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侍女に転生した私、悪役令嬢お嬢様の“悪役の台詞”を全部言い換えます【連載版】  作者: 星渡リン
第4章 お嬢様は自分の言葉で立つ

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第42話 家の人たちは、急に期待し始めます

 昼休みの終わり、寮の談話室へ届いた二通目の手紙は、封蝋の時点で機嫌がよかった。


 エーデルフェルト公爵家。差出は家令補佐。

 父でも母でもない。なのに、こういう時だけ家の意思をいちばん上手に運んでくる類の肩書きだ。


「嫌な顔をしているわね」

 向かいのロザリア様が言う。


「はい」

 私は封筒の厚みを指で弾いた。

「上等な紙です。こういう日は、たいてい何か回収しに来ています」

「回収」

「評判とか、働きとか、婚約候補としての見栄えとか、そのあたりを」


 封を切る。

 紙を開いた瞬間、鼻についたのは、妙に落ち着いた香油の匂いだった。急いで出したくせに、体裁だけはやけに整っている。


 文面を追う。


 奉仕祭での働きが家にも伝わっていること。

 王宮筋への印象改善に資する好機であること。

 近く予定される学園外の会合では、婚約候補として家名に益する振る舞いを心がけること。

 今回得た評価を一時的なものに終わらせぬよう、軽率な独断は厳に慎むこと。


 私は紙を机へ置いた。


「どう」

 ロザリア様が聞く。


「集金計画書ですね」

「言い方」

「事実です」

 私は該当箇所を指で叩いた。

「お嬢様が奉仕祭で動かした人の数も、止めた事故の数もどうでもいい。向こうが見ているのは、その結果どれだけ王宮での印象が浮き、婚約候補としての値段が戻るかだけです」

「値段、ね」

「ええ。娘ではなく、投資先として再計算した顔です」


 ロザリア様は手紙を引き寄せた。

 読む目が冷たい。差し押さえ台帳でも検めるみたいに、上から順に容赦なく査定していく。


「都合がいいのね」

 低く落ちたその一言を、私は待たなかった。


 紙面を指先で弾く。


「ええ。不愉快なほどに」

 私は言った。

「ですので、この“都合の良い解釈”を書いた指から順に、事務的にへし折って差し上げましょう」


 ロザリア様がこちらを見る。

「物騒ね」

「お嬢様が冷めるたび、私はだいたいそうなります」


 手紙の末尾へ視線を戻す。

 そこで、やはり引っかかった。


「お嬢様」

「何」

「ここ、また別人です」


 最後の二行を指でなぞる。

 本文は黒。追記だけ青。

 筆圧も違う。家令補佐の整った字に混じって、末尾だけ、妙に短気で命令癖のある線が走っている。


 軽率な独断は厳に慎むこと。

 外部の視線を意識し、家名に相応しい応対を心がけるように。


「家令補佐ではないわね」

 ロザリア様が即座に言う。

「ええ。しかも慌てています」

 私は紙を少し傾けた。

「青いインクが溜まっている。乾く前に封へ戻した跡まである。本文を読んでから割り込みで差し込んだのでしょう」

「気に入らなかったのね」

「お嬢様の評価が、です」

「それとも」

 ロザリア様の口元が冷たく歪む。

「“家の管理下にある婚約候補”が、勝手に価値を上げたことが」


 私は返事をしなかった。

 代わりに控え紙を引き寄せる。

 喉の奥に、数字の合わない帳簿を無理やり受理させられた時みたいな、ひどく苦い熱さが込み上げる。


 ペン先を叩きつける。


 本文 家令補佐。

 青インク追記者 要特定。

 婚約候補として再陳列の意図。


 ロザリア様は、その書き込みを黙って見ていた。


「……あなた、本当に早いのね」

「お嬢様を値札つきの棚へ戻そうとする文書です」

 私は顔を上げた。

「遠慮する理由がありません」


 ロザリア様は手紙をたたみ直す。

 丁寧な手つきだ。だが紙の角だけ、ほんの少し強く折れている。


「今まで見もしなかったのに」

 ぽつりと言う。

「使えそうだと思った途端、“家の娘”になるのね」


 その声音は、冬の窓ガラスみたいに冷え切っていた。怒っている時の熱さすらない。もっと古い拒絶の色だ。


 私はその声を聞きながら、控え紙の余白へもう一行足した。


 学園以前からの管理傾向 濃厚。


「お嬢様」

「何」

「この家の帳簿も、だいぶ腐っていそうです」

「今さらね」

「ええ。ですが、今までは中身が見えなかった」

 私はペン先を置かずに続けた。

「今回は向こうから、青いインクで“ここを見ろ”と印をつけてくれました」

「ありがたい話ね」

「まったくです」


 ロザリア様はそこで、心底嫌そうな顔をなさった。

 計算の合わない帳簿を突き返された下っ端役人みたいな、救いのない顔だ。


「評価されるのも、少し面倒だわ」


 静かな本音だった。

 褒められたくないのではない。褒められた瞬間、その後ろに並ぶ請求書と、勝手に貼られる役割札まで見えてしまうのだろう。


「ええ」

 私は頷いた。

「ですが、面倒は片づけられます」

「簡単に言うのね」

「簡単ではありません」

 控え紙へ視線を戻す。

「ただ、順番の問題です。まず家令補佐。その次に、この青い追記者」


 私はその上等な紙に染み込んだ打算を、汚物でも検品するみたいな目で見下ろした。


 青いインク。癖の強い払い。

 お嬢様の正しさを利用しようとする、新しい不備。


 私は控え表の端を、静かに、そして鋭く突いた。


 ……さあ、誰から監査しましょうか。

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