第1話:平凡な男と異世界転生
三万時間のアニメ視聴が、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
夕焼けの森の中。木漏れ日が斜めに差し込むその場所で、俺はぼろぼろになりながら立っていた。周りには倒した魔物の影がいくつも転がっている。少し離れたところには、銀色の髪をした少女のシルエット。
どうしてこんなことになったのか。話は、ほんの少し前にさかのぼる。
◆ ◆ ◆
令和の時代。俺、田中俊、三十歳。
残業続きで彼女もいない。友達も少ない。雨上がりの繁華街を、たたんだ傘を手に、少し疲れた肩で歩く。アスファルトには街灯の光が反射して、行き交うサラリーマンの群れがそれを踏んでいく。
絵に描いたような、平凡な男だ。
だが――俺には、これがある。
自宅アパートのワンルーム。壁一面に貼られた異世界アニメのポスター。棚を埋め尽くすフィギュアとブルーレイ。異世界アニメ視聴歴、十五年。総視聴時間は、優に三万時間を超える。
テレビの中では、勇者が攻撃魔法をぶっ放して敵を一撃で吹き飛ばしていた。派手な爆発。歓声。……なんだけど。
「いや待てよ。攻撃魔法でそこまで威力が出るのって、相当な魔力と修行が必要じゃ……」
俺はソファに深く沈み込みながら、思わずツッコミを入れる。
「異世界に転生して、いきなり強い攻撃魔法が使えるわけねーだろ。むしろ、攻撃スキルに頼ってると、すぐ死ぬぞ」
手元のノートには、いつのまにか走り書きが増えていた。表題は「最強生存スキル考察」。我ながら、いい歳して何をやっているんだと思う。でも、やめられない。
攻撃スキル――使いこなせない可能性。バツ。
防御スキル――ダメージ軽減あり。マル。
反射スキル――反撃もできる。二重マル。
回復スキル――傷の治癒。三重マル。
「生き残ることを最優先にするなら……」
ペン先が止まる。頭を抱えて考え込む。
「どのスキルの組み合わせが最適なんだろう」
考えているうちに、ふっと笑いがこみ上げてきた。
――そう、この時はまだ、〝もし〟の話だと思っていた。
その日も残業だった。帰宅して、カップラーメンをすすりながらテレビをぼんやり眺める。
「エルフか……現実じゃ会えないよな」
食べ終えて、歯を磨いて、布団に入る。天井を見上げると、テレビのスタンバイランプだけが暗闇の中でぽつんと光っていた。
「もし本当に異世界に転生したら……俺、うまくやれるかな」
口に出してから、自分で苦笑した。
「……バカか俺。ありえないのに」
普通に生きて、普通に死ぬ。それだけでいいんだ、俺は。
翌日の会社。パソコンに向かっていると、若い同僚が声をかけてきた。
「田中さん、また残業っすか?」
「まあな。でも帰ったら楽しみあるから。今季の異世界モノが熱くてさ」
同僚が、ちょっと引いた顔をする。
「三十でそれ、すごいっすね(笑)」
「いいんだよ。趣味に年齢は関係ない」
その夜も、帰宅した俺はネクタイを緩めながらソファに飛び込み、テレビをつけた。画面では、また主人公が攻撃スキルで敵を倒している。
「でも俺なら、そのスキルじゃなくて――」
言いかけた、その瞬間だった。
視界が、白く染まった。
◆ ◆ ◆
部屋中が光に包まれる。
「――え?」
次の瞬間、爆発のような光が弾けた。体が宙に浮く。テレビが吹き飛ぶ音が、どこか遠くで聞こえた。
「な、なにぃいいいいー!?」
眩しい。何も見えない。光の渦の中で、俺は必死にもがいた。
「眩しっ! 何これ!?」
視界いっぱいの白。それ以外、何もない。
……これは。まさか。
俺の頭の中で、これまで見てきた何百という物語の〝はじまり〟が、一斉によみがえった。まさか、そんな。ありえない。ありえないはずなのに――胸の奥が、否定しきれずにざわめいている。
やがて、光の中に人型のシルエットが浮かび上がった。長い髪。白い衣。
「田中俊……目覚めなさい」
鈴を転がすような、静かな声だった。
光が引いていく。
気づけば、俺は真っ白な空間に立っていた。目の前には、一人の女性。美しい白銀の髪を持ち、穏やかに微笑んでいる。
