第8話:Fランクの流儀
早朝の草原に、朝露が光っていた。
その中で、人間の子供とドワーフと鳥の獣人が、しゃがみこんで薬草を摘んでいる。誰がどう見ても、場違いな戦力だった。
「葉の裏が白いのがリム草。根を残して摘めば再生する――図鑑通りだ」
俺は借りてきた薬草図鑑と見比べながら、丁寧に摘んでいく。隣でバルゴが、しゃがんだまま遠い目をしていた。
「Aランクの俺が……草を……」
「……手が、止まっている」
「ああもう! まどろっこしい!」
バルゴがキレ気味に立ち上がった。次の瞬間、金属操作で腰の小型シャベルと予備の刃物が一斉に宙へ浮き――猛烈な勢いで、畑一帯を掘り始めた。
「金属操作――一気に掘り起こしゃ早いだろうが!」
土煙が晴れると、そこには薬草の山があった。根っこごと。周囲の雑草ごと。
ギルドの納品カウンターで、受付が引きつった笑顔を浮かべた。
「……採りすぎです。それに、根ごと抜いたら来年から生えません。規定量超過分は買い取れません。あと、群生地の復旧費、報酬から引かせていただきますね」
バルゴが、固まった。
「……急がば回れって、この世界にもあるんだな」
「……学んだな、ドワーフ」
「うるさいぞ、鳥」
◆ ◆ ◆
翌日は、荷物運搬クエストだった。大量の木箱を前に、依頼人の商人が説明する。
「街の東倉庫までです。この量ですと、お三方でも夕方までかかるかと――」
レイが、無言で木箱を担いだ。次の瞬間、消えた。
木箱の山が、みるみる減っていく。商人が、腰を抜かして尻もちをついた。
「ひっ……に、荷物が、消えて……!」
「……終わった」
いつの間にか戻っていたレイが、平然と言う。俺は商人を助け起こしながら、呆れ笑いを浮かべた。
「すみません、うちの、その……速いやつで」
「おいレイ、依頼人の説明は最後まで聞け。搬入口は裏だとよ」
「……」
レイが、無言で再び消える。
戦力の無駄遣いにも程がある……でも、この三人、意外と回るな。
◆ ◆ ◆
害獣駆除クエスト。古い倉庫で、大ネズミが俺の足にかじりついた――瞬間、超反射の白い光。ネズミは、ころんとひっくり返って気絶した。
オーガの一撃を返した超反射が……ネズミの甘噛みを返している……。
「贅沢な駆除だな、おい」
それから数日、俺たちはクエストを回し続けた。側溝を掃除するバルゴ。迷子の猫を高速移動で確保するレイ(猫は毛が逆立っていた)。夜、宿で納品書類を整理する俺。
ギルドの実績ボードには、三人の名前の横に達成印がずらりと並んでいった。
「……で、いくら貯まった」
「学費の半分。悪くないペースだけど、F単価じゃここが天井だ」
そしてある朝、受付が昇格証を差し出した。
「実績を確認しました。三名とも、Eランクに昇格です」
それから書類と俺たちを見比べて、思わず、という感じで本音をこぼした。
「登録から数日でこの達成数……あなたたち、本当にFランクだったんですか……?」
「だから最初からそう言ってる!!」
国ごと独立ルール、恨むぞ……。
Eランクの掲示板には、討伐系クエストが解禁されていた。
「来た。討伐系――単価が段違いだ」
その中の一枚に、目が留まる。「旧ドロン鉱山に出没する魔物の群れの討伐。採掘再開のため。報酬:高額」
「鉱山……! 俺の庭じゃねえか」
「群れの正体は不明、数も不明……Eランク向けにしては報酬が高すぎる。つまり、割に合わないほど厄介ってことだ」
「……受けるんだろう」
「もちろん」
◆ ◆ ◆
旧ドロン鉱山。山肌にぽっかり空いた坑道の入り口は、封鎖の板が破られていた。
バルゴが坑道の壁に手を当て、目を閉じる。
「……いい山だ。鉄と銀の鉱脈が生きてる。壁も床も、鉱石だらけだ」
俺は暗視で奥を見通した。
「手前に気配はない。奥は――深いな」
報酬の高さ。封鎖を破った痕跡。アニメの洞窟回の鉄則で言えば――雑魚が濃い巣には、必ず〝主〟がいる。
俺が先頭、バルゴが中央、レイが後方で坑道を進む。やがて、天井にキラキラと光る影の群れが見えた。水晶のような翼のコウモリ。
「上! コウモリ……翼が、水晶?」
群れが一斉に飛び立った。翼から乱反射する光が坑道を埋め、視界が白く塗り潰される。
「目が……くらむ!」
光の中、バットの体当たりが俺に直撃した――超反射。同量のダメージが返り、バットが落ちる。
――【撃破! クリスタルバットのスキル「魔力感知」を習得!】
目を見開いた。視界が、変わる。乱反射の光の中に、魔力の〝流れ〟が線として見えた。
「……見える。この幻惑、翼で魔力を撒き散らしてるだけだ。本体の魔力だけ追えばいい! バルゴ、右上二体! レイ、奥の群れ!」
その時――床が盛り上がり、地中から巨大な虫が突き上げてきた。足を掠められて転がる。地中からは、暗視でも見えない……!
