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異世界アニメを3万時間観たオタクだけが知ってる最強の生存術  作者: ミハト
シーズン1:出会いと最初の別れ

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7/10

第7話:それぞれの入口

 白い城壁の向こうに、ひときわ高い塔がそびえていた。先端に、魔力の光が灯っている。

「あれが……ヴァルガの魔法学院……!」

 ルナが目を輝かせて塔を見上げる。俺も同じものを見上げながら、内心でつぶやいていた。

 魔法学院回……異世界アニメの定番だ。こういう回は、主人公が無双するか、仲間が覚醒するかのどっちかと決まってる。――今回は、後者であってほしい。

 大通りに入ると、街の空気が今までのどの街とも違った。ローブ姿の魔法使い。魔道具の露店。ふわふわと浮かぶ街灯に、魔法で水を汲み上げるポンプ。

「何でもかんでも魔法か。ドワーフの街とは大違いだな」

 バルゴが物珍しそうに周囲を見回す。レイは静かに人混みを観察していた。

「……人が多い」

「それだけか」

「……多すぎる」

 少し先を、ルナが軽い足取りで歩いていく。浮かれてるな……まあ、無理もない。

 学院の正門前。門の脇の掲示板に「短期集中課程(二ヶ月)・入学者受付中」の告知が出ていた。

「短期の課程があるんですね。これなら、旅を長く止めずに……」

 そして、その下段――学費の金額を見て、四人同時に固まった。

「……おい。桁を読み間違えてないか、俺は」

 俺は腰の革袋を確かめながら、暗算した。

「賞金と報酬、路銀の残り……全部足しても、三分の一ってところだ」

「名門ってのは、どこもぼったくりだな!」

「……払えないなら、ぼったくられてもいない」

「うるさいぞ」

 俺は少し考えてから、ルナを見た。

「なあルナ。ガイウスに手紙を出せば――」

「――父上に頼んだら、意味がないんです」

 静かに、でもはっきりと、ルナが俺の言葉を遮った。そして三人に向き直る。真っ直ぐな目で。

「わたくしは、自分の力で何かを変えたくて城を出ました。最初のつまずきで父上に泣きつくなら……城にいたのと、同じです」

 沈黙。バルゴが頭をかいた。

「……言うようになったじゃねえか」

 レイが、目を閉じたまま言った。

「……同意する。借りた強さは、強さじゃない」

 俺は少し笑って、頷いた。

「わかった。なら――足りない分は、俺たちが稼ぐ」

「え……で、でもそれでは皆さんに――」

「勘違いするな。どうせ嬢ちゃんが修行してる間、俺たちは暇なんだ」

「そういうことだ。お前は魔法だけ考えてろ」

 ルナの目が、潤んだ。

「……はい!」

 学院の門前で、二手に分かれる。ルナは審査会場へ。俺たちは街のギルドへ。

「審査、頑張れよ」

「はい。行ってきます!」

 歩き出しながら、俺は内心でつぶやいた。学園編の金策サブクエから始まる主人公は――アニメだと、だいたい後半で化ける。悪くない流れだ。


  ◆ ◆ ◆


 ――ルナから後で聞いた、審査会場での出来事。

 円形の実技ホールに、受験生が十数名並んでいた。壇上には、黒いローブに束ねた髪、眼鏡の奥の鋭い目――審査官のセラ。

「短期集中課程の審査を始めます。合格基準はただひとつ――二ヶ月で伸びる見込みがあるか、どうか」

 受験生たちが、次々と実技を披露していく。火柱。氷の彫像。浮遊術。どれも完成度の高い、教科書通りの魔法だった。

「次。……ルナ。所持スキル、魔法創造?」

 会場が、少しざわついた。聞いたことがない、というざわめき。セラが眼鏡を押し上げる。

「珍しいスキルね。――見せてみなさい」

 ルナは深呼吸して、手を前に出した。

 手のひらに、小さな光球がぽつんと灯る。続けて、風の刃をひと筋。的の、端をかすめた。

 会場が静まり返り――受験生の誰かが、小さく吹き出した。

「……今は、これだけです。でも、このスキルは、この世にない魔法を作れるはずで――」

「〝はず〟では、審査できません」

 セラは表情を変えずに、書類にペンを走らせた。

「スキルがあっても、使えなければ意味がない。加えてあなた、身元の保証人欄が空白ね。後ろ盾もない、実技も未熟――残念ですが、失格で――」

 ルナが、俯いた。その時だった。

「……ほう」

 会場の脇の通路を、のんびり横切ろうとしていた小柄な老人が、足を止めた。白く長い眉と髭。よれたローブ。その視線の先には――消えかけた、ルナの光球。

 老人は、ひょいと会場に入ってきた。

「オ、オルドリック様!? 審査中です!」

「その光球……構造が面白い。もう一度、出してみなさい」

 ルナが戸惑いながら、もう一度光球を灯す。オルドリックと呼ばれた老人は、光球に顔を近づけ、じっと見た。目が、細まる。

「……詠唱の型がない。術式の借り物もない。ゼロから編んでおる――本人も、無自覚にな」

「ですが、威力は初歩以下です」

「威力なぞ、後からついてくる。型のない魔法を編める者が、どれほど珍しいか」

 そこでオルドリックは、一瞬だけ、遠い目をしたという。理由は、語らなかった。

 それから、セラに向き直って、あっさりと言った。

「面白い。儂が、保証人になろう」

 会場が、どよめいた。セラが絶句する。

「オルドリック様が、保証人……!? 最長老が、一受験生の……」

「あ、あの……あなたは……?」

「学院で一番暇な、年寄りじゃよ」

 セラは深い溜め息をつき、書類に印を押した。

「……条件付きの、仮入学とします。条件は二つ。一、学費は修了式までに完納すること。二、修了審査で成果を示すこと。――どちらか欠ければ除籍です。保証人が、どなたであろうと」

