第3話:遺跡の奥へ
青白い炎が、二つ。暗闇の奥で、ゆっくりと近づいてくる。
やがて、それは姿を現した。骸骨の顔。古びたローブ。骨の手には、禍々しい杖。
ワイト系か……アニメでよく見た。魔法型の、不死者。
暗視のおかげで、奴の動きは丸見えだ。周囲には、奥から湧いてきた新手の魔物も数体。……こいつが、この巣の〝主〟か。
俺は剣を構えた。全身は傷だらけ。それでも、心のどこかに余裕があった。
超反射がある。魔法でも物理でも、跳ね返せる。
――来い。
ワイトが、杖を振り下ろした。黒い閃光が放たれる。俺は避けなかった。むしろ、待っていた。この一撃を反射すれば、一気に形勢は――
直撃。
……反射は、発動しなかった。
「がっ……!!」
黒い衝撃が体を貫き、俺は大きく吹き飛んだ。石の壁に叩きつけられ、床に崩れ落ちる。胸から血が滲んでいた。
「……反射が。効かなかった」
超速再生が発動して傷を塞ごうとする。だが、遅い。痛みが、内側から来る。普通の傷と、明らかに違う。
超反射は……物理しか、対応していないのか。
完全に、想定外だった。
女神にもらった俺の切り札は、魔法の前では――ただの、置物だった。
◆ ◆ ◆
ワイトが、ゆっくりと近づいてくる。勝ちを確信した、余裕のある動き。
落ち着け。整理する。
物理攻撃は、超反射で返せる。でも魔法は、反射できない。なら、魔法は一発も食らわないことだ。
――魔法型の詠唱には、必ず〝溜め〟がある。アニメの鉄則だ。杖に光が集まる、あれが合図。暗視なら、この暗闇でもそれが見える。
周囲には、まだゴブリン系と獣系の雑魚が残っている。同時戦闘か。方針はこうだ。弱い攻撃はあえて受けて、反射で倒す。重い一撃だけ剣で受け流す。そして――杖の光を見て、魔法だけは避け続ける。
ゴブリンが剣を振りかぶって突進してきた。エルフの剣で受け流す。武器操作と剣技(初級)が噛み合い、体勢を崩したゴブリンを返す刀で斬り伏せる。
同時に、ワイトの杖が光った。来る。地面を転がって回避。黒い魔法が、床を焦がした。
……焦げた床を見て、血の気が引いた。
まずい。アイツの魔法は、遺跡ごと壊す。俺が避けるたびに、壁や装飾に当たったら意味がないじゃないか。
――誘導する。装飾から一番遠い、広間の中央へ。
そこからは、綱渡りの連続だった。
獣の突進を反射で跳ね返す。ゴブリンの斬撃をあえて浅く受けて、反射で吹き飛ばす。物理は捌ける。捌きながら、一歩ずつ、広間の中央へ移動していく。
その合間を縫って、ワイトの魔法が肩をかすめた。血が飛ぶ。
「くっ……!」
超速再生が傷を塞ぐ。だが、魔法ダメージの回復は目に見えて遅い。物理の傷はすぐ塞がるのに、魔法の傷は、じわじわとしか癒えない。
受けて、流して、返して、避ける。四つの動作を同時に回し続ける。
視界の隅で、ウィンドウが明滅した。
――【超反射(熟練度78%)/超速再生(熟練度74%)】
熟練度が……すごい勢いで、上がってる。
当然か。こんなにスキルを酷使したのは、転生してから初めてだ。
だが、消耗も限界に近かった。ワイトが雑魚の影から放った一発を、避けきれずに足に食らう。転倒。回復が、追いつかない。
……でも、死んでない。まだ、動ける。
立ち上がる。全身、傷だらけ。
その俺を囲むように、残った雑魚敵が四方から迫ってきた。そして中央では――ワイトが杖を掲げ、巨大な魔法の球体を形成し始めていた。
挟まれた。全方位からの攻撃を捌きながら、あの巨大魔法も避ける……?
