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侍女に転生した私、悪役令嬢お嬢様の“悪役の台詞”を全部言い換えます【連載版】  作者: 星渡リン
第4章 お嬢様は自分の言葉で立つ

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第40話 お嬢様の評価が、王都へ届くらしいです

 書記局前の掲示板に貼られた新しい通達を見た瞬間、私は少しだけ笑いそうになった。


 関係各所へ要旨を回送する。


 ずいぶん便利な言い方だ。

 王宮の役人どもが、これまでの帳簿を机いっぱいに広げて、どの頁から言い訳を始めるか右往左往する光景が目に浮かぶ。各家の書記も同じだろう。今まで“高圧的な婚約候補”で話を済ませていた連中ほど、今回の報告書は喉に刺さる。


「何を見て、そんな嫌な顔で笑っているの」


 背後からロザリア様の声が落ちた。


「良い知らせです」

「あなたがそう言う時は、たいてい良くない方の意味でしょう」

「ご明察です」


 私は掲示の一行を指で示した。

 ロザリア様はその紙を、差し押さえ物件の目録でも査定するみたいな冷たい目で上から下まで読み直す。


「……関係各所」

「ええ」

「嫌な書き方ね」

「はい。ですが効きます」

「どこまで回るの」

「王宮。各家。運が良ければ、お嬢様のご実家まで」


 ロザリア様はすぐには何も言わなかった。

 掲示の紙を見たまま、ほんの少しだけ顎を引く。勝った時より、勝ちが外へ漏れた時の方が警戒する顔だ。


「困るわね」

「ええ」

「“良い評価”というものは、だいたい善意で運ばれないもの」

「分かります」

「嘘ね。あなた今、かなり楽しそうよ」

「少しだけです」

「少しでは済んでいない顔をしているわ」


 そこへ別の足音が重なった。


「僕は、良かったと思う」


 アルベルト殿下だった。


 いつものようにまっすぐ言ったが、今日はそのまっすぐさに、少しだけ現実の重みが乗っている。


「今回の記録が上へ回るなら」

 殿下は掲示板の文面を見たまま続けた。

「僕がこれまで読んできた報告書の方が、ずっと質が悪かったと証明される」

 口元がわずかに歪む。

「王宮へ戻れば、相応の突き上げは来るだろうね。僕自身の見る目も含めて」

 そこで、ようやくロザリア様の方を見る。

「でも、それでも構わない。君のしたことが、ようやくまともな形で届くなら」


 前向き、というより、覚悟に近い言い方だった。

 そこまで来たのなら、まあ及第点くらいはやってもよい。


「殊勝ね」

 ロザリア様が言う。

「今さらですけれど」

「今さらです」

 私も横から足しておいた。


 殿下は苦笑したが、否定しなかった。


 その時、書記局の扉が開き、奉仕祭当日の監督教師が出てきた。手には封蝋前の薄い報告書が何通かある。こちらを見つけると、足を止めた。


「ちょうどいい」

 教師はそのうち一枚を軽く持ち上げた。

「今回の奉仕祭対応は、学園評価担当へ“模範的対応”として上げることになった。来賓が関わった件でもあるから、王宮側への要旨にも入る」

 視線がロザリア様へ向く。

「ロザリア嬢。君の判断と現場対応が、その中心事例だ」


 模範的対応。


 その言葉が空気の中へ落ちた瞬間、ロザリア様は少しだけ目を伏せた。嬉しい顔ではない。表彰状ではなく、見慣れない診断書を渡された人の顔だった。


「……そう」

 やっとそれだけ言う。

「正当に評価されたと思っていい」

 教師は穏やかに続けた。


 ロザリア様はそこで、ようやく短く息を吐いた。


「そういう言葉を、私の方へ向けるのに慣れていないのよ」

 声は平らだ。

「悪く書かれる時の方が、よほど受け取り方を知っているわ」


 教師は慰めを入れなかった。

 そこはまともだった。変な励ましは、今のお嬢様にはたぶん一番まずい。


「報告は本日中にまとめる」

 代わりに事務的に告げる。

「必要なら写しも後で見せよう」


 教師が去り、三人だけが掲示板の前に残る。


「学園の中だけなら、これで十分だったのでしょうけれど」

 ロザリア様が静かに言った。

「外は違うわね」

「ええ」

 私は頷いた。

「札と導線と証人の数だけで殴れる範囲を、きれいに超えました」

「物騒なのよ、あなたの比喩は」

「事実です」

「次は家格、婚約、王宮評価、ついでに社交界の退屈な舌も相手にしろと?」

「はい」

「本当に面倒な方へばかり進ませるわね」

「お嬢様が拒否なさらないものですから」

「拒否しても押し切るのでしょう」

「できれば円満に参ります」

「無理ね」


 そこで殿下が、少しだけ笑いを噛み殺すような顔をした。


「君たちは、いつもそういう調子なんだな」

「今さら気づいたんですの?」

 私が聞くと、殿下は素直に頷く。

「今さらだ」

「では、次からはもっと早く気づいてください」

 ロザリア様が言う。

「遅い理解は、だいたい余計な仕事を増やすのよ」

「肝に銘じる」


 その返事の直後だった。


 書記局の見習いらしい少年が、廊下の向こうからこちらへ駆けてきた。両手に薄い封筒を抱えている。嫌な速さだった。平穏な知らせは、ああいう速度で来ない。


「ロザリア・エヴァンス様!」

 少年は息を切らして立ち止まり、封筒を差し出す。

「侯爵家から、至急お手元へとのことです」


 侯爵家。


 空気が少し変わった。


 ロザリア様は封を切らない。まず差出の印を見て、紙質を見て、私へ一度だけ視線を寄こした。

 はい。分かります。開ける前から嫌な種類の手紙ですね、という視線だ。


「開けてよろしいですか」

「どうせ止めても開けるのでしょう」

「もちろんです」


 私は封筒を受け取る。紙は上等。急いで出したくせに、体裁だけは妙に整っている。いかにも王都の上流らしい嫌味だ。


 中の紙を引き抜く。

 一読して、私は少しだけ口角を上げた。


「何」

 ロザリア様が低く問う。


「ご実家より、帰邸の要請です」

「理由は」

「奉仕祭における“高評価の件につき、至急事情を確認したし”」

 私は紙を折り返す。

「ずいぶん素直な書き方ですね。もう少し飾るかと思いました」

 ロザリア様は目を閉じるでもなく、ただ一度だけ天井を仰いだ。

「……来たわね」

「ええ」

 私は手紙を綺麗に畳み直した。

「学園の外が、もうこちらを見ています」


 掲示板の紙一枚で終わる話ではなかった。

 終わるはずもない。


 お嬢様の言葉は、ついに正しく残った。

 その勝ちは、学園の中だけの訂正では済まない。舞台を一つ、外へ押し広げる類の勝ちだ。


 よろしい。

 侯爵家から始まるなら、帳簿の開き方も変えなければならない。


 私は手元の呼び出し状を整えた。

 次に顔色を失うのが、侯爵家か、王宮か、それとも両方か。

 確認する仕事が、増えただけだ

第4章までお読みいただき、ありがとうございます。


今回は、ロザリアが少しずつ自分の言葉で立てるようになり、その言葉が初めてきちんと残った章でした。

主従としての掛け合いを楽しんでいただけたなら嬉しいです。


そして次は、学園の外へ。

王都、家、評価の流れなど、もう少し大きな舞台に進んでいきます。


引き続き、見守っていただけましたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
侯爵家?公爵令嬢じゃなかったっけと1話を見直したら公爵令嬢でした。
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