第八話 勇者、外出する
自殺未遂をした夜明け、フィーアに温かい紅茶を淹れてもらい、魔王に抱きしめられて深く眠った。
魔王に抱きつくことは抵抗があったが、安眠剤よりも有効だった。魔王にくっつくと、いつの間にか眠りに誘われ、ぐっすりと寝いってしまう。魔王のゆっくりとした背中を叩く感覚と、すっきりとした草花の香りによって睡魔に襲われる。
クラリスは赤くなった瞳で、おずおずと「迷惑じゃないか?」と聞く。魔王は頭を傾げて、「全く」と愛想なく言った。そうしてクラリスは心置きなく、魔王の懐に入ることができた。
次に目が覚めて見あげた先に、魔王の美顔があるのは二回目でも慣れなかったが、魔王が即座に「おはよう」と言うのが歯がゆく、幸福感を向上させた。
「……おはよう」
フィーアが訪れるまで、クラリスと魔王の間に無音の空間が訪れる。その時は全く苦ではなく、心地よいまどろみを味わう。
「おはようございます、クラリス様!」
まだ目尻が赤いフィーアだったが、声音はいつも通りの柔らかいものだった。それに安堵を覚えながら、クラリスは朝の挨拶とともに自力で起きあがる。
朝起きてから考えていたことを、クラリスはフィーアに問いかける。
「鋏はないか?」
青ざめたのはフィーアだった。固まって動かなくなってしまった。
「……クラリス、鋏をどうするつもりだ」
フィーアの代わりに魔王が問うと、クラリスはなぜそんなことを問うのかと不思議に思いながら「髪を切る」と答える。
「ひょえ⁉」
奇声を発したフィーアに驚いて、クラリスの肩は跳ねた。
「フ、フィーア⁉」
「髪を、切る、ですって‼」
怒りの声をにじませるフィーアにクラリスはたじろぐ。
「ぜったい、絶対、絶対!! 私は反対です! その綺麗な御髪を切るだなんて、私は反対ですよ! お世話が大変なのでしたら、私が責任もってお世話しますからぁ~!」
「えぇ……?」
とうとう泣きだしてしまったフィーアに、クラリスはどうしたらよいか分からず、魔王に助けを求める。
「なぜ、髪を切りたいんだ」
「あなたも反対なのか⁉」
いつもの無表情の中に悲しそうな雰囲気を漂わせる魔王。クラリスは彼が愛らしく見えておかしかった。
「単に、昔の自分と決別したいだけだ」
決別。その言葉に魔王もフィーアも目を見開いて黙る。
クラリスは意志のこもった瞳で、しっかりとした声音とともに宣言する。
「私は「ただのクラリス」だ。私はあなたたちに愛されるクラリスになりたい」
その宣言は「愛」を知らないクラリスの「愛されたい」という意思であり、大きな一歩といえた。
魔王は、クラリスの正面に座る。クラリスの髪をかき上げるようにして頬を包むと、額と額を合わせた。
「髪を切らなくとも、そなたの強い意志は伝わる。そなたの髪ごと「ただのクラリス」を愛そう。だから安心して愛されていろ」
突然の告白に、クラリスは顔を紅潮させた。そばで見守っていたフィーアも同じように真っ赤である。
魔王が離れると、今度はフィーアがクラリスを強く抱きしめた。
「私はあなたに救われて幸せです。あなたに出会えてよかった。生きていてくれてありがとうございます!」
大好きです! と「愛」を囁かれ、クラリスはまなじりに涙を溜めた。
「ああ、私も大好きだ。愛している」
うつ病が治ったわけではない。
祖国に帰ることができたわけでもない。
それでも、クラリスはとてつもなく果報者だと強く感じるのだった。
◇
部屋から出る訓練の一つとして、ドクの診察室に赴き、毎日の定期健診を受ける。ドクから「しばらく安定しているようだから外に出てみたらどうかな?」と外出の許可をもらった。
クラリスは軽い足取りで廊下を歩いた。ときどき使用人や兵士とすれ違う。人型、獣型を取っているモノ、様々な個性を持つ見た目の彼らは、最初は目に見えてクラリスの存在に驚愕するものの、会釈するだけであるのが心地よかった。