無理だ。
……詰んだ、か。
その時だった。視界の隅のウィンドウが、目に飛び込んできた。
――【超反射(熟練度98%)/超速再生(熟練度97%)】
熟練度、九十八パーセント。
……アニメの法則なら。スキルは、限界まで使い込んだ時に――進化する。
ワイトの巨大魔法が、解放された。
俺は、回避をやめた。両足で踏みとどまり、正面を向く。
どうせ避けきれない。なら――残りの二パーセント、この一撃に賭ける!!
巨大な黒い塊が、俺に直撃した。
――同時に。
俺の全身が、二色の光に包まれた。一つは超反射の白い光。もう一つは、超速再生の緑の光。
――【熟練度100%到達――超反射がLv1からLv2へ、レベルアップ!】
――【超反射Lv2:魔法攻撃も反射可能。ただし受けたダメージ・衝撃は自身にも残る】
――【熟練度100%到達――超速再生がLv1からLv2へ、レベルアップ!】
――【超速再生Lv2:回復速度が大幅に向上。ただし限界はある】
光が収まった時――巨大な魔法は、ワイトに向かって反射されていた。
「……賭けに、勝った」
反射された自分の魔法をまともに受けて、ワイトがよろめく。
俺も、立っていた。傷はある。でも、超速再生Lv2が、みるみるうちに塞いでいく。進化前とは、回復の速さがまるで違う。……ただし、顔は青ざめていたと思う。
反射できる。でも、衝撃は残る。まだ、楽じゃない。
◆ ◆ ◆
そこからは、反射の応酬だった。
ワイトが魔法を放つ。俺の体に直撃し――跳ね返る。だが、反射の衝撃で俺自身もふらつく。Lv2になっても、完全な無敵じゃない。受けたダメージと衝撃は、ちゃんと俺にも残る。
長引いたら、まずい。早く仕留める。
連続で飛んでくる魔法を、片っ端から反射する。魔法が次々とワイトに跳ね返り、その度に俺の体も揺れる。それでも、ダメージは確実に蓄積していた――向こうに。
ワイトの体が、崩れ始める。
膝が震えていた。超速再生Lv2が必死に回復し続けてくれているが、体への負荷が大きい。
でも、知っている。
追い詰められた敵は、最後に最大の一発へ賭けてくる――オーガの時と、同じだ。
それを、待ってた。全部まとめて、返す。
ワイトが、最後の力を振り絞り、ひときわ巨大な魔法を放った。
超反射Lv2、全力発動。
巨大な魔法が、完全に反射される。ワイトは、自分の全力をまともに受けた。
俺も反射の衝撃で吹き飛んだ。地面を転がる。それでも。
「……立てる」
立ち上がった俺の視線の先で、ワイトは眩い光の中に崩れ、消えていった。
静寂。
――【撃破! ワイトのスキル「闇属性魔法」を習得!】
全ての敵が倒れた石室で、俺はその場に膝をついた。全身に散った傷を、超速再生Lv2が見る間に塞いでいく。
「……終わった」
――【レベル17に到達!】
ウィンドウを開くと、スキル一覧が並んでいた。超反射Lv2。超速再生Lv2。スキル吸収。分解、武器操作、硬化、嗅覚強化、筋力増強、剣技(初級)、暗視、毒耐性――そして、闇属性魔法。
熟練度が100%で、進化。賭けに勝った、ってことだな。仕組みが分かったのは大きい。次からは、狙って育てられる。
一覧の末尾、「闇属性魔法」の文字を見つめる。
「攻撃魔法か……。〝攻撃スキルはいりません〟って、女神様に言ったんだけどな」
試しに手をかざしてみる。黒い光が不安定に揺らめいて――すぐ、消えた。
「……だよな。訓練なしで魔法が撃てるほど、甘くない」
当分は封印だ。使わずに済むなら、それが一番いい。
◆ ◆ ◆
奥の石室に、古びた光が見えた。
