第10話:動いた影
ヴァルガを出発して、数日。のどかな街道を行く俺たちの視線の先で――村から、細い煙が上がっていた。
レイが、目を細める。
「……炊事の煙じゃない」
四人、顔を見合わせた。
「行くぞ!」
村の入り口に飛び込んで、俺たちは異様な光景に立ち尽くした。
建物の破壊は、ごくわずか。火が出たのも一軒だけ。なのに――村人や武装した自警団が、あちこちで力なく座り込んでいる。
「……なんだ、こりゃ。襲撃にしちゃ、壊れてなさすぎる」
座り込んだ男たちの目は、空っぽだった。魂が抜けたような、虚脱。
「みなさん、怪我は――」
ルナが駆け寄った先で、若い冒険者の男が、震える手で自分の手のひらを見つめていた。
「……ない。何度やっても……出ない……」
男が顔を上げる。血の気のない顔で。
「スキルが……消えたんだ。俺の……火属性魔法が……」
四人、息を呑んだ。
「消えた……? 使えなくなっただけ、じゃなくて?」
「わからねえ……ただ、あいつに触れられただけなんだ……」
自警団の老人が、途切れ途切れに証言してくれた。
「黒い手甲の、大男じゃった……スキル持ちだけを選んで、掴んでいった……」
「抵抗した者は力づくで押さえつけられて……それでも、殺しはせんかった。まるで、実だけもいでいく収穫みたいに……」
「金品は?」
「手つかずじゃ。倉も、金庫も」
スキル〝だけ〟が、目的……。
俺は被害者の傍らに膝をつき、魔力感知を発動した。視界に映ったのは――体の魔力の流れの一部が、根こそぎ〝引き抜かれた〟ような、不自然な空洞。
「……ひどいな。魔力の流れごと、むしり取られてる」
地面に手をつく。振動感知。
「足取りは……ダメだ、もう遠い。半日は経ってる」
バルゴが、拳を固く握っていた。
「……胸糞悪りぃ。スキルってのはな、そいつの生き方そのものだ。それを、もぎ取っていくだと?」
レイは、虚脱した冒険者たちを静かに見渡していた。
「……そいつには、戦う理由があるのか。それとも、集めることが目的なのか」
「どういう意味だ?」
「目的のない力は――際限がない」
俺は立ち上がって、考えた。
能力強奪系……アニメだと、最悪の相性の敵だ。触れられたら終わり。
しかも、こいつのやり口は――俺のスキル吸収と、よく似てる。俺は倒した魔物から。あいつは、生きた人間から。方法が違うだけで、〝集める〟って本質は同じだ。
……嫌な既視感だ。
俺は、自分の手のひらを見た。少し、嫌な予感がした。
「隣のマルド村も、その隣もやられたと聞く……ギルドに、報告してくだされ……」
「わかりました。ルナ、できるだけ手当てを頼む。バルゴ、井戸と食料の確認。レイは周辺の警戒」
夕方、村を後にする俺たちに、村人たちが深々と頭を下げていた。
……次の町で、情報を集める。
◆ ◆ ◆
近隣の町のギルドは、慌ただしかった。壁の地図には、被害のあった村や町の位置に印がついている。すでに、五箇所以上。
「この二週間で六件……手口は全部同じです。黒い手甲の大男。スキルを、奪っていく」
疲れた顔の受付に、バルゴが聞く。
「討伐隊は出してないのか」
「出しました。Aランク三名。全員、スキルを失って帰ってきました」
一同、沈黙した。
俺は被害者リストを指でなぞりながら、違和感に気づいた。
「……おかしい。被害者の数が、村の規模の割に少なすぎる」
「?」
「奪われてるのは――希少スキル持ちだけだ。ありふれた生活スキルは見向きもされてない。こいつは手当たり次第じゃない。選んで、集めてる」
「……コレクターか」
「趣味の悪い、な」
その時、ギルドの扉が開き、担架が運び込まれてきた。直近の襲撃の重傷者――討伐隊の生き残りだった。
重傷の冒険者は、俺たちの姿を見ると、何かに気づいたように腕を掴んできた。
「あんたら……エルフの、連れが……」
「……?」
「あいつ……名簿みたいな紙を持ってた……次を探してるって……」
男は、絞り出すように言った。
「〝銀髪のエルフの、型のない魔法〟……そう、言ってた……!」
