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異世界アニメを3万時間観たオタクだけが知ってる最強の生存術  作者: ミハト
シーズン1:出会いと最初の別れ

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2/11

第2話:エルフの国で目覚めたら

 〝知らない天井だ〟――なんて、ベタな感想が最初に浮かんだ。三万時間のアニメ視聴は、目覚めの第一声まで俺をオタクにしてしまったらしい。

 白を基調とした、華やかな部屋。窓から朝日が差し込んでいる。体のあちこちに包帯。上体を起こそうとすると、首と肩がぎしりと軋んだ。

 ……そうだ。俺、オーガと戦って、そのまま倒れたんだ。

 ベッドの横に、椅子がひとつ。そこに――銀髪の少女が、机に頭を乗せて眠っていた。長い耳。あの時の、エルフの子だ。机の上には水差しと薬。まさか、ずっと看病してくれていたのか。

 朝日が少女の顔にかかる。長いまつげが揺れて、ゆっくりと目が開いた。

 視線が、合う。

 少女の目が、みるみる大きくなった。

「起きてくれました……」

 今にも涙がこぼれそうになっている。俺が見つめると、少女は少し照れたように目を逸らした。

「あの……あなたのお名前は?」

「俊。……君は?」

「わたくしはルナと申します。シルヴァニア王国の、第二王女です」

 王女。……王女? 思わず、自分が寝ていたベッドの豪華さを見直した。道理で天井に見覚えがないわけだ。ここ、城じゃないか。

「あなたは、どこから来たんですか?」

「遠い場所から来た。それ以上のことは……まだ話せない。ごめん」

 転生してきました、とはさすがに言えない。「異世界から来た」という札がこの世界でどう扱われるのか分からないうちは、手札は伏せておくに限る。

 ルナは少しだけ首をかしげてから、ふわりと微笑んだ。

「そうですか。でも……あなたが無事で、よかったです」


   ◆ ◆ ◆


 その日の午後、俺は玉座の間に呼ばれた。

 白亜(はくあ)の柱が並ぶ大広間。ずらりと整列したエルフの兵士たち。玉座には、威厳のある壮年のエルフ。ルナの父親――この国の王だ。

 王は、まず娘を見た。

「ルナ。昨日は護衛からはぐれて、オーガに襲われたと聞いたぞ」

「申し訳ございません、父上」

「無事ならそれで良い。護衛には、娘を見失わないよう注意せねばなるまい」

 そして、王の視線が俺に移った。

「娘の命を救ってくれた者よ。名は何と言う」

「俊と申します。ルナが困っていたので、助けただけです」

 次の瞬間、俺は自分の目を疑った。

 王が、玉座から立ち上がり――深く、頭を下げたのだ。ざわ、と兵士たちがどよめく。

「――まずは、礼を言わせてくれ。娘は儂に残された、たった一人の家族なのだ」

 王が、頭を。……よっぽど、大事なんだな。

 顔を上げた王は、今度は少し眉をひそめた。

「オーガを一人で倒したと聞いている。その身分、どのような者だ」

「特に身分はありません。これからどこかへ、旅に出ようかと考えているところです」

 嘘は言っていない。身分がないのは本当だ。何しろ、昨日この世界に生まれたばかりなのだから。

 その時だった。玉座の間の扉が開き、鎧姿の将軍が足早に入ってきた。

「ガイウス陛下、失礼いたします。急ぎのご報告が」

 将軍は玉座の前で片膝をつくと、低い声で告げた。

「遺跡の魔物が、さらに増えております。本日未明、様子を探った調査隊が二名負傷し、撤退いたしました」

「……またか」

 ガイウス王が苦い顔で額を押さえる。遺跡。魔物。増える一方。……覚えのある流れだ。すごく、覚えのある流れだ。

 と、ルナが一歩前に出た。

「父上。――この方のような力を持つ者のお力が、必要なのではありませんか」

「何を言う」

「あの遺跡は、我が国が大切にしてきた歴史的な場所です。このまま魔物の巣にしておくわけには参りません。そして俊さんは――たった一人で、オーガを倒した方です」

 おい、待て。話がどんどん俺の方に転がってくるぞ。

 王はしばらく沈黙してから、俺に向き直った。

「俊よ。我が国の遺跡に住む魔物たちを、討伐してくれぬか」

 やっぱり、そうなった。

「本来であれば、我が国の魔法使いが大規模魔法で対処するのだが……遺跡は我が国の歴史的遺産だ。大規模な魔法で傷つけることはできん」

 なるほど、と俺は頭の中で状況を整理する。異世界アニメで言えば、この手の依頼は序盤の重要案件だ。ここで受けておかないと、後々に大きな問題になるパターン。信用、実績、人脈――序盤に積めるものは、全部積んでおくべきだ。

