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異世界アニメを3万時間観たオタクだけが知ってる最強の生存術  作者: ミハト
シーズン1:出会いと最初の別れ

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9/10

第9話:最初の魔法

 ――入学から、三週間。

 学院の講義室で、ルナは真剣に板書を写していた。

「正解です。よく勉強していますね」

 教師の質問にも、すらすらと答えられる。座学は、ついていけている。魔法の理論も、歴史も。

 ――でも。

 実技の授業。中庭で、同級生たちが次々と既存魔法を披露していく。火球。氷槍。風壁。みんな、危なげなく使いこなしている。

 ルナの番。手のひらに――光球が、ひとつ。三週間前と、大きさがほとんど変わらない。

 くすくす、という小さな笑いが聞こえた。

「あれで、最長老の保証付きなんでしょ?」

「魔法創造なんて、本当にあるのかしら」

 ルナは俯かなかった。前を向いていた。でも、手のひらは固く握られていた。

 授業の後、セラがルナを呼び止めた。

「ルナ。既存魔法の成績は、悪くない。けれど、あなたの本分は魔法創造のはずです」

「……」

「魔法創造は、才能だけでは足りない。〝何を作りたいか〟という強い意志が必要だ。私は、そう聞いています。あなたには、それがありますか」

「……強くなりたい、です。誰かを助けられるように」

「それは〝目的〟です。私が聞いたのは、〝何を作りたいか〟。違いが分かるまで、あなたの魔法は形になりません」

 セラは去っていった。残されたルナは、立ち尽くした。

 目的と……作りたいもの……?

 夜の自室。机の上のノートには、書き込みがびっしり並んでいた。「攻撃魔法?」「回復?」「姉様のような強い魔法?」――全部に、線が引かれて消されている。

 わたくしが作りたい魔法は、何。

 姉様のような、強い攻撃魔法――そう思って手を伸ばすと、なぜか、止まる。どうしても。

 風の刃なら、もう作れる。でも翌日の実技で、あの刃を〝武器〟として、もっと鋭く、もっと大きく育てようとすると――刃は歪み、火花のように散って、消えた。別の日に試した氷の刃は、形になる前に崩れた。

