第4話:ドワーフの国グランヴェルグ
広大な平原を、二人で歩いていた。頭上には青い空。遠くには、険しい山脈が壁のように連なっている。
「俊さん、次はどこへ向かうんですか?」
「とりあえず、冒険者登録をしないとな。どこかにギルドはないか?」
ルナは少し考えてから答えた。
「近くの街なら……グランヴェルグが最寄りです。ドワーフの国ですが」
ドワーフ、か。
異世界アニメでドワーフといえば……頑固で武骨で、よそ者を嫌うパターンが多い。特に人間とエルフの組み合わせなんて、歓迎される要素がひとつもない。
「まあ、行くしかないな」
道中、ルナが手を前に出して、小さな光球を浮かべてみせた。
「俊さん、見てください。魔法創造、少しずつ使えるようになってきました」
「……それだけか?」
「……まだ、これくらいしか」
少し恥ずかしそうに、光球を消すルナ。発現したばかりのスキルだ。焦ることはない。……と思う一方で、俺は内心、この子の伸びしろに期待している。〝この世に無い魔法を創れる〟なんて、育ったらとんでもないことになるはずだ。
やがて、山の斜面に石造りの建物が段々と連なる街が見えてきた。鉱山都市グランヴェルグ。無数の煙突から、煙が上がっている。
でかい……。
城門には、ずんぐりと筋肉質なドワーフの門番が二人。俺たちを見るなり、露骨に眉をひそめた。
「……人間とエルフか。用件は」
「冒険者ギルドに用があります。通してもらえますか」
「……さっさと用を済ませて出て行け」
渋々開かれた門をくぐる。石畳の道の両側には鍛冶屋と鉱石屋。行き交うドワーフたちの視線が、痛いくらいに刺さってくる。
「……あまり、歓迎されていませんね」
「想定内だ。ドワーフは閉鎖的なんだよ。アニメでもよく出てくるパターン」
「アニメ……?」
きょとんとするルナ。おっと。この世界に無い単語だった。
◆ ◆ ◆
冒険者ギルドは、頑丈な石造りの建物だった。扉を開けると、中は酒と喧騒で満ちていて――俺たちが入った瞬間、一斉に静まり、ざわめきに変わった。
「ご登録ですね。……人間とエルフの方は珍しいですが、手続きは同じです」
受付のドワーフ女性は、こちらを一瞥しただけで、淡々と書類を広げた。愛想はないが、仕事は仕事、という顔だ。
「スキルをお伺いします」
「スキル吸収……です」
手の内を全部明かすのは悪手――アニメの鉄則だ。吸収だけでも十分珍しいから、登録は通るはず。
「そちらのお連れ様は?」
「ルナです。魔法を、少々」
ルナの身分も伏せておくのが無難だ。王女だとバレたら、面倒が増える。
その時、ギルドの中央――一番大きなテーブルで飲んでいた大柄なドワーフが、ぐるりと振り返った。
がっしりした体格。短い赤茶の髪と髭。腰には大剣。目つきが、鋭い。
「……スキル吸収? ハッ。珍しいスキルを持ってるじゃないか。でも、それだけか?」
男は椅子から立ち上がり、俺の前まで歩いてきた。でかい。見下ろされると、影に入る。
「お前みたいなひょろひょろの人間の子供が、冒険者になろうってか。笑えるな」
周囲のドワーフたちが、どっと笑った。
「……あなたは?」
「バルゴだ。このギルドのAランク冒険者。お前みたいな子供が来るようなところじゃないぞ、ここは」
「強さは、体の大きさで決まるわけじゃないと思いますけど」
バルゴの目が、すっと細くなった。
「……生意気な口をきく。だったら実力を見せてみろ。ここで俺と一勝負してみるか?」
ざわめくギルド。心配そうなルナの視線。
「今は、遠慮します」
「ビビったか。やっぱり子供だな。さっさと帰れ。お前みたいな人間に用はない」
登録だけ済ませて、ギルドを出た。背中に、笑い声が刺さる。
「……なぜ、黙っていたんですか」
ルナが悔しそうに言う。俺は淡々と返した。
「喧嘩しても意味がない。それより……この街、何か大きな問題が起きてる気がする」
「え?」
「冒険者たちが、全員飲んでばかりで、誰も依頼を受ける素振りがない」
異世界アニメでこういうパターンは、決まっている。――問題を解決することで、信頼を得る展開だ。
街の酒場で情報を集めると、老いたドワーフが渋々教えてくれた。
「……そうだ。グランヴェルグの主要鉱山が、魔物に占拠されちまってる。もう二週間以上、鉱山に入れない状態だ」
「二週間……その魔物は?」
「メタルリザードだ。全身が金属の鱗で覆われていて、剣も斧も全く通じない。ドワーフは武器が全部金属製だからな……完全に、手が出ない」
金属の鱗。物理が通じない。
――でも、魔法なら?
