第5話:風と祭りと光の速さで
グランヴェルグを出て三日。俺たちは、まだ行き先を決めあぐねていた。
「なあ、次はどこ行くんだ」
バルゴが歩きながら聞いてくる。俺は正直に答えた。
「決めてない。強くなれる場所なら、どこでもいい」
「なら、フェザリアだな」
バルゴが、山脈の向こうを顎で示した。
「この先の獣人の国だ。あそこの連中は、生まれつき体が違う。腕の立つのが、うちの国とは比べもんにならんくらい転がってる」
「……戦える相手がいる、ってことか」
「ああ。俺も一度、鼻をへし折られに行きたかったんだ」
強い奴のいるところへ行く。単純だが、今の俺たちにはそれで十分だった。
広大な草原の道は、いつしか険しい崖地帯へと変わっていた。
見上げた先――高台の岩の上に、石造りの街がそびえている。いくつもの塔。その間を、翼を持つ人影が飛び交っていた。
「あんな高いところに街を作るとは……鳥の獣人らしいな」
バルゴが顔をしかめる。ルナは目を輝かせた。
「あれが、フェザリア……! 祭りが有名だと、話に聞いたことがあります」
獣人の国、か。
異世界アニメだと、獣人は大体二パターンだ。猛々しい戦士系か、素早い暗殺者系。アニメ的にはどっちも仲間になりやすい種族だけど……さて、どうなるか。
◆ ◆ ◆
巨大な岩に刻まれた門の前で、翼を持った門番が俺たちを見た。人間・エルフ・ドワーフという組み合わせに、少し驚いた顔をする。
「今日から三日間、フェザリアの武術大会が開催される。よそ者でも参加自由だ」
「武術大会……?」
バルゴが眉をひそめる横で、俺は内心つぶやいていた。
武術大会――異世界アニメの王道イベントじゃないか。
門をくぐると、街は活気に溢れていた。屋台が並び、音楽が鳴り、獣人たちが頭上を飛び交っている。
「見てください俊さん! あの食べ物、エルフの国では見たことがないです!」
「落ち着け。まず情報収集だ」
広場の掲示板に「第三十八回フェザリア武術大会」の告知が貼られていた。一番大きく書かれているのは、前年優勝者の名前――「レイ(連覇記録更新中)」。その下に、当日参加枠ありの表記。
「連覇か。強いやつがいるらしいな」
屋台のベンチで飯を食っていると、隣にいた老いた獣人がぼそりと話しかけてきた。
「よそ者か。武術大会を見に来たなら、レイだけ見ておけ。他は全部霞む」
「レイ……そんなに強いんですか?」
「高速移動スキル持ちだ。目で追える者が、この国に一人もいない。国じゃ〝光の速さ〟なんて呼ばれてる。もう五年連続優勝だよ」
高速移動……視認できない速さ、か。
いや、待てよ。目で追えない攻撃――受ければ自動で返る超反射とは、むしろ相性がいいはずだ。避けられない攻撃ほど、確実に〝当たってくれる〟んだから。
問題は……そいつの一撃を、俺の体が何発受け止められるか、だ。アニメで言えば……こういうチート持ちは、仲間になるか、強敵になるかのどっちかだ。
「参加してみるか、俊」
バルゴが腕を組んで言う。俺は少し間を置いてから、頷いた。
「……そうするか」
「俊さん……?」
ルナだけが、心配そうな顔をしていた。
◆ ◆ ◆
大会初日、予選。
岩をくり抜いた円形の闘技場は、鳥の獣人たちで埋め尽くされていた。
「今年の大会は異例! なんとよそ者二名が当日参加! 人間とドワーフだぞ!」
実況の声に、観客がざわめく。
「魔法は禁止とのことですから、わたくしは応援に回りますね。お二人とも、ご武運を!」
ルナが観客席へ向かう。バルゴは不満そうに鼻を鳴らした。
「見世物扱いか」
「どうせなら、見せてやろう」
バルゴの試合は、圧巻だった。大柄な牛系の獣人を相手に、金属操作で防具を引き剥がし、そのまま四肢を絡め取る。観客がどよめいた。
「金属操作……!? あんな使い方があるのか!」
あっさり勝利して、バルゴは腕を組んだ。
「次」
俺の相手は、素早い猫系の獣人だった。攻撃を超反射で返しながら、筋力増強と武器操作を組み合わせて、じりじりと追い詰めて勝つ。傷はあるが、涼しい顔をしておいた。
ふと視線を感じて、観客席の上を見た。
ひときわ高い岩の上に、一人。鋭い目つき。白銀の翼。腕を組んだまま、静かにこちらを見ている獣人がいた。
――あれが、レイか。
予選を勝ち抜くと、トーナメント表が張り出された。バルゴの準決勝の相手は「レイ」。俺は別ブロックの強豪だ。
「チッ……あいつと当たるか」