掠り傷と同時に超反射が発動し、仰け反った虫を、返す刀で斬り伏せる。
――【撃破! オアワームのスキル「振動感知」を習得!】
地面に手をつくと――手のひらから、地中を這う複数の振動が〝見えた〟。
「振動感知……地中の動きが、全部わかる。足元、あと四体来るぞ!」
吸収したそばから、戦況が変わる……スキル吸収、やっぱり最高だな。
感知二種をフル回転させて指示を飛ばしながら、反射で迎撃を続ける。視界の隅で、ウィンドウが明滅した。
――【超反射Lv2(熟練度34%)】
熟練度も着実に……Lv3は、まだ遠いけどな。
だが、敵の数が多い。バットの幻惑とワームの奇襲が、波状に続く。
「キリがねえぞ!」
バルゴが叫び――それから、ニヤリと笑って、両手を坑道の壁に叩きつけた。
「忘れてたぜ。ここは――俺の庭だってことをな」
金属操作、全開。坑道の壁と床の鉱脈が生き物のようにうねり、無数の鉱石の槍と壁が立ち上がった。
「魔物の体の鉱石は操れねえが――壁と床は全部、俺の武器だ!!」
鉱石の槍がバットを撃ち落とし、床から迫り上がった鉱石壁がワームの突進を弾く。
メタルリザード戦で見た「生きた金属は操れない」って制限が……ここじゃ完全に逆転してる。環境ごと、味方だ。
「レイ! 群れを分断できるか! 奥の集団とこっちを切り離したい!」
「……造作もない」
レイが高速移動で群れの間を縫うように駆け抜けた。風圧と衝撃で、バットの群れが真っ二つに割れる。
着地したレイ――移動直後の、一瞬の硬直。そこへ、ワームが地中から迫る。
「レイ、足元!」
振動感知の警告と同時に、レイの足元から突き上がるワーム――その牙が届く寸前、バルゴの鉱石壁が地面ごと迫り上がって、ワームを弾き飛ばした。
「硬直中は俺がカバーする! 好きに飛べ、鳥!」
レイが、わずかに目を見開いた。
「……悪くない」
レイの硬直は、大会で俺が突いた弱点だ。――それを今は、仲間がカバーしてる。
そこから、三人の連携が回り始めた。
俺の感知が索敵し、レイの速さが分断し、バルゴの鉱脈が拘束と防御を担い、漏れた攻撃は俺が受けて反射する。「右の壁から二体!」――鉱石壁が受ける。「上、幻惑来るぞ!」――レイが先に叩き落とす。「バルゴの背中!」――俺があえて受けて、反射で撃破。
みるみる、敵の数が減っていく。
「おい……なんだこれ。楽しくなってきたぞ」
◆ ◆ ◆
最後のバットが落ちて、坑道に静寂が戻った。
「終わり……か?」
「……いや」
俺は床に手をついたまま、動かなかった。
振動感知に、でかいのが引っかかってる。それに、雑魚がこれだけ濃かったんだ――主が出る。洞窟回の鉄則だ。
坑道の最深部から、地響き。
「来るぞ。――でかい」
床を突き破って、巨大なオアワームの主が出現した。体長は雑魚の五倍。体表には、鉱石の装甲がびっしり。
「でかすぎるだろ! ……くそ、体の鉱石は操れねえ!」
「速いが……直線的だ」
俺は床に手をついたまま、冷静に言った。
「動きは全部、振動でわかる。――役割は今まで通り。あいつの突進は、俺が全部もらう」
主が、地中に潜った。振動感知が、軌道を読む。
「来る場所、わかった。真下!」
俺は、あえて避けなかった。両足で、踏みとどまる。
「体重が乗った突進ほど――返した時が、痛いんだよ!!」
主の突進が俺に直撃した。同時に、超反射の白い光が爆ぜる。
主は自分の全体重分のダメージを受けて、大きく仰け反った。俺も吹き飛ばされて壁に激突する。超速再生が、即座に発動した。
「……っ、効いた、けど……こっちも、痛い……!」
「バルゴ、今だ!」