 小さな風の刃までは、作れるのに。攻撃のために、その先へ進もうとすると、魔力が言うことを聞かない。

 何日も。何日も。

 夕暮れの中庭に一人残って練習して、ルナは座り込んだ。

「……どうして」

 その様子を、遠くの校舎の窓から、セラが無言で見下ろしていた。いつの間にか、その隣にオルドリックが立っていた。

「毎日あれじゃ。日が暮れても、まだ残っとる。倒れんか心配になるわい」

「……甘やかすおつもりですか」

「いいや。ただ、あの手の詰まり方には、覚えがあるんでな」

 セラが横目で見ても、オルドリックはそれ以上言わなかった。


  ◆ ◆ ◆


 夜の中庭。座り込んだままのルナの手のひらで、光球がふっと消えた。

「夜風は魔法に毒じゃぞ」

 振り返ると、月明かりの下に、杖をついたオルドリックが立っていた。

 中庭のベンチに、並んで座る。

「攻撃魔法を作ろうとして、手が止まる――そんな顔をしとる」

「……どうして、分かるんですか」

「毎日見とるからのう、窓から」

「の、覗きです……!」

「年寄りの娯楽と言え」

 少しだけ、空気が緩んだ。ルナの肩から、ようやく力が抜ける。

 オルドリックは月を見上げながら、静かに言った。

「魔法創造はな、自分の中にある一番強い感情を、形にするものじゃ」

「……」

「〝作りたいもの〟を頭で探しても、出てこん。もう、お前さんの中にあるんじゃよ。一番強く、何度も何度も揺れた感情がな」

「一番強い……感情……」

 オルドリックが遠い目になった。

「昔、お前さんと同じ目をした生徒がいた」

「……」

「あれも、何かを作ろうとしていた。――結局、儂には最後まで、あれが何を作りたかったのか、分からんかったがの」

 ルナは、はっとして老人を見た。

「その方は……今、どこに……」

「さて。夜も遅い。戻りなさい」

 オルドリックは立ち上がり、それきり打ち切ってしまった。去っていく背中に、ルナはそれ以上、聞けなかった。

 同じ目をした、生徒……。

 ルナの脳裏に、あの路地がよぎった。冷たい目のラミア。「私が魔王軍に入ったのは、力のためよ」

 ……まさか、ね。

 その夜、ルナは眠れなかった。

 ……もしも。もしも、あの〝生徒〟が姉様だったとしたら。姉様は、何を作ろうとしていたのだろう。

 考えすぎ、よね。でも、昔の姉様がいつも何かを求めていたのは、本当のことで。

 首を振って、考えを切り替える。今は、わたくしの魔法。

 目を閉じる。わたくしの、一番強い感情――一番強く、揺れた瞬間。

 思い出は、また、あの夕暮れの森に戻ってくる。姉様に〝理由〟を答えた、あの日と同じ記憶。

 オーガの爪の前に、飛び込んでくる背中。死角からの蹴りに、「足元、危ないっ!!」と叫んだ自分の声。「……助かった。ナイスだ、今の声!」と笑った顔。

 でも今夜は、あの日とは違うところが引っかかった。

 もし、あの背中が間に合わなかったら? もし、わたくしの声が、届かなかったら?

 そして――目で追えなかった、レイの速さ。「わたくしの魔法にも、ああいう使い方が……」

 ルナは目を開けた。胸の奥に、何かの輪郭があった。

 机に向かい、ノートに一行だけ「間に合う」と書きつける。その四文字を、丸で囲んだ。

 〝間に合う〟。わたくしが欲しいのは、それ……?

