第7話:それぞれの入口
白い城壁の向こうに、ひときわ高い塔がそびえていた。先端に、魔力の光が灯っている。
「あれが……ヴァルガの魔法学院……!」
ルナが目を輝かせて塔を見上げる。俺も同じものを見上げながら、内心でつぶやいていた。
魔法学院回……異世界アニメの定番だ。こういう回は、主人公が無双するか、仲間が覚醒するかのどっちかと決まってる。――今回は、後者であってほしい。
大通りに入ると、街の空気が今までのどの街とも違った。ローブ姿の魔法使い。魔道具の露店。ふわふわと浮かぶ街灯に、魔法で水を汲み上げるポンプ。
「何でもかんでも魔法か。ドワーフの街とは大違いだな」
バルゴが物珍しそうに周囲を見回す。レイは静かに人混みを観察していた。
「……人が多い」
「それだけか」
「……多すぎる」
少し先を、ルナが軽い足取りで歩いていく。浮かれてるな……まあ、無理もない。
学院の正門前。門の脇の掲示板に「短期集中課程(二ヶ月)・入学者受付中」の告知が出ていた。
「短期の課程があるんですね。これなら、旅を長く止めずに……」
そして、その下段――学費の金額を見て、四人同時に固まった。
「……おい。桁を読み間違えてないか、俺は」
俺は腰の革袋を確かめながら、暗算した。
「賞金と報酬、路銀の残り……全部足しても、三分の一ってところだ」
「名門ってのは、どこもぼったくりだな!」
「……払えないなら、ぼったくられてもいない」
「うるさいぞ」
俺は少し考えてから、ルナを見た。
「なあルナ。ガイウスに手紙を出せば――」
「――父上に頼んだら、意味がないんです」
静かに、でもはっきりと、ルナが俺の言葉を遮った。そして三人に向き直る。真っ直ぐな目で。
「わたくしは、自分の力で何かを変えたくて城を出ました。最初のつまずきで父上に泣きつくなら……城にいたのと、同じです」
沈黙。バルゴが頭をかいた。
「……言うようになったじゃねえか」
レイが、目を閉じたまま言った。
「……同意する。借りた強さは、強さじゃない」
俺は少し笑って、頷いた。
「わかった。なら――足りない分は、俺たちが稼ぐ」
「え……で、でもそれでは皆さんに――」
「勘違いするな。どうせ嬢ちゃんが修行してる間、俺たちは暇なんだ」
「そういうことだ。お前は魔法だけ考えてろ」
ルナの目が、潤んだ。
「……はい!」
学院の門前で、二手に分かれる。ルナは審査会場へ。俺たちは街のギルドへ。
「審査、頑張れよ」
「はい。行ってきます!」
歩き出しながら、俺は内心でつぶやいた。学園編の金策サブクエから始まる主人公は――アニメだと、だいたい後半で化ける。悪くない流れだ。
◆ ◆ ◆
――ルナから後で聞いた、審査会場での出来事。
円形の実技ホールに、受験生が十数名並んでいた。壇上には、黒いローブに束ねた髪、眼鏡の奥の鋭い目――審査官のセラ。
「短期集中課程の審査を始めます。合格基準はただひとつ――二ヶ月で伸びる見込みがあるか、どうか」
受験生たちが、次々と実技を披露していく。火柱。氷の彫像。浮遊術。どれも完成度の高い、教科書通りの魔法だった。
「次。……ルナ。所持スキル、魔法創造?」
会場が、少しざわついた。聞いたことがない、というざわめき。セラが眼鏡を押し上げる。
「珍しいスキルね。――見せてみなさい」
ルナは深呼吸して、手を前に出した。
手のひらに、小さな光球がぽつんと灯る。続けて、風の刃をひと筋。的の、端をかすめた。
会場が静まり返り――受験生の誰かが、小さく吹き出した。
「……今は、これだけです。でも、このスキルは、この世にない魔法を作れるはずで――」
「〝はず〟では、審査できません」
セラは表情を変えずに、書類にペンを走らせた。