 ルナは、深く頭を下げた。

「――必ず。ありがとうございます!」


  ◆ ◆ ◆


 その頃、俺たちはヴァルガの冒険者ギルドにいた。

「登録ですね。三名様……冒険者としての経験は?」

「俺はグランヴェルグのAランクだ」

「俺もあっちで再査定を申請して……」

 受付の女性は、にっこりと事務的な笑顔で言い切った。

「ギルドは国ごとに独立運営です。実績・ランクは、国をまたいで持ち越せません。よって全員、Fランクからのスタートです」

 俺とバルゴは、同時に固まった。

「Aランクだぞ俺は! メタルリザードを倒したパーティだぞ!」

「グランヴェルグで再査定通ったばっかりなのに……!」

「規則ですので」

 笑顔のまま、一ミリも動かない。その後ろで、レイが静かに登録用紙を書いていた。

「……どれでも同じだ。強さは、ランクが決めるものじゃない」

 俺とバルゴは、ぐうの音も出なかった。

「……こいつ、たまに正論を刺してくるな」

「しかも一番強いやつが言うと、逃げ場がない」

 ランクのリセット……アニメの移住回あるあるだ。まあ、こういう時ほど地道が最短なんだよな。

 クエスト掲示板のFランク欄には、「薬草採取」「荷物運搬」「害獣駆除(ネズミ)」が並んでいた。

「……これが、俺たちの仕事か」

 バルゴが絶句する。

「どれでも同じだ」

「……今回ばかりは同感だ」

 珍しく意見が一致した二人を横目に、俺は掲示板の単価を指でなぞって暗算した。

「Fランクの単価だと、学費まで……ざっと二百件。修了式に間に合わない。でもEランクに上がれば討伐系が受けられて、単価が跳ねる。まず昇格、話はそれからだ」

「……お前、そういう計算だけは早いな」

「こういうのは、得意なんだ」

 前世の社会人経験が顔を出しかけたのは、内緒だ。

 受付に戻って、俺は言った。

「薬草採取、あるだけ全部ください」

「全部……ですか? 在庫、七件ありますが」

「七件で。明後日までに、まとめて納品します」

 受付は、人間の子供とドワーフと鳥の獣人を改めて見比べた。

「……変わったパーティですね」

「よく言われる」

 ギルドを出ると、夕方だった。通りの向こうに、学院の塔がそびえている。

「あっちも今頃、審査か」

「大丈夫だろ。あいつ、ここぞって時は強い」

「……根拠は」

「実の姉の勧誘を、真正面から断った」

 レイとバルゴが、少し黙った。

「「……確かに」」

 夕暮れの広場に、ルナが駆けてきた。

「皆さん! 仮入学、決まりました!」

 条件――学費の完納と、修了審査での成果――を聞いて、バルゴが唸る。

「除籍って……けっこう容赦ないな、名門」

 俺は、親指でギルドの方を指した。

「学費は任せろ。もう七件受けてきた」

「は、早い……!」

「お前は魔法だけ考えてろ。――約束だ」


  ◆ ◆ ◆


 翌朝。学院の門前。ルナの寮入りの日。

 小さな旅鞄と魔法書を抱えたルナと、俺たち三人が向かい合う。旅を始めて以来、初めての別行動だった。

