もしますが〜。とりあえず、とっ捕まらないようにしてくださいね〜。姐さんみたいな面白もとい、気の合う人はそう居ませんからね〜」
「本音が漏れてるわよー。いいけど」
面白と言われたビルは気を悪くした様子もなく、杯に水を注いで出してやる。アルルも長椅子に座り、有難くその杯に口をつけた。
「それで?まだ日の高いうちに来たんだから、なにか用事があるんでしょ?」
「あ、そうなんですよ〜。さっき、この辺りでは見たことの無い馬車を見掛けたんですけど、姐さんは何か聞いてます〜?偉い人が来たとか〜」
杯を机の上に置き、アルルは先程見た馬車について訊ねる。
「ああ、本城のお大臣様が来てるみたいよ。流石に何をしに来たのかは知らないけどね。まあ、視察かなにかでしょ」
「調査とか〜、そういうのじゃないんですかね〜?」
「……」
ほんの一瞬だけ、ビルが視線をずらして少年を見る。
「調査って何のよ。あまり変なことを言うものじゃないわよ?」
「これは失礼ごめんなさい〜。それはそれとして、本題は別にあるのです〜。お仕事の相談なのですが〜」
「……それは、今じゃないと駄目なの?子供の前なんだけど?」
「もう五つ目なんですよね〜。どうしようかな〜と〜」
「話を聞かない子ねぇ……」
嘆息するビルではあったが、相談と言われた以上は答えないわけにもいかないと顎に指を当てて中空を見た。
「そうねぇ、いつも通り好きにすればいいんじゃない、とは思うけど。なにか気になることでもあるの?」
「気になると言いますか〜。今日いらっしゃるお客様が噂のお大臣様っぽいんですよね〜。そんな中お邪魔するのはご迷惑かなぁ、と〜」
「じゃあ様子を見ればいいじゃない。下働きも嫌いじゃないから続けてるんでしょ?」
「思い立ったが吉日と申しますし〜」
「どっちなのよ」
「悩んでいるから相談しているのですよ〜」
両手を広げて長机に突っ伏すアルルは、ふと隣に座る少年に顔を向けた。
「君はどう思います〜?お姉さんはどうすれば良いのでしょう〜」
「こーら。子供に絡むんじゃないわよ、みっともない」
「酷いです〜」
小突かれた頭を抑え、アルルが悶える。手加減されていても、鍛え上げられたビルの拳はかなり痛い。
と、そんなやり取りを傍観していた少年が口を開いた。
「やってみればいいんじゃない?」
「ふむん?」
アルルが頭を上げる。
「聞いた感じ、あんたはやることにもやらないことにも後悔する気が無いように思える。どっちでもいいんなら、やってみればいい。何をするのかは知らないけど」
そう言って、少年はようやく出されていた杯に口をつけた。
「……君は、誰です?」
予想以上に達観した答えに、アルルはここに来て本格的に少年の観察を始めた。顔にまで掛かる頭巾の付いた、全身を覆うような大きめの外套から見える顔は年若く、特定の種族を表すような目立った特徴は見られない。やけに落ち着いた雰囲気もあり、普通の子供には思えない。
――いやはやなんとも謎多し。これはもしややらかした?
「シロ」
「……白?」
首を傾げるアルルに、見かねたビルが付け加える。
「その子の名前よ。あんたが来る前に少し話してたんだけど、その子、口下手という無愛想というか、口数少ないのよね。ワタシを見ても物怖じしてないから、人見知りしてるのとは違うみたいだけど」
「シロ……、シロ?……シロですか」
少年に見覚えはないし、その名前に聞き覚えも無い。
「君は人間族ですか?」
「……うん」
返答には一拍の間が空いたが、嘘をついているような気配は無い。質問を続ける。
「君はどこから来たんですか?ご両親は?コルビンには独りで来たんですか?ここには何をしに来たんですか?この店に来る前は何をしていたんですか?」
「……む?」
矢継ぎ早な質問責めに戸惑っているらしいシロが声を漏らすと、先程よりも強い打撃がアルルの頭頂部を襲った。
「だからやめなさいっての」
「ぬ、おぉぉ〜……」
悶絶するアルルに、鉄拳制裁を加えたビルが新しく杯に飲み物を注いで差し出す。
「これ飲んで落ち着きなさい。この子は保護者の仕事の関係でここに来たらしいわ。仕事に子供を連れて回る訳にも行かないんでしょうね。街を見て回っているように言われたらしいんだけど、何をすればいいのか分からないからって広場で時間を潰してたそうよ。ならうちに来ればって誘ったのよ」
「……つまり、この痛みは姐さんが説明を省いたのが原因という事なのでは〜」
「深読みするあんたが悪いのよ。口下手って話したばかりの相手に詰め寄るんじゃないの。それに、出自については察しておやりなさいな。エンピスだって大変なんだから」