「スキルがあっても、使えなければ意味がない。加えてあなた、身元の保証人欄が空白ね。後ろ盾もない、実技も未熟――残念ですが、失格で――」
ルナが、俯いた。その時だった。
「……ほう」
会場の脇の通路を、のんびり横切ろうとしていた小柄な老人が、足を止めた。白く長い眉と髭。よれたローブ。その視線の先には――消えかけた、ルナの光球。
老人は、ひょいと会場に入ってきた。
「オ、オルドリック様!? 審査中です!」
「その光球……構造が面白い。もう一度、出してみなさい」
ルナが戸惑いながら、もう一度光球を灯す。オルドリックと呼ばれた老人は、光球に顔を近づけ、じっと見た。目が、細まる。
「……詠唱の型がない。術式の借り物もない。ゼロから編んでおる――本人も、無自覚にな」
「ですが、威力は初歩以下です」
「威力なぞ、後からついてくる。型のない魔法を編める者が、どれほど珍しいか」
そこでオルドリックは、一瞬だけ、遠い目をしたという。理由は、語らなかった。
それから、セラに向き直って、あっさりと言った。
「面白い。儂が、保証人になろう」
会場が、どよめいた。セラが絶句する。
「オルドリック様が、保証人……!? 最長老が、一受験生の……」
「あ、あの……あなたは……?」
「学院で一番暇な、年寄りじゃよ」
セラは深い溜め息をつき、書類に印を押した。
「……条件付きの、仮入学とします。条件は二つ。一、学費は修了式までに完納すること。二、修了審査で成果を示すこと。――どちらか欠ければ除籍です。保証人が、どなたであろうと」
ルナは、深く頭を下げた。
「――必ず。ありがとうございます!」
◆ ◆ ◆
その頃、俺たちはヴァルガの冒険者ギルドにいた。
「登録ですね。三名様……冒険者としての経験は?」
「俺はグランヴェルグのAランクだ」
「俺もあっちで再査定を申請して……」
受付の女性は、にっこりと事務的な笑顔で言い切った。
「ギルドは国ごとに独立運営です。実績・ランクは、国をまたいで持ち越せません。よって全員、Fランクからのスタートです」
俺とバルゴは、同時に固まった。
「Aランクだぞ俺は! メタルリザードを倒したパーティだぞ!」
「グランヴェルグで再査定通ったばっかりなのに……!」
「規則ですので」
笑顔のまま、一ミリも動かない。その後ろで、レイが静かに登録用紙を書いていた。
「……どれでも同じだ。強さは、ランクが決めるものじゃない」
俺とバルゴは、ぐうの音も出なかった。
「……こいつ、たまに正論を刺してくるな」
「しかも一番強いやつが言うと、逃げ場がない」
ランクのリセット……アニメの移住回あるあるだ。まあ、こういう時ほど地道が最短なんだよな。
クエスト掲示板のFランク欄には、「薬草採取」「荷物運搬」「害獣駆除」が並んでいた。
「……これが、俺たちの仕事か」
バルゴが絶句する。
「どれでも同じだ」
「……今回ばかりは同感だ」
珍しく意見が一致した二人を横目に、俺は掲示板の単価を指でなぞって暗算した。
「Fランクの単価だと、学費まで……ざっと二百件。修了式に間に合わない。でもEランクに上がれば討伐系が受けられて、単価が跳ねる。まず昇格、話はそれからだ」
「……お前、そういう計算だけは早いな」
「こういうのは、得意なんだ」
前世の社会人経験が顔を出しかけたのは、内緒だ。
受付に戻って、俺は言った。
「薬草採取、あるだけ全部ください」
「全部……ですか? 在庫、七件ありますが」
「七件で。明後日までに、まとめて納品します」
受付は、人間の子供とドワーフと鳥の獣人を改めて見比べた。
「……変わったパーティですね」
「よく言われる」