ワイトから吸収した、闇属性魔法。制御はまだ甘い。旅の道中、人気のない場所で何度か試したが、狙いがブレる。それでも――選択肢は、あれしかない。
「俊さん……もしかして、解決するつもりですか?」
「放っておけないな」
ルナは少し間を置いてから、頷いた。
「……わたくしも行きます。まだ力不足ですが、少しでも役に立ちたい」
◆ ◆ ◆
ギルドに戻って、受付に告げた。
「鉱山の魔物討伐依頼を、受けたいんですが」
「……あの依頼はSランク相当です。登録したばかりのFランクの方には、お受けいただけません」
「ハッ。さっきの人間の子供か。死にたいのか?」
奥からバルゴの声が飛んでくる。俺は受付に向き直った。
「あなたたちができないなら、俺がやります。ランクの問題は、どうすれば解決できますか?」
受付は溜め息をついた。
「……Aランク以上の冒険者が同行者として依頼を受ければ、Fランクの方でも参加は可能です」
俺は、バルゴに視線を向けた。
「……バルゴさん」
「はっ。俺に頼もうってか。断る」
「グランヴェルグの鉱山が、使えないままでいいんですか。あなたはAランクでしょう。そこまで言うなら、俺を連れて行ってくれればいい」
「……お前に何ができる。俺たちの剣が通じなかった相手だぞ」
「物理が通じないなら、魔法を使う。それだけです」
ギルドの中が、静まり返った。長い沈黙の末、バルゴは舌打ちして立ち上がった。
「……チッ。そこまで言うなら連れて行ってやる。ただし、足を引っ張ったらその場で置いていくぞ」
ギルドを出ながら、バルゴは吐き捨てるように言った。
「勘違いするな。俺はグランヴェルグのために行く。お前のためじゃない」
「わかってます」
ルナが、二人の間で小さく呟いた。
「……仲、悪いですね」
◆ ◆ ◆
鉱山の入り口は、山の斜面に掘られた大きな坑道だった。
「中には複数のメタルリザードがいる。俺の仲間が何人も手傷を負わされた。剣も斧も弾き返される。近づくことすら、できなかった」
「弾き返されるのは、あいつの〝鉄壁〟だ」
バルゴが、坑道の奥を睨んだまま言った。
「全身の鱗が、受けた衝撃をまるごと殺しちまう。刃も、矢も、通らねえ。ドワーフの武器はどれも金属だからな……相性で言えば、最悪の相手だ」
「バルゴさんのスキルは?」
「〝金属操作〟だ。触れずに金属を動かせる。剣も、鎧も、鉱石も。……だが、あいつには効かん」
吐き捨てるように続ける。
「生きてる魔物の体についてる金属は、操れねえんだ。前に来た時に、散々試した」
なるほど。物理は鉄壁で止まる。金属操作も、生きた鱗には届かない。……だから、ドワーフたちは手も足も出なかったのか。
バルゴの説明に頷いて、俺はルナを振り返った。
「ルナは後方で支援に徹してくれ。魔法が使えるなら、使って欲しい」
「……わかりました。まだ大した魔法は使えませんが、やってみます」
暗い坑道を、慎重に進む。壁のあちこちで鉱石が鈍く光っている。俺は暗視で奥を見通した。
やがて――重い足音と、金属同士がこすれる音。
坑道の奥から現れたのは、全身を金属の鱗で覆われた大型のトカゲだった。体からは、鋭い棘が無数に突き出している。
