↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界アニメを3万時間観たオタクだけが知ってる最強の生存術  作者: ミハト
シーズン1:出会いと最初の別れ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/9

第1話:平凡な男と異世界転生

 三万時間のアニメ視聴が、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。

 夕焼けの森の中。木漏れ日が斜めに差し込むその場所で、俺はぼろぼろになりながら立っていた。周りには倒した魔物の影がいくつも転がっている。少し離れたところには、銀色の髪をした少女のシルエット。

 どうしてこんなことになったのか。話は、ほんの少し前にさかのぼる。


   ◆ ◆ ◆

 

 令和の時代。俺、田中俊、三十歳。

 残業続きで彼女もいない。友達も少ない。雨上がりの繁華街を、たたんだ傘を手に、少し疲れた肩で歩く。アスファルトには街灯の光が反射して、行き交うサラリーマンの群れがそれを踏んでいく。

 絵に描いたような、平凡な男だ。

 だが――俺には、これがある。

 自宅アパートのワンルーム。壁一面に貼られた異世界アニメのポスター。棚を埋め尽くすフィギュアとブルーレイ。異世界アニメ視聴歴、十五年。総視聴時間は、優に三万時間を超える。

 テレビの中では、勇者が攻撃魔法をぶっ放して敵を一撃で吹き飛ばしていた。派手な爆発。歓声。……なんだけど。

「いや待てよ。攻撃魔法でそこまで威力が出るのって、相当な魔力と修行が必要じゃ……」

 俺はソファに深く沈み込みながら、思わずツッコミを入れる。

「異世界に転生して、いきなり強い攻撃魔法が使えるわけねーだろ。むしろ、攻撃スキルに頼ってると、すぐ死ぬぞ」

 手元のノートには、いつのまにか走り書きが増えていた。表題は「最強生存スキル考察」。我ながら、いい歳して何をやっているんだと思う。でも、やめられない。

 攻撃スキル――使いこなせない可能性。バツ。

 防御スキル――ダメージ軽減あり。マル。

 反射スキル――反撃もできる。二重マル。

 回復スキル――傷の治癒。三重マル。

「生き残ることを最優先にするなら……」

 ペン先が止まる。頭を抱えて考え込む。

「どのスキルの組み合わせが最適なんだろう」

 考えているうちに、ふっと笑いがこみ上げてきた。

 ――そう、この時はまだ、〝もし〟の話だと思っていた。

 その日も残業だった。帰宅して、カップラーメンをすすりながらテレビをぼんやり眺める。

「エルフか……現実じゃ会えないよな」

 食べ終えて、歯を磨いて、布団に入る。天井を見上げると、テレビのスタンバイランプだけが暗闇の中でぽつんと光っていた。

「もし本当に異世界に転生したら……俺、うまくやれるかな」

 口に出してから、自分で苦笑した。

「……バカか俺。ありえないのに」

 普通に生きて、普通に死ぬ。それだけでいいんだ、俺は。

 翌日の会社。パソコンに向かっていると、若い同僚が声をかけてきた。

「田中さん、また残業っすか?」

「まあな。でも帰ったら楽しみあるから。今季の異世界モノが熱くてさ」

 同僚が、ちょっと引いた顔をする。

「三十でそれ、すごいっすね(笑)」

「いいんだよ。趣味に年齢は関係ない」

 その夜も、帰宅した俺はネクタイを緩めながらソファに飛び込み、テレビをつけた。画面では、また主人公が攻撃スキルで敵を倒している。

「でも俺なら、そのスキルじゃなくて――」

 言いかけた、その瞬間だった。

 視界が、白く染まった。


   ◆ ◆ ◆

 

 部屋中が光に包まれる。

「――え?」

 次の瞬間、爆発のような光が弾けた。体が宙に浮く。テレビが吹き飛ぶ音が、どこか遠くで聞こえた。

「な、なにぃいいいいー!?」

 眩しい。何も見えない。光の渦の中で、俺は必死にもがいた。

「眩しっ! 何これ!?」

 視界いっぱいの白。それ以外、何もない。

 ……これは。まさか。

 俺の頭の中で、これまで見てきた何百という物語の〝はじまり〟が、一斉によみがえった。まさか、そんな。ありえない。ありえないはずなのに――胸の奥が、否定しきれずにざわめいている。