ギルドを出ると、夕方だった。通りの向こうに、学院の塔がそびえている。
「あっちも今頃、審査か」
「大丈夫だろ。あいつ、ここぞって時は強い」
「……根拠は」
「実の姉の勧誘を、真正面から断った」
レイとバルゴが、少し黙った。
「「……確かに」」
夕暮れの広場に、ルナが駆けてきた。
「皆さん! 仮入学、決まりました!」
条件――学費の完納と、修了審査での成果――を聞いて、バルゴが唸る。
「除籍って……けっこう容赦ないな、名門」
俺は、親指でギルドの方を指した。
「学費は任せろ。もう七件受けてきた」
「は、早い……!」
「お前は魔法だけ考えてろ。――約束だ」
◆ ◆ ◆
翌朝。学院の門前。ルナの寮入りの日。
小さな旅鞄と魔法書を抱えたルナと、俺たち三人が向かい合う。旅を始めて以来、初めての別行動だった。
「二ヶ月なんて、あっという間ですよね」
「ああ。あっという間だ」
そう言いながら、誰も最初の一歩を踏み出さない。むずがゆい空気が流れる。
バルゴが、腕を組んでぶっきらぼうに言った。
「……しっかりやれ」
「レイさんも、何か……」
「……」
「相変わらずですね」
ルナが苦笑いする。俺は、笑って言った。
「帰ってきたときに、驚かせてくれ」
「――はい!」
門をくぐったルナが、一度だけ振り返った。俺たち三人は、そろって手を上げた。ルナが深く頭を下げ、背を向ける。その小さな背中が校舎の方へ消えるまで見送って――学院の門が、静かに閉まった。
俺たちは、しばらく門の前に立っていた。
◆ ◆ ◆
夜。寮の小さな個室で、ルナは机に向かっていた。
手のひらの光球。形を変えようと集中する――光球が歪んで、ふっと消える。
魔法創造。この世にない魔法を作れるスキル。でも――〝作る〟って、何をすればいいの。
何度も光球を出しては、消える。机に突っ伏したルナは、水差しが空なのに気づいて部屋を出た。
月明かりの廊下。給水場からの帰り道――廊下の先に、ぽつんと小さな影が立っていた。窓の外の月を眺める、オルドリック。
「――眠れんか」
「オルドリック先生! あの、昨日はありがとうございました……!」
「部屋の窓、光がついたり消えたりしておったぞ」
「み、見えて……」
赤面するルナに、オルドリックは月を見たまま言った。
「焦るな。魔法は、急いで作るものじゃない」
「……」
「作りたいものが、先じゃ。それが見つかった時、魔法は勝手に形になる」
ルナは少し考えてから、尋ねた。
「……オルドリック先生は、なぜわたくしを助けてくださったんですか」
オルドリックはようやくルナを見て、にっと笑った。
「面白いものが見られそうだからじゃよ。年寄りの娯楽は少なくてな」
「はぐらかしましたね……?」
「ほっほ。早う寝なさい。授業は明日からじゃぞ」
去っていく小さな後ろ姿が、月明かりの廊下で一度だけ、足を止めた。
――だが老人は何も言わず、また歩き出した。
◆ ◆ ◆
同じ頃。街の安宿の相部屋では、バルゴが豪快ないびきをかき、レイは壁際で目を閉じて座っていた。寝ているのかは、わからない。
俺は窓辺に座って、外を見ていた。遠くに学院の塔。その窓のひとつに、小さな灯り。
……ま、こっちはこっちで、やることをやるだけだ。
ギルドで借りた薬草図鑑を、ぱらぱらとめくる。明日中に七件。段取りが命だな。
◆ ◆ ◆
学院の窓辺では、ルナが夜のヴァルガを見下ろしていた。眼下に、ギルド街の灯り。
みんなも、頑張ってる。
ルナは手のひらに、もう一度だけ光球を灯した。今日一番の、きれいな光。
わたくしも――わたくしの魔法を、見つける。
その光が、窓の外の夜景に重なって、静かに輝いた。
(第七話 了)




