表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/55

番外編 〜白の追憶〜

今の自分を取り巻く周囲の者曰く、自分の産まれた一族はお世辞にも正常と呼んでは行けない類のものだったらしい。昔語りをすると、ある者は最後まで聞く前に可哀想にと自分を憐れみ、またある者は頭に螺子を組み忘れたのかと一族を蔑んだ。例外はあの男くらいだろう。

魔王。異形達の主。黒い魔術師。仮称上司。人間のようでいて人間ではない。紛らわしい。

あれだけは唯一、最後まで聞いても一言のみ、

「そんなものだ」

と括った。

実際、これは同情されるような話ではない。

自分はあの土地での暮らしに不満や不信を抱いたことは無かったし、彼らが教えてくれた事は今でもと自分の核として鼓動を刻み続けている。後悔など存在する余地が無い。しかし、いつまでも付き纏われるのも鬱陶しいと思わなくはない。

──かくあれかし。かくあれかし。かくあれかし。かくあれかし。かくあれかし。

お前は特別だ。お前ならば至れる。お前しか成し得ない。お前が────。

長年(おさ)の口から吐かれ続けた文言は、あの土地を離れた今でも眠りにつく度に読経のように繰り返されている。

あの男の言によると、これは妄執の成れの果て、呪いの類なのだそうだ。

怪しげな〝魔法使い〟との繋がりはあったものの、あの一族は魔術だのそういう不可思議なものとは縁遠い人間の集団であったはずだ。只人であったはずの長が、専門家と言える存在から太鼓判を押されるような呪いを遺すとは正直驚いた。

それほど叶えたかったのだろうか。一族の悲願というものを。

もしくは、呪いへと形取るほどに無念だったのだろうか。〝果て〟を見ずに死んでしまったことが。もしくは、期待していた作品に裏切られたことが。

前者であれば気の毒に思わなくはないが、後者に関しては筋違いというものだろう。自分をそのように作ったのは彼らなのだから、その恨みは自らに向ける方が正しい。

──まあ、どっちでもいいんだけど。

長がどう思っていようが、彼らは正しくないことをしようとしていて、自分は正しいと思う行動をとった。その結果得た物がこれだと言うなら、飽きるまで呪い続ければいい。

そんなもので僕は変わらない。変わろうとも思えないし、恐らく変わることも出来ない。

だから、やっぱり、この件に関して僕が後悔する余地などどこにも存在しないのだ。


──柳の家の歴史は古い。その歴史はそのまま、失敗し続けてきた歴史とも言える。

その使命は、仕えていた主家の一言から始まったという。

曰く、〝戦乱の世を終わらせるため、何者にも負けない武人が欲しい〟と。

一騎当千。万夫不当。天下無双。そういった〝最強の個〟というものを欲したのだ。

そして、主家の求めるものは人間の枠を越えた先の〝規格外〟だった。

どのような相手にも勝たねばならぬ。大筒にも負けてはならぬ。単身で城を落とせるような猛者でなくてはならぬ。

そんな存在が欲しいと、本気で口にしたのだ。正気の沙汰ではない。

しかし、求められた以上どうにかせねばならないと、時の家臣団は知恵を絞った。そして、ある結論に至ってしまった。

──いないのならば、作ってしまおう。

主人が主人なら家臣も家臣だ。真剣にどの家が適当であるか検討を重ねた結果、柳の家に白羽の矢が立ったというわけだ。

この柳の家は、良いのか悪いのか、とても忠義心に満ち満ちていた。

与えられた使命を全うしようと試行錯誤を重ねた。当時最強と謳われた剣豪や武闘家に師事を仰ぎ、城の構造を把握するため普請も学んだ。そして学んだこと全てを我が子に教え込み、鍛錬を重ね孫子にも伝えるようにと言い含めた。

しかし、その孫の代に辿り着く前に主家が滅んだ。ここで柳の家は岐路に立たされる。

──他家に降るか。逃げ延びて主家の無念を晴らすためにも〝最強の個〟を目指し続けるか。

結果的に、柳の家は後者を選んだ。柳の家ではなく柳の一族と呼び方が変わったのもこの頃だ。

……そこからは、先に述べた通り失敗の歴史だった。

鍛錬を行い、代を重ねても普通より強い程度の人間しか生まれなかった。ならばと、効率の良い鍛え方を模索するために外つ国の医学にも手を出した。──これだけはある意味成功と言えなくはない。医学の知識を得たおかげで、多少の無茶にも対応できるようになったからだ。これによって、今まで以上に限界に近い鍛錬を行えるようになった。