 ただし。

「一つだけ、伺ってもよろしいですか。――報酬は」

 一瞬、玉座の間が静まり返った。兵士たちがざわつき、ルナがハラハラした顔でこっちを見ている。

 いや、だって、命懸けの仕事だぞ。条件確認は社会人の基本だ。それに、タダ働きを美徳にする主人公は、アニメでも大抵あとで苦労する。

 王は――ふっ、と笑った。むしろ気に入った、という顔だった。

「よかろう。――路銀(ろぎん)と通行証はもちろん、娘の命を助けてくれた恩と合わせて、何でも願いを聞いてやろう」

 何でも。

「ただし、これはお前の力を見定める〝試験〟でもある。身元の知れぬ者を、恩人とはいえ無条件に信ずるわけにはいかんのでな」

「わかりました。引き受けます」

 一礼しながら、俺は胸の内でメモを取った。〝何でも〟、か。アニメだと、こういう約束は後で必ず効いてくる。覚えておこう。

「では、準備を整えて明日の朝に出発してくれ。我が兵士が案内する」

 玉座の間を出て、廊下を歩く。隣にはルナ。

「俊さん、ありがとうございます」

「本当は……すごく危険な依頼だと思う」

 正直に言った。それから、これも正直に。

「でも俺は、この世界に身分も金も知り合いもゼロなんだ。この国と繋がっておくのは、それだけの価値がある」

 窓から午後の光が差し込む廊下を、二人で並んで歩いた。

 廊下の途中で、ルナが立ち止まった。

「わたくしも……付き添いたいのです」

「お前が付いていったら、また国王が心配するだろ。今回は、ここで待っていてくれ」

 そう返して歩き出そうとした俺を、ルナの声が引き止めた。

「俊さん……少しだけ、話を聞いてもらえますか」

 振り返る。窓際に、夕焼けの光が差し込み始めていた。ルナは覚悟を決めたような顔で、まっすぐに俺の目を見ていた。

「わたくし……ずっと、外の世界を見てみたかったんです。王女として守られてばかりで、ずっと城の中で」

 それから少し俯いて、言葉を選ぶように続けた。

「でも……それだけじゃ、ないんです。このままでは何もできない。何も変えられない。そのことが、ずっと……悔しくて」

 顔を上げたルナの目には、強い光があった。

「俊さんが帰ってきたら……一緒に冒険に、連れて行ってください。王女だからとか、危ないからとか、そういう理由は関係ありません。わたくしは、自分の力で、何かを変えたいんです」

 ……本気だ。その目は、嘘をついていない。

 一時的な憧れなら、笑って流せばいい。でも、この目は違う。昨日、オーガの前で足がすくんで動けなかったくせに、それでも俺の背中に「足元、危ないっ」と警告を飛ばしてくれた――あの子の目だ。

「……帰ってきたら、ちゃんと話す」

 少し間を置いて、俺はそう答えた。

「まず俺が、生き残らないといけないけどな」


   ◆ ◆ ◆


 夜。与えられた部屋で、俺は一人、作戦を練っていた。

 ――【レベル13/スキル:超反射・超速再生・スキル吸収/分解・武器操作・硬化・嗅覚強化・筋力増強】

 ――【超反射(熟練度31%)/超速再生(熟練度28%)】

 ステータスウィンドウを眺める。手札は悪くない。相手が複数でも、超反射と超速再生のコンボなら対抗できるはずだ。

 問題は――「遺跡を傷つけない」という制約の方だ。

 考えてみてほしい。俺の主力は反射だ。反射で吹き飛ばした魔物が、壁や装飾に激突したら? それだけでアウトだ。攻撃を受けるたびに周りの文化財が壊れていく勇者とか、シャレにならない。

 ……つまり、戦う場所を、こっちで選ぶしかない。

 装飾のない通路に誘い込めば、被害は出ない。おまけに狭い場所なら、一度に来られる数も絞れる。狭所の防衛戦――アニメの籠城回で、散々見たやつだ。

 方針は決まった。あとは、寝る。体力管理こそ、前回の最大の反省点だからな。


   ◆ ◆ ◆


 翌朝。城門には、案内役の兵士たちと将軍が揃っていた。

 将軍は、鞘に収まった一振りの剣を、俺に差し出した。

「王より賜った。エルフ鍛冶の剣だ。丸腰で行かせるわけにはいかん、とのことだ」

「……ありがたく」

 受け取った剣は驚くほど軽く、手に吸い付くようだった。そして俺は、内心でガッツポーズをする。武器操作――ゴブリンから吸収したまま出番のなかったスキルよ。やっと、お前の時代が来た。

「遺跡までは半日の道のりだ。魔物どもは昼夜を問わず活発だと報告が上がっている」

「承知いたしました」

 城門を出る時、ふと振り返ると、城の上にルナの姿が見えた。心配そうな――でも、それだけじゃない何かを湛えた顔で、こっちを見ていた。

 緑の平原を、馬で進む。半日後、平原の先に古い遺跡が見えてきた。苔むした石柱。崩れかけたアーチ。歴史的遺産と言われれば、確かに素人目にも、大事にしたくなる佇まいだ。