舌打ちするバルゴに、俺は言った。
「……全力でいけ。あいつの動きを、俺に見せてくれ」
◆ ◆ ◆
大会二日目。バルゴ対レイの準決勝。
開始の合図と同時に――レイが、消えた。
バルゴが金属操作で防御を張ろうとする。間に合わない。
一撃。バルゴの巨体が吹き飛び、地面に沈んだ。レイは元の位置に戻っている。無表情のまま。
「勝者、レイ!」
隣の席で、ルナが息を呑んだまま固まっていた。
「今……何が、起きたんですか……?」
……見えなかった。
バルゴが構える前に、終わってた。……あれが、国の連中の言う〝光の速さ〟か。
「……見たか。あれがレイだ」
悔しそうに立ち上がったバルゴが、観客席の俺を見上げる。
「……見た」
続く俺の準決勝の相手は、大柄な鷲系の獣人だった。力と速さを兼ね備えた猛攻に、超反射で捌きながら後退する。傷が増えていく。超速再生が追いつく前に、次の攻撃が来る。
闇属性魔法を――いや、ダメだ。魔法はルールで禁止。武術大会だから当然か。直接攻撃系と能力強化系のスキルは認められてる。超反射と筋力増強で、切り抜けるしかない。
受けに徹しながら、俺はパターンを読み始めた。
異世界アニメの強敵キャラには、必ずクセがある。……こいつは、三回に一回、右を大振りしてくる。
相手が右を大きく振りかぶった――その瞬間、カウンターで筋力増強を全開にした。
拳がめり込み、巨体が大きく吹き飛ぶ。
「……読めた」
傷だらけで、それでも俺は決勝に駒を進めた。
◆ ◆ ◆
大会最終日――決勝。闘技場に、静寂が漂っていた。
向かい合って立つ。レイは、俺を静かに見下ろした。
「……人間の子供か」
「よろしく」
レイの目が、ほんのわずかに細められた。
開始の合図。
――消えた。
超反射を全身に張りながら、身構える。どこから来るか、わからない。見えない。方向が読めない。嗅覚強化も間に合わない――匂いより速いのかよ……!
真後ろ。
音もなく現れたレイの一撃が、背中に入った。体が浮いて、闘技場の床を転がる。
「っ……!」
超速再生が発動して、傷を塞いでいく。俺は、立ち上がった。
観客席がざわめく。
「一撃で仕留めなかった……? あんな子供が、立ち上がるのか!?」
レイが、わずかに目を細めた。試合が始まってから、初めての反応だった。
姿勢を整えながら、俺は考える。
方向は読めない。でも――高速移動を使った直後、あいつは一瞬だけ静止する。アニメで言えば、モーション後の硬直だ。
超反射は、受けたダメージを返す。つまり……当たることを前提にして、その瞬間を狙う。
受け流しちゃダメだ。ちゃんと、食らう。痛みは――再生に任せる。
俺は、あえて隙を作った。剣を下げ、無防備に立つ。
「なにやってんだ、あいつ!!」
観客席からバルゴの怒鳴り声が聞こえた。
レイが、高速移動で正面に現れ――一撃を放った。
まともに、食らう。焼けるような痛み。そして――超反射、発動。
俺が受けたダメージが、そっくりそのままレイへ返った。
レイの体勢が、初めて崩れた。
観客が、絶句する。
「レイが……よろめいた!?」
体勢を立て直したレイの目が――変わっていた。無関心から、興味の色へ。
そこからは、嵐だった。
連続高速移動。四方八方から攻撃が飛んでくる。超反射で対応するが、数が多い。受けきれない攻撃が、次々と体に刺さる。
ダメージを返すたび、レイも微かに傷を負っているはずだ。なのに――ほぼ、効いていない。
同じダメージを返してるはずなのに……違う。受け止める〝器〟が違うんだ。鍛え抜かれた武術家の体と、十歳の俺の体。同じ痛みでも、重さが違う。
膝が、地面についた。
速すぎる……。返してるけど、全然足りない。
これが……〝光の速さ〟と呼ばれるわけか。
「……まだだ」
立ち上がる。レイが、渾身の高速移動で俺の胸に――最後の一撃を叩き込んだ。
視界が回転して、地面に叩きつけられる。超速再生は動いている。でも、体が……動かない。
「……試合終了! 勝者、レイ!」
静寂のあと、大歓声が闘技場を包んだ。
仰向けのまま、俺は天井の岩肌を見ていた。
……完敗、だ。転生してから、初めての。
オーガにも、ワイトにも、メタルリザードにも勝ってきた。スキルの相性と、アニメの知識と、作戦で。でも今日は、全部通用した上で――器の差で、押し切られた。
悔しい。悔しいけど……不思議と、嫌な負け方じゃなかった。
「俊さん……!」