 やがて、光の中に人型のシルエットが浮かび上がった。長い髪。白い衣。

「田中俊……目覚めなさい」

 鈴を転がすような、静かな声だった。

 光が引いていく。

 気づけば、俺は真っ白な空間に立っていた。目の前には、一人の女性。美しい白銀の髪を持ち、穏やかに微笑んでいる。

「驚かせてしまいましたね。でも、これは運命です」

 運命、と彼女は言った。俺はしばらく、ポカンと口を開けたまま固まっていた。

「え……えーっと……女神、さん?」

「はい。あなたを異世界に転生させるために来ました」

 目が点になる、というのはこういう感覚を言うんだろう。

「て、転生!?」

「その世界には今、大きな災いが迫っています。人も、エルフも、あらゆる種族が、その脅威に怯えている」

 女神の声が、わずかに翳った。

「――――その元凶を。いつか、あなたに倒してほしいのです」

「元凶……?」

「魔王、と呼ばれています」

 魔王。その響きに、俺の背筋がひやりとした。物語の中でなら、何百回と聞いた言葉だ。だが、それを〝自分に倒してほしい〟と、目の前の女神は言っている。

 俺は思わず頭を抱えた。待て。待ってくれ。

「い、いや待って待って。魔王って……俺、平凡なサラリーマンですよ? 世界を救う勇者とか、そういうタマじゃ……」

「ええ。存じています」

 女神は、それでも微笑みを崩さなかった。あっさりと肯定されて、こっちが拍子抜けするくらいに。

「ですから、今すぐにとは言いません。まずは、その世界で生き延びること。強くなること。――――魔王を倒すのは、ずっと先の話でかまいません」

 ずっと先、か。……正直、実感が全く湧かない。世界を救えと言われても、ピンとこない。それでも。

「大丈夫です。転生時に、好きなスキルを三つお選びいただけます」

 ――スキルを、選べる。

 その一言で、俺の中の何かが切り替わった。

 これまで浴びるように見てきた、無数の物語。その記憶が、猛烈な勢いで頭の中を駆け巡っていく。

 攻撃スキルは、序盤に雑魚に囲まれたら終わり。回復だけじゃ、攻撃できない。器用貧乏は真っ先に脱落する。生き残った主人公と、退場していった主人公。その違いを、俺は嫌というほど〝視て〟きた。

