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侍女に転生した私、悪役令嬢お嬢様の“悪役の台詞”を全部言い換えます【連載版】  作者: 星渡リン
第4章 お嬢様は自分の言葉で立つ

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第41話 褒められる予定は聞いておりません

 奉仕祭が終わって二日。準備室の棚には布箱が戻り、順番札も控え札も、ようやく人間らしい顔で並び直していた。


 その整い方を見た瞬間、私は少しだけ嫌な予感がした。

 こういう時はだいたい、どこかで帳簿がひっくり返っている。


 案の定、監督教師が書類束を抱えて入ってきた。顔つきが妙に複雑だ。叱りに来たのでも褒めに来たのでもない。面倒な決裁を押しつけられた役人の顔である。


「ロザリア嬢。リネット嬢」

 教師は机の端に書類を置いた。

「評価担当が朝から大騒ぎだったよ」


 ロザリア様が顔を上げる。

「不備でも見つかりまして?」

「逆だ」

 教師は乾いた笑いを漏らした。

「君の報告書が真っ当すぎて、今までの“悪役リスト”と整合が取れないそうだ。連中、筆を持ったまま固まっていた」

 そこで私の方を見た。

「君が記録の逃げ道を塞いだせいでな。あいつらの筆の震え、見せてやりたかったよ」


 それは大変結構。


「で」

 ロザリア様が淡々と促す。

「その騒ぎの結果は?」

「白旗だ」

 教師は一枚抜き出して差し出した。

「模範的対応として処理された。王宮側へ回る要旨にも入る。各家向けの簡易報告にも載る可能性が高い」


 ロザリア様はそれを受け取った。

 受け取って、閉じない。

 目だけが紙の上を往復している。


「……褒められる予定は聞いておりません」

 出てきた第一声がそれだった。


 私は思わず視線を逸らした。

 お嬢様が困惑なさるたび、こちらの次の仕事はたいてい増える。つまり今、かなり増える顔をしていらっしゃる。


 教師は気の毒そうな顔で笑った。

「私も、そこまで露骨に困られるとは思わなかった」

「必要なことをしただけですわ」

「必要なことを、必要な順で、必要な強さで通した」

 教師はきっぱり言う。

「それが評価された。以上だ」


 そこだけ言い残して、教師は長居しなかった。

 余計な慰めを足さないあたり、本日はだいぶまともである。


 書類束を抱えて出ていく背中を見送りながら、私は横を向いた。


 ロザリア様はまだ同じ頁を見ていた。

 書類と見つめ合っていても、王宮の評価は変わりませんわよ、と言いかけてやめる。たぶん今のお嬢様には、その程度の意地悪は不要だ。


「お嬢様」

「何」

「頁を閉じても、褒められた事実は消えません」

「知っているわ」

「では閉じてください。紙が怯えています」

 ロザリア様はそこでようやく、ぴたりと書類を閉じた。


「褒め言葉なんて、未処理の債務みたいなものよ」

 ぽつりと言う。

「後で何を請求されるか分かったものじゃない」

「ええ」

 私は素直に頷いた。

「勝った後の混乱ですね」

「その言い方、本当に感じが悪いわ」

「ですが正確です」


 否定はしない。

 お嬢様が戸惑えば戸惑うほど、私の頭の中では修正すべき帳簿が増えていくのだから。


 その時、控えめなノックがした。


 入ってきたのは書記局の補助生徒だった。両手で一通の封筒を差し出してくる。紙質がいい。封蝋もきれい。やたらと機嫌のよさそうな顔をした封筒だ。


「ロザリア・エーデルフェルト様へ」


 紋章を見た瞬間、ロザリア様の口元がわずかに引き締まる。


「早いわね」

「はい。今朝の便だそうです」


 エーデルフェルト公爵家。


 たいへん嫌な速度である。


「開けます」

 私は半ば当然のように言った。

「止めても開けるのでしょう」

「はい」


 封を切る。

 本文は穏やかだった。奉仕祭における働きが耳に入っていること。高評価を承知していること。家としても前向きに受け止めていること。


 だが、最後の二行で私は手を止めた。


 インクが違う。

 黒ではない。少し青い。

 筆圧も違う。本文の書き手より気が短い。払いが強く、余白への入り方が雑だ。褒める文面の後ろへ慌てて首輪を足した人間の字である。


「お嬢様」

「何」

「ここ」

 私は最後の二行を指で叩いた。


 近く、学園外でも振る舞いに注意されたい。

 外部の視線を意識し、家名に相応しい応対を心がけるように。


 ロザリア様が紙を引き寄せる。

 読み終えたあと、小さく息を吐いた。


「本文は前向き」

「ええ」

「最後だけ、急に首を絞めに来る」

「はい」

「お父様の文じゃないわね」

「少なくとも、最後は別です」

 私は即答した。

「お嬢様の有能さを認めたくなくて、慌てて手綱を締め直しに来た古い無能が一人います」


 ロザリア様がじろりと私を見る。

「言い方」

「事実です」

「その人選に心当たりは?」

「だいぶあります」

「嫌ね」

「まったくです」


 ロザリア様は手紙をたたみ直した。

 その手つきは落ち着いているのに、紙の角だけが少し強く折られている。怒っていらっしゃる時の癖だ。


「次は学園の外、ということね」

「ええ」

「あなた、本当に面倒な方へばかり進ませるわね」

「面倒な方から来ましたので」

「止めても来るのでしょうね」

「喜んで」


 ロザリア様は眉を寄せた。

「そういうところよ」

「褒め言葉として受け取ります」


 手紙をもう一度開く。

 青いインク。強い払い。本文より硬い命令口調。


 なるほど。

 お嬢様の正しさを塗り潰そうとする、新しい不備ですね。


 私は控え表を机へ引き寄せ、端に小さく書き込んだ。


 公爵家書簡。追記者、要監査。

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