駆け寄ろうとするルナに、俺は自力で立ち上がってみせた。
「大丈夫。超速再生が塞いでくれる」
バルゴは腕を組んで黙っている。何かを考えている顔だった。
レイは――遠くから、静かに俺を見ていた。無表情のまま。だが、その場を離れなかった。
◆ ◆ ◆
表彰式。レイが優勝トロフィーを受け取っても、表情ひとつ変えない。俺も準優勝として壇上に上がり、賞金の革袋を受け取った。
……準優勝でも、こんなにもらえるのか。ありがたい。当分の路銀は、これで安泰だな。
観客席に戻ると、ルナが傷を心配しながら、そっと聞いてきた。
「……悔しいですか?」
「悔しいけど……あの強さは、本物だった」
少し考えてから、続けた。
「俺の反射が通じた瞬間――あいつの目が変わった。それは、わかった」
ルナは頷いて、それから、ふと自分の手のひらを見つめた。指先に、小さな風がくるりと渦を巻く。
「速さ……。わたくしの魔法にも、ああいう使い方が、できたら……」
その呟きの意味を、この時の俺はまだ知らなかった。
◆ ◆ ◆
夜。祭りの宴会が始まった。たき火、音楽、踊り。フェザリアの街全体が、揺れるように賑やかだった。
ルナは獣人の子供たちに囲まれて、小さな光球の魔法を見せている。歓声があがる。
バルゴが酒を片手に、俺の隣にどかっと座った。
「なあ俊。お前がたまに言う〝アニメ〟ってのは、何なんだ」
「……故郷に伝わる物語、みたいなもんだ。山ほど見て育った」
「フン。物語の割に、やたら当たるじゃねえか」
まあ……嘘は言ってない。
バルゴが宴の輪に戻っていって、俺は一人、宴会の端で夜空を見上げていた。
――気配。
隣に、いつの間にかレイが座っていた。
「……いつから?」
「少し前から」
しばらく、二人で空を見上げていた。先に口を開いたのは、レイだった。
「お前のあのスキル。攻撃を受けて、返す……というものか」
「そうだ。超反射」
「俺に当てた者は、初めてだ」
「当てたというか……わざと当たりに行ったんだけどな」
苦笑いする俺に、レイは少し間を置いてから、聞いた。
「……お前たちは、どこへ向かっている」
「魔王を倒す――それが、俺がこの世界に来た理由……らしい」
答えてから、続けた。
「守るって決めた奴との約束もある。今はそのために、旅しながら強くなってる」
レイは、また空を見上げた。
「……〝らしい〟、か」
……その一言が、思ったより深く刺さって、俺は少しだけ言葉に詰まった。
そうだ。「らしい」なんだ。女神様に与えられた理由で、俺自身の理由じゃ、まだない。
レイは、それ以上追及しなかった。代わりに、ぽつりと言った。
「……俺は、ここでこれ以上強くなれない」
「……」
「誰も、俺に当てられないから」
俺は、レイを見た。
「……一緒に来るか?」
レイは、すぐには答えなかった。しばらく夜空を見ていた。それから、立ち上がった。
「……明日の朝、門の前にいる」
それだけ言って、去っていった。
◆ ◆ ◆
翌朝。夜明けのフェザリアの門。
門の前には、すでにレイが立っていた。旅の荷物を、持って。
「本当に来てくれたんですね……!」
驚くルナを、レイは無言で見た。バルゴは一瞥して鼻を鳴らす。
「……昨日俊に当てられてたくせに、でかい顔で来やがって」
「……俺に一瞬で沈められたな」
バルゴが、ピシッと固まった。
「……思ったより、口が立つな」
「口数が少ないのと、寡黙なのは、違うんですね……」
俺とルナの小声のやりとりを、レイは聞こえていないふりで受け流した。
門を出て、四人で歩き出す。
「改めて。俊だ。よろしく」
「……レイだ」
それだけ言って、前を向く。……挨拶は返してくれるんだな。
少し後ろで、バルゴとルナが話している。
「……四人になったな」
「なんだか、急に賑やかになりそうですね」
歩きながら、レイが静かに口を開いた。
「一つ、聞いていいか」
「何?」
「あの試合……最後、わざと隙を作っただろう」
「気づいてたか」
レイは前を向いたまま、言った。
「……次は、当てさせない」
「楽しみにしてる」
広い草原。空が、どこまでも広い。
パーティが、四人になった。
まだ、全然足りない。レイには歯が立たなかった。俺の反射は、器の差の前では削りきれなかった。
でも――四人になった。
前を歩くレイと、ルナと、バルゴの背中を見て、俺は少しだけ、口元を緩めた。
(第五話 了)