 腕を組んで、俺は本気で考え始めた。

「(まだ悩んでいる……珍しいですね)」

 女神が小声でそう呟いたのが、うっすら聞こえた。悪いが、ここは俺の三万時間の見せ場だ。適当には選べない。

 もし、俺みたいな戦闘経験ゼロの凡人が異世界に放り込まれたら、どうなる。

 雑魚魔物の群れに囲まれて、逃げ切れずに終わる。強敵に一撃もらって即死する。武器も魔法もない状態で、途方に暮れる。……どれも、さんざん見てきた〝死に方〟だ。

 そこまで想像して、俺はハッとした。

「そうか。俺みたいな凡人が生き残るには――〝倒す〟じゃなく、〝死なない〟ことが最優先だ!」

 答えが、するすると繋がっていく。

「攻撃を受ける……でも超反射で跳ね返す。ダメージは相手に返す。傷は超速再生で治す。そして、倒した敵のスキルを吸収する。この循環さえ回せば――」

 俺は勢いよく顔を上げ、女神に向き直った。

「決めました!」

 声が、自分でも驚くくらい大きく出た。

「『超反射』、『超速再生』、『スキル吸収』――この三つをください!!」

 女神が、少しだけ目を見開いた。

「……攻撃系スキルは?」

「いりません」

 俺は、きっぱりと言い切った。

「戦わずに生き残る。それが凡人の最適解です」

 女神は、くすっと笑った。

「スキル吸収とは……なかなか興味深い。史上初めてです。そのような組み合わせを選んだ方は」

 その言葉の意味を、このときの俺は深く考えなかった。――後になって、その一言が持つ重さを思い知ることになるとも、知らずに。

 女神が、すっと手をかざす。三つの光の玉が、俺の体に宿っていく。

「では、付与します」

 超反射。攻撃が、鏡のように跳ね返るイメージ。

 超速再生。傷口が、瞬く間に塞がるイメージ。

 スキル吸収。倒した敵の力が、俺に流れ込むイメージ。

「うわ……なんか、全身が温かい……」

 じんわりと、体の芯に熱が広がっていく。確かに、力が宿った。そんな実感があった。

「あとひとつだけ、言わせてください」

 女神の顔が、ふと真剣になる。

「あの世界では、誰もあなたのことを知りません。一から、全てを作っていかなければならない」

 空間が、少しずつ暗くなり始めていた。別れが近いのを、肌で感じる。

「あなたは、戦士でも魔法使いでもない。ただの人間です」

 でも、と女神は柔らかく笑った。

「オタク――それが、あなたの強みになるでしょう」

 俺は一度、目を閉じた。

 三十年、平凡に生きてきた。趣味を笑われても、いいと思ってきた。その趣味が、これから武器になるというなら――やってやろうじゃないか。

「……行ってきます」

「……どうか、生きて帰って」

 次の瞬間、俺の体は再び光に包まれ、はるか遠くへと飛んでいった。伸ばされた女神の手が、だんだん小さくなっていく。

 三万時間のアニメ視聴。その答え合わせが、今、始まる。


   ◆ ◆ ◆


 鳥の声で、目が覚めた。

 朝の光が、深い緑の森に差し込んでいる。俺は草の上に倒れていた。ゆっくりと目を開けると、木の葉と、青い空が見えた。

「……あれ」

 上体を起こす。そのとき、視界に入った自分の手を見て、俺は固まった。

「ちっちゃ!! 俺の手!!」

 小さい。指も、手のひらも、何もかもが小さい。慌てて立ち上がって全身を確認する。体つきからして、十歳くらいだろうか。

「子供になってる……。スキルは……あ、ちゃんとある!」

 念じると、目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がった。

 名前・俊(転生体)。種族・人間。レベル・1。

「マジだ……ステータスウィンドウまで出た!」

 感動を噛みしめる間もなく、俺は周囲を見回した。深い森。武器も道具も、何もない。

「……武器ゼロ。アイテムゼロ。完全にスタート地点だな」

 ため息が出る。でも、不思議と落ち着いていた。

「まあ想定内だ。アニメでも、だいたい最初は森からだしな」

 こういうとき、慌てないで済むのが経験者の強みだ。何が起こるか、何をすべきか、俺はもう知っている。

 歩き出しながら、周囲の草木を観察する。

「まずは安全な場所を探して、食料の調達。序盤の基本だ。……でもその前に、魔物のレベルを確認しとかないとな」

 と、草むらがガサガサと動いた。

 俺は足を止める。

「……来た」

 草むらから、ぬるりと現れたのは――スライムが二体。ぷにゅ、と間の抜けた音を立てて、ゼリー状の体を震わせている。

「スライム……やっぱ最初はスライムなのか。鉄板だな」

 言い終わるより早く、一体が突進してきた。避けない。俺はそれを、あえて正面から受ける。

 ドンッ、と衝撃。痛い。――だが同時に、体の奥で何かが起動する感覚があった。

 超反射。

 受けた衝撃が、そっくりそのままスライムに跳ね返る。ぷちゃっ、と潰れて、一体目は動かなくなった。

 目の前にウィンドウが表示される。

 ――【撃破! スライムのスキル「分解」を習得!】

「おお……これが、スキル吸収……!」

 感動する間もなく、もう一体が続けて突っ込んでくる。受ける。反射。ぷちゃっ。

 ――【撃破! スキル「分解」習得済みのため、新規スキル習得なし】

「なるほど、同じ種族からは一回しか吸えないのか。……理にかなってる」

 腕にできた擦り傷に目をやると、それはみるみるうちに塞がっていった。超速再生。傷が消えていくその感覚は、何度味わっても不思議だった。

「痛みはある。でも、残らない。……これなら、いける」

 そこからは、試運転のようなものだった。

 昼になる頃には、俺は森の中で何体ものスライムを倒していた。攻撃を受ける。反射で返す。それだけの、シンプルな作業。

 スライムだけじゃない。小型の鬼のようなゴブリンが襲いかかってきたときは、反射で撃破すると同時に、新しいウィンドウが出た。

 ――【撃破! ゴブリンのスキル「武器操作」を習得!】

「おっ、来た来た。これがスキル吸収か」

 でかい甲虫は、体当たりをまともに受けて、反射で沈めた。動かなくなったその体から光が流れ込んできて――「硬化」。外骨格を硬くするスキルだ。

 小型のオオカミは、噛みついてきたところを反射で撃破した。こちらからは「嗅覚強化」。

 倒すたびに、俺の手札は着実に増えていった。

 夕方になる頃には、そのサイクルはすっかり手に馴染んでいた。

 攻撃される。死なない。反射で相手にダメージ。スキルを習得する。そしてまた、次の敵へ。

 ウィンドウの数字が、どんどん上がっていく。レベル3、5、7――そして、10。

「よし、目標達成」

 夕焼けの空の下、倒れた魔物たちを見渡して、俺は一息ついた。

「スキルのサイクル、最高だ」

 攻撃スキルなんて、いらなかった。派手さはない。地味だ。でも、確実に生き残れる。三万時間かけて導き出した答えは、間違っていなかった。


   ◆ ◆ ◆


 そのときだった。

 ふいに、背筋が何かを感じ取った。遠くから、風に乗って聞こえてくる――

「きゃあーーー!!!」

 叫び声。しかも。

「……子供の声?」

 考えるより先に、体が動いていた。俺は声のした方角へ、全力で駆け出す。

 無視したら、後悔する。――アニメでも、人を助けない主人公は、だいたい後でひどい目に遭うんだ。それに。ただの平凡な男だった頃の俺だって、目の前で子供が叫んでいたら、放っておけるはずがなかった。

 木々をかき分けて、開けた場所に飛び出す。

 そこにいたのは、銀色の髪をした少女だった。後退りしながら、怯えている。長い耳――エルフだ。まだ幼い。腕には、怪我をしている。

 そして、その前に立ちはだかるのは――巨大なオーガ。

「こ、来ないでください……!」

 少女が、涙目で叫ぶ。オーガが、低く唸った。

 俺は、状況を一瞬で判断した。

 (オーガ系……序盤ボスクラスだ)

 嫌というほど見てきた。あの体格、あのリーチ、あの腕力。まともに殴り合えば、大人でも一撃で終わる。だが。

 (超反射と超速再生があれば――持久戦に持ち込んで、勝てる)

 勝算はある。問題は、この子供の体が、それまで保つかどうかだ。

 オーガが、少女めがけて爪を振り下ろす。

 間に合え――!

「どけぇええ!!」

 俺は、少女の前に飛び込んだ。

 迫る爪。肩に、焼けるような痛みが走る。血が噴き出す。それでも、俺は少女を背に庇って、踏みとどまった。

「……え?」

 少女が、目を丸くして俺を見る。

「大丈夫か!? 逃げられるか!?」

「足が……すくんで、走れないんです」

 まずいな。動けないのか。

 オーガが、再び攻撃を繰り出してくる。今度は、力任せの連打だ。俺は反射で対抗するが、それでも受けきれない衝撃が、傷になって蓄積していく。

 (強い……! 反射でも、全部は――)

 体のあちこちに、傷が刻まれていく。

「あなた、いっぱい傷を――!」

 少女が、悲鳴のような声を上げた。だが次の瞬間、その傷が、みるみるうちに塞がっていく。超速再生。

「大丈夫。俺の体は、死なない仕様になってるんだ」

 俺は、なるべく軽い口調で言った。この子を、これ以上怖がらせたくなかった。半分は嘘だ。正確には、傷がすぐ塞がるだけで、致命傷を一発もらえば普通に死ぬ。だが、それを今この子に言う必要はない。

 オーガと向き合いながら、頭を高速で回転させる。この連打の中に少女がいたら、庇いきれない。まず、退路を確保する。

「頼む、木の陰に隠れてろ!」

「で、でも――」

「大丈夫。俺は死なない」

 少女は、一瞬ためらってから、こくりと頷いて、木の陰へと移動した。よし。これで、思う存分やれる。

 俺は、オーガと一対一で向き合った。夕日を、背に受けて。

 (俺みたいな凡人でも――致命傷さえ食らわなけりゃ、削り勝てる)

 そこからは、我慢比べだった。

 オーガが一撃を放つ。俺はそれを受け、反射で返す。オーガの腕に、傷が刻まれる。体当たりが来る。受ける。返す。オーガが、よろめく。

 俺は超速再生で傷を治しながら、ただひたすら、相手のダメージを積み上げていった。派手な決め技なんて、ひとつもない。ただ、受けて、返して、耐える。それだけ。

 だが、相手も馬鹿じゃない。何度目かの打ち合いの中で、オーガが不意に体を沈めた。真正面の攻撃に気を取られていた俺の、足元――死角から、地を這うような低い蹴りを繰り出してくる。

 まずい。反応が、間に合わない。

「足元、危ないっ!!」

 鋭い声が、木の陰から飛んできた。

 あの銀髪の少女だ。その一言で、俺の体は考えるより先に動いていた。とっさに身を捻り、蹴りをまともにではなく、半身で受け流す。それでも衝撃で吹き飛ばされたが――あの一撃を頭にまともに食らっていたら、超速再生が追いつく間もなく、意識を刈り取られていたかもしれない。

 地面を転がって、俺はすぐに体勢を立て直した。

「……助かった。ナイスだ、今の声!」

 木の陰の少女が、びくっと肩を震わせ、それからこくこくと必死に頷く。怯えて隠れているだけじゃなかった。ちゃんと、俺の背中を見ていてくれた。

 ……こういう子は、大事にしないとな。

 やがて、オーガの動きが、目に見えて鈍り始めた。

 ガフッ、ガフッ、と荒い息が漏れる。

 だが――こちらも、限界が近かった。

 (スキルは動いてる。でも、この子供の身体は、もう限界だ)

 膝が震える。視界の端が、白く霞み始めている。スキルがいくら無敵でも、それを乗せる器が、まだ十歳の子供のものなのだ。

 その時。

 オーガが、最後の力を振り絞るように、巨大な一撃を放った。

 これだ。追い詰められた敵は、最後に必ず、全てを賭けた大技を打ってくる。――それも、俺は知っていた。

 俺は、避けなかった。

 オーガの全力を、真正面から、全身で受け止める。

 そして、その全てが――反射された。

 自分の放った渾身の一撃を、そっくりそのまま食らって、オーガの巨体が、大きく吹き飛んだ。

 地響きを立てて、それは倒れ、動かなくなった。


   ◆ ◆ ◆


 静寂が、森に戻ってきた。

 俺は、立ったまま、大きく息を吐いた。

 ウィンドウが表示される。

 ――【撃破! 経験値800を獲得――レベル13に到達!】

 光が走り、倒れたオーガから、その力が俺へと流れ込んでくる。

 ――【オーガのスキル「筋力増強」を習得!】

「す、すごい! あなた、あんな魔物を一人で――!」

 木の陰から、少女が飛び出してきた。俺は、振り返って笑いかける。

「怪我は……ない?」

「大丈夫です! あなたは――?」

 答えようとした、その瞬間。

 俺の膝が、がくりと折れた。

「俺は……大丈夫。ちょっとだけ……休めば……」

 言葉の途中で、俺はその場に崩れ落ちた。意識が、急速に遠のいていく。

 (スキルはある。でも、体力は……子供のままだったか……)

 朦朧とする意識の奥で、いつか見たアニメの一場面が、ふっとよぎった。

 ――「序盤は、体力管理が最重要課題!」

 ……そうだよな。俺、それ、知ってたはずなのにな。

「ちょっと!? 起きてください!!」

 少女の声が、遠い。

 そのとき、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。複数の、気配。木々の間から、馬に乗ったエルフたちが駆けてくるのが、霞む視界の隅に映った。

 誰かが、何か叫んでいる。声が、遠い。もう、聞き取れない。

「みんな、こちらです! この子が助けてくれました!」

 少女が、必死に叫んでいる。駆けつけたエルフたちが、倒れかけた俺と、倒れているオーガを見比べて、絶句している。

「こ、この子が一人で……オーガを?」

 少女が、俺のそばに膝をついた。その顔が、涙で歪んでいる。

「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます」

 俺は、ほとんど意識を失いながら、それでも、かろうじて笑った。

「……よかった。無事で……」

 助けられて、よかった。ちゃんと、間に合った。

「これが……アニメの展開か……(笑)」

 誰かが、崩れ落ちた俺の頭を、そっと膝の上で支えてくれた。あの銀髪の少女だ。周りでは、駆けつけたエルフたちが警戒に散っていく気配がする。

「あの……」

 少女が、小さな声で囁いた。

「起きたら、名前、教えてください」

 ……ああ。起きたら、な。

 やがてエルフたちが、俺を担ぎ上げて馬に乗せた。馬が、夕焼けの中を走り出す。揺れる背中。木々の間から、落ちていく夕日。

 そこで、俺の意識は、ぷつりと途切れた。

 平凡な男の、異世界での一日目が――こうして、終わった。


この作品を読んでいただきありがとうございます。

アニメ好きが高じて書き始めた、初めての作品です。

全36話、完結まで書き上げてあります。毎日更新していきますので、最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

続きが気になりましたら、ブックマークしていただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。