「あれが遺跡だ。魔物どもの気配は強い」

 将軍の言葉に頷いて、俺は馬を降りた。

「皆さんは、ここで待っていてください。これ以上は、私一人で行きます」

「わかった。ご武運をお祈りする」

 腰にエルフの剣。一人で、遺跡へと歩き出す。

 入り口に立つと、奥の暗闇から、獣の唸り声が響いてきた。


   ◆ ◆ ◆


 遺跡の内部は、暗い石室だった。

 そして――いた。剣を携えた骸骨の兵士、スケルトンソルジャーが数体。天井には大型コウモリの群れ。柱の陰には、紫色の大蜘蛛。

 骨の剣士に、コウモリに、毒蜘蛛。アンデッド系の巣か。

 魔物たちが、一斉にこちらに気付いた。

「グワァァァ!!」

 突進してくる。数が多い。まともに広間で受けたら、反射の余波で装飾が消し飛ぶ。

 だから俺は――あえて背を向けて、走った。

 目指すのは、装飾のない狭い通路。作戦通り。戦場は、こっちが決める。

 通路に飛び込んだ瞬間、振り返って剣を抜いた。武器操作スキルが発動する。体が勝手に、最適な受けの型を取る。……おお、すごいな武器操作。剣が、手に馴染む。

 俺の〝剣〟の使い方は、たぶん普通の剣士とは真逆だ。

 弱い攻撃は、あえて食らう。痛みと引き換えに、反射が敵を倒してくれる。重い攻撃だけを剣で受け流して、ダメージを節約する。受け流した攻撃は反射できないが、それでいい。食らうか、受け流すか――その仕分けこそが、俺の剣術だ。

 スケルトンの斬撃を受け流す。体勢を崩した骨に、後ろから来たコウモリが激突する。急降下してきた別のコウモリは、硬化した腕でガードして、反射で撃ち落とす。直撃をもらって傷ができれば、超速再生が塞いでいく。

 受けて、流して、返す。狭い通路で、魔物たちは次々と倒れていった。倒れた魔物から光が走り、俺の中へ流れ込んでくる。

 ――【スケルトンソルジャーのスキル「剣技(初級)」を習得!】

 ――【ケイブバットのスキル「暗視」を習得!】

 ――【ポイズンスパイダーのスキル「毒耐性」を習得!】

 剣技まで貰えるのか。武器操作と合わせたら、俺の剣、けっこう本物になってきたんじゃないか?

 試しに、暗視を発動してみる。目に光が宿り、奥の暗闇が昼のように見えた。

 ……見えてしまった。奥に、まだ三十以上いる。

 暗視、即戦力すぎる。そして絶望も、即配達だ。

 背後に気配。嗅覚強化が、匂いで教えてくれる。振り向きざま、体当たりしてきた骨を反射で吹き飛ばす。死角は嗅覚でカバー。いいぞ、スキルが噛み合ってきた。

 ――【超反射(熟練度47%)/超速再生(熟練度44%)】

 熟練度も、どんどん上がっている。この調子なら――

 ……なんて思えていたのは、最初のうちだけだった。


   ◆ ◆ ◆


 気がつけば、俺は片膝をついていた。

 通路には、倒した魔物が積み重なっている。壁には戦闘の痕跡。でも、広間の装飾は一切無傷だ。誘い込みは、成功している。

 成功しているのに――終わらない。

「グルルル……」

 まだ来る。立ち上がる。受けて、流して、返す。

 ――【レベル15に到達!】

 レベルは上がる。スキルは完璧に働いている。それでも、数が多すぎる。複数同時の攻撃は捌き切れず、血が流れ、傷が蓄積していく。超速再生が塞いだ端から、新しい傷が増えていく。

 数が多すぎる。いつまで、続くんだ。

 このペースでは……限界に、近い。

 膝が震える。それでも、立ち上がる。ここで止まるわけにはいかない。城の上から見送ってくれた、あの目に――「帰ってきたら話す」と、約束したんだ。

 遺跡の外では、将軍たちが待っているはずだ。もう、夕方の日差しの頃合いだろうか。……心配、かけてるだろうな。

 スキルはある。超反射も、超速再生も、スキル吸収も。でも、この身体が――まだ十歳の、子供の身体が、悲鳴を上げている。

 それでも。

 受ける。流す。返す。受ける。流す。返す――

 再生が間に合わない傷が増える。視界が狭くなる。膝をつき、地面に手をつく。

「……まだ、いる」

 顔を上げ、剣を握り直し、最後の数体を――受けて、流して、返して――捌き切った。

 ……静寂。

 倒れた魔物の山。立っているのは、俺だけ。

「はぁっ……はぁっ……終わった、のか……?」

 剣を杖代わりに、息を整える。暗視の視界の奥に、遺跡の最深部へと続く通路が見えた。

 ……いや。終わってない。

 アニメなら、巣には必ず〝主〟がいる。

 その時だった。

 遺跡の奥から――ひゅう、と冷たい風が吹いてきた。

 今、何かが、動いた。

 目を凝らす。暗視の視界の、さらに奥。最深部の暗闇の中に――青白い炎が、二つ。ゆっくりと、浮かび上がった。

 それが「目」だと理解した瞬間、背筋が凍った。

「……何だ、あれは」


(第二話 了)

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