「二ヶ月なんて、あっという間ですよね」

「ああ。あっという間だ」

 そう言いながら、誰も最初の一歩を踏み出さない。むずがゆい空気が流れる。

 バルゴが、腕を組んでぶっきらぼうに言った。

「……しっかりやれ」

「レイさんも、何か……」

「……」

「相変わらずですね」

 ルナが苦笑いする。俺は、笑って言った。

「帰ってきたときに、驚かせてくれ」

「――はい!」

 門をくぐったルナが、一度だけ振り返った。俺たち三人は、そろって手を上げた。ルナが深く頭を下げ、背を向ける。その小さな背中が校舎の方へ消えるまで見送って――学院の門が、静かに閉まった。

 俺たちは、しばらく門の前に立っていた。


  ◆ ◆ ◆


 夜。寮の小さな個室で、ルナは机に向かっていた。

 手のひらの光球。形を変えようと集中する――光球が歪んで、ふっと消える。

 魔法創造。この世にない魔法を作れるスキル。でも――〝作る〟って、何をすればいいの。

 何度も光球を出しては、消える。机に突っ伏したルナは、水差しが空なのに気づいて部屋を出た。

 月明かりの廊下。給水場からの帰り道――廊下の先に、ぽつんと小さな影が立っていた。窓の外の月を眺める、オルドリック。

「――眠れんか」

「オルドリック先生! あの、昨日はありがとうございました……!」

「部屋の窓、光がついたり消えたりしておったぞ」

「み、見えて……」

 赤面するルナに、オルドリックは月を見たまま言った。

「焦るな。魔法は、急いで作るものじゃない」

「……」

「作りたいものが、先じゃ。それが見つかった時、魔法は勝手に形になる」

 ルナは少し考えてから、尋ねた。

「……オルドリック先生は、なぜわたくしを助けてくださったんですか」

 オルドリックはようやくルナを見て、にっと笑った。

「面白いものが見られそうだからじゃよ。年寄りの娯楽は少なくてな」

「はぐらかしましたね……?」

「ほっほ。早う寝なさい。授業は明日からじゃぞ」

 去っていく小さな後ろ姿が、月明かりの廊下で一度だけ、足を止めた。

 ――だが老人は何も言わず、また歩き出した。


  ◆ ◆ ◆


 同じ頃。街の安宿の相部屋では、バルゴが豪快ないびきをかき、レイは壁際で目を閉じて座っていた。寝ているのかは、わからない。

 俺は窓辺に座って、外を見ていた。遠くに学院の塔。その窓のひとつに、小さな灯り。

 ……ま、こっちはこっちで、やることをやるだけだ。

 ギルドで借りた薬草図鑑を、ぱらぱらとめくる。明日中に七件。段取りが命だな。


  ◆ ◆ ◆


 学院の窓辺では、ルナが夜のヴァルガを見下ろしていた。眼下に、ギルド街の灯り。

 みんなも、頑張ってる。

 ルナは手のひらに、もう一度だけ光球を灯した。今日一番の、きれいな光。

 わたくしも――わたくしの魔法を、見つける。

 その光が、窓の外の夜景に重なって、静かに輝いた。


(第七話 了)

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