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吸血少女は牙隠す。 〜どうやら彼女、吸血鬼と呼ばれるのは心外だそうです〜  作者: 青葉 ユウ


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3-8 どんな味がするのかなぁ





 後悔する前にネリメアに会って伝えたい。


 普段ならどんな言葉で伝えるか悩んで、帰ってくる返事を想像しては悶々といただろうに、気が逸って足早に宿に戻ればネリメアは既に宿を離れていた。


「一、二日戻らないかもってお出かけされましたけど、もしかしてギルさん! すぐに謝ったんじゃなかったんですか〜!?」

「俺にも心の準備があるんだよ……」

「この人でなし! 乙女の敵!! まあでもネリメアさんはギルさんみたいに落ち込んでませんでしたけどね。だから私もてっきり仲直りした後と思ったんですが」


 違いましたね! と笑顔で毒を吐くリンゼを横目に宿の扉をまた開く。


「ギルさんごめんなさ〜い! 元気出してくださいね〜!」


 振り返らなくてもリンゼが大きく手を振るのが分かるから、手を掲げながら太陽の光の下へと身を出した。

 次の行き先を悩むこともなかった。


 ネリメアの目的だった季節限定の希少酒。

 既に入手してるかもしれないが、酒は消耗品。何本になっても喜ばれることだろう。


 ◇◇◇


 目的の酒が売られるのは、広場で週末に開かれる大きな市場らしい。

 一週間頑張った褒美を求めて住民がこぞって集まるので商人にとっては繁盛する日だが、その話を聞いた時は購入するにあたっての希少性はないのだなと思ったものだ。


「えっ売り切れ?」

「ああ。毎年のことだから、こんな時間にくるなんざ地方から来た客人くらいだぞ」

「朝イチに行くと確実とは聞いてたけど……」


 空を見上げれば太陽が真上に昇っている。

 落ちかけてはいるが「こんな時間」と表現するには早くはないだろうか。


「今年は昼の鐘がなる前に売り切れたからな。残念だが、また来年来てくれや! 寝坊はするなよ!」


 ガハハと豪快に歯を見せた店主は、樽の形をしたジョッキに注がれたビールを豪快に飲み干していく。

 場所に限りある市場には露店も人も引きめきあっているというのに、その三分の一を独占していただろう露店の片付けをビール片手にする店主の姿は明らかに異様だ。


 それなのに行き交う誰しもが気にする素振りはないし、顔見知りからは「今年も絶好調だったね」と労いの言葉をかけられていた。


「分かった。来れそうだったらまた来年くるよ」


 残念だとやけに気落ちしていた俺の声。

 耳を疑った俺と、そんな俺に訝しんだ店主の目が合う。


 俺は店の雰囲気や人付き合いによってはそれなりに呑むが、お酒よりは食事派である。

 ネリメアやリンゼから話を聞いて興味は唆られたが、何がなんでも――とまでは思っていなかった。

 ネリメアへの詫びであって、彼女が入手できていなかった場合の保険のつもりだった。


 だから、後悔している自分がいたことに少しばかり驚いている。


(とはいえ来年の俺は何処にいるのか分からないけど)


 幼馴染を殺した吸血鬼()を探して旅をしているのかどうか。

 復讐を遂げた後なのか否か。

 そもそも生きてるのか死んでるのかも。


 一年先は果てしなく、想像できない未来である。


 来年来れそうだったらと口にはしたが、実際来ることはないだろう。

 瞬く間に完売する季節限定の酒という希少性が物欲を刺激しているだけなのだから、これは一時の感情だ。

 そう思うことで割り切ることにした俺は、忘れてはならない問いを切り出す。


「聞きたいことがあるんだけど、お酒を買って行った客のなかに色白な肌に赤目の女の子いた? 知り合いなんだけど、凄く楽しみにしてたから買えたか気になってさ」

「色白に赤目の――もしやお前さん、ウィーバル亭の客人か?」

「そうだけど……?」


 何処の宿に泊まっているかを初対面の人物に知られていることは日頃からある。

 そこには路銀集めの仕事探しという明確な理由があって、今回ばかりは違った。

 この町に吸血鬼がいる目星がついていた俺に仕事を引き受ける時間的な余裕がなかったのだ。


 吸血鬼を捕らえたら即座にパトロンに報告する。手持ちの路銀が底をつきようとも、宿屋の滞在日数が余っていようとも、パトロンと連絡を取り合える施設がある大都市へ駆けつけるのが旅の支援と引き換えの条件のひとつでもあった。 


 そういった訳で俺は仕事探しをしていないし、それなりに大きなこの町で噂になるような行動もしていない――はずだ。


「ほう」


 手にしていたビールを煽いだ店主の眼差しが下へと落ちる。

 目に留めているのは太腿に括った短剣だろうか。

 重苦しいマントや悪目立ちする武具を身につけていないため、そのくらいしか検討がつかない。

 かといって、この辺りの町々では男なら剣の一本や二本身につけている。


「リンゼから聞いてたんだ、お前さんのこと」


 訝しむ俺に構わず軽快に店主は手招きをする。

 賑わう市場でもはっきり聞こえた声は調子そのままに小さくなった。


「うちの酒目当ての男女二人組の客人がいるってな。ここ連日の殺人事件の犯人を取っ捕まえてくれるらしいつってたが、お前さんがやってくれたのか?」

「いや――昨夜に自警団が捕まえてくれたんだろ? 俺は興味本位で嗅ぎ回ってただけだよ」

「手柄を立てたくない事情があるってわけか」


 否定を無にして勝手に納得した店主に曖昧に笑う。

 吸血鬼を捕らえたあとが俺はどうも苦手だ。


 これまでパトロンの意向に沿って休む間もなく立ち去れていたのは好都合だったから、久しぶりの会話に気が重くなる。

 そんな俺の気持ちを察したのか。


「今日はここの片付けがあるから、明日俺の店に来てくれ」


 にかっと白い歯を見せて店主はビールを掲げた。


「お前さんどうせ来年は来ないだろ? そんな顔してるぞ」

「いやいや、まさか、そんなことは」


 今度は意地悪い笑みである。

 曖昧な笑みと身振りで否定の言葉を連呼してみるも、俺の抵抗は意味をなさない。


「この町の()()になるお前さんたちの分を用意してる。気に入ったら来年もまた来い」

「――ありがとう。楽しみにしてるよ」


 口から出た定型文は場の空気につり合っていただろうか。


(恩人なんて。俺には不釣り合いだ)


 店主の言葉が引っかかったものの、幼馴染を真似て形作った俺はそこそこ擬態できていたようだ。

 腕ごと手を振る店主に見送られながら宿屋までの道を引き返すのだった。








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