同じように新しい飲み物を注がれた杯を眺めている少年を見る。
「この子、エンピスから来たんですか〜?」
「北の方だそうよ。ここから北なんて、平原と小さな農村がいくつかあるくらいじゃない。コルビンにまで仕事しに来るような家、少なくともエンピスとの間には無いわよ。そんなのがあれば、商人が知らないはずがないもの」
「ふむ〜」
唸りつつアルルが杯を手に取る。中身を口に入れると、曇っていた表情が一気に弾けた。
「ふおぉ〜、来る来た来ました〜!しゅるしゅわしゅらり〜、ふははは〜……うぇ」
「…………え?」
いきなり叫んだかと思えば、顔面蒼白になって倒れるように机に頭を打ち付けたアルルを見て、異常なものを見たかのようにシロが硬直する。次いで自分の杯を嗅いでみるが、中身はただの水のようで違和感は感じられなかった。注がれたものは同じ飲料だったはずだが。
「ちょっとした手品よ。この子、異常に酔いやすいからお酒は飲まないんだけど、たまに面倒臭くなった時は中身をすり替えて潰してるのよ。効果は見ての通り、覿面ね」
長机の下に隠していた同じ配色の瓶を取り出して見せる。シロがその中身を嗅ぐと、薄らと発酵した果物の臭いがした。
「……お酒」
「シロちゃんもまだまだねー。この子が飲むのを見てから口を付けてたみたいだけど、こうやって違うものを飲ませる手段は色々あるの。警戒するなら覚えておきなさい?」
「……わかった」
頷くシロを見て満足したのか、ビルは二人の杯を取って流し台に持っていく。戻ってきたその手には、数枚の麺麭と乾酪、薄く切った干し肉にいくつかの調味料を乗せた盆が乗せられていた。
「それは?」
「起きたらご機嫌取りしないといけないのよ。面倒臭くても貴重な話し相手だからね。仲直りしておかないと。こういう素朴なのが好きなのよね〜」
そう言いながら、手際良く乾酪と干し肉に味付けをして麺麭で挟んでいく。それを短刀で四つに切って横に倒して並べた。その中から二切れを手に取って片方をシロに渡す。
「お一つどうぞ。今回は手品も魔術も使ってないわよ」
自身も口に運んで安全性を保証してみせたビルに、シロも受け取ったそれを口に入れる。調味料のせいか少々独特な風味があったが、不味いというわけではない。
「……変な味」
「あら正直。まあ、慣れてないと癖が強く感じるかもね。少し置いて馴染ませると、癖が抜けて食べやすくなるのよ。……そうだ、お土産に一本持っていきなさいな。周りの人に勧めてみて、気に入った人がいればうちを紹介してくれると助かるわぁ」
「うん、わかった」
出された瓶を外套の内側に納めるシロに、ビルが破顔する。
「素直でいい子〜。ねえ、うちの子にならない?」
「やだ」
「いやん、可愛いー」
「…………」
大きな体を縮めてくねらせる姿にシロが首を傾げる。とその時、夕刻を報せる鐘が鳴った。
「……行く。お世話になりました」
そう言って立ち上がりお辞儀をするシロに、ビルは笑って手を振った。
「いいのよ〜。また近くに来たら遊びにおいでなさいな。話し相手は歓迎するし、お客さんなら大歓迎よ〜」
「わかった」
頷いて店から出ていったシロを見送り、ビルは一つ息を吐いた。
「子供っていいわよねー。愛想が良かろうと悪かろうと可愛いんだもの。あんたもそう思わない?」
「………………」
静かに起き上がるアルルに、先程作った麺麭包を渡す。
「先にお水くれませんか。頭が回らないんです」
「はいはい」
出された杯を一気に飲み干し、アルルは麺麭包を口に入れた。
「………………」
「それで、結局どうするの?観察する時間はあげたんだし、結論は出たんでしょ?」
「むぐ」
「はいはい」
杯を突き出しておかわりを要求され、仕方ないと水を注ぎ入れる。その一杯もまた一気に飲み干して、アルルは満足そうに息を吐いた。
「もう一個ください〜」
「自分で取りなさいな」
「ください〜」
机に顎を置いて腕を振り回し駄々をこねるアルルに、ビルが溜息を吐く。
「そんなに強いお酒を入れた覚えはないんだけど。本当に酔いやすいわね」
「仕方ないじゃないですか〜。一族の特性なんですよ〜。染まりやすいんです〜。純粋なんです〜」
「はいはい」
苦笑して麺麭包を口まで運んでやる。もぐもぐと咀嚼する様子に、苦笑は微笑みへと変わった。
「こうしてみると、あんたも可愛いんだけどね」
「ふむんぐ」
「食べながら喋らないの」
「むぐむぐ」
「まったく、もう」