バルゴが仰け反った主の周囲の床から鉱脈を操作し、鉱石の檻が巨体を締め上げた。
「体は操れなくても――周りから固めりゃいいんだよ!!」
「レイ!」
「……言われるまでもない」
高速移動。拘束されて動けない主の頭部――装甲の継ぎ目へ、渾身の一撃。
主は、鉱石の檻の中で崩れ落ちた。地響きが収まり、静寂。
光が走り、俺に吸収される。
――【撃破! 「振動感知」習得済みのため、新規スキルなし】
でかくても、同じ種族か。……ルール通りだな。
三人、それぞれ息をつく。バルゴが、俺とレイを見た。
「……ふう。おい、二人とも。今の戦い、ルナに見せてやりたかったな」
俺とレイは、少し黙って――それから、小さく頷いた。
坑道を出ると、夕焼けだった。全身、埃だらけ。
初めて、三人の連携がちゃんと噛み合った。俺の感知が目になって、レイの速さが刃になって、バルゴの鉱脈が盾になる。
――あとは、あいつの魔法が加われば。
夕日の中、遠くにヴァルガの街と、学院の塔が見えた。
◆ ◆ ◆
ギルドで討伐達成を報告すると、受付がずっしりした革袋を差し出した。
「旧ドロン鉱山の群れ討伐、確認しました。お見事です」
「思ったより稼げるな」
俺は自作の帳簿に金額を書き込んだ。
「これで学費まで――あと討伐三件。修了式に、間に合う」
「お前のその帳簿、ほんとに十歳の書くもんじゃねえぞ」
夜。宿の食堂で、今日は少し豪華な夕食をとった。ふと、レイが手を止めて、ぽつりと言った。
「……ルナは、どうしている」
俺は、少し驚いてレイを見た。レイが自分から誰かの話題を……珍しい。
「気になるのか」
「……パーティの戦力の話だ」
視線を逸らすレイ。バルゴが酒を飲みながら、矛先をこっちに向けてきた。
「そういうお前こそ……クエストが終わった後まで、帳簿だ段取りだと働き詰めじゃねえか。休んでるところを見たことがねえぞ」
一瞬、言葉に詰まった。
「……学費、だろ」
言ってから、自分で少し驚いた。
……あれ。俺いま、普通に〝誰かのため〟に動いてないか?
女神に言われたからでも、生き残るためでもなく――ただ、あいつと交わした約束のために。
バルゴが、立ち上がった。
「よし。たまには様子でも見に行くか」
「学院、部外者は入れないぞ」
「壁の外までだ、壁の外まで」
「……」
レイは、すでに立ち上がって出口にいた。
「お前が一番早いのかよ」
◆ ◆ ◆
夜の学院の高い外壁の前に、三人で立った。壁の向こうに、建物の灯りがぽつぽつと見える。
「……で、来たはいいが、何も見えんな」
「壁を越えるか」
「ルナに迷惑がかかるだけだぞ」
「……やめておく」
三人で壁を見上げたまま、しばらく黙って立っていた。
やがて、寮の建物の一角――ひとつの窓に、灯りがついているのに気づいた。
その窓の中に、小さな人影。机に向かう、ルナのシルエット。手元で、魔法の光が小さく瞬いては、消える。何度も。何度も。
俺は、その灯りを見つめて、小さく笑った。
「……頑張ってるな」
「あの様子じゃ、まだ完成してねえな」
「いいんだ。消えても消えても、まだ灯りがついてる。――それで、十分だ」
レイが、窓を見たまま、ぽつりと言った。
「……次の旅では、後ろに隠れる必要はなくなるな」
「……お前、本当にたまにいいことを言うな」
三人、並んで立ったまま、もう少しだけその灯りを眺めていた。
帰り道。夜のヴァルガの街を歩きながら、俺は考えていた。
学費まで、あと三件。約束の期日まで、あと少し。
◆ ◆ ◆
――その頃、学院の窓では。
ルナの手元で、今夜いちばん大きな魔法の光が、小さく、でも確かに、瞬いた。
(第八話 了)




