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侍女に転生した私、悪役令嬢お嬢様の“悪役の台詞”を全部言い換えます【連載版】  作者: 星渡リン
第2章 お嬢様は悪役に向いていません

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第28話 殿下は、読むものを選べる立場にいる

 中庭の低木は、苛立つほどきれいに刈り込まれていた。


 春の光まで行儀よく見える。

 その整い方が、今日は妙に嘘くさい。


 ……いや。

 嘘を好んで見ていたのは、自分の方か。


 アルベルトはそこで足を止めた。


 高圧的。威圧的。強い糾弾。

 あの紙に並んでいた語が、まだ頭の奥に貼りついている。短く、乱暴で、都合がいい。そんなものでロザリアを分かったつもりになっていたのかと思うと、喉の奥がひどく苦かった。


 衣擦れの音がして、顔を上げる。


 回廊の向こうからロザリアが来る。

 いつものように背筋を伸ばし、手には控え札。少し後ろを、リネットが歩いていた。


 アルベルトは一瞬だけ迷ってから、声をかけた。


「ロザリア」


 ロザリアが足を止める。


「……殿下」

 冷たい声だった。

「何かご用でしょうか」


 アルベルトはすぐには返せなかった。

 けれど、目は逸らさない。


「少しだけ、話してもいいだろうか」

「内容によります」

「長くは取らせない」

「でしたら、短くお願いいたしますわ」


 半歩後ろで、リネットが黙ったままこちらを見る。

 帳簿の余白もくれなさそうな目だった。


 アルベルトは息を整える。


「最近の君は」

 そこまで言って、言葉が止まった。


 最近の君は違って見える。

 そう言いかけて、自分で嫌になった。


「……いや、違うな」

 ロザリアの眉がわずかに動く。

「何がでしょう」

「変わったのは君だけじゃない」

 アルベルトは言った。

「僕が、最初から見ていなかっただけかもしれない」


 短い沈黙が落ちた。


 ロザリアはすぐに答えない。

 控え札の角を指先で揃えてから、ようやく口を開く。


「今さら気づかれても困りますわ」

「ああ」

「わたくしが変わった部分もあるでしょう。でも、それだけではありません」

「……そうだろうな」

「見ていなかったのなら、そうなのでしょう」


 アルベルトは返す言葉を探したが、うまく見つからなかった。


「僕は」

 ようやく出た声は少しかすれていた。

「読むものを選べる立場にいた。記録も、報告も、誰の話を先に聞くかも」

 ロザリアは黙っている。

「なのに、いちばん楽なものばかり読んでいた」

 拳を握りかけて、やめた。

「気が強いとか、言い方が鋭いとか、そういう分かりやすいところだけで」


 ロザリアの視線が、まっすぐ来る。


「選べる方ほど、選び方に責任がありますわ」

「その通りだ」

「殿下は、誰かの要約だけで済ませてよい立場ではなかったはずです」

「……ああ」


 それ以上、飾る言葉は出なかった。


 リネットは相変わらず黙っている。

 その沈黙が、妙に重い。


 アルベルトはロザリアを見た。


「列を戻したことも、危険を止めたことも、場を立て直したことも」

 言いながら、自分が何を見落としていたかがひどくはっきりしていく。

「僕は、そういうものをずっと後ろへ追いやっていた」

 そこで一度言葉を切る。

「次は、そうしない」


 ロザリアがわずかに目を細めた。


「でしたら」

 声は静かだった。

「次こそ、後ろへ追いやらないでくださいませ」

「ああ」

「今度こそ、でお願いいたしますわ」


 アルベルトは頷いた。


 ロザリアはそこで会話を終えるつもりらしく、軽く一礼しかける。

 アルベルトはその前に、もう一歩だけ踏みとどまった。


「ロザリア」

「まだ何か?」

「次は」

 今度は止まらずに言う。

「記録ではなく、君自身を見て判断したい」


 ロザリアの目が、ほんの少しだけ見開かれる。

 それも一瞬で、すぐにいつもの顔へ戻った。


「でしたら、最初からそうなさってください」

 口調は変わらない。

「紙より本人の方が、よほど面倒ですけれど」

「覚悟はしておく」

「足りないと思いますわ」


 それだけ返して、ロザリアは今度こそ一礼した。


「失礼いたします」

「ああ」


 二人が歩き出す。


 少し遅れて、リネットが一度だけ振り返った。

 まだ、インクも乗っていない真っ白な余白。そんな目だった。お嬢様の隣を歩く資格があるかどうか、これからたっぷり検品してやると言わんばかりの。


 アルベルトはその視線を受け止めたまま、何も言わなかった。


 回廊を曲がってから、ロザリアが前を向いたまま小さく言う。


「リネット」

「はい」

「今のは、記録しなくて結構よ」

「かしこまりました」

「……いえ」

 ロザリアはすぐに言い直す。

「やはり記録しておきなさい。後で何を言ったか忘れられても困るわ」

 リネットは口元だけで笑った。

「承知しました」


 控え札の余白へ、リネットは小さく書きつける。


 殿下。保留。


 ほんの少しだけ、いつもより丁寧な字で。

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