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侍女に転生した私、悪役令嬢お嬢様の“悪役の台詞”を全部言い換えます【連載版】  作者: 星渡リン
第3章 記録は誰の味方をするのか

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第30話 侍女は、お嬢様の役を取り返したい

 寮の居間には、死んだインクの匂いが澱んでいた。


 机の上には、書記局から持ち帰った控え、控え札の写し、走り書きのメモ。几帳面に整えられた紙の山。中身がここまで腐っているくせに、体裁だけはきれいだ。その欺瞞が、吐き気がするほど癪に障る。


「……それで?」


 ロザリア様が先に口を開いた。


 椅子に浅く腰かけたまま、机上の綴りを見ている。静かな顔だ。静かすぎる。こういう時のお嬢様は、怒るより先に飲み込む。


「仕組みの説明は省きます」

 私は一番上の綴りを指で押さえた。

「要するに、お嬢様は最初から『悪役』という出荷先が決まったベルトコンベアに乗せられていました」

 ロザリア様の視線が、ほんの少しだけ上がる。

「現場、補助生徒、教師、書記局。関わった全員の、怠慢と手抜きと無意識の加担。その積み重ねです」

「ずいぶん嫌な言い方ね」

「嫌な話ですから」

 私は即答した。

「お嬢様が何を言ったかより、お嬢様がどういう人に見えると都合がいいか。そちらが先に決まっていたんです」


 ロザリア様はしばらく黙っていた。


 やがて、自分の名前が入った控えを一枚引き寄せる。指先で紙の端をなぞり、そこで止まった。


「……最初から、わたくしの名前は毒入りのインクで書かれていたのね」

 小さな声だった。

「それなら、どんなに言葉を尽くしても、滲んで消えるだけでしょうね」


 それだけで十分だった。


 長く語らない。嘆かない。

 なのに、その一言で、どれだけ慣れてしまっているのかが分かる。そこがいちばん痛い。


「いいえ」


 私は間を置かずに返した。


 ロザリア様がこちらを見る。


「消えません」

「そう言うと思ったわ」

「ええ。言います」

 机に手をつく。

「お嬢様は悪役ではありません。悪役に見えるよう、雑に梱包されていただけです」

「リネット」

「帳簿の不備です。しかも相当ひどい」

 私は綴りの角を揃えた。

「なら、差し戻すだけです」


 ロザリア様は少しだけ目を細めた。

「簡単に言うのね」

「簡単ではありません」

「では、なぜそんな顔ができるの」

「数字と事実に裏切りはありません」

 私は答えた。

「失敗するのは、感情を計算式に混ぜる無能だけです」


 その言い方に、ロザリア様は呆れたように息をつく。

「本当に面倒ね」

「今さらです」


 私は机の上の紙束を三つに分けるふりをして、結局すべてを一つの山に戻した。


「順番に片づけます。まず、この嘘に頷いた承認印の筆跡を洗う。教師摘要の癖を拾う。王宮へ流れる評価書の文面とインクを照合する。誰がどこで、お嬢様を“それらしく”見せる余計な手を入れたのか、全部です」

 ロザリア様の眉が上がる。

「全部?」

「全部です」

「あなた、今夜は寝る気がないの?」

「お嬢様もです」

「……は?」

「今夜は眠らせませんわよ」

 私は真顔で言った。

「まずは、あの無能な殿下の読み間違い一覧から検品します。どこで何を見落とし、どの言葉を勝手に膨らませ、どの場面で都合よく目を逸らしたのか。基礎資料として必要です」

「必要なのは分かるけれど、言い方というものがあるでしょう」

「ありません」

「あるのよ」

「では柔らかく言い直します」

 一息置いて、にこりともせず続ける。

「殿下の勘違い一覧を、今夜中に作成いたします」

「全然柔らかくなっていないじゃない」


 少しだけ、部屋の空気がほどけた。


 ロザリア様はそれでもすぐに笑わず、私を見たまま言う。

「……役を変えるのではないのね」

「変えません」

「おとなしく、愛想よく、誰にでも好かれる娘のふりをしろという話でもなく」

「まったく違います」

「そう」


 そこで私は、机の上の紙から手を離した。


「役を変えるのではありません」

 まっすぐロザリア様を見る。

「お嬢様の役そのものを、取り返すんです」


 ロザリア様は、すぐには返事をしなかった。


 その代わり、縋る場所を探すみたいに、自分の袖口を指で強く握る。珍しい癖だった。私は気づかないふりをして、散った紙をもう一度揃えた。


「……大きく出るのね」

「帳簿を正しい棚へ戻すだけです」

「その言い方、好きね」

「好きではありません。必要なだけです」

 私は綴りの端をぴたりと合わせる。

「お嬢様を悪役の棚へ勝手に突っ込んだ連中がいる。なら、そこから引きずり出して、本来あるべき場所へ戻す」

「簡単ではないわ」

「知っています」

「相手は一人ではないのよ」

「ええ」

「書記局も、教師も、学園の空気も、王宮側の目もある」

「全部まとめて監査対象です」


 ロザリア様は、そこでようやく小さく口元を緩めた。

 困ったような、呆れたような、でも少しだけ助かったみたいな顔だった。


「……本当に、面倒な侍女だこと」

「光栄です」

「それに、ひどくうるさい」

「仕事ですので」

「そういうところが面倒なのよ」

「承知しております」


 ロザリア様は袖口から手を離し、机の上の紙を一枚取った。

「では、その“読み間違い一覧”とやらを見せなさい」

「まだ下書きです」

「下書きで結構」

「かなり分厚いですよ」

「あなたが作るものだもの。今さらでしょう」

「ええ。今さらです」


 私は新しい紙を引き寄せ、見出しを書いた。


 アルベルト殿下 読み間違い一覧


 その下へ、赤と青の印を入れる欄を作る。

 殿下の勘違い。筆記者の悪意。教師の怠慢。書記局の整形。

 今夜は長くなる。


 けれど、もう迷いはなかった。


 お嬢様の言葉だけを守るのでは足りない。

 お嬢様の強さが、正当な強さとして残る形まで、こちらで設計し直す。


 私はペン先を整え、次の行へ書き足す。


 承認印照合。摘要語彙の偏り。王宮評価書流入経路。


 それから、ほんの少しだけ口元を上げた。


「さて、お嬢様。まずは殿下の無能さから、一緒に仕分けしてまいりましょう」

第3章までお読みいただき、ありがとうございます。


この章では、リネットが「その場を切り抜ける侍女」から、記録や印象の流れそのものを見に行く側へ少し進みました。

ロザリアがなぜあのように見られてきたのか、その輪郭がようやく見え始めた章でもあります。


次章では、学園の中だけでなく、もう少し外側の流れにも踏み込んでいく予定です。

引き続き、主従のやり取りを楽しんでいただけましたら嬉しいです。


いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
気になっていたのですがなぜ学園のルールを守らなかったり一部の生徒に仕事が偏る時に教師もいたのにどの教師も注意していないのでしょうか?教師が注意しないのなら注意するのがロザリア等の身分の高い人か上級生に…
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