しかし、それでも主家の望んだ〝最強の個〟には程遠かった。悩んだ末、もっと早期から体作りを行えばいいという発想を得た。

外つ国の一部地域では、赤子を振り回して丈夫にするという。それに倣って産まれたばかりの赤子の時分から鍛錬を行えば、成長も良くなるだろう、と。

結果だけを述べると、その試みは成功でもあり失敗でもあった。

確かに頑丈に育つ子供は増えた。しかし、早世する子供も増えたのだ。

そこで、柳の一族は方針を変えることにした。全ての子供に鍛錬を施すのではなく、見込みのありそうな子供にのみ鍛錬を施し、他の子供は見込みのある子供の補佐をさせる。

新しい方針によって早世する子供は減ったが、同時に停滞も訪れた。

極限を目指す鍛錬に耐えられる子供は稀に現れるものの、ある段階から使い物にならなくなってしまうのだ。例えば身体のどこかの破損であったり、心身に異常を来たしてしまったり、酷い時には獣の如く理性を失って暴れ出すこともあったという。

失敗が続いた。成功を匂わせる機すら現れなかった。

そうこうしている間に戦乱の世は終わり、続いて訪れた外つ国との戦争の時代も終結を迎えた。

柳の一族は結局、間に合わなかったのである。

しかし、それでも一族は目指すことをやめなかった。止まることなど出来なかったのだ。

執念、執着、妄執、臆念。

純粋な忠誠心から始まった一族の使命は、いつからかねばりつくような思念で塗り潰されていたのだ。

更に年月が経ち、ついに、その子供が産まれてしまった。

その子供は一族の悲願を叶えられる待ち望まれた存在にして、一族に終焉をもたらす死神でもあった。


「■■■くん、お疲れなのかな?」

頭上から降ってきた声に目を開けると、何故か喉が潰されるような心地になった。

「姉さん」

「おはよう。居眠りなんて珍しいね」

垂れ下がる長い髪をすくい上げながら、その人は僕の頭を撫でつけた。──ああ、懐かしいな。

「どうかした?」

「……なんでもない」

胸に湧いた違和感を振り払うように立ち上がる。

ああ、ここは一族の棲む山の中、集落近くの川辺だ。考え事をしている間に意識が眠りへと傾いてしまったのだろう。

「姉さんはどうしてここに?」

「うん?旦那様に会いに来るのに理由がいるのかな」

「…………」

旦那様。弟をそう呼ぶことになんの躊躇いも感じられない。当然だ。彼女はそう育てられてきた。出来損ないだから。

「そういえばその服、あのお客人のだよね。どうしたの?」

横になっていた所に置いてあった布の塊を指差す。あの〝魔法使い〟は目立つし、流石に分かるか。

「貰った。山を降りるから餞別だって」

「へぇ、よかったね」

邪気の無い笑顔。本当にこの集落で育ったのか怪しくなる。

「…………姉さん」

「なに?」

「………………なんでもない」

言い淀むなんて自分でもらしくないと思う。でも、それを口にすれば間違える気がした。それだけは、どうにも我慢できそうになかった。

──ここから逃げろ、なんて自分に言えるはずもなかった。

そして、夜が来た。いつもの日課が始まる。

「失礼します」

「おう、来たか」

作務衣のような装束を纏った老人が胡座をかいたまま手招きする。

これが柳の一族当主だ。誰もが長と呼んでいるため、名は覚えていない。

「調子はどうだ」

「変わりありません」

「そうか。分かっていると思うが、お前は我ら一族の──」

始まった。長による問診という名の演説。毎夜同じ言葉の繰り返しだから、自分も長に合わせて輪唱できる程度に染み付いている。

しかし、今日はただ日課に付き合うだけで済ますわけには行かない。

「長、聞きたいことがあります」

「む、なんだ?」

いつもは大人しく聞いているだけだった子供が話の最中に言葉を発した事に驚いたのだろう。長は珍しく目を丸くした。

「長は、外に出る気なのですか?」

「……どこで聞いた」

「〝魔法使い〟から」

眼光鋭く射抜いてくる長に対し、正直に答える。すると長は「無干渉と言っておきながら……」と彼の者を小さく罵った。そして大きく息を吐いた。

「よいか、■■■。お前は正しく我らが待ち望んだ至高の器だ。器が出来上がったならば世に出さねばならぬ。知らしめねばならぬ。〝最強の個〟は誕生したのだと」

「やっぱり、そういうことか」

俯いた自分をどう解釈したのか、長は笑みを浮かべて自分の肩に手を置いた。

「我らはずっと耐えてきた。表舞台に立つ。これは当然の権利なのだよ。お前は儂の言うことを聞いていれば良い。儂は嘘をつかぬ。儂は正しいことしか言わぬ。ずっとそうだったろう」