「……こいつだ」
バルゴが剣を抜いた。
「まず俺が切り込む。様子を見ろ」
全力の斬撃。だが、剣が鱗に触れた瞬間――甲高い音とともに、完全に弾き返された。
「くっ……やっぱり通じない! なら――金属操作!! 鱗ごと引き剥がしてやる!!」
バルゴが手をかざす。腕の筋が浮き上がる。だが、メタルリザードの鱗はビクともしない。
「くそっ……! やっぱりダメか……!」
俺は観察しながら、頭の中で整理した。
聞いていた通りだ。斬るだけ無駄。
俺も硬化スキルを常時発動しているが、あの鉄壁には及ばない。あの棘を正面から受けたら、ただじゃ済まない。
――闇属性魔法を、使うしかない。
メタルリザードが動いた。体の棘を、一斉に飛ばしてくる。
俺は避けなかった。超反射、発動。棘が体に刺さった瞬間、その痛みがそのままメタルリザードへ跳ね返る。だが、棘は俺の腕に刺さったままだ。硬化で和らいでいても、血が滲む。
「……っ!」
メタルリザードが一瞬よろめく。しかし、鉄壁に守られて、ダメージは浅い。
ダメージは返せた。でも、鉄壁がある限り、これじゃ削りきれない。
超速再生Lv2が、腕の傷を塞いでいく。視界の隅にウィンドウ。
――【超反射Lv2(熟練度9%)】
進化したら、熟練度はリセットか。Lv3への道も長そうだな。
俺は距離を取り、右手に意識を集めた。黒い霧が、掌から立ち上る。
ワイトから吸収した、闇属性魔法。
攻撃スキルは選ばない主義だった。自分が生き残るだけなら、反射で足りたからだ。
でも――仲間を守るためなら、話は別だ。
黒い魔法弾を、メタルリザードに向けて放つ。軌道が不安定に揺れて、狙った頭部を逸れ――肩口に直撃した。
金属の鱗が、焦げる。メタルリザードが、よろめいた。
「効いた!」
狙いはブレる。でも、威力は本物だ。
「……魔法が、通じた!?」
バルゴが目を見開いている。
直後、メタルリザードが怒り狂った。大量の棘の、一斉発射。超反射で返しても、数が多すぎる。腕に、肩に、棘が刺さり、傷が増えていく。
「くっ……!」
飛来する棘を睨みながら――俺は、ハッと気づいた。
「待て……撃ち出された棘は、もう本体から離れてる――ただの金属だ!」
顔を上げて、叫ぶ。
「バルゴさん! 飛んでいる棘なら、操れるんじゃないですか!?」
バルゴの目が、大きく見開かれた。両手が、前にかざされる。
「――金属操作!!」
飛来する棘の群れが、空中で軌道を曲げ、バラバラと地面に落ちた。
「操れる……! ガキ、お前、よく気づいた……!」
棘はバルゴさんが止めてくれる。なら、次は――
この手の連射型は、撃ち切った直後に必ず〝装填〟の間がある。アニメの定番だ。そこが、攻め時。
「ルナ! 棘が止んだ瞬間でいい。隙を作ってくれないか!」
「……っ、これくらいしか……!」
ルナの手の前に、小さいが鋭い、風の刃が生まれる。
棘の連射が途切れた、その瞬間――風の刃が、メタルリザードの目を切り裂いた。鱗のない、唯一の急所。魔物が目を押さえて、のたうち回る。
「今だ!!」
バルゴの声。俺は駆けながら、掌に黒い光を収束させた。
距離を詰めて、至近距離から撃つ。この距離なら、ブレても外さない。……全力で!