進んでいくと、石の台座の上に、一冊の古びた魔法書が置かれていた。周囲の壁には、見たことのない文字がびっしりと刻まれている。
手に取る。ずしりと重い。表紙にも、壁と同じ文字が刻まれていた。
「古代エルフの文字か……俺には読めないが」
――【古代エルフの魔法書を発見!】
中身を確かめたい気持ちは、正直ある。でも、開かない。遺跡で見つけた重要アイテムは、開封せずにまず依頼主へ届ける――これもアニメの鉄則だ。勝手に開けて呪われる奴を、何人も見てきたからな。
遺跡を出ると、夜が明けていた。朝日が眩しい。
将軍と兵士たちが、驚いた顔で駆け寄ってくる。
「生きてたか!? 一晩中、待ってたんだぞ!」
「魔物は、全部倒しました。遺跡の奥で、これも見つけました」
魔法書を掲げて見せると、将軍の目が丸くなった。
「これは……古代エルフの魔法書!? まさか遺跡の奥に、こんなものが残っていたとは……!」
◆ ◆ ◆
城に戻ると、廊下の向こうから、駆けてくる足音が聞こえた。
「俊さん!!」
ルナだった。傷だらけの俺を見て、目が潤んでいる。
「よかった……本当に、よかった……!」
「ただいま」
その言葉が、自分でも驚くほど自然に出た。
「それと……遺跡の奥で、古代エルフの魔法書を見つけた。エルフ文字で書かれてる。お前なら読めるかと思ったんだ」
抱えた魔法書を少しだけ見せる。でも、渡さない。
「ただ、物が物だ。まずは陛下に届ける。――一緒に来てくれ」
「はい!」
◆ ◆ ◆
玉座の間。俺は魔法書をガイウス王に献上した。
王は魔法書を手に取り、しばらく検分してから、首を振った。
「古代の魔法書……これが何のためのものかは、儂にも分からぬ」
そして、隣のルナに視線を移す。
「ルナ。お前は古代文字を学んでおったな。見てみよ」
ルナが魔法書を受け取り、開いた。ページの文字が、光り輝く。
「……なんだろう、この感覚」
ルナの声が、揺れた。
「体の奥から、何かが目覚めるみたいな……」
次の瞬間――ルナの手に、淡い光が宿った。
王も、将軍も、俺も、息を呑んだ。誰も予期していなかった出来事だった。
「こ、これは……!?」
将軍が、思わず一歩前に出る。
「陛下……まさか、スキルが……!? しかし、姫様のスキルは幼き頃に〝なし〟と鑑定されたはず――後から授かるなど、聞いたこともありませんぞ!」
王が、玉座から身を乗り出した。その顔に、驚愕が広がっている。
「スキルは、生まれ持つもの。――後から芽生えるなど、建国以来の記録にも、ほとんど無い」
それから王は、静かに、しかし張り詰めた声で問うた。
「それも、この光……ただの魔法ではない。ルナ。お前が今〝感じている〟ものは、何だ」
ルナは、自分の手のひらの光を見つめた。戸惑いながらも、その声には確信めいた響きがあった。
「……〝創れる〟気がするんです。この世に、まだ無い魔法を」
一同が、息を呑む。
魔法創造……? 俺は内心で唸っていた。スキルが後から発現するだけでも異例なのに、〝魔法そのものを生み出す〟だと。――とんでもないものを、この子は授かった。
「わたくし……何か、できそうな気がします」
光を宿した手を胸に当てるルナを、玉座の間の全員が、言葉もなく見つめていた。
◆ ◆ ◆
場が落ち着くと、王は改めて討伐の報告を受けた。
「本当に……一人で、遺跡の魔物を全て倒したのか。そしてこの魔法書まで取り戻して……一体、何者なのだ。お前は」
「戦いの中で、床や壁を一部傷つけてしまいました。申し訳ありません」
先に謝っておく。これも社会人の基本だ。