フィーアは部屋でクラリスの帰りを待っている。一人で診察室に行くこともクラリスの完治への大事な一歩だった。
クラリスが弾んだ気持ちで進んでいると、廊下の角からルゥとその取り巻きが曲がってきた。書類に目を通していて気づかない様子のルゥは、取り巻きの一人に囁かれると目を剥いて顔を上げた。
「あんた、まだいたの⁉」
獣の耳が威嚇するようにぴんっと高くそびえ立つ。書類を取り巻きに押しつけると、ルゥはどしどしという擬音とともにクラリスに詰め寄ってきた。
「あんたねえ!」
クラリスは目をぎゅっと瞑って、ルゥの暴言に耐える心積もりを作った。
「ルゥ」
背後からクラリスの肩は抱き寄せられる。ほっとする草花の香りに、クラリスは誰が来たのかをすぐに察した。
「ま、魔王様!」
ルゥの裏返った声と焦った顔を見て、クラリスは少しだけ溜飲を下げる。眉根の皺を濃くした魔王が威圧的に言葉を発した。
「ヴェースから話は聞いている。前にも言ったが、クラリスは我と同等に扱え。それができぬのなら、ここから出て行くのはおまえだ」
強烈なその言葉にルゥは顔を青くした。耳も張り合いをなくし、下を向いてしまう。
「……魔王様に忠誠を」
苦虫を噛み潰した様子でルゥは呟く。涙を溜めた瞳でクラリスを睨みつけると、ルゥは焦る取り巻きたちを連れて去っていった。
その背中を見つめながら、クラリスは自然と胸元を撫でていた。心臓は大きく高鳴っているものの、許容範囲内である。
「大丈夫か」
胸をさするクラリスに魔王が問う。前科があるため軽く大丈夫だとは言えないものの、落ち着いて自身を客観的に観察する。
――うん、私は大丈夫。
「ああ、大丈夫だ。心配ない。あなたこそ、従者にあんなことを言って大丈夫なのか?」
「問題ない。ルゥはそんな柔な奴ではない」
配下を信頼している様子に、クラリスは少しだけ心がもやっとした。それに即座に首を傾げ、疑問を浮かばせる。
――なぜ、もやっとしたのだろう?
疑問を浮かべていると、魔王が不思議そうにしながらも問う。
「ドクの元に行った帰りか」
「あ、ああ。……そうだ、魔王! 外出の許可が出たんだ!」
嬉しそうに話すクラリスに、自然と魔王も顔を柔和にさせる。
「よかったな」
そしてクラリスの頭を優しく撫でると、クラリスは笑顔をより濃くさせた。
「フィーアと行くのか?」
「ああ。どこまでなら行っていい?」
わくわくという擬音を携えて、クラリスは外に出る意欲に満ちていた。魔王は少しだけ考える素振りをして、背後に控えていた側近を呼ぶ。
「なんでしょうか、魔王様」
「急ぎの仕事はもうないな? ならば、我もクラリスらとともに出かけてくる」
クラリスはそのとき初めて側近の青年の姿を見た。薄い金髪をした青い目の彼は青い軍服に身を包み、懐から手帳を取りだす。
「分かりました。午後の予定は私だけで対処します」
「助かる」
とんとん拍子に決定していく事柄に、クラリスは慌てて魔王の外套を引いた。
「フィーアと二人だけで大丈夫だ。仕事を置いてまで、付いてくることはない」
「我がクラリスを案内したい。ただそれだけだ。駄目だろうか?」
語尾を弱めて聞いてくるのは卑怯だとクラリスは思った。
「……駄目、じゃない」
少し熱のこもった頬で返すと、魔王は柔らかく微笑んだ。背後でげほげほと咳きこむ音がしたがクラリスは気にならなかった。
側近の彼と別れ、部屋に向かう道すがら、クラリスは一つ気になっていたことを質問する。
「もしかして、彼は人間か?」
人型を取っている魔族は完全な形にはなれない。フィーアの尖った耳や、ルゥの獣耳などは最たるものだ。魔王もところどころの肌が黒い鱗で覆われている。爬虫類系のそれではなく、もっと固い材質の鱗を、一度だけ魔王が寝ているときに撫でたことがある。
