第32話 お嬢様の強みは、実はかなり実務向きです
奉仕祭の第一回運営会議は、始まって十五分で破綻の匂いがした。
会場は上級生用の合同講義室だった。窓が多く、机も揃っていて、見た目だけならいかにも真面目な話し合いに向いている。けれど机の上へ配られた分担表は、上澄みだけを掬って並べたような出来だった。
「案内は立ち居振る舞いの綺麗な方がよろしいのではなくて?」
「飾りつけは人数が多い方が華やかになりますわ」
「配布は手早い方なら二人もいれば十分でしょう?」
言葉だけ聞けば整っている。
けれど、あの表をこのまま通したら、当日は地獄だ。
案内と配布を兼務。なるほど。この令嬢を分身させる触媒でも、どこかの棚に備蓄してあるのだろうか。来賓導線と搬入経路も正面衝突している。脚立を抱えた生徒に来賓がぶつかり、布箱がひっくり返り、受付前で人が詰まり、誰かが泣く。奉仕祭ではなく、衝突事故の展示会だわ。
私は分担表の余白へ印をつけた。横を見ると、ロザリア様はもう嫌そうな顔をしている。
このお方は、人ではなく流れを見る。
誰がやりたがっているかではなく、どこが詰まり、どこで崩れ、誰に皺寄せが来るかを先に見つける。
もう黙ってはいらっしゃらない。
「この程度の段取りで回ると思っているの?」
それまで教室に満ちていた、お気楽なペンの回転音や、飾り布の色を相談する私語が、一瞬で叩き潰された。
進行役の令嬢が、貼りつけたような笑みで振り向く。
「ロザリア様、何かお気づきの点が?」
「気づくところしかありませんわ」
ロザリア様は分担表を持ち上げた。
「見栄えの良い役ばかり先に埋めて、補充も撤収も空欄のまま。案内と配布の時間は重なっているし、受付が詰まった場合の予備もない。これで静かに回ると思っているなら、ずいぶん幸福な頭をしているのね」
数人が顔をこわばらせた。刺さった。かなり深い。
だが、誰もすぐには反論できない。紙を見れば、その通りだからだ。
私はそこで口を添える。
「お嬢様は、人員配置と時間の重なりに無理があると仰っています」
分担表の時刻欄を指でなぞる。
「こちら、案内係の持ち場から配布卓まで移動だけで三分はかかります。交代時刻が同分ですので、実質的には同時勤務です」
視線が一斉に時刻欄へ落ちる。
「加えて、来賓受付の導線と備品搬入がぶつかっています。混雑時にここで脚立や箱が交差したら、行事ではなく怪我人の報告書を先に書く羽目になります」
「そういうことですわ」
ロザリア様が冷ややかに続けた。
「飾り布の長さより、どこで人が転ぶかの方が、よほど現実的でしょう」
進行役の令嬢が慌てて言う。
「で、でも、撤収は皆で手分けすれば……」
「その“皆”がどこから湧くの?」
ロザリア様は間髪を入れない。
「都合の良い奇跡を計画に書き込むのはおやめなさい。見苦しいわ」
ミレイユが少し離れた席から表を覗き込み、小さく呟いた。
「……本当だわ。補充係、ない……」
その一言で、周囲の生徒たちもようやく紙をまともに見始める。
私はさらに畳みかけた。
「備品欄も甘いですね。案内札、順番札、布留め、補修糸。使用数だけ書いて、予備が未記入です」
「壊れてから走り回るおつもり?」
ロザリア様が言う。
「三流の劇でも、もう少しましな仕込みをしますわ」
教師が咳払いした。何か言いかけたが、その前にロザリア様が紙を机へ置く。
「代替案を申し上げます」
口調だけ妙に丁寧だった。
「飾りつけ班から二人削って、補充と撤収へ回しなさい。案内係と配布係は時刻をずらす。来賓導線と生徒導線は入口で分ける。備品倉庫前に中継机を置いて往復を減らす」
まだ終わらない。
「順番札と案内札の予備は別箱で。布留めは想定数の一割増し。欠員対応に遊撃を二名」
「二名?」
教師が思わず聞き返す。
「ええ」
ロザリア様は即答した。
「片方は受付寄り、もう片方は倉庫寄り。詰まった側へ回せば崩れ方が緩くなります」
教師は何か言い返そうとして、結局、手にしていた資料を机へ置いた。投げ捨てる一歩手前みたいな手つきだった。
それから黙ってペンを取り、ロザリア様の言葉を走り書きで清書し始める。
よろしい。理屈での驚きより、実務での降伏の方がずっと美しい。
「……こちらを叩き台にします」
教師は顔を上げずに言った。
「元の案は一度崩しましょう」
進行役の令嬢が目を丸くする。
「先生?」
「その方が早い」
教師は短く言った。
「このまま進める方が遅れる」
教室の空気が変わる。
「中継机の案、たしかにそれなら」
「撤収二人は少ないと思っていたけれど……」
「怖いとかじゃなくて、普通に仕事ができる方なのでは」
「普通に、どころじゃないわね」
その言葉を聞きながら、私は静かに息を吐いた。
雑な配分。衝突必至の導線。甘すぎる予備時間。
そんな不備だらけの迷路を、お嬢様の正論が最短距離で叩き潰していく。
「お嬢様は」
私は静かに言った。
「誰が目立つかではなく、どこが詰まるかを見ておられます。少々鋭く聞こえても、中身はかなり実務的ですよ」
少々、ではないだろうという顔をした生徒が数人いたが、誰も否定しなかった。もう、その余力がない。
教室の後方では、アルベルト殿下が資料を持ったまま立ち尽くしていた。顔に出ている。役名だけ追っていた自分と、流れ全体を見ていたロザリア様との差に、今さら足元を掬われた顔だ。
だが、今は放っておく。
いちばん美味しいところを、わざわざ殿下の反省で薄める必要はない。
「リネット」
ロザリア様が視線を紙へ落としたまま呼ぶ。
「はい」
「中継机の案、倉庫前だと狭いかしら」
「半歩だけ廊下側へ逃がせば、人の流れは切れません」
「そう」
そのやり取りを聞きながら、私は妙な満足感を覚えていた。
笑うのではない。
もっと質の悪い感情だ。この有能な劇薬の扱い方を知っているのは、今のところ私だけだという、あまり健全ではない優越感。現代なら、たぶんこの方は有能な管理職で即戦力だ。少なくとも、こんな会議を十五分でひっくり返せる人材を、私は他に知らない。
教師はもう驚かない。
その代わり、修正案の欄を黙々と埋めていく。降伏ついでに、ちゃんと働き始めたらしい。それでいい。
私は控え札の余白へ視線を落とした。
……あら。
予算配分表。布装飾にばかり予算が寄って、肝心の予備備品費が死んでいるじゃない。
私はその欄を、まるで獲物の喉元をなぞるような手つきで、静かに、そして鋭く突いた。