「聞いている。重要な装飾は全て無傷だったともな。魔物の巣のままにしておくより、遥かに良い。気に病むな」
王は居住まいを正した。
「さて――約束通りだ。褒美として、何でも望みを叶えよう。財か? 宝か? それとも地位か?」
来た。あの〝何でも〟だ。
「ひとつだけ、お願いがあります」
俺は、まっすぐに王を見た。
「ルナを、俺と一緒に冒険者にさせてください」
王の顔から、表情が消えた。
「……それだけは。それだけは、できない」
「……なぜですか」
王は玉座から立ち上がった。深く、苦しそうな表情で。
「……話さなければ、ならないことがある」
そして、絞り出すように言った。
「ルナには……姉がいた。第一王女、ラミアだ」
ルナを見る。ルナは、静かに俯いていた。
――あの夕焼けの廊下で、ルナが言いかけて飲み込んだ〝それだけじゃない〟。これのことだったのか。
「ラミアは……魔王軍の、仲間となった」
王の声は、震えていた。
玉座の間に、重い沈黙が落ちる。
……だから、か。だからこの王は、ルナのことをあんなに心配していたのか。
魔王軍。女神様の言っていた〝魔王〟。正直、他人事のつもりでいた。ずっと先の話でかまわない、と言われたから。でも――ルナと旅をするなら、いずれ、避けては通れない気がする。
「もう二度と……娘を失いたくない。それだけなのだ」
「……わかりました。でも、ひとつ聞かせてください」
俺は、ルナに向き直った。
「ルナ。本当に、来たいのか。命を落とす危険もある。贅沢な暮らしも、できない」
一拍置いて、続ける。
「それでも……やりたいか」
ルナは、真っ直ぐな目で俺を見た。あの夕焼けの廊下と、同じ目だった。
「やりたいです」
迷いのない声だった。
「俊さんのそばで……強くなりたい」
俺は頷いて、王に向き直った。
「国王。俺は、ルナを守ります。遺跡の戦いで、証明できたと思います。俺は、そう簡単には死なない」
それに、と続ける。
「陛下も、ご覧になったはずです。ルナには、力が目覚めました。城に置いたままでは、あの力は目覚めたまま、制御できずに終わります。外の世界で学び、強くなる方が――結局は、ルナ自身を守ることになる」
王は、黙って聞いている。
「ラミア様のことは……今の俺には、何もできないかもしれない。でも、いつか、何かできる日が来るかもしれない。そして、ルナだけは――絶対に、守ってみせます」
長い、長い沈黙があった。
やがて王は、ゆっくりと顔を上げた。その目は、赤くなっていた。
「……頼んだぞ。俊よ。ルナを……頼む」
「父上……行ってまいります」
ルナが、涙を浮かべて頭を下げる。王は、優しく微笑んだ。
「元気でな。ルナ。――魔法書は、お前が持っていけ。あれは、お前を選んだのだろう」
◆ ◆ ◆
翌朝。城の外は、抜けるような青空だった。
俺は小さなリュックを背負い、腰にエルフの剣。隣のルナは旅の服に着替え、魔法書を大切そうに抱えている。
見送りに出た将軍が、革袋と書状を差し出した。
「約束の路銀と通行証だ。……ルナ様を、頼む」
「ご武運を」と、兵士たちが声を揃える。
歩き出してすぐ、ルナが俺を見上げた。
「俊さん」
「なに」
「これから、よろしくお願いします」
少し照れたような笑顔だった。
「……ああ」
広大な平原を、二人で歩く。遠くに山並み。頭上には、どこまでも青い空。
転生してから、ずっと一人だった。
でも今は……隣に、誰かいる。
笑いながら歩くルナの横顔を見て、俺は思った。
――悪くない。
俊とルナの異世界冒険が、本当に始まる。
(第三話 了)