 手のひらに光球を灯す。今夜は、少しだけ、震えが少ない。でも、まだ形にはならない。ルナは机に突っ伏したまま、眠ってしまった。


  ◆ ◆ ◆


 数日後の朝。掲示板の前が、ざわついていた。「三日後:修了審査(実技・模擬戦形式)」。

「模擬戦形式……ペアで攻撃と防御を実演だって」

「ルナさんは、どうするの? 光球で?」

 悪気のない笑いを背に、ルナは掲示板を見つめた。

 修了審査で、成果を示す――約束の、期日。


  ◆ ◆ ◆


 修了審査、当日。

 円形の実技ホールの観覧席には、セラと教師陣、そしてオルドリックの姿があった。模擬戦形式の審査が進んでいく。ペアで攻撃役と防御役を交互に実演する生徒たち。

 順番を待つルナは、手のひらを見つめていた。

 〝間に合う〟……まだ、形にできていない。でも――やるしかない。

 前のペアの番だった。攻撃役の生徒が火球を放ち、防御役が風壁で受ける――はずだった。

「あ……」

 防御役が、緊張で詠唱を誤った。

 火球が風壁を突き破る。勢い余った火球が、大きく逸れて――観覧席側で見学していた同級生の少女に、まっすぐ向かっていった。

 少女は、気づいていない。教師たちの詠唱は――間に合わない。

「離れなさ――」

 セラの声も、遅い。

 ルナの目が見開かれた。

 脳裏を、一瞬でよぎるもの。オーガの爪。あの背中。自分の叫び。

 考えるより先に、体が動いていた。手が、火球と少女の間へ、伸びる。

「間に合ってっ!!」

 胸の奥で、何かが弾けた。魔力が、初めて〝形〟を求めて流れ出す。

 少女の眼前――何もない空間に、風の盾が、瞬時に展開した。

 淡い緑色の、渦を巻く風の円盾。火球が直撃し、爆ぜて、散った。

 静寂。

 ホール中の視線が、風の盾と、手を伸ばしたままのルナに集まった。少女は、無傷のまま、へたり込んでいる。

 風の盾が、ふ……と薄れて消えた。同時に、ルナの膝がガクッと折れる。荒い息。

「はぁ……はぁ……今、の……」

 わかる……今のは、借り物じゃない。わたくしが、作った。

 ホールが、ざわめきだした。

「今の、何の魔法だ……?」

「詠唱、なかったぞ……」

「離れた場所に、直接展開した……?」

 観覧席から、杖の音がした。オルドリックが立ち上がり、ゆっくりと、拍手をしていた。

「それだ。それが、お前さんの魔法だ」

「……」

「守りたい相手のもとへ、〝間に合う〟盾。攻撃でも、自分を守る壁でもない。お前さんにしか編めん魔法じゃよ」

 ルナの目がじわりと潤んだ。

 セラは手元の採点表を見ていた。ペンが、審査項目の上で止まっている。やがて静かにペンを置くと、ルナのもとへ歩み寄った。ホールが、静まる。

「……審査外の行動です。減点対象になり得ます」

「……」

「ですが。〝何を作りたいか〟には、答えたようですね。合格です」

 ルナは涙をこらえて、深く頭を下げた。

「……ありがとう、ございます……!」

 助けられた少女が駆け寄ってきて、涙目で何度も頭を下げた。同級生たちの視線が――変わっていた。

 その様子を遠くから見て、オルドリックは目を細めた。

「〝間に合う〟魔法、か。――ええもんを、作ったのう」

 それから、ふと視線を落とし――一瞬だけ、遠い目をした。

 すぐに、いつもの飄々とした顔に戻ったけれど。


  ◆ ◆ ◆


 数日後。修了式の朝。

 俺は学院の受付に、ずっしりした革袋を置いた。

「学費、完納です。全部で二十六件。ぴったり、間に合った……」

 目の下には、うっすら隈ができていたと思う。

「最後の三件、ほとんど寝てなかったな、お前」

「約束だからな」

 受付が領収印を押した。学院の門前で待っていると、修了式を終えた生徒たちが出てくる。その中に――ルナ。俺たちを見つけて、ぱっと顔が輝いた。

「皆さん!」

 二ヶ月ぶりの合流だった。バルゴがニヤリとする。

「よお。……ちょっとは使えるようになったか」

 ルナは、ふふっと笑って、少しだけ得意げに言った。

「見せましょうか」

 手を掲げる。三人から少し離れた場所の空中に――風の盾が、瞬時に展開した。

 淡い緑の渦。二ヶ月前とは別人の、澄んだ魔力。

 バルゴが口を開いたまま固まった。

「……おい。詠唱は」

「要りません。わたくしの魔法ですから」

 レイが盾をじっと見て、静かに言った。

「……悪くない。速い」

「レイさんの速さから、いただいた発想です」

 レイがわずかに目を見開いた。

「魔法の名前は?」

 俺が聞くと、ルナは胸を張って答えた。

「瞬風(しゅんぷう)の盾、です。守りたい人のところへ、〝間に合う〟盾」

 バルゴが、ニヤリとした。

「シュンプウ……ほう? まさかアイツの名前から取ったんじゃ――」

「ちっ、違います! 〝瞬く〟の瞬です! 風が瞬時に――そういう意味で――」

 顔が真っ赤だった。否定に、なっていなかった。

「……墓穴だな」

 笑いが起きる中、俺は風の盾を見上げて、静かに笑っていた。

 自分の理由で作った魔法、か。

 ――俺にも、見つかるかな。


  ◆ ◆ ◆


 出発準備でギルドに立ち寄ると、掲示板に真新しい依頼書が何枚も貼られていた。「魔王軍関連・警戒任務」「国境偵察の護衛」――明らかに、増えている。

「……おい。この手の依頼、前より増えてねえか」

 近くの冒険者たちの会話が、耳に入った。

「魔王軍の動きが活発化してるらしいぜ」

「幹部の一人が動いたって噂だ。どこの誰かは知らんが……」

 四人で、顔を見合わせた。


  ◆ ◆ ◆


 ――同じ頃。山の上の廃城で。

 窓辺に立つラミアの背後に、黒装束の部下が片膝をついていた。

「ご報告を。ルナ様が、魔法を完成させたようです」

 ラミアは窓の外を見たまま、振り返らなかった。

「……そう」

 それだけだった。表情は、見えなかった。


  ◆ ◆ ◆


 翌朝。ヴァルガの城門に、旅装の四人が揃った。

 見送りには、オルドリックと――「たまたま通りかかっただけです」という顔のセラが来ていた。

「魔法は生き物じゃ。使うほど育つ。大事に、育てなさい」

「はい。……オルドリック先生、本当に、ありがとうございました」

 オルドリックは、ルナの後ろの俺たち三人を見て、にっと笑った。

「良い仲間じゃ。〝間に合う〟側の人間ばかりじゃよ、お前さんの周りは」

 街道を、四人で歩き出す。朝の光の中、ルナが先頭で、足取りが軽い。

 ルナは、自分の魔法を見つけた。三人の連携も、形になった。

 そして――魔王軍の〝幹部の一人〟が、動いた。

 行く先、街道の遥か遠くの空に、薄く黒い雲がかかっている。

 準備はしてきた。――次は、こっちの番だ。


(第九話 了)

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