青年は見たところ、そのような外見的不備が見当たらない。体は細身で、優男という言葉が似合いそうな文官向きの男だった。
「よく分かったな」
肯定の言葉に、自分で質問しておきながらクラリスは驚く。
「人間を重用しているのか?」
「優秀な者を取り立てる。ただそれだけのことだ」
その発言は画期的で、クラリスは驚愕する。新しいことを取り組み、先験的な道を進む魔王に以前よりももっと興味が沸く。
部屋に戻り、フィーアに外出のことを伝えると、自分のことのように喜んでくれた。
「外に行くならおめかししないとですね!」
そう言ってフィーアが張り切り、魔王は部屋の外に追いだされた。
あれでもない、これでもないと服を押しつけられるのは疲れたものの、フィーアが楽しいのならいいかと思うのだから、とことん甘くなったものだ。
白いブラウスに、濃紺のスカートを履き、髪を高めに結われる。
「スカートなんて、幼い頃に履いて以来だ」
深窓のお嬢様のような格好は似合わないのではと危惧したが、魔王によって「似合っている」と言われる。その言葉だけで調子がいいことに一瞬にして気にはならなくなった。
クラリスは逸る鼓動を落ちつかせるようにフィーアに寄り添う。それを察したフィーアはクラリスと腕を組んだ。
「こうすれば、迷子になりませんね!」
――私のフィーアが今日も可愛い!
クラリスは心の中ではお祭り状態だったが、表では冷静を装って「そうだな」と微笑んでみせる。
先頭にクラリスとフィーア、その背後に見守るように魔王が付き、三人は城下町へと赴くことにした。
二頭の馬と牛に似た魔物が引く車に乗りこみ、城下町に向かう。道中、車の窓から空以上に濃い青がクラリスの目に飛びこんできた。
「あれがウミか!」
「クラリス様は、海は初めてですか?」
「ああ、メンシス王国にウミはないからな」
内陸で暮らしていたクラリスにとって、海は療養している部屋の窓からしか見たことがなかった。
近くに迫る海にそわそわし出したクラリスを気遣って、城下町に行く前に手前の浜辺に寄り道することになった。
馬車から降りると広大な海が視界全体を支配した。クラリスは生まれて初めて見る海に感動する。寄せる波に返す波、繰り返し続く波の動きに体もいつの間にか揺れてしまう。
独特な塩の風に、「この塩気のある匂いはなんだ?」と問う。魔王は海を指して「舐めてみろ」と言った。言われた通りに舐めると、口に広がる塩味。クラリスは驚愕して、子どものように感激して振り向いた。
「塩水だ!」
「海は大量の塩でできているんですよ~。私も初めて知ったときはびっくりしました」
クラリスはフィーアとともに波を追いかけては逃げ、追いかけては逃げを繰り返し、無我夢中で遊んだ。
それほど飛ばしてはあとで疲れるぞと、魔王は腕を組み、波のかからないところで二人を見守っていた。案の定、すぐに疲れた二人は、今度は砂浜で貝殻を拾う。
「見てください。綺麗な貝殻ですよ!」
フィーアが見せてくれたのは小さな巻貝で淡い水色をしていた。
「これはクラリス様にあげますね」
「じゃあ、この桜色はフィーアにやろう」
「わあ! ありがとうございます!」
二人は貝殻を交換し合うと、陽の光に照らし、笑い合う。
クラリスは立ちあがり、魔王の元に駆け寄った。
「どうした」
「魔王にはこれをやる!」
クラリスは自信満々に魔王の手を取ると、その上に置く。
「硝子ではないか」
「硝子? 貝殻ではないのか?」
クラリスが渡したのは海流に飲まれ丸くなった硝子の破片だった。透明で青く光るそれを見つけた瞬間、魔王にあげようと思ったのだ。
貝殻ではないと落胆するクラリスに、魔王はクラリスの顔付近に硝子を掲げる。
「クラリスの瞳の色だな」
綺麗だと照れもせず言ってのける魔王に、顔は一瞬にして熱くなる。