「……はい」

「うむ。今日はもう休むがよかろう。明日から総仕上げといこうか」

長の部屋を出て、考える。

そう、長は嘘をつかない。常に有言実行を謳ってきた。だから、本当にやるだろう。表舞台に立つ──つまり、宣戦布告を。

負けはしないだろう。この身は群れを相手にしても勝つために作られた。いかな兵器相手であっても生きて敵対者の命を奪う為の動きを教え込まれてきた。

でも、それは正しいことなのだろうか。──否だ。

長は言った。迷惑になることをしてはいけない。悪いことをしてはいけない。正しくあれと。

〝魔法使い〟は言った。誰からも歓迎されないだろうと。

「……うん、迷惑になるのは悪いこと。悪いことはいけない事だ」

やることは決まった。

皆が寝静まった頃、行動を起こした。〝魔法使い〟に貰った外套を羽織って部屋を出る。

一族の者しか住んでいない集落だ。見張りだの警備だのは存在しない。大した苦労もなく長の寝室へと忍び込んだ。

「……む、だれだ」

流石に部屋に入れば気付かれるか。でも問題無い。

持っていた短刀で長に斬り掛かる。

「な、なにをっ」

慌てふためいて短刀を躱す。しかし動きが鈍い。寄る年波には勝てないということか。

「■、■■■っ、お前、なにを!」

「ふっ」

騒ぎ始めた長の胸に向かって短刀を投擲する。すとんと、大した抵抗もなく短刀が突き刺さり、長は口から血の混じった泡を吐いた。

「き、ぎ、さま……」

「迷惑をかけてはいけない。正しくあれ。そう教えたのはあんたたちだ」

充血し始めた長の目を見ながら首を掴む。軽く捻るだけで長の首はだらんと力を無くして垂れ下がった。

亡骸を布団に寝かそうと手を伸ばした時、背後から悲鳴があがった。長の世話をしている女だ。騒ぎを聞き付けて来たのだろう。思ったより早かった。

「──」

女が呆然としている間に歩み寄り、貫手を突き入れる。腹を押さえるように前のめりになった所を、首に腕を回して力を入れてへし折る。

「………………」

なんだろう。長には何も思わなかったのに、この女の首を折った時には妙な感覚があった。

首を傾げていると、複数の足音が迫って来るのが聞こえた。先程の悲鳴が呼び水になったらしい。

「何があっが!」

顔を出した男の顔面に掌底を叩き込む。怯んだところで袖を引き、足を払って首から落とす。自分の体重で男の首が砕けた。

次に呆気に取られている男の鳩尾に肘を打ち込み、体が折れ曲がった所を引き倒して思いっきり頭を踏み潰した。

「ふぅ……」

息を吐いて呼吸を整える。まだ二人残っている。それに、屋敷の外からも駆けてくる音が聞こえる。

こうなったら仕方ない。全部終わらせてしまおう。

………………。

…………。

……。

随分と、集落も静けさを取り戻した。しかし、それもすぐに立ち消える。

長の屋敷を見上げると、轟々と燃え盛る炎が夜空を染めていた。そこかしこに油を撒いたのが効いたのか、周囲の家にまで飛び火して勢いを増していく。

「■■■くん?」

声がした。

「なんで燃えて……みんなは?」

事態が呑み込めないのか、彼女は燃える集落を見回して首を傾げている。

──ああ、どうして起きてきてしまったのか。ずっと眠っていてくれればよかったのに。

「……ごめん」

「え」

唯一、彼女にだけ謝罪を述べて、他のみんなと同じように命を刈り取った。


歩く。歩く。歩く。歩く。

彼女を背負ってただ歩く。

自分だけなら、あのまま集落の中で燃え尽きてもよかった。でも彼女はそうするべきではない、そう思ってしまった。

どうしてなのだろうか。

生まれてすぐに出来損ない烙印を押され、次の代を産む役割しか与えられなかった女。

……同情、だろうか。いや、違う気がする。なんとなく。

答えの出ないままに歩き続け、川の上流へと辿り着いた。

ここは鍛錬場にもなっていた場所で、その急流に何人もの子供が流されて帰ってこなかったいわく付きの場所だ。

振り返ると、集落の辺りでは炎に煽られて黒煙が空を覆っているのが見えた。麓の者達が火消しに来るにもまだ時間が掛かるだろう。

姉を背負ったまま川に入る。外套を着込んでいるせいもあって、体を持っていかれそうな圧力に襲われる。

先に姉を水面に浮かべて、続いて自分も流れに身を委ねた。

──暗闇に落ちていく。


目を覚ます。

またあの日の夢を見ていたのか。

「ふ……ぁ」

体を伸ばして軽く解す。今日も特に異常はなし。用意された衣服に着替え、白い外套を身に纏う。

〝魔法使い〟に貰ったこの装束は、常に身につけるようになった。

あの〝魔法使い〟との邂逅は、思いの外自分にとって思い出深い出来事だったのかもしれない。

彼もしくは彼女は今頃何をしているのだろうか。軽く想像を働かせてみるが、全く思いつかなかった。何をしていても不思議じゃないし、何もしていなくてもおかしくない。ある意味、あれも規格外の存在と言えるのだろう。

詮無いことを考えながら部屋を出る。

──結局、自分は生き延びてしまった。自由を得たのだと、こちらで知り合った魔王は言っていた。

自由。考えてみてもよく理解出来ない。今までの自分は自由ではなかったということだろうか。そう訊ねてみると、そのうち分かるようになると言われた。

分かるのだろうか。いや、分からないような気がする。なにせ自分は変われない。

もし、万が一にも変わるような事があるとしたならば、その時の僕は、あの日の事を後悔するようになってしまうのだろうか。

それは、なんとなく、恐ろしいことのような気がする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