一同の視線が、ゆっくりとルナに集まった。
ルナは、目を見開いたまま動けなかった。
「わたくし……? どうして……魔法創造のことを。発現を知っているのは、学院と、故郷の者だけのはず……」
無意識に胸元を押さえるルナの顔色は、悪かった。外で知っているとしたら――と、その先を考えているのが、わかった。
情報が漏れてる。学院か、ギルドか、それとも――。
……やめだ。出所を探しても、今は敵の足を止められない。考えるべきは、次にどう動くかだ。
「で――どうする」
バルゴが腕を組んで俺を見た。その前に、ルナが俯いたまま口を開いた。
「……わたくしのせいで、皆さんを危険に……。わたくしが、離れれば――」
三人、ほぼ同時に遮った。
「却下だ」
「……非効率だ。守る対象は近い方がいい」
「お前一人にしたら、それこそ敵の思う壺だろ」
ルナは三人の顔を見て――ぐっと涙をこらえ、頷いた。
「……はい」
◆ ◆ ◆
――同じ頃。山の上の廃城、ラミアの執務室で。
黒装束の部下が、片膝をついて報告していた。
「ご報告を。ザハール様が、独自に動いておられます。人間の領域で、スキルの収集を」
「……それが? 彼のやり方に、私が口を挟むことではないでしょう」
「それが……資料庫の閲覧記録に。ラミア様の監視報告書を、ザハール様が持ち出した形跡が」
ラミアは、書類に目を落としたまま、表情を動かさなかった。
――ただ、手にした書類の端だけが、握り潰されていた。
沈黙。部下が恐る恐る尋ねる。
「……いかがなさいますか」
ラミアは書類を置いた。いつも通りの声で。
「放っておきなさい。他の幹部のやり方に、干渉するべきではない」
部下が一礼して下がる。一人になった執務室で、ラミアは資料庫の方向を一瞥した――無言のまま。
窓の外には、遠くの空があった。
◆ ◆ ◆
宿の一室。テーブルに地図を広げて、四人で囲んだ。
「選択肢は二つ。逃げ続けるか、迎え撃つか」
「逃げるってのは、性に合わんが――相手はAランク三人を素手で狩った化け物だぞ」
俺は、地図の被害地点を指でなぞった。襲撃の間隔が、縮まってる。名簿の〝次〟に向かって、まっすぐ――。
「迎え撃つ」
顔を上げて、続けた。
「希少スキル狙いは、獲物を諦めない。逃げれば逃げるほど、旅先の街や村を巻き込む。アニメの追跡劇の定番だ。なら、被害を受ける場所と量はこっちで決める。民間人のいない場所を選んで、地の利を作って、万全の状態で受ける」
どうせ食らうなら、一番安く食らう。俺の戦い方の――戦略版だ。
「……ハッ。乗った」
「……同意する」
ルナも、両手を握りしめて頷いた。
「わたくしも――囮でも、何でもやります」
「その前に、一つ確かめたい。ルナ、オルドリック先生に手紙を」
「オルドリック先生に?」
「〝型のない魔法〟なんて言い回し、素人が使う言葉じゃない。魔法創造の価値を正確に知ってる人間の言葉だ。学院の最長老なら、何か知ってるかもしれない」
ルナがペンを取り、ギルドの速達便に手紙を託した。
◆ ◆ ◆
――返信は、四日後に届いた。
宿で手紙を開き、四人で読む。オルドリックの筆跡だった。
「心当たりが、ないわけではない。ラミアも、儂の教え子だった。奴らが〝型のない魔法〟の価値を知るのは、そのためかもしれん」
ルナの、手紙を持つ手が止まった。
「姉様が……オルドリック先生の……」
ルナが学院で聞いたという、〝同じ目をした生徒〟の話――そういうことか。けど、手紙じゃこれ以上は聞けないな。
手紙には、続きがあった。
「お前さんの盾に、年寄りから一つだけ助言を。盾は〝点〟で張るな。〝線〟で待て。来る場所を当てようとするから遅れる。来る道を、塞いでおくのじゃ」
ルナが、はっとした顔になる。
「点じゃなくて……線……」
結びには、こうあった。
「二ヶ月で〝間に合う〟魔法を編んだお前さんなら、できる。良い報せを待っておる」
ルナは手紙を胸に当てた。決意の顔だった。
◆ ◆ ◆
翌日から、街道沿いの原っぱで特訓が始まった。
ルナが瞬風の盾を展開する――一瞬で消える。もう一度。今度は二秒。もう一度――。
レイが協力して、手加減した高速移動でルナの守る的に迫る。
「……遅い。俺を〝見て〟から張るな」
「見ないで、どうやって……あ。〝線で、待つ〟……!」
ルナは的の手前に、横長の風の壁をあらかじめ薄く張った。レイの接近に合わせて、触れた一点だけを厚くする――初めて、一撃を完全に受け切った。
「おお!?」
バルゴが声を上げる。ルナは荒い息のまま、手応えを噛みしめていた。まだ数秒しか保てない。でも、掴めてきた――そんな顔だった。
夕方には、俺の番だ。離れた岩を的に、闇属性魔法の練習。黒い魔法弾が、的の横に逸れる。
「相変わらず、ヘタクソだな」
「うるさい」
手のひらを見つめて、俺は言った。
「〝守るためなら使う〟――って言い訳は、もう卒業だ。使うと決めたなら、当てられるようにしておく。それが道具への礼儀ってやつだろ」
日が沈むまで撃ち続けて、最後の一発が――的の端を、初めて捉えた。
「……よし。〝掠る〟までは来た」
決戦の場所も決めた。街道沿いの丘の上――廃砦。崩れかけた石壁と、残った物見櫓。
バルゴが壁を叩き、地面に手を当てて確かめる。
「古いが、鉄骨が生きてる。地面の鉱脈も浅い。ここなら、俺の庭にできる」
レイが高速移動で周辺を一巡りして戻ってきた。
「逃げ道は二つ。塞げる。民家は、半日歩いても無い」
夜、焚き火を囲んで、俺のノートの布陣図を四人で確認した。
「配置はこの通り。あとは――来るのを待つだけだ」
それぞれの横顔に、静かな決意があった。
◆ ◆ ◆
三日後の夜。廃砦。月が、雲に隠れていた。
俺は櫓の上で、座禅のように地面と空気に意識を張っていた。振動感知と魔力感知の、二重警戒網。
静寂。虫の音。
来るなら夜だ。感知に引っかからずに近づける奴は、この網の中にはいない――。
俺の目が、かっと開いた。
感知の視界。街道を、まっすぐこちらへ向かってくる重い足音の振動。そして――魔力の反応が、でかい。一人分じゃない。何百人分もの魔力が、一つの塊で歩いてくる。
「来た! デカいのが、一人で来る!」
跳ね起きるバルゴ。既に立っているレイ。杖ではなく、素手を構えるルナ。四人が配置についた。
廃砦の門の前。闇の中から、ゆっくりと大男が歩み出てきた。
岩のような巨体。両腕に、肘まで覆う黒い手甲。歴戦の傭兵の、粗野な威圧感。
男は廃砦を見上げて、にやりと笑った。
「ほう。待ち構えてやがる。逃げも隠れもせずに、か」
その視線が、砦の上のルナを正確に捉えた。
「探したぜ……銀髪のエルフ」
黒い手甲の指が、こきりと鳴る。
「魔法創造――いただこう」
ルナは恐怖を飲み込んで、前を見たまま動かなかった。逃げない。今日のために、練習してきた――その目が、そう言っていた。
俺は櫓から飛び降り、ルナと男の間に立った。
「悪いが――うちの魔法使いは、渡せない」
男は、愉快そうに眉を上げた。
「〝うちの〟、ときたか。……名乗っといてやる。簒奪のザハール」
そして、低く言った。
「覚える必要はねえ。スキルを失くした奴は、俺の名前を呼ぶ気力も失くすんでな」
レイが、無言で消えた。高速移動の、牽制の一撃。
ザハールは、避けなかった。奪った身体強化で、真っ向から片腕で受け止めた。
「ほう……速えな。それも、もらおうか」
手甲がレイの腕に伸びる。移動直後の硬直――間に合わない!
その瞬間、地面から鉱脈の壁が迫り上がり、ザハールの手を弾いた。
「硬直中は、俺がカバーするっつっただろうが!」
レイが離脱して、着地する。その頬に、冷や汗が一筋。
ザハールは、弾かれた手甲を眺めて――笑った。心底、楽しそうに。
「連携で守り合うか。いい仲間だ」
両腕の手甲が、打ち鳴らされる。
「全員分、まとめて奪ってやる」
対峙する四人とザハール。月が雲間から出て、廃砦を照らした。
何百のスキルを持つ簒奪者。触れられたら、終わり。
――それでも。ここで、止める。
四人、同時に構えた。
(第十話 了)