「ありがとう。大切にする」
「ああ!」
クラリスは心がかあっと温かくなるのを感じながら、フィーアの元に戻った。
遊び疲れてお腹が空いたクラリスたちは車に乗りこむ。砂だらけになった体を叩くと、あちこちから砂が飛びでてくる。それだけで笑いは絶えなかった。
城下町に近づくにつれ、石造りの家や魔族がちらほらと見えだす。
「今更だが、人間の、元勇者の私が行っても大丈夫なのか?」
メンシス王国に魔国の情報はほとんど入ってこない。帝国にいたときは気づきもしなかったが、意図的に情報が遮断されていたと考えていいだろう。
「かまわない。勇者の顔を覚えている魔族は少ない。戦場に出ない限り、そなたたちは会わなかっただろう」
魔王の言葉をフィーアが引き継いだ。
「普通に人間もいますよ。メンシス王国以外の国とは国交がありますから」
クラリスは目を見開いて、近づく城下町を見た。確かに、見た目が魔族の者から、人型の者まで様々だ。この中にどれくらい人間が紛れているのか、判別がつかない。
「そろそろ城下町の入り口だ。降りるぞ」
逸る胸を押さえ、クラリスは頷いた。
「大丈夫ですよ、クラリス様。離れないように手を繋いでおきましょう」
フィーアの出された小さな手をクラリスは包みこむように握り返す。
車から降りると、その周りには一定数の見物客がいた。皆、城下に降りた魔王を見て嬉しい悲鳴を上げている。魔王に近づいて拝む者や、握手を求める者もいる。
「魔王は人気者なんだな」
「今の魔王様になって政治も情勢もいいものに変わりました。魔王様を崇める方たちがこの城下町に集まってきて、以前よりも賑やかになったそうです」
約二十年以上前、今代の魔王が前代魔王の悪逆な政治に反旗を翻し、革命を起こした。圧倒的な力を誇っていた魔王は先代魔王を倒し、政治や人族との国交を見直したのだという。
当時のことをドクは懐かしそうに語っていた。
――「あのときは本当にすごかったよ。なんせすべての事柄を好転させたからね。赤字だった国税も見直したし、魔族同士の交流だけじゃなく、人族との関係も変えて見せた。魔王を慕う者は数多くいる分、それに嫉妬して人間を襲う奴はまだ一定数いるのさ」
魔族の群れを護衛の兵士がかき分け、三名は一定の距離を開けられた状態で町中を進む。
メンシス王国とは異なる異種族の賑わいにクラリスは歓声を上げた。どの方向からも香ばしい食べ物の匂いが漂ってくる。野菜や果物を売る商売人の声が市場いっぱいに響き渡っていた。
「魔王様! ぜひ、うちの食べてってくだせえ!」
「魔王様、これを持って帰って!」
「今日は従者様は一緒じゃないんですね。美女二人も連れちゃって、魔王様も隅に置けないなあ」
左右両方の屋台から魔王は代わる代わる声をかけられていた。それだけで、魔王の人気ぶりがよく分かる。
押し寄せる人込みに魔王と少しずつ距離が開いていく。クラリスとフィーアに護衛はついているものの、離れすぎるのはよくないだろう。
「嬢ちゃん、可愛いね! 人間かい?」
自分に声をかけられているとは思っていなかったクラリスは、フィーアに叩かれてようやく気づく。
「私のことか?」
屋台には大きな体を縮めて、二本脚で立つ「熊」がいた。
「君しかいないよ! お連れのお嬢さんも可愛いね。市場は初めてかな? よかったらこれをあげるよ」
熊型の魔族から売り物である棒付きの赤い球体を渡される。
「わあ、ありがとうございます! これ、私大好きなんです」
フィーアが喜びの声を上げて受けとるので、クラリスも同じように手に取った。嗅いでみると果物と甘い匂いがした。
「クラリス様、これはりんご飴ですよ! 中に姫りんごという小さなりんごが入ってるんです」
クラリスは目を見開いて、もう一度匂いを確認してから、一口だけ舐めてみる。飴の甘さが口にじんわりと広がった。
「甘い!」
「かじるんですよ、クラリス様」
「舐めるものではないのか?」
今度は歯を立てて豪快にかじってみると、表面がぱきぱきっと割れ、中から蜜たっぷりのりんごが現れた。
「おいしい!」
「そりゃあよかった。二人とも、市場を楽しんでいけよ! 最近は人攫いもいるって話だが、魔王様に付いていれば安心だな」
クラリスとフィーアは店主にお礼を言って、りんご飴片手に市場を一軒一軒見物していった。
りんご飴を食べ終わると、串焼きの店で肉を買ったり、光り輝く宝飾を見たりした。店主の魔族たちは心優しく、満面の笑みで迎えてくれる。人間であるクラリスにもとても友好的だ。
市場の中央にある噴水広場まで来ると、二人は噴水の縁に腰かけた。温かい日差しと噴水による水の涼しさが、ちょうどいい気温を生みだしている。体力的に疲れていたクラリスたちは少しその場で休むことにした。
「すごい賑わいだった。ああ、でも魔王とは結局はぐれてしまったな」
「魔王様は気配に敏感なので、きっと私たちの位置も把握していると思いますよ……あ、これおいしいですね!」
独特な風味のある味付けがされた串焼きを、二人は無我夢中で食べきった。
魔族と人間の子どもが一緒になって風船を追いかける姿や、広場で踊り合う民衆の姿。まさに平穏な日常の一部分を眩しく見つめていると、同じく彼らを見つめていたフィーアが口を開く。
「クラリス様は、どうして私たちを助けてくれたのですか?」
それはまだフィーアが奴隷だったとき、クラリスが助けたことを指していた。なぜ今思いだしたのか。きっとフィーアも今のこの平和を強く噛みしめているからだろう。
「なぜ、助けてはいけない?」
クラリスが質問を質問で返すと、フィーアはクラリスを見つめた。その緑の瞳がクラリスの青を掴む。
「人間であるクラリス様が、魔族である私を無条件で助けるのは普通では考えられません。メンシス王国出身のクラリス様なら、なおさら」
ずっと不思議だったんですとフィーアは言った。
クラリスは過去を振り返る。
いつからだろう。人間も魔族も、区別することもなく偏見することもなく、平等に物事を見るようになったのは。
あれはまだクラリスが幼いときのことだ。勇者養成校に入るより、もっと前の――。
「人族と魔族は等しく同じ世界に生きているのだと、知ったんだ」
人族も魔族も、一人では生きられない。助け合って生きなければ、生きることはできないのだと。
「それを知ったきっかけが何かあったと思う。……だけど、それを私は思いだせないんだ」
思いだそうとすると、もやがかかって隠れてしまう。思いだしたいのに、知りたいのに、今はそのときではないと言わんばかりに影が映りこむのだ。
「きっとあの場にいたのがフィーアでなかったとしても、私は助けただろう。それは勇者としてでも、仕事としてでもない。「私」がしたかったことなんだ。……それは、おかしいことだろうか?」
不安げに問いかけると、フィーアは「いいえ」と強く否定した。
「私は助けてもらって嬉しかった。誰も信じられないあの場所で、あなたは限りなく私たちの光だった。クラリス様のしたことは私たちの身だけでなく、心も救ってくれたんです」
クラリスは自分の教えを認められ、心が穏やかになる。
「フィーア、それならあなたも私を救ってくれた。私の身も心も、フィーアは助けてくれた。ありがとう、大好きだよ」
そう言うとフィーアは大きな瞳を見開いて泣きだしてしまった。クラリスは慌ててハンカチを渡す。フィーアは受けとったハンカチを握りしめ、「私も大好きですぅ~」とクラリスに抱きつく。
思い思いの賑わいを見せる噴水広場で、クラリスたちを見ている者はいなかった。二人は抱きしめあって、お互いの顔を見て笑った。
次回は6月28日の12時過ぎに投稿いたします。よろしくお願いいたします!