闇の魔法弾が、目の傷口に直撃した。
メタルリザードは大きく吹き飛び、坑道の壁に叩きつけられ――動かなくなった。
光が走り、俺の中に流れ込む。
――【撃破! メタルリザードのスキル「鉄壁」を習得!】
「……一体目、終わった」
息をつく間もなかった。坑道の奥から、さらに重い足音。二体目のメタルリザードが、傷ひとつない姿で現れた。
「まだいるのか……!!」
俺は傷だらけのまま、二体目と向き合った。
鉄壁……さっきもらったばかりだけど。使えるか?
いや――使える。硬化と同じ、身体強化系だ。魔法と違って、こっちは〝考えるだけ〟で発動する――!
二体目が棘を発射した。俺は今度こそ、真正面から受け止めた。全身に纏った鉄壁が、棘を残らず弾き飛ばす。体に、傷ひとつない。
「な……!?」
バルゴの声を背中に聞きながら、俺は距離を詰め、掌に闇を収束させる。
「今度は、逃がさない」
至近距離から、闇属性魔法を目に叩き込む。一撃だった。
坑道に、静寂が戻る。
「……終わった」
振り返ると、バルゴが口を半開きにしたまま、固まっていた。
「俊さん、傷が……!」
駆け寄ってくるルナに、苦笑いを返す。
「大丈夫。超速再生が塞いでくれる。それよりルナ……さっきの風の刃、ナイスだった。あれがなかったら、終わってた」
「……本当に、あれくらいしかできなくて。もっと、役に立ちたかったです」
照れながらも嬉しそうなルナ。俺は、後ろで腕を組んでいる大男にも声をかけた。
「バルゴさんもです。あの棘を止めてくれなかったら、削り負けてました」
「……フン。気づいたのは、お前だろうが」
そっぽを向いているが、まんざらでもなさそうだった。
◆ ◆ ◆
坑道を出ると、グランヴェルグの空は夕焼けに染まっていた。
しばらく黙っていたバルゴが、俺の前に立った。
「……お前、本当に何者だ」
「ただのFランク冒険者ですよ」
「……俺たちができなかったことを、子供一人でやりやがった」
悔しそうで、でも、どこか認めたような顔だった。
ギルドの前では、冒険者たちが驚いた顔で俺たちを迎えた。
「生きて帰ってきた!? しかも、討伐したっていうのか……!?」
ざわめく仲間たちに向かって、バルゴが言った。
「……こいつは本物だ。俺が認める」
ギルドが、どよめいた。ドワーフたちが俺を見る目が、変わっていた。
受付が、ずしりと重い革袋を差し出してくる。
「依頼達成を確認しました。Sランク相当の報酬です。……それと、あなたのランク再査定を上に申請しておきます。Fランクというのは、さすがに冗談にもなりませんから」
「ありがとうございます」
これで、しばらくの路銀は確保だな。
◆ ◆ ◆
その夜。ギルドの外の街灯の下で、バルゴが話しかけてきた。
「……一つ聞いていいか。お前たち、これからどこへ向かう」
「決まってないですね。旅しながら、強くなる感じです」
バルゴはしばらく、夜空を見上げていた。それから、真剣な目で俺を見た。
「……俺を、連れて行け」
「……さっきまで、足を引っ張るなって言ってたのに?」
「……グランヴェルグにいても、これ以上強くなれん」
バルゴは、照れくさそうに顔を背けた。
「お前みたいな奴と旅した方が……強くなれる気がする。それだけだ」
◆ ◆ ◆
翌朝。グランヴェルグの城門を、三人で出た。
俺、ルナ、バルゴ。それぞれの荷物を背負って、夜明けの光の中、山を下りていく。
パーティが、三人になった。
……アニメみたいな展開だな。悪くない。
(第四話 了)




