─禁域を侵す影─
魔物は討ち倒され、魔力を食われた村人や兵士は後続隊により近くの医療施設へと搬送された。
何人かは衰弱著しく命を落としたものの、大半は一命を取り留めることとなった。村長やウガルなど、シロに縁の深かった者に死者が出なかったことは幸いと言うべきか。
「……頭が痛いな」
しかし、全てが解決したとは言い難い。
まず一番の問題は、魔物がイーヴィスへと侵入した経路がウルク湖であったということだ。
瘴気を撒き散らす魔物の特性は水中でも発揮されたらしく、水質を調べたところ微量の毒性が検出された。これにより、湖の浄化が終わるまでウルク湖の収穫は期待出来ず、冬に漁を控えていたイーヴィスは少なくない損失を受けることになる。もしかすると魔物化する生物が現れるかもしれない。早急に対策を練る必要がある。
当然、魔物のことは大陸中に知らされることとなり、情勢が更に変動することは想像に難くない。
「いったい、何処の馬鹿だ。禁忌に手を出した阿呆は」
シロの証言に加え、魔物を細かく調べた結果、元は人間であったことが確認された。そしてその体に遺された痕跡から、実験を行った者の目的を割り出すことにも成功した。
──死者の蘇生。
魔術を扱う者の中でも、特に禁忌とされている禁域指定の大魔術。世界の摂理に反し、一説によると崩壊を招く可能性があるため、志すことすら処罰の対象となる。
シロの姉は、この世界へ流れ着いた時には既に死体だったという。素性の知れない死体は、絶好の実験材料となったことだろう。
湖を渡ってきたことを考えると、犯人はウルク湖に面している中でもイーヴィスと陸続きではないイスカかハイビスに潜んでいると推測出来る。もしかすると、もう一つの案件とも重なるかもしれない。
「あちらはともかく、こっちは急ぐ必要があるな。……冬を越す暇すら与えてくれないとは」
アールマンが呟き瞑目していると、執務室の扉が勢いよく開かれた。
白い外套を身に纏った少年は、非礼を詫びるでもなくずかずかと部屋へ侵入し、アールマンの前の机に両手を叩きつけた。
「頼みがある」
「お前は一度、礼儀というものを一から勉強した方がいいな。──まあいい。なんだ?」
「姉さんの亡骸を滅茶苦茶にしたやつを見つけたい。協力してほしい」
聴取した時から犯人探しに意欲を見せていたから意外という程ではないが、自分から申し出てくるとは思っていなかった。機を見てこちらへ引き込む交渉材料にしようと考えていたのだが。
「放置する選択肢は元から無いが、協力と言ったな。もし犯人を見つけたならどうする」
「報いを与える」
復讐だと、少年は濁さずに言う。
その態度に、アールマンは口元が笑みを形作るのを感じた。
「その率直さには好感が持てる。だが、協力と言うからにはこれは取引だ。俺がお前に求めることは、分かるか?」
「聞いた。戦場に立てと言うんだろ」
誰に、とは言わないか。だが、ある程度察しはつくし、正解だ。
「じきに大陸は戦乱に包まれる。優秀な人材を遊ばせておきたくはない」
「あんたに従う。前にあんたが言った通り、僕は僕の意思で戦う」
「交渉成立だ。これからの働きに期待する」
こうして、シロは正式にアールマンの幕下に入った。
動き始めた時勢は、雷雲を伴って大陸を覆っていく。




