第27話 優しい言葉だけでは、守れない時もある
行事準備というものは、不思議なくらい「丁寧な人」に仕事が寄っていく。
その日の放課後、小講堂の控え室には見学会用の役割札と書類が広げられていた。案内、配布、出欠確認、片付け。机の上は整っているのに、割り振りだけが妙に汚い。
「これ、私たちが持つより、フォルナ様の方が丁寧にできそうですわ」
「そうそう。こういう確認ごとは、向いている方がなさるのが一番でしょう?」
「適材適所というものですもの。お願いしてもよろしくて?」
声は柔らかい。
笑顔も崩れない。
けれどそのたび、ミレイユの手元の役割札は一枚ずつ増えていった。
配布係。
出欠確認。
最後の片付け確認。
細い指が、三枚の役割札を抱えきれずに少し震える。
「わ、わたしでよければ……」
その瞬間だった。
「よくありませんわ」
お嬢様の声が、ぬるい控え室を一瞬で査定の場に変えた。
令嬢たちの浅い呼吸が、そろって止まる。
ロザリアは机の上の役割札を見た。人ではなく、まず分量を見る目だ。
「その子ひとりに寄せるのはおやめなさい」
声は静かだった。
「お願いの形をしていれば、押しつけにならないとでも?」
「お、押しつけだなんて、そんな」
「では数えてごらんなさい」
ロザリアは役割札を指先で示す。
「フォルナ様に三枚。あなたがたは一枚、あるいは手ぶら。これで公平だと本気で言うつもり?」
令嬢たちは言葉に詰まった。
リネットはそこでやっと動いた。
お嬢様の牙はそのままに、数字だけを前へ出す。
「現在、役割札はフォルナ様へ三件集中しています」
控え紙を見ながら淡々と言う。
「配布、確認、片付け補助。しかも時間帯が重なっていますね。これでは実働が偏ります」
紙を指で示した。
「各自で一件ずつ持てば、十分に回ります」
それで空気が変わった。
「あ……」
一人の令嬢が、自分の空いた手を見た。
「たしかに、少し偏っていたかも」
「少し?」
ロザリアが返す。
「その程度の枚数も読めないのなら、最初から割り振り役に立たないでちょうだい」
今度こそ、誰も反論しなかった。
慌てて役割札が取り直される。
「片付けは私がやりますわ」
「では配布はこちらで」
「出欠確認は二人で分けましょう」
ようやく分担表がまともな顔になる。
ミレイユは役割札を一枚だけ残して、まだ少し混乱した顔をしていた。
「あの……ロザリア様」
「何」
「わたし、そんなに困って見えましたか」
「見えましたわ」
ロザリアは即答した。
「役割札を持つ指先が震えていたもの」
ミレイユがはっと自分の手を見る。
「引き受ける前に、数えて、考えて、それから返事をしなさい。それが無理なら、最初から“今は持てません”と仰い」
「……はい」
小さく返った声には、戸惑いと安堵が半分ずつ混じっていた。
そこへ実習担当の教師が入ってきて、机の上の役割札を見回す。
「……ひやりとしましたよ」
額に手をやって苦笑する。
「この配分のまま進んでいたら、最後に泣くのはフォルナ嬢ひとりだったでしょうね。助かりました、ロザリア様」
「でしたら、最初の配分表を見た時点で止めるべきでしょう」
ロザリアが言う。
教師は苦笑を深めた。
「まったくその通りです。次からは、枚数だけでも先に確認します」
以前なら、ここでもっと空気が冷えただろう。
今日は違う。刺さったまま、でも通っている。
少し離れた場所で、小さな囁きが立つ。
「やっぱりロザリア様、厳しい……」
「でも、言ってることは正しかったわよね」
「正しいけど、きついのよ」
「これ、記録に残ったらまた“威圧的”って書かれそう」
リネットはそちらを見なかった。
代わりに、控え紙へ視線を落とす。
配布一。確認一。片付け一。
修正前は三。修正後は一ずつ。
時刻、場所、同席者。教師確認あり。
さっきまで自分は、翻訳の仕方を少し間違えていたのかもしれない。
お嬢様の鋭さは、不具合を炙り出すための検品だったというのに。
丸くするばかりでは足りない。
牙まで削ったら、守れるものも守れない。
「……本当に」
ミレイユが小さく言う。
「ありがとうございました」
「礼は結構」
ロザリアは役割札の端を揃えた。
「次は最初から、自分の分だけ持ちなさい」
「はい」
その返事は、さっきよりずっと真っ直ぐだった。
ロザリアが踵を返す。
リネットは一歩遅れてついていく。
「お嬢様」
「何」
「今のは必要経費でした」
ロザリアは横目で見る。
「珍しいわね。丸めないの」
「丸めたら潰れる場面でしたので」
「……そう」
その一言だけで、少しだけ歩調が軽くなる。
控え室の出口手前で、リネットは控え紙をもう一度見た。
現場で必要だった鋭さ。
偏っていた役割札の枚数。
教師の確認。
再配分後の人数比。
これだけ揃えば、ただの“高圧的介入”とは書かせない。
牙を抜くのではない。
その牙が正当な防衛だったと、誰にも文句を言わせない帳簿を作るだけだ。
リネットは役割札の控え番号を書き足した。
次は、この分担表の算出根拠から崩す。