「驚かせてしまいましたね。でも、これは運命です」
運命、と彼女は言った。俺はしばらく、ポカンと口を開けたまま固まっていた。
「え……えーっと……女神、さん?」
「はい。あなたを異世界に転生させるために来ました」
目が点になる、というのはこういう感覚を言うんだろう。
「て、転生!?」
「その世界には今、大きな災いが迫っています。人も、エルフも、あらゆる種族が、その脅威に怯えている」
女神の声が、わずかに翳った。
「――――その元凶を。いつか、あなたに倒してほしいのです」
「元凶……?」
「魔王、と呼ばれています」
魔王。その響きに、俺の背筋がひやりとした。物語の中でなら、何百回と聞いた言葉だ。だが、それを〝自分に倒してほしい〟と、目の前の女神は言っている。
俺は思わず頭を抱えた。待て。待ってくれ。
「い、いや待って待って。魔王って……俺、平凡なサラリーマンですよ? 世界を救う勇者とか、そういうタマじゃ……」
「ええ。存じています」
女神は、それでも微笑みを崩さなかった。あっさりと肯定されて、こっちが拍子抜けするくらいに。
「ですから、今すぐにとは言いません。まずは、その世界で生き延びること。強くなること。――――魔王を倒すのは、ずっと先の話でかまいません」
ずっと先、か。……正直、実感が全く湧かない。世界を救えと言われても、ピンとこない。それでも。
「大丈夫です。転生時に、好きなスキルを三つお選びいただけます」
――スキルを、選べる。
その一言で、俺の中の何かが切り替わった。
これまで浴びるように見てきた、無数の物語。その記憶が、猛烈な勢いで頭の中を駆け巡っていく。
攻撃スキルは、序盤に雑魚に囲まれたら終わり。回復だけじゃ、攻撃できない。器用貧乏は真っ先に脱落する。生き残った主人公と、退場していった主人公。その違いを、俺は嫌というほど〝視て〟きた。
腕を組んで、俺は本気で考え始めた。
「(まだ悩んでいる……珍しいですね)」
女神が小声でそう呟いたのが、うっすら聞こえた。悪いが、ここは俺の三万時間の見せ場だ。適当には選べない。
もし、俺みたいな戦闘経験ゼロの凡人が異世界に放り込まれたら、どうなる。
雑魚魔物の群れに囲まれて、逃げ切れずに終わる。強敵に一撃もらって即死する。武器も魔法もない状態で、途方に暮れる。……どれも、さんざん見てきた〝死に方〟だ。
そこまで想像して、俺はハッとした。
「そうか。俺みたいな凡人が生き残るには――〝倒す〟じゃなく、〝死なない〟ことが最優先だ!」
答えが、するすると繋がっていく。
「攻撃を受ける……でも超反射で跳ね返す。ダメージは相手に返す。傷は超速再生で治す。そして、倒した敵のスキルを吸収する。この循環さえ回せば――」
俺は勢いよく顔を上げ、女神に向き直った。
「決めました!」
声が、自分でも驚くくらい大きく出た。
「『超反射』、『超速再生』、『スキル吸収』――この三つをください!!」
女神が、少しだけ目を見開いた。
「……攻撃系スキルは?」
「いりません」
俺は、きっぱりと言い切った。
「戦わずに生き残る。それが凡人の最適解です」
女神は、くすっと笑った。
「スキル吸収とは……なかなか興味深い。史上初めてです。そのような組み合わせを選んだ方は」
その言葉の意味を、このときの俺は深く考えなかった。――後になって、その一言が持つ重さを思い知ることになるとも、知らずに。
女神が、すっと手をかざす。三つの光の玉が、俺の体に宿っていく。
「では、付与します」
超反射。攻撃が、鏡のように跳ね返るイメージ。
超速再生。傷口が、瞬く間に塞がるイメージ。
スキル吸収。倒した敵の力が、俺に流れ込むイメージ。
「うわ……なんか、全身が温かい……」
じんわりと、体の芯に熱が広がっていく。確かに、力が宿った。そんな実感があった。
「あとひとつだけ、言わせてください」
女神の顔が、ふと真剣になる。
「あの世界では、誰もあなたのことを知りません。一から、全てを作っていかなければならない」
空間が、少しずつ暗くなり始めていた。別れが近いのを、肌で感じる。
「あなたは、戦士でも魔法使いでもない。ただの人間です」
でも、と女神は柔らかく笑った。
「オタク――それが、あなたの強みになるでしょう」
俺は一度、目を閉じた。
三十年、平凡に生きてきた。趣味を笑われても、いいと思ってきた。その趣味が、これから武器になるというなら――やってやろうじゃないか。
「……行ってきます」
「……どうか、生きて帰って」
次の瞬間、俺の体は再び光に包まれ、はるか遠くへと飛んでいった。伸ばされた女神の手が、だんだん小さくなっていく。
三万時間のアニメ視聴。その答え合わせが、今、始まる。
◆ ◆ ◆
鳥の声で、目が覚めた。
朝の光が、深い緑の森に差し込んでいる。俺は草の上に倒れていた。ゆっくりと目を開けると、木の葉と、青い空が見えた。
「……あれ」
上体を起こす。そのとき、視界に入った自分の手を見て、俺は固まった。
「ちっちゃ!! 俺の手!!」
小さい。指も、手のひらも、何もかもが小さい。慌てて立ち上がって全身を確認する。体つきからして、十歳くらいだろうか。
「子供になってる……。スキルは……あ、ちゃんとある!」
念じると、目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がった。
名前・俊(転生体)。種族・人間。レベル・1。
「マジだ……ステータスウィンドウまで出た!」
感動を噛みしめる間もなく、俺は周囲を見回した。深い森。武器も道具も、何もない。
「……武器ゼロ。アイテムゼロ。完全にスタート地点だな」
ため息が出る。でも、不思議と落ち着いていた。
「まあ想定内だ。アニメでも、だいたい最初は森からだしな」
こういうとき、慌てないで済むのが経験者の強みだ。何が起こるか、何をすべきか、俺はもう知っている。
歩き出しながら、周囲の草木を観察する。
「まずは安全な場所を探して、食料の調達。序盤の基本だ。……でもその前に、魔物のレベルを確認しとかないとな」
と、草むらがガサガサと動いた。
俺は足を止める。
「……来た」
草むらから、ぬるりと現れたのは――スライムが二体。ぷにゅ、と間の抜けた音を立てて、ゼリー状の体を震わせている。
「スライム……やっぱ最初はスライムなのか。鉄板だな」
言い終わるより早く、一体が突進してきた。避けない。俺はそれを、あえて正面から受ける。
ドンッ、と衝撃。痛い。――だが同時に、体の奥で何かが起動する感覚があった。
超反射。
受けた衝撃が、そっくりそのままスライムに跳ね返る。ぷちゃっ、と潰れて、一体目は動かなくなった。
目の前にウィンドウが表示される。
――【撃破! スライムのスキル「分解」を習得!】
「おお……これが、スキル吸収……!」
感動する間もなく、もう一体が続けて突っ込んでくる。受ける。反射。ぷちゃっ。
――【撃破! スキル「分解」習得済みのため、新規スキル習得なし】
「なるほど、同じ種族からは一回しか吸えないのか。……理にかなってる」
腕にできた擦り傷に目をやると、それはみるみるうちに塞がっていった。超速再生。傷が消えていくその感覚は、何度味わっても不思議だった。
「痛みはある。でも、残らない。……これなら、いける」
そこからは、試運転のようなものだった。
昼になる頃には、俺は森の中で何体ものスライムを倒していた。攻撃を受ける。反射で返す。それだけの、シンプルな作業。
スライムだけじゃない。小型の鬼のようなゴブリンが襲いかかってきたときは、反射で撃破すると同時に、新しいウィンドウが出た。
――【撃破! ゴブリンのスキル「武器操作」を習得!】
「おっ、来た来た。これがスキル吸収か」
でかい甲虫は、体当たりをまともに受けて、反射で沈めた。動かなくなったその体から光が流れ込んできて――「硬化」。外骨格を硬くするスキルだ。
小型のオオカミは、噛みついてきたところを反射で撃破した。こちらからは「嗅覚強化」。
倒すたびに、俺の手札は着実に増えていった。
夕方になる頃には、そのサイクルはすっかり手に馴染んでいた。
攻撃される。死なない。反射で相手にダメージ。スキルを習得する。そしてまた、次の敵へ。
ウィンドウの数字が、どんどん上がっていく。レベル3、5、7――そして、10。
「よし、目標達成」
夕焼けの空の下、倒れた魔物たちを見渡して、俺は一息ついた。
「スキルのサイクル、最高だ」
攻撃スキルなんて、いらなかった。派手さはない。地味だ。でも、確実に生き残れる。三万時間かけて導き出した答えは、間違っていなかった。
◆ ◆ ◆
そのときだった。
ふいに、背筋が何かを感じ取った。遠くから、風に乗って聞こえてくる――
「きゃあーーー!!!」
叫び声。しかも。
「……子供の声?」
考えるより先に、体が動いていた。俺は声のした方角へ、全力で駆け出す。
無視したら、後悔する。――アニメでも、人を助けない主人公は、だいたい後でひどい目に遭うんだ。それに。ただの平凡な男だった頃の俺だって、目の前で子供が叫んでいたら、放っておけるはずがなかった。
木々をかき分けて、開けた場所に飛び出す。
そこにいたのは、銀色の髪をした少女だった。後退りしながら、怯えている。長い耳――エルフだ。まだ幼い。腕には、怪我をしている。
そして、その前に立ちはだかるのは――巨大なオーガ。
「こ、来ないでください……!」
少女が、涙目で叫ぶ。オーガが、低く唸った。
俺は、状況を一瞬で判断した。
(オーガ系……序盤ボスクラスだ)
嫌というほど見てきた。あの体格、あのリーチ、あの腕力。まともに殴り合えば、大人でも一撃で終わる。だが。
(超反射と超速再生があれば――持久戦に持ち込んで、勝てる)
勝算はある。問題は、この子供の体が、それまで保つかどうかだ。
オーガが、少女めがけて爪を振り下ろす。
間に合え――!
「どけぇええ!!」
俺は、少女の前に飛び込んだ。
迫る爪。肩に、焼けるような痛みが走る。血が噴き出す。それでも、俺は少女を背に庇って、踏みとどまった。
「……え?」
少女が、目を丸くして俺を見る。
「大丈夫か!? 逃げられるか!?」
「足が……すくんで、走れないんです」
まずいな。動けないのか。
オーガが、再び攻撃を繰り出してくる。今度は、力任せの連打だ。俺は反射で対抗するが、それでも受けきれない衝撃が、傷になって蓄積していく。
(強い……! 反射でも、全部は――)
体のあちこちに、傷が刻まれていく。
「あなた、いっぱい傷を――!」
少女が、悲鳴のような声を上げた。だが次の瞬間、その傷が、みるみるうちに塞がっていく。超速再生。
「大丈夫。俺の体は、死なない仕様になってるんだ」
俺は、なるべく軽い口調で言った。この子を、これ以上怖がらせたくなかった。半分は嘘だ。正確には、傷がすぐ塞がるだけで、致命傷を一発もらえば普通に死ぬ。だが、それを今この子に言う必要はない。
オーガと向き合いながら、頭を高速で回転させる。この連打の中に少女がいたら、庇いきれない。まず、退路を確保する。
「頼む、木の陰に隠れてろ!」
「で、でも――」
「大丈夫。俺は死なない」
少女は、一瞬ためらってから、こくりと頷いて、木の陰へと移動した。よし。これで、思う存分やれる。
俺は、オーガと一対一で向き合った。夕日を、背に受けて。
(俺みたいな凡人でも――致命傷さえ食らわなけりゃ、削り勝てる)
そこからは、我慢比べだった。
オーガが一撃を放つ。俺はそれを受け、反射で返す。オーガの腕に、傷が刻まれる。体当たりが来る。受ける。返す。オーガが、よろめく。
俺は超速再生で傷を治しながら、ただひたすら、相手のダメージを積み上げていった。派手な決め技なんて、ひとつもない。ただ、受けて、返して、耐える。それだけ。
だが、相手も馬鹿じゃない。何度目かの打ち合いの中で、オーガが不意に体を沈めた。真正面の攻撃に気を取られていた俺の、足元――死角から、地を這うような低い蹴りを繰り出してくる。
まずい。反応が、間に合わない。
「足元、危ないっ!!」
鋭い声が、木の陰から飛んできた。
あの銀髪の少女だ。その一言で、俺の体は考えるより先に動いていた。とっさに身を捻り、蹴りをまともにではなく、半身で受け流す。それでも衝撃で吹き飛ばされたが――あの一撃を頭にまともに食らっていたら、超速再生が追いつく間もなく、意識を刈り取られていたかもしれない。
地面を転がって、俺はすぐに体勢を立て直した。
「……助かった。ナイスだ、今の声!」
木の陰の少女が、びくっと肩を震わせ、それからこくこくと必死に頷く。怯えて隠れているだけじゃなかった。ちゃんと、俺の背中を見ていてくれた。
……こういう子は、大事にしないとな。
やがて、オーガの動きが、目に見えて鈍り始めた。
ガフッ、ガフッ、と荒い息が漏れる。
だが――こちらも、限界が近かった。
(スキルは動いてる。でも、この子供の身体は、もう限界だ)
膝が震える。視界の端が、白く霞み始めている。スキルがいくら無敵でも、それを乗せる器が、まだ十歳の子供のものなのだ。
その時。
オーガが、最後の力を振り絞るように、巨大な一撃を放った。
これだ。追い詰められた敵は、最後に必ず、全てを賭けた大技を打ってくる。――それも、俺は知っていた。
俺は、避けなかった。
オーガの全力を、真正面から、全身で受け止める。
そして、その全てが――反射された。
自分の放った渾身の一撃を、そっくりそのまま食らって、オーガの巨体が、大きく吹き飛んだ。
地響きを立てて、それは倒れ、動かなくなった。
◆ ◆ ◆
静寂が、森に戻ってきた。
俺は、立ったまま、大きく息を吐いた。
ウィンドウが表示される。
――【撃破! 経験値800を獲得――レベル13に到達!】
光が走り、倒れたオーガから、その力が俺へと流れ込んでくる。
――【オーガのスキル「筋力増強」を習得!】
「す、すごい! あなた、あんな魔物を一人で――!」
木の陰から、少女が飛び出してきた。俺は、振り返って笑いかける。
「怪我は……ない?」
「大丈夫です! あなたは――?」
答えようとした、その瞬間。
俺の膝が、がくりと折れた。
「俺は……大丈夫。ちょっとだけ……休めば……」
言葉の途中で、俺はその場に崩れ落ちた。意識が、急速に遠のいていく。
(スキルはある。でも、体力は……子供のままだったか……)
朦朧とする意識の奥で、いつか見たアニメの一場面が、ふっとよぎった。
――「序盤は、体力管理が最重要課題!」
……そうだよな。俺、それ、知ってたはずなのにな。
「ちょっと!? 起きてください!!」
少女の声が、遠い。
そのとき、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。複数の、気配。木々の間から、馬に乗ったエルフたちが駆けてくるのが、霞む視界の隅に映った。
誰かが、何か叫んでいる。声が、遠い。もう、聞き取れない。
「みんな、こちらです! この子が助けてくれました!」
少女が、必死に叫んでいる。駆けつけたエルフたちが、倒れかけた俺と、倒れているオーガを見比べて、絶句している。
「こ、この子が一人で……オーガを?」
少女が、俺のそばに膝をついた。その顔が、涙で歪んでいる。
「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます」
俺は、ほとんど意識を失いながら、それでも、かろうじて笑った。
「……よかった。無事で……」
助けられて、よかった。ちゃんと、間に合った。
「これが……アニメの展開か……(笑)」
誰かが、崩れ落ちた俺の頭を、そっと膝の上で支えてくれた。あの銀髪の少女だ。周りでは、駆けつけたエルフたちが警戒に散っていく気配がする。
「あの……」
少女が、小さな声で囁いた。
「起きたら、名前、教えてください」
……ああ。起きたら、な。
やがてエルフたちが、俺を担ぎ上げて馬に乗せた。馬が、夕焼けの中を走り出す。揺れる背中。木々の間から、落ちていく夕日。
そこで、俺の意識は、ぷつりと途切れた。
平凡な男の、異世界での一日目が――こうして、終わった。
この作品を読んでいただきありがとうございます。
アニメ好きが高じて書き始めた、初めての作品です。
全36話、完結まで書き上げてあります。毎日更新していきますので